284 / 406
第10章 エルフの試練
28 黒猫君の災難
しおりを挟む
「──このシモンをあゆみさんの婿にして頂きたいの」
シアンのはっきりとした言葉の意味が俺の鈍い頭にもようやく到着した途端、一発で気が遠くなった。
思いっきり横っ面ぶん殴られた気分だ。
なんで俺はこの可能性を考えなかったんだ?
昨日俺にあんな引っ掛けしてきた奴らだ、これくらいするのは予測しとくべきだった。
テリースがすぐに騒ぎ出すとシアンがとんでもねえこと言いだした。
この女、俺と一緒にシモンをあゆみの夫にする気でいるらしい。
何考えてんだこの女?
ああ、あの初代王のせいでハーレム状態が当たり前だとでも思ってやがるのか?
冗談みたいな話だがシアンの目はスゲー本気の色をしてやがる。
最初はまた俺を試すためなのかと勘ぐったりもしたが、どうも様子が変だ。シアンはすごく真剣だし、驚いたことにシモンも満更でもないようだ。
あゆみがツッコミ入れたおかげで今日のおかしな文官面接の謎は解けたが全然嬉しくねえ。
結局上手く切り抜けられるような言い訳は全く見当たらず。
キールに返答を尋ねられたあゆみが自分の手を見つめてうなだれ、そのままジッと考え込んだ。
この時俺は内心死ぬほど焦ってた。
あゆみのやつ、これ受けちまうんじゃねーか?
常識だとか義務だとかにやたら律儀なやつだ。こんな大義名分ぶら下げられた上で追い込まれたら嫌とはいえねーかも。
以前キールに、あゆみを他の奴との結婚に追い込んでやろうかと脅されたのを思い出す。まああん時は結局あゆみと俺が結婚してるって俺にばかり都合のいいデマを流されて終わったんだが。
だが今回は違う。政治的な背景のある、国と国の折衝だ。普通に考えて受けるほうが順当だろう。
それなら俺がせめて助言して、あゆみにこんな申し出受ける必要ねーことを言ってやればいいじゃねえか。
そこまで来てはたと気が付いた。
待て、本当にそれでいいのか?
相手はシモンだ。あんまこういうの考えたくねーけど見るからの美形で頭もいい。肝も座ってるしマジもんの王族だ。
ふと余計嫌な考えが浮かんだ。
これ、いわゆる玉の輿ってやつじゃねーか。
まああゆみも俺ももう別に金には困っちゃいねーが、こいつには俺にないこの世界の知識が山とある。こいつの嫁になれば全エルフもあゆみのバックアップに付くだろう。
……間違いなく俺と二人で森で暮らすよりはいい生活できんだろうな。
悲しい事実が頭に浮かんできた。
死ぬほどつれえけどこれ、俺一人諦めりゃいい話じゃねえのか?
そうすりゃシアンは文句なくウイスキーの街に結界石付けるだろうし、今後北ザイオン帝国やキールの支援にも回るだろう。
あゆみも安定した生活に移れるし、こいつの足だってシモンたちなら治せるだろう。
それに引き換えこっちは今朝猫もどき宣言されたばっかの教養もなんもねえ元フリーターだ。
得意と言えるのは喧嘩くらいのもんで、乱暴な上にあゆみが引くような過去しか持ってねえ。
ふとシアンを見た。何を恐れてるのか俺が見つめてもまるっきりこっちを見ようとしない。
まあ気まずかろうさ。こんな申し出をしてくるくらいだ、よっぽどあゆみを囲い込みたいんだろう。テリースの言葉が正しければ、命の恩人を俺みてえな害虫から守るつもりなのかもしれねえ。
シモンも貰ってくれ、か。
シアンにしてはきっと最高の妥協なんじゃねえかこれ?
