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Ⅵ 迷う魔女
i 門番の仕事
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王城へ向かう途中、門を通り過ぎようとしてそこに立つハリスに気が付いた。
それで思い出す。
昨日は慌ててここを通り過ぎようとするカルロスに、ハリスが塔へ向かった客が戻らないと報告してくれたのだった。
それを聞いていたにも関わらず、そのままアズレイアとの逢瀬に夢中になって、報告もせずに朝を迎え。
しかもまだ誰もいない門の炊事場に忍び込んで、勝手に朝食の材料まで拝借してしまった。
流石に気まずいカルロスが歩みをゆるめると、なぜかハリスが早足にかけてくる。
「ハリス、どうした?」
「カルロス隊長!」
「何度言えばいい、今の俺は隊長じゃ──」
「すみませんでした!」
カルロスがいつもの文句を言い切るよりも早く、ハリスがガバリと盛大に頭を下げた。
「昨日、俺、ちゃんと隊長に言わなくちゃいけないこと言えなくて」
こちらが謝ろうとしていたのに、逆にハリスが真っ青な顔で謝りはじめる。
「昨日は客らしい若い男が塔に向かったまま行方不明って言っちまったんですが」
そこで一旦言葉を切って、キョロキョロと周りを確認すると、ハリスが一段声を落として先を続けた。
「実はそいつ、トレルダルの家令が一緒に連れてきていたんです。ただ、帰るときに一緒にいなくて、どうしたんだって聞いたら見失ったから探してるって言われて。見つけるまで内聞にして欲しいと言われたんで俺、つい」
「そう、か」
クソ。
やはりあの家令、最初からグルだったのか。
分かってはいたがため息が出る。
トレルダルの家令は主命に忠実だ。その意味では本当に分かりやすい。
トレルダル侯爵家が淫蕩の家系と言われる割に大した問題が起きていないのは、間違いなくあの家令が裏で暗躍しているからだろう。
ハリスを叱る理由は一つもない。彼はただ、彼に出来ることをしてくれただけだ。
「いや、お前じゃそれは仕方ない。だからこそ、俺がここの門番をやっているんだ」
アズレイアは多分理解していないが、彼女が思う以上に彼女は厄介な貴族どもの興味を引く対象になっている。
レイモンドとアズレイアの経緯は尾ひれはひれをつけられて、未だ淑女たちの口に上がるらしい。
その一方で、高位貴族御用達という才能とその腕の良さも話題に上がる。
畏怖と蔑み、その両方を込めて『塔の魔女』という字名で彼女を揶揄する声は、社交から遠のいているカルロスでさえ耳にする。
これまでは『元近衛隊長』という肩書でそれを追い返して来ていたが、それも大分薄れてしまった。
『女性も仕事も、いつまでも待ってはくれないと言うことだよ』
トレルダル侯爵の言葉が耳にこだまする。
昨日のあの家令の呼びかけは、俺の気持ちをぐらつかせるには充分だった。
彼女を守るには、俺の今の中途半端な立場ではもう不充分になりつつある……。
それを肝に銘じてハリスを見る。
「いいか、次は俺にはっきり言えよ。そしたら絶対にどうにかする」
「はい!」
「俺は内城に向かうが、信用できない奴は通すな。それでもごねるならすぐに俺に通達を送れ」
「わかりました!」
カルロスが寄せる信頼に、ハリスもまた元気に返事を返す。
彼女を守る盾を得るためにも、俺はこれから彼に会わねばならない。
カルロスは覚悟を新たに、王城への道を急いだ。
☆ ☆ ☆
王城へ急ぐカルロスの背を見送りながら、ハリスが安堵のため息を吐いている。
この塔の門番を仰せつかった時、ハリスは正直とても不安だった。
なんせ初の配置先が『魔女の塔』。しかも今は事実、魔女が住むという。
下級貴族の彼には荷が勝ち過ぎる。
だがこの数年、カルロスがともにここにいてくれて、ハリスは本当に救われていた。
なんせ第三王子の近衛兵隊長である。彼にしてみれば雲の上のような存在だ。
そのカルロスが、初日から気さくに話しかけ、自分を同僚として扱い、ずっと目をかけて来てくれたのだ。
お陰で今ではどんなお偉い貴族がいらしても、気圧されることはほとんどない。
初めて配属された頃とは違い、ハリスだってこの仕事にそれなりの自信と矜持を持っている。
たとえ身分差に圧されても、それを放棄するつもりはない。
大丈夫だ、自分は今度こそ役に立てる。
それを信じてカルロス隊長は俺に門を預けてくれたんだ。
昨日までの憔悴していた隊長とは打って変わって、しっかりとした自信が滲むその背を見送りながら、ハリスは思う。
どうやら隊長はアズレイア様とやっと上手くいったらしい。
これはいよいよあの方にお知らせしなければ……。
そう思いつき、伝令の魔バトを飛ばすハリス。
魔バトは普通の鳩ではなく、魔道具だ。
伝えるべき書簡を背に入れると、あらかじめ決められた相手の元へと飛んでいく。
広い王城内の警備はこれによりお互いに連絡を取り合う。
だが今彼が飛ばした魔バトは、王城の連絡棟への定期連絡用ではない。
それは一途、彼が信頼を置く、もう一人の人物のもとへと飛び去っていった。
☆ ☆ ☆
王城の執政室を通り過ぎ、居館へと向かうカルロス
ここは本来、王族のプライベート区画であり、王城で働く者でさえ誰でも出入りできる区画ではない。
入口に立つ衛兵に声をかけようと近づけば、カルロスに気づいた衛兵のほうが先にカルロスに声をかけてきた。
「隊長、お疲れ様です」
「だから、俺はもう隊長では──」
「トレルダル侯爵様がお待ちです」
最近、誰も俺の文句を最後まで聞いてくれん。
そう思いつつも、衛兵の言葉にやはりという思いが頭を過る。
「いつもの部屋か」
「はい。今朝からお待ちです」
どうやらトレルダルはカルロスの再訪を予見していたらしい。
それはほぼ、カルロスの予想が正しかったことを意味していた。
今日この先で俺を待つのは謀略の悪魔か、はたまた救済の天使か?
王弟でありながら、決して表舞台に姿を表さず、自分の価値観のみで社交界を裏から支え続ける、この国の第二の王。それがトレルダル侯爵だ。
たとえ多少目をかけてもらえているからと言って、彼が完全にカルロスの味方になるなどとは思わないほうがいい。
だが彼ならば、まだ交渉の余地がある。
どちらにしろ、諦めるという選択肢はカルロスにはもうないのだ。
今一度覚悟を改め、カルロスは一途彼の待つ王城の最奥へと向かった。
それで思い出す。
昨日は慌ててここを通り過ぎようとするカルロスに、ハリスが塔へ向かった客が戻らないと報告してくれたのだった。
それを聞いていたにも関わらず、そのままアズレイアとの逢瀬に夢中になって、報告もせずに朝を迎え。
しかもまだ誰もいない門の炊事場に忍び込んで、勝手に朝食の材料まで拝借してしまった。
流石に気まずいカルロスが歩みをゆるめると、なぜかハリスが早足にかけてくる。
「ハリス、どうした?」
「カルロス隊長!」
「何度言えばいい、今の俺は隊長じゃ──」
「すみませんでした!」
カルロスがいつもの文句を言い切るよりも早く、ハリスがガバリと盛大に頭を下げた。
「昨日、俺、ちゃんと隊長に言わなくちゃいけないこと言えなくて」
こちらが謝ろうとしていたのに、逆にハリスが真っ青な顔で謝りはじめる。
「昨日は客らしい若い男が塔に向かったまま行方不明って言っちまったんですが」
そこで一旦言葉を切って、キョロキョロと周りを確認すると、ハリスが一段声を落として先を続けた。
「実はそいつ、トレルダルの家令が一緒に連れてきていたんです。ただ、帰るときに一緒にいなくて、どうしたんだって聞いたら見失ったから探してるって言われて。見つけるまで内聞にして欲しいと言われたんで俺、つい」
「そう、か」
クソ。
やはりあの家令、最初からグルだったのか。
分かってはいたがため息が出る。
トレルダルの家令は主命に忠実だ。その意味では本当に分かりやすい。
トレルダル侯爵家が淫蕩の家系と言われる割に大した問題が起きていないのは、間違いなくあの家令が裏で暗躍しているからだろう。
ハリスを叱る理由は一つもない。彼はただ、彼に出来ることをしてくれただけだ。
「いや、お前じゃそれは仕方ない。だからこそ、俺がここの門番をやっているんだ」
アズレイアは多分理解していないが、彼女が思う以上に彼女は厄介な貴族どもの興味を引く対象になっている。
レイモンドとアズレイアの経緯は尾ひれはひれをつけられて、未だ淑女たちの口に上がるらしい。
その一方で、高位貴族御用達という才能とその腕の良さも話題に上がる。
畏怖と蔑み、その両方を込めて『塔の魔女』という字名で彼女を揶揄する声は、社交から遠のいているカルロスでさえ耳にする。
これまでは『元近衛隊長』という肩書でそれを追い返して来ていたが、それも大分薄れてしまった。
『女性も仕事も、いつまでも待ってはくれないと言うことだよ』
トレルダル侯爵の言葉が耳にこだまする。
昨日のあの家令の呼びかけは、俺の気持ちをぐらつかせるには充分だった。
彼女を守るには、俺の今の中途半端な立場ではもう不充分になりつつある……。
それを肝に銘じてハリスを見る。
「いいか、次は俺にはっきり言えよ。そしたら絶対にどうにかする」
「はい!」
「俺は内城に向かうが、信用できない奴は通すな。それでもごねるならすぐに俺に通達を送れ」
「わかりました!」
カルロスが寄せる信頼に、ハリスもまた元気に返事を返す。
彼女を守る盾を得るためにも、俺はこれから彼に会わねばならない。
カルロスは覚悟を新たに、王城への道を急いだ。
☆ ☆ ☆
王城へ急ぐカルロスの背を見送りながら、ハリスが安堵のため息を吐いている。
この塔の門番を仰せつかった時、ハリスは正直とても不安だった。
なんせ初の配置先が『魔女の塔』。しかも今は事実、魔女が住むという。
下級貴族の彼には荷が勝ち過ぎる。
だがこの数年、カルロスがともにここにいてくれて、ハリスは本当に救われていた。
なんせ第三王子の近衛兵隊長である。彼にしてみれば雲の上のような存在だ。
そのカルロスが、初日から気さくに話しかけ、自分を同僚として扱い、ずっと目をかけて来てくれたのだ。
お陰で今ではどんなお偉い貴族がいらしても、気圧されることはほとんどない。
初めて配属された頃とは違い、ハリスだってこの仕事にそれなりの自信と矜持を持っている。
たとえ身分差に圧されても、それを放棄するつもりはない。
大丈夫だ、自分は今度こそ役に立てる。
それを信じてカルロス隊長は俺に門を預けてくれたんだ。
昨日までの憔悴していた隊長とは打って変わって、しっかりとした自信が滲むその背を見送りながら、ハリスは思う。
どうやら隊長はアズレイア様とやっと上手くいったらしい。
これはいよいよあの方にお知らせしなければ……。
そう思いつき、伝令の魔バトを飛ばすハリス。
魔バトは普通の鳩ではなく、魔道具だ。
伝えるべき書簡を背に入れると、あらかじめ決められた相手の元へと飛んでいく。
広い王城内の警備はこれによりお互いに連絡を取り合う。
だが今彼が飛ばした魔バトは、王城の連絡棟への定期連絡用ではない。
それは一途、彼が信頼を置く、もう一人の人物のもとへと飛び去っていった。
☆ ☆ ☆
王城の執政室を通り過ぎ、居館へと向かうカルロス
ここは本来、王族のプライベート区画であり、王城で働く者でさえ誰でも出入りできる区画ではない。
入口に立つ衛兵に声をかけようと近づけば、カルロスに気づいた衛兵のほうが先にカルロスに声をかけてきた。
「隊長、お疲れ様です」
「だから、俺はもう隊長では──」
「トレルダル侯爵様がお待ちです」
最近、誰も俺の文句を最後まで聞いてくれん。
そう思いつつも、衛兵の言葉にやはりという思いが頭を過る。
「いつもの部屋か」
「はい。今朝からお待ちです」
どうやらトレルダルはカルロスの再訪を予見していたらしい。
それはほぼ、カルロスの予想が正しかったことを意味していた。
今日この先で俺を待つのは謀略の悪魔か、はたまた救済の天使か?
王弟でありながら、決して表舞台に姿を表さず、自分の価値観のみで社交界を裏から支え続ける、この国の第二の王。それがトレルダル侯爵だ。
たとえ多少目をかけてもらえているからと言って、彼が完全にカルロスの味方になるなどとは思わないほうがいい。
だが彼ならば、まだ交渉の余地がある。
どちらにしろ、諦めるという選択肢はカルロスにはもうないのだ。
今一度覚悟を改め、カルロスは一途彼の待つ王城の最奥へと向かった。
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