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1巻

1-2

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 ◇


「クロウお坊っちゃま、フェザント様がお呼びでございます」

 領都に戻り数日が経ち、授与されたスキルにがっかりされた僕、クロウは、バーズガーデンに戻ってきたお父様から呼びだされた。
 そして早々に辺境の地に飛ばされることが決定した。
 わずか十二歳で飛ばされるというのもどうかと思わなくもないが、僕のスキルでは騎士学校や魔法学校に通えるわけもない。
 というか、このスキルでは貴族社会でバカにされるだけだろう。
 特にやることもないのだから、この判断は僕としてもむしろありがたい。
 王都からの帰りの馬車の中で、セバスと話し合った様々なことをすぐに試してみたいという気持ちもあったし、頂いたスキルでもっといろいろと試してみたかったのもある。
 お父様が戻ってくるまでの間に、錬金術スキルについても自分なりに練習を重ね、それなりに使えるものだとわかってきている。
 お父様が僕に告げる。

「残念なことではあるが、クロウには都会の貴族社会で生きていくより、この領地を良くするために力をそそいでもらいたい」
「かしこまりました、父上」
「ネスト村という、小さな辺境の地を開拓してもらうことになる」

 十二歳の子供にいきなり領地から出ていけという話ではなかったので一安心だけど、ある程度早い段階で結果を残さないとすぐに捨てられてしまう可能性がある。まだまだ子供とはいえ、気を引き締めておかねばなるまい。

「それから、セバスがこれを機に勇退を申し出ていてな。お前についていくと言っている。セバスから様々なことを学んで領地経営に生かしなさい」
「セバスが来てくれるのですか?」

 これは予想外だった。
 セバスはエルドラド家の筆頭執事であり、剣術、魔法、そして歴代の当主に仕えてきた字引じびきとして、その経験はエルドラド家になくてはならないもの。

「ん? 嫌がるのではと思ったが、そうでもないのだな。お前たちの勉強から剣術まで厳しく指導していた師でもある。近くにいられたら困るかとも思ったが……」
「そんなことはございません、父上。きっと、村民もセバスの知識や経験を喜ぶことでしょう。それよりも、セバスが抜けた穴は大丈夫なのでしょうか?」
「そんなことを心配するな。セバスの息子たちも育ってきている。ホークたちと共に新しいエルドラド家というものを考えていく時期でもあるだろう」

 新しいエルドラド家。跡取りとしては、火魔法を操るホーク兄様、風属性の身体補助魔法を得意とするオウル兄様がいる。三男でしかも不遇スキルしか得られなかった僕に居場所はないのだ。
 早い段階で跡継ぎ候補から脱落させられたということなのだろうけど――辺境といえども小さな領地を任されるだけでもありがたいことだ。
 まあ、少しだけ悲しくならないこともないが、貴族社会で生き抜いていくには相応の強さは必要不可欠なのだ。
 特にうちのような辺境を任される貴族なら、求められるのは圧倒的に武だろう。
 エルドラド家は伯爵といっても辺境の地を任される、いわゆる辺境伯と呼ばれる貴族だ。無駄に広い未開拓地を王国から任されている。
 今回、僕にとってはこれがプラスに働いたのかもしれない。
 貴族社会では生きていけない息子でも、領地内でなら生きていけるように父上が計らってくれたのだから。
 辺境の地。つまり、魔物や盗賊なども多くいる危険なエリアということになる。
 こればっかりは致し方ない。期待されていない僕に与えられるのは、不遇な地が相応ふさわしいのだ。

「それから、お前が行く場所はもりの近くにある。それなりに危険なエリアだから、オウルを共に行かせる。あれも、お前のことを気に掛けているのでな。落ち着くまでの間、魔物の討伐や領地を守るのにも役立つであろう」
「オウル兄様がですか!?」

 オウル兄様の風属性魔法を駆使した剣術は、魔の森にいる魔物を駆逐し、領地を守るうえで大いなる助けになってくれることだろう。

「嫌だったか?」
「い、いえ、とても心強く思います。ありがとうございます」
「オウルにも実戦経験をさせる良い機会になるだろう。セバスもいるなら安心して任せられるしな。期限はおおまかに三ヶ月程度としておく。もちろん、状況によっては延長することも認めよう」
「はい、十分にございます」
「実はこの話をした時にホークも一緒に行きたいと言いだしたのだが、あいつは魔法学校高等部への転入準備が控えているからさすがに却下した。兄たちの心遣いに感謝しなさい」
「ホーク兄様まで……」
「開拓資金については、セバスに渡しているからあとで聞いておくように」
「かしこまりました。それでは準備を進めてまいります」

 ここからネスト村までは、馬車で一週間程度掛かるそうだ。
 魔の森と呼ばれる広大な森林地帯、そしてそれを覆うようにして標高の高いキルギス山脈が広がる。
 山脈からは豊富な水が流れ込んでおり、それはバーズガーデンにまで続くユーグリット川となる。
 ネスト村というのは、馬車の中でセバスと話をした時に話題に出た村の一つだ。危険なエリアであることを除けば、これほど開拓に適した場所はない。
 地下水が豊富にあり、森の恵みもふんだんに手に入れられるのだから。
 期待に胸を膨らませながらも出発の準備をする。
 といっても、特に準備する物など僕にはない。いくつかの着替えぐらいだろう。基本的な荷物についてはセバスがすでに準備を整えているはずなので、僕はその確認だけで十分だ。


 ◆


 父上からの話が終わったのだろう。クロウはその足で、僕、ホークの部屋まで別れの挨拶あいさつに来た。

「そうか、もう明日、出立しゅったつしてしまうのか」

 エルドラド家にとって、三男であるクロウの存在は少しだけ特殊である。それは、亡くなったエリザベート母様の血を色濃く受け継いでいるからだろう。

「ホーク兄様も魔法学校高等部への転入準備で忙しいのでしょう。ご活躍を遠くから応援しております」

 僕とオウルの髪は父と同じ薄いカラーのブロンドだけど、クロウだけは母と同じシルバーブロンド。また、目鼻立ちも優しい母を思い出すほどにそっくりなせいか、どうにも甘やかして育ててきてしまった。
 なので、僕やオウルは、父上からクロウを辺境の地へ行かせる話を聞いた時はもちろん大反対をした。
 クロウをそんな危険な地に向かわせるなんてとんでもないと。
 しかしながら、父上には何か考えがあるらしく、取り合ってもくれない。
 領地に戻ってからセバスと何度も話し合いをしていたことからも、セバスの入れ知恵であることは間違いない。
 それにしても……
 王都から戻ってきたクロウはどこか大人びたような、落ち着いた雰囲気をまとっていた。
 まるでエリザベート母様のように物静かで理知的な表情まで見せるじゃないか。本当に似てきたのだな。

「クロウは王都から戻ってきてから急に変わってしまったな。あそこは確かにいろいろと刺激を受ける場所だとは思うが、兄としては少し寂しく思う」
「ぼ、僕も、もう十二歳ですから。スキルも頂きましたし、領地のためにしっかり働きたいと思います」

 スキルか……
 確か授与されたのは、鑑定というただ物を調べるだけのスキルと、錬金術という下級魔法使いがポーション作りをするためのスキル。それだけしか得られなかったと聞いている。
 クロウはこれから先、苦労をしながら生きていくことになるのだろう。そのスキルでは貴族社会では生きていけない。
 同じ血を分けた兄弟として、僕はいち早くこの領地を豊かにして、少しでも早くクロウを屋敷に戻せるよう力を尽くさなくてはならない。

「僕はオウルのようにクロウの力になれない。だから、せめて贈り物を受け取ってもらえないかな?」
「これは、紅魔石こうませきではないですか。このような高価な物を頂いてしまってよろしいのですか?」

 この大きさの紅魔石であれば、売りに出せばそれなりの価格になる。辺境の地で食べる物に困っても、これを売れば商人から食料を買うことができるし、えに苦しむこともないだろう。

「僕は宝石とかには興味がないからね。それは、クロウが困った時に使ってくれればいいよ」
「ありがとうございます、ホーク兄様」

 貴族の兄弟というのは、後継争いから仲が悪くなるケースが多いと聞く。しかしながら、それは我がエルドラド家においてはまったくない。辺境の地を領土として任されているため、王都近郊の貴族とはその辺の考え方が違うのかもしれない。
 まあ、父上が再婚して新たに子が生まれるようなことがあれば、揉める可能性もあるだろう。
 まだ三十代後半と若く、武に秀でた父上にはそういった話が多いと聞く。今回、王都に行った際も多くの貴族から声を掛けられ紹介されていることだろう。父上にはまったくその気がないようだけれども。
 父上はエリザベート母様を深く愛していた。それは息子である僕らにもわかるほどに。母が病気で倒れた時には、王都から最高位の医師を呼び、手に入りにくいランクの高いポーションを与え続けていたのだ。
 結局、母が持ち直すことはなかったが、貴族としては珍しく深い愛で結ばれた両親だったのだと思う。

