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Ⅶ 魔女の決意

ii 呼び出し

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 それから数日の間、カルロスは宣言通り姿を見せなかった。

 門には新しく背の高い頑強な兵士、ズースが配属された。
 一度カルロスに連れられて塔まで挨拶にも来てくれている。


「ズースです。よろしく頼みます」


 そう言ってニコリともしなかったその男は、浅黒い肌に黒い髪、精悍な顔立ちの巨人のような男だった。
 身長はアズレイアの二倍はある気がする。
 ガッシリとしたその体つきは、確かに間違いなく頼りになりそうだ。


「これからお世話になるわね、よろしく」


 見上げながら挨拶したアズレイアに、ズースはしっかりと綺麗な立礼を返してくれた。


 あれ以来、高位貴族からの無茶な注文もやんでいる。
 とは言え、最後のトレルダル侯爵からの支払いが入ったので、しばらくは研究費に困らずに済みそうだ。

 だが、淫紋の仕事がなくなると、途端本業の研究しかやることがなくなる。
 その上カルロスも来ないとなると、塔は閑散としてやることも少なく、ほぼ一日中机に向かうことになる。
 すっかりカルロスとの時間に慣れていたアズレイアに、これは思いの外堪えていた。

 それを気遣ってか、毎日カルロスから肉のパンばさみが届けられる。


「このままじゃ私、次にカルロスに会うときにはまるまる太っちゃってるわ」


 アズレイアがそんな文句を垂れはじめた頃。


「すみません、特別な使者が来ているのでちょっと邪魔してもいいですか?」


 ズースがアズレイアの塔を尋ねてきた。
 扉を開けると、ズースがもう一人の男性とともに扉の前に立っている。


「アズレイア様、すみません。こちらモントレー家の使者の方ですが、アズレイア様に召喚状をお持ちされています」
「召喚状?」


 召喚状は基本、高貴な方々が拠無よんどころない理由で直接顔をあわせたい時に一方的に送りつけてくるものだ。
 無論、アズレイアのような一介の研究員ならばほぼ無条件に出頭するしかない。

 ただ、今まで淫紋紙の受注とういう特殊性のある顧客がほとんどだったので、逆に相手方がアズレイアに来られたら困ることが多かった。
 事実、アズレイアはこの塔に引きこもって以来、一度も召喚を受けたことがない。


 しかも今モントレー家って言わなかっただろうか?


 モントレーの家にはアズレイアとゆかりのある男性が三人もいる。
 この召喚は、一体そのうち誰からなのだろうか?


 戸惑うアズレイアに、その使者として紹介された男性が頭を下げる。


「初めまして、私モントレー家の家令を務めますギルバートと申します」


 アズレイアに深々と頭を下げてそう自己紹介した男は、まだ中年と言うには早すぎるくらいの、珍しく年若い家令だった。
 これも家によるものか、先だってのジェームズとは違い、仕立ての良い茶のスリーピースにスカーフタイという一風変わった服装だ。

 だがその仕草は間違いなく厳しく仕込まれた、大変職人らしい所作だった。


「この度、当家の当主、当代モントレーとその子息、レイモンド様のお二人からアズレイア様に是非季節のご挨拶をさせて頂きたいとのお誘いを持って参りました」
「季節のごあいさつ?」
「特に理由の説明されない召喚状の内容ですよ」


 意味の分からぬ言葉にアズレイアが小首をかしげていると、ズースがそっと説明してくれる。
 こう見えて、カルロスが探してきてくれただけあってズースは貴族とのやり取りに慣れているらしい。


 ということは、これは私をモントレー家に呼び出すためだけの書状ってことね。


 そう理解したアズレイアは、ギルバートに尋ねる。


「そのお誘いにはカルロスも出席するのかしら」
「さて、家令とは言え、気まぐれなご家族の出欠までは把握できません」


 だが、ギルバートの返答は煙に巻くようなものだった。
 これでは本当にどうしていいのか分からない。

 迷うアズレイアに、ズースが再び囁く。


「アズレイア様。高位貴族からの召喚に応じないのは、今後問題になるでしょう。残念ながらここはご一緒に行かれるべきかと。隊長にはすぐにこちらから連絡を入れます」
「分かったわ」


 アズレイアの決断は早かった。

 どうせいつかはこんな日が来る気がしていた。
 彼女のような卑しい出の存在は、彼らにすればゴミムシのようなものだろう。

 カルロスが困るようなことにだけはしたくない。
 となれば、ここは大人しくついていくしかない。


「ではどうぞご一緒に。外に馬車を待たせています」


 この塔を出るのはいつぶりだろうか。


 ほんの一瞬、無人の塔を振り返り、そしてアズレイアは身一つでギルバートのあとに続いた。


   ☆   ☆   ☆


 塔を去るアズレイアとギルバートを見送り、ズースが門に戻ると、ちょうどハリスが魔バトの準備をしているところだった。


「ああハリス、準備がいいな。今カルロス隊長への伝令を頼もうと思っていたところだ」


 そう口にして、ハリスが今二匹の魔バトを用意しているのに気がついた。


「まて、なぜ二匹必要なんだ」


 尋ねられたハリスが少し困った顔でズースを見返す。
 そして、秘密を打ち明けるようにズースに告げた。


「こちらはアズレイア様の上司の方へ送る分です」
「アズレイア様に上司などいたか?」
「魔術師の副長ですよ。僕の士官時からの恩師です。アズレイア様がこちらの塔に一人派遣されているのを気に掛けられて、常々報告を頼まれているんです」


 なんの気なしに応えながら魔バトの準備を進めるハリスに、ズースが驚いて止めに入る。


「待て、魔術師と言ったか?」
「はい、副長のレイモンド様です」


 とんでもない。
 思わぬところに伏兵がいた。


 ズースが思わず叫ぶ。


「馬鹿者! それが先日アズレイア様を襲ったカルロス殿の兄君だ」
「え……」


 予想もしていなかったその答えに、ハリスが顔色をなくしてオタオタとしだす。


「そ、そんな……知らなくて、俺、今までいつも連絡を……でもあのレイモンド様に限ってそんな……」


 それを放置して、ズースは門に備えられた伝令用の薄い紙にペンを走らせる。


「今はそんな言い訳をしている場合じゃない。すぐにカルロス隊長に連絡を送れ。今俺が通達文を書く」


 一人顔色をなくすハリスを横目に、ズースは今聞いたとんでもない話とモントレー家からの呼び出しを書き記して、魔バトの背中にそれを仕込む。
 一直線に飛んでいく先はカルロスだ。

 どうかカルロス隊長が間に合いますように。

 あの二人には、なんとしても幸せになってほしい。


 アルバート王子の側近として、そしてカルロスの古い友人として。


 王城に向けて青い空を飛びさっていく魔バトを、ズースは祈る気持ちで見守った。
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