だがまあ無理だそりゃ。
悪いがシモンとあゆみを共有とか、それだけはゼッテー勘弁だ。
どう考えても俺が我慢しきれるはずがねえ。
どっかで切れてシモンと殺しあいになっちまうのが落ちだろう。
「!…………」
俺が視線を戻すとあゆみが突然顔をあげた。
何か言おうとして口を開き、でもまた口をつぐむ。
そして皆が見守る中、またもギュッと自分の手を握りしめ俯き、我慢するように眉根をきつく寄せてしばらく考え込んでから、とうとうポロポロ涙をこぼし始めた。
ああちくしょう、見てらんねえ。
あゆみがそんなに苦しむ必要ねーんだよ。
どの道今までだって俺には特別な女なんか誰もいなかったんだ。
身体だけならまた幾らでも見つけられんだろうし、前だってそうやって過去を忘れてきた。
それで充分生きてこれた。
……今度こそ、もう二度とあゆみみたいのは無理だろうがな。
オレナンカ、シアワセニナレルハズ、ネーヨナ。
俺の中で小さい俺が呟くのが聞こえる。
それは昔聞き慣れた声だった。
両親をなくしてから何度となく聞いてきた。
そんなことある訳ねえ!
俺だっていつか!
そう思って抗いつつも、いつも聞き続けてきた俺自身の声。
どんなに反抗してもいつも俺の限界を思い出させる。
俺が幸せになれるはずねえって。
いや、違うな。
俺は間違いなく幸せだった。
あゆみと出会えて。あゆみと暮らして。あゆみに告り告られて。
結婚して受け入れられて昔感じたような幸せな時間に酔っちまって。
この幸せがずっと続くような気がしてた。
正直出来すぎだよな。俺みたいのがあゆみを独占してていいはずねえ。
こいつは俺が死ぬ気で心配せずにはいられねえほど素直で、魅力的で、優しくて、賢くて。抜けてるようでいていつの間にかちゃっかり自分の居場所確保してるし、魔術だって桁違いで。しかも。
ホントに綺麗になったよな。
ここ一月、ずっと思ってた。
ここに来た当時の、殻に閉じこもったような頑なさが減ったあゆみは、日々花開くように綺麗になってきてる。多分内面の輝きが増してるからなんだろうな。
たとえ別れることになっても、以前とは違う。こいつは無事だし前より断然強くなってるし。いっそ俺といるより安全で幸せになれるだろう。
たとえ俺がまた一人になっちまうとしても『あの時』とは全く違う。
そう思えばフッと胸が軽くなった。
黙り込むあゆみを見てるうちに俺の気持ちのほうがサッパリしちまった。
これ以上あゆみを困らせる必要ももうねえよな。
とっとと言ってとっとと終わらせよう。
なに、バッカス連れて外出りゃまあ愚痴ぐらい聞いてくれるだろ。
意を決した俺は最後に声が震えないように、何とか普通を装えるように、思いっきり力いっぱい深呼吸して、胸の痛みと共に肺に溜まってた全ての息を吐きだした。
代わりに新鮮な空気を吸い込んでグッと腹に力を籠める。
なるべくあゆみが困らねーように何とか笑顔を作り上げた。
「あゆみ、俺の事はどうでもいいから。ちゃんとこれからの自分の人生の事をよく考えて答え──!」
俺の一世一代の嘘が終わらねーうちに、あゆみに横っ面を思いっきり引っ叩かれた。
「馬鹿言わないで! 黒猫君の事がどうでもいいわけないでしょ!」
見ればあゆみの奴、片足だけで膝たちになって思いっきり俺を睨みつけてる。
あゆみに張られた頬がジンジンと痛む。
たとえそれがあゆみの全力だったとしても、こいつに殴られたくらいで痛むわけねーのに。
痛いはずなんかねーのに。
スゲー痛かった。
あゆみの手が当たった部分から何だか知らねえがスゲー痛え何かが響いてくる。
ボロボロ真っ赤になって泣きながらあゆみに睨みつけられ、あゆみが俺を平手打ちした手をさすってて。
もうどーでもいいからまずはその手を何とかしてやりてえ、とか一瞬そんなことに思考が飛んで、まともになんも考えらんねえ。
「なんでそんな顔してそんな事言うの、黒猫君! ちゃんと好きだって言ったよね私。結婚だってしたよね? なんで、そんな……」
「え……?」
ちょっとