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Ⅶ 魔女の決意

xi ずぼら淫紋描きと堅物門番

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 ぽっくりぽっくりと馬が行く。

 王城への帰り道。
 カルロスの乗ってきた近衛隊の駿馬に、アズレイアも一緒に乗せてもらっている。
 来るときは馬車であまり外を見ていなかったアズレイアだが、モントレー家の敷地を出た途端、景色は一転乾いた草原に変わった。

 木々が生えていたのは、本当に狭い一画だけ。
 まさに伯爵家の力で作られた森だったのだ。

 カルロスの腕に囲まれて、その硬い軍服の胸に背を預け、馬の上から周囲を見渡す。


「なんか気が抜けたわ」


 大したものは何もないが、それでも一面の草原は豊かに見える。

 午後の日は暖かで、風は柔らかく、馬は穏やかで。
 あまりにものんびりとして穏やかで。

 いっそ笑えてくる。

 あんなに緊張していたのが、まるで夢だったかのようだ。


「あなたの家、面倒くさいわね」
「そうだな」


 ぽろりとアズレイアが本音をこぼせば、カルロスもまた素で答える。


「私、やっぱり結婚はいいわ」
「はぁああ?」


 ついでにぼそりとこぼされたアズレイアの本音を、カルロスは聞き逃さなかった。


「ここは考え直して俺の申し込みを受けるところだろ!」


 憤るカルロスに、アズレイアが肩をすくめて返す。


「だって、結婚する理由が何も見つからないんだもの」


 モントレー家の一件は本当に面倒くさかった。

 カルロスが悪いわけじゃないが、レイモンドにしろ、師にしろ、カルロスにしろ。
 全員、それぞれ裏が色々あって、思惑があって、素直じゃなくて。
 元農民のアズレイアにしてみれば、本当にどーでもいいことにみんな一生懸命すぎる。

 そんな疲れが見えたのか、アズレイアの顔をじろじろ見ていたカルロスが、フッと笑って肩の力を抜いた。


「まあ好きに言っていればいいさ」


 手綱を片手に持って、目前のアズレイアの体を片腕で抱き込む。
 最近やっと、彼女の頼りない腰回りの感触に慣れてきた。
 最初はちょっと力を入れたら折れるんじゃないかとびくついていたカルロスである。

 そのままアズレイアの耳に口をよせ、前を向いたまま囁く。


「俺はお前を諦めないし、求婚し続ける」


 アズレイアは耳が弱い。
 自分の意見を通したかったら、こうして囁くのが一番効く……と最近カルロスは学んだ。

 案の上、すぐに顔を上気させつつ、アズレイアが唇を尖らせて言い返す。


「じゃあ私は断り続けるわ」
「そこはいつかは折れてくれ」


 カルロスの情けない懇願に、アズレイアもおかしくなってクスクスと笑う。

 こんなことをこんなにも何気なく話せるのがいい。
 だからやっぱり貴族はいやなのだ。


「そうね」


 それでも。
 もし、いつか、気が変わったら……


「いつか私が永遠の愛なんて信じられたら」


 その時は、多分この人を自分の伴侶に選ぶ日が来るのかもしれない。


「なんか言ったか?」
「なんでもない」


 そんな答えは、今は絶対口にしないアズレイアだった。


   ☆   ☆   ☆


 あれから数か月。
 アズレイアの周りは大して変わっていない。

 今もアズレイアは塔にひきこもり、研究を続けている。
 レイモンドからは音沙汰なし。
 ハリスによれば、次期局長に上がるらしい。
 ハリスはレイモンドを尊敬していたらしく、今もたまにアズレイアを訪れては、謝罪とも、仲裁ともとれる近況報告を持ってきてくれる。

 ズースはその後配属が変わったらしく、また新しい門番がやってきた。
 しばらくして、モントレー伯爵が学院の教授を辞したと、通達文で知った。

 カルロスは近衛隊長に戻った、はずだ。
 だけどもう自分の家かのように、毎日塔に通ってくる。

 共に食べ語らい、最後はアズレイアを抱く。
 そして寝落ちしそうなアズレイアの耳に、毎夜毎夜囁くのだ。


「結婚してくれ」


 魔女アズレイアは笑って答える。


「嫌よ」


 魔女アズレイアの答えはいつも同じ。


「もっと愛して。私を信じさせて」


 いつか私があなただけを愛し続けられると、確信できるその日まで。


   ☆   ☆   ☆


 それから何十年か何百年か経った頃。
 またも過酷な旱魃がこの国を襲う。

 川は水位を下げ、村の水路は干上がり、作物は枯れていく。
 だがそれでも、村々には最低限、食いつなぐ食料と生き残れるだけの水があった。

 村々に建つ石碑を囲んで、子供たちが魔女を呼ぶ。
 刻まれた水の精霊の姿絵と、いくつもの魔法陣。
 
 水の精霊と名を分かつ、魔法陣の魔女の名を。
 『塔の魔女アズレイア』と、敬愛を込めて魔女を呼ぶ。


ずぼら淫紋描きと堅物門番(完)
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