「クロウは母上のことを覚えているかい?」
「母上ですか。僕が小さい時に亡くなられたので、はっきりと覚えているわけではないですが……優しくて温かくて、いつも笑顔だったような記憶がございます」
「そうだね。きっと病気でつらかった時期だと思うけど、クロウにはその姿を見せないようにしていたんだと思う。そんなエリザベート母様にクロウはとても似ている」
「そ、そうですか。僕だけ、母上と同じシルバーブロンドだからでしょうか」
「うん、容姿はもちろんだけど、最近は何だか性格まで似てきている気がしてならないんだ。今まで母上の面影おもかげを重ねてしまい、随分ずいぶんと甘やかしてきてしまった。クロウは辺境の地でやっていけるのだろうか……」
「そ、そうですね。でも、セバスもついてきてくれますし、オウル兄様もしばらく一緒にいてくれます」
「僕も行きたかったんだけど、父上に止められてしまったからね。クロウ、魔の森が近い村と聞いた。決して無茶をしてはいけないよ」

 本来であれば、貴族には自らの命を投げだしてでも領民を守らなければならない義務がある。しかしそれは、貴族として攻撃的なスキルを持ち、皆を守れる力を持っているからこそだ。
 残念ながら、クロウにはその力はない。オウルがずっとそばにいられるわけでもなく、セバスもいい歳だ。
 こんなことを言ってはいけないのは重々承知しているつもりだが、無理をしないでもらいたい。

「お気持ちは十分に。しかしながら、エルドラド家の人間として、僕は領民を守るために力を尽くそうと思います」
「そうか……次に会えるのはいつかな。成長したクロウに会えるのを楽しみにしているよ」
「はい、ホーク兄様」

 心配だ。何事もなければいいんだけどね。




 2 辺境の地へ出発しよう



 翌日、荷物の確認をしようとしたら、さすがはセバスというか、辺境の地へ向かう準備はすでに完璧に整っていた。
 というより、過剰なまでに物資が積み込まれていたのだけどね。

「セバス、さすがにやりすぎじゃないかな?」
「おお、クロウお坊っちゃま。ポーション用のびんかさむのでそう見えるだけで、実際には持っていきたい物資の半分といったところでございます」
「そ、そうなんだ」

 倉庫から積み込まれている荷物はざっと大型の馬車三台分。これは、僕とお父様が王都へ向かった時と同様のボリュームである。
 一応、お父様の許可を得ているのだろうけど、さすがに心配になる量だ。
 錬金術師である僕的には、ポーション用の瓶は領地改革の柱として考えているので、ここを削るわけにはいかない。品質を保持する密閉性の高いガラス瓶というのは、この世界では手に入りにくいのだ。
 本来であれば、現地生産が理想なのだけど、ガラス加工を得意とする職人に、辺境の地に来てもらうなんて無理がある。しばらくは、バーズガーデンからの仕入れに頼るか、辺境の地でも来てくれる商隊に期待するしかない。

「積み込みは間もなく終了でございます。クロウお坊っちゃまの準備はよろしいのですか?」
「うん、大丈夫だよ。ところで、オウル兄様は?」
「すでに準備の整っている先頭の馬車におられました。近くで鍛錬をされているのでしょう」

 バーズガーデンにおいて、オウル兄様よりも剣術に優れている者はいない。いや、お父様を除けば誰もいないといった方が正しいか。小さい頃に剣を教えていたセバスも、もう手に負えないと言っている。
 もちろん、剣術の家庭教師はついているのだけど、実力ではもうオウル兄様の方が上で、心構えとか、新しい剣の技術的なものを伝えるのが中心だったりしている。
 そんなわけでオウル兄様が家督かとくを継いだ際には、間違いなく王都の騎士団に迎え入れられるともっぱらの噂だ。


 先頭の馬車に向かうと、ビュンビュンと風を切るような音がしている。つまり、オウル兄様が鍛錬をしているあかしである。

「おう、クロウ。そろそろ出発か?」
「はい、オウル兄様。道中はよろしくお願いします」

 オウル兄様は、風属性魔法を体にまとわせる、いわゆる身体補助魔法を得意としていて、その魔法をひたすら極めていた。剣が好きなオウル兄様には最高のスキルだったと思われる。

「Bランクの冒険者パーティに護衛依頼をしている。辺境の地に着くまで、俺の出番はないだろう。あっちに到着後もしばらくは、その冒険者パーティに魔の森に入ってもらう予定だ」

 うちの領内なので、ある程度の情報は押さえてある。今のところ、盗賊のたぐいなどは報告に上がっていない。魔物の数も定期的な討伐で減らしているので、馬車が通るような道周辺に脅威きょういとなるような魔物はいないだろう。
 辺境の地に着くまでは。
 そこが魔の森の近くにある土地である以上、辺境の地は魔物の脅威にさらされ続ける。森は魔力濃度が濃く、魔物の活性は相当に高い。

「魔の森ですね。魔物の活性が少しでも落ち着いていると良いのですが……」
「どうだろうな。それはそれで俺としてはつまらないが、クロウにとっては死活問題になるからな。まあ、開拓地だけに腕に覚えのある者たちも多いと聞く。しばらくは協力して周辺の魔物を狩りまくってやろう」

 その言葉に嘘はないだろう。オウル兄様が滞在してくれている間に、できる限り防衛機能を高めたい。辺境の地は、領民の安全が何よりも大事なのだ。というか、それは自分の安心安全にもつながるのだから。

「クロウお坊っちゃま、オウル様、それでは出発いたします。馬車にお乗りください」

 セバスの声が聞こえてきた。もう準備は完了したようだ。
 門の前には、お父様とホーク兄様も見送りに来てくれている。不遇スキルの息子のために、わざわざ申し訳ない。

「お父様、ホーク兄様、行ってまいります」
「うむ、オウルとセバスを頼りなさい」
「頑張って。きっとクロウなら成功を収めることができるよ」

 言葉は少ないが、信じて送りだしてくれる家族に感謝したい。
 僕にとってこれは挑戦であるけれど、今後この世界で生きていくうえで必要なことだ。やるしかない。

「さて、出発だ。やっと思いっきり剣を振れるぜ! 倒しがいのある魔物が多くいることを期待しているぞ」

 そんな力強いオウル兄様の言葉で、馬車は動き始めた。辺境の地、ネスト村までは一週間程度だ。


 ◇


 旅は順調に進み、オウル兄様はもちろんのこと、僕ですら何事もなくネスト村に到着するだろうと思っていた。
 ところが、どうやら辺境の地への道のりは思いのほか治安が悪いらしい。
 馬車の旅もなかばぐらいの所でそれは起きた。
 僕たちの目の前では、エルドラド家お抱えのスチュアート商会の馬車が数台横転しており、盗賊に襲われている。
 僕はセバスに問う。

「セバス、盗賊はいないんじゃなかったの?」
「情報に漏れがあったのか、それとも調べた時にいなくても、その後に現れたということも考えられます。それで、いかがなさいますか?」
「いかがするも何も助けるの一択だよ。『疾風しっぷう射手しゃしゅ』のみんなは、この馬車の護衛と遠距離からの射撃を。オウル兄様とセバスは僕と一緒に近接戦闘を」
「は、はい。お任せくださいませ、クロウ様」

 疾風の射手というのは、オウル兄様が雇ったBランク冒険者の三人組で、全員が遠距離攻撃を得意としている。ヨルド、ネルサスの弓使い二人に、魔法使いのサイファとバランスが悪いけど、一応、リーダーのヨルドは短剣持ちで前衛もできるらしい。

「わかったぜ! って、クロウも前に出るのか!?」
「クロウお坊っちゃま、危険でございます」

 オウル兄様に続いて、セバスが心配してくる。

「大丈夫だよ。二人が近くにいるんだから。それに、僕もこういう荒事あらごとに慣れていかなくちゃならないからね。ほらっ、早く助けに行くよ!」

 危険なことは重々承知しているが、盗賊がオウル兄様とセバスの相手になるとは到底思えない。
 それならば、僕のことを守ってもらいながらも、安全な場所からせっかく手にした錬金術を試してみたいのだ。
 錬金術は、いわゆる等価交換というのが基本的な考えである。
 例えば、金と銀の等価条件が一対十五の場合、十五キロの銀で一キロの金を錬成れんせいすることができる。
 でも、わざわざそんな面倒なことをしなくても、武器屋や道具屋に行けば買い取りも販売もしてくれるし、交換だってしてくれるだろう。
 ものは使いようなのだけど、そこを深く考えている人はこの世界にはいない。

「セバス、クロウのそばを離れるな」
「もちろんでございます」
「盗賊の数は二十人ぐらいか」

 一般的には、錬金術スキルは魔法使い崩れがCランクポーションを作るだけのスキルと思われている。その理由はポーションを作るのが面倒くさいからというだけだ。
 ヒーリング草と綺麗きれいな水を錬成すると、回復ポーションがあっという間に完成する。これを手作りでとなると、ヒーリング草を根気強こんきづよくすり潰し、適量の綺麗な水と合わせて美しい青色になるまで混ぜ続けてようやく完成。水を入れすぎると色が薄くなって失敗してしまう。
 時間も掛かるし、失敗も多いからよほどのことでもない限り誰も作ろうとはしない。しかもC級回復ポーションは信じられないほどの安さなので、作るぐらいなら買った方が早い商品なのだ。

「クロウお坊っちゃま、あまり前に出すぎないようお願いします」
「うん、わかった」

 しかし、僕の鑑定スキルで見る限り、その情報は必ずしも正しくない。
 基本的な考えはあくまでも等価交換なのだけど、この世界にはファンタジー要素である魔法というものがある。
 この魔法の元となる魔力が、錬金術スキルにおいて等価交換の材料として使用できるのだ。
 おそらくだけど、この情報をこの世界の人はまだ誰も知らない。
 知っているのは鑑定スキルを持っている僕だけなのだろう。そうでなければ、錬金術スキルが不遇スキル呼ばわりされる理由がない。

「クロウ、盗賊がこっちに気づいたぞ」

 遠くに停めていても、エルドラド家の馬車は大きいので盗賊たちも気づいていたとは思う。それでもこのヒャッハーな世界において、わざわざ貴族様が商隊を助けるとは思っていなかったのかもしれない。
 慌て始めた盗賊は、僕たちに向かって弓をってくる。
 すぐにオウル兄様とセバスが僕の前に出て、剣を抜き、前方から届かんとしている矢を斬り刻もうとしていた。
 二人とも、飛んでくる矢が怖くないのかね……

「錬成、土壁!」
「なっ! 土魔法だと?」
「こ、これは、クロウお坊っちゃまが?」

 僕は地面に手をつき、魔力と土を錬金術スキルで錬成してみせた。
 もちろん、これが初めての魔力錬成ではない。バーズガーデンに戻ってから何度も試していたのだ。
 土壁が一瞬のうちに完成していた。


 盗賊の放った矢はちゃんと壁に当たり落ちているし、盗賊の弓士きゅうしあせりまくってつがえた矢を滑り落としていた。

「とりあえず、今は盗賊を捕らえる。クロウ、あとでちゃんと話を聞かせろよ」
「驚きました。さすが、クロウお坊っちゃまです。では、我々も向かいましょうか」

 セバスからは、それだけじゃないのでしょう、他に何かあるなら見せてみなさい、とでも言われているかのように微笑まれている。
 セバスとは生まれた時からの長い付き合いだ。表情でバレているのかもしれない。
 うむ、ならば期待に応えてみせよう。
 僕が魔力錬成で最初に練習したのは土だった。この世界は、現代日本のようにアスファルト舗装ほそうなんてされていない。基本的に地面はき出しの土。つまり、土はどこでも手に入るお手軽錬成素材なのだ。
 そして、もう一つどこにでもある素材の代表格が空気。
 間違いなくどこにでもあって、土よりも更に使い勝手がいい。
 でもそこはしがあるようで、土と比べると硬さ、強度が出せないし、時間の経過と共に霧散してしまう。
 それでもすきをついたりできるし、攻撃の補助魔法として考えるなら相当に有用なはずだ。
 だって、空気は無色透明なのだから。


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