上 下
3 / 47
Ⅰ 塔の魔女アズレイア

iii 淫紋の強制無効化条件

しおりを挟む
「あの……ねえ、カルロス、気を確かに持って……?」


 アズレイアの震え声の問いかけにも、カルロスからの返答はない。
 ないが、代わりにカルロスのデカイ手が、アズレイアの太ももをスルスルと這いまわり始めた。


 マズイ!
 やっぱりテーブルに置きっぱなしだった、あの淫紋紙に触れたのね?!


「ちょ、待ってカルロス、頼むから正気を取り戻して!」


 思わず叫んだが、それがどれだけ虚しい行為なのかは、アズレイア自身が誰よりも一番よく知っている。
 なんせあの淫紋は、今研究中の最も強力な代物なのだ。

 王城内の門番を任されるということは、こう見えて、カルロスは一応王国軍のどこかの隊には所属しているはずだ。
 ならば意識誘導系の魔法を無効化する、強力な呪い避けの加護が大司教の手で定期的に付与されているだろう。
 淫紋もこの対象だから、本来カルロスには効果が出ないはず、なのだが……。

 今回の依頼、実は正にその加護を突き破る、強力な淫紋の焼きつけだったのだ。
 侯爵様のターゲットは、きっと軍属の女性なのだろう。

 こればっかりは実証実験なんて無理よねっと思っていたのだが、思わぬところで結果が出てしまった。


「流石私! 王城の大司教の加護にも勝ったわ!」


 常人の思考からズレまくっているアズレイアが、勝ち誇ったように呟いた途端、それまで意味もなくアズレイアの太ももを撫で回していたカルロスの手が、一瞬ビクンと震えてピタリと止まった。


 え、まさか呪い避けの加護が勝ち始めた?
 そんな馬鹿な!


 この様子からして、淫紋は確かにその身体に刻まれたハズだ。
 一度刻まれた淫紋を押さえ込む加護なんて、アズレイアでさえ聞いたことがない。


「私の淫紋を押さえ込むなんて、一体どんな加護なのよ!」


 自分の貞操の危機などすっかり忘れたアズレイアが、さも悔しそうに息巻いていると。


「お前……俺に……なにを……した……?」


 アズレイアの後ろから、カルロスのかすれ声が響きだす。


「カ、カルロス! あなたまだ喋れるの!?」


 驚いた。
 淫紋を刻まれてなお、まともな会話が出来る者など聞いたこともない。

 いや、待った。
 一つだけ、なくはないが、いやまさか、それはいくらなんでも……。


「なんで、こんな勝手に、身体が火照ってくるんだ……? 熱くて、熱くて……。なぜだ、お前の身体に、勝手に吸い寄せられる……」


 もしかしてカルロスったら、今の自分の身体の状態を理解してない?
 そ、それじゃあ本当に、まさか……


「カルロス、まさかあなた、その歳で童貞なの!?」


 そう。
 淫紋に意識が耐えられる、たった一つの可能性。
 それは未だ淫行の快楽を全く知らない、真っ白な処女乙女と童貞諸君……。


「カルロス、あなた……」
「お前、なぜそれを……陛下以外……誰にも言ってない……ダメだ……頭がボヤける」


 ブツブツと呟いたカルロスは、またもアズレイアの太ももを撫で回すが、意識がはっきりしないからなのか、それとも知識が足りないのか、その手の動きが非常に拙い。


 ま、さ、か、カルロスが童貞だったなんて。


 門番を任されるぐらいだからカルロスは体格が非常にいい。
 見た目は少しムサ苦しいが、顔の作りだってそう悪くない。
 無精ひげさえととのえれば、多分結構見れるだろう、多分。
 しかも街では人気の王国軍人。


 これだけいい条件が揃っていて、なぜ……。


「ねえカルロス、あんたまさか実は女性とか? さもなければ不能?」
「失礼な! お、お前には、関係、ない、クソッ、熱い、身体中が燃えるように熱い…!」


 アズレイアのふっかけたとんでもない因縁に、一瞬はっきりと否定の言葉が飛び出すも、荒い息とともにこぼれたカルロスの言葉がもう危ない。

 文句を言いつつ、後ろでなにかゴソゴソしていた……かと思えば、カルロスが脱ぎ散らかす軍服が、バサリバサリとアズレイアの周りに落ちてきた。

 ヤバイ。
 たとえ童貞といえど、時間さえかければ淫紋の効果は効いてくる。最終的には、誰もその強制力には抗いきれないのだ。


 状況が悪化するのは時間の問題!


 そんなことを考えてる間にも、カルロスが後ろからアズレイアの背中に覆いかぶさってくる。

「アズレイア、お前、なんでそんな煽情的なんだよ……、いつもいつも俺にそんなエロい身体見せつけやがって」


 そんなはずは、絶対にない。


 悪いが、『アズレイア』と『煽情的』は多分一番程遠い単語だろう。
 なにせ年がら年中、研究者に支給されるぶかぶかのローブしか着ていないのだから。

 このローブ、研究以外に全く興味の向かない大多数の魔術師という人間の生態をよく理解して作られた逸品だ。
 丈以外はばっさりワンサイズ。
 誰が着てもそれなりにぶかぶかで、太ろうが痩せようが変更の必要がなく、しかも半永久自動洗浄機能付き。
 この制作に携わった魔術師が爵位を得たことからも、どれだけこのローブが全魔術師たちの支持を受けているか分かるだろう。

 アズレイアもその例にもれず、昼夜問わずほぼこれ一着しか着ていない。

 だが、今のカルロスにそれを言っても始まらない。
 彼にはこの、ジジイが着ようがナイスバディの宮女が着ようが全く差の出るはずもない寸胴スットンぶかぶかローブでさえも、中身がアズレイアであるだけで煽情的に映るらしい……。


「クソ、全部お前が悪い!」


 アズレイアが必死で頭を巡らす間にも事態はより深刻になっていく。

 言葉とともに倒れこんできたバカでかいカルロスの上半身がのっそりと動き出し、荷物に埋まって動けないアズレイアの下半身をしっかりと抱きしめた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

変態騎士ニコラ・モーウェルと愛され娼婦(仕事はさせてもらえない)

砂山一座
恋愛
完璧な騎士、ニコラ・モーウェルは「姫」という存在にただならぬ感情を抱く変態だ。 姫に仕えることを夢見ていたというのに、ニコラは勘違いで娼婦を年季ごと買い取る事になってしまった。娼婦ミアは金額に見合う仕事をしようとするが、ニコラは頑なにそれを拒む。 ミアはなんとかして今夜もニコラの寝台にもぐり込む。 代わりとしてニコラがミアに与える仕事は、どれも何かがおかしい……。 仕事がしたい娼婦と、姫に仕えたい変態とのドタバタラブコメディ。 ムーンライトノベルズにも投稿しております。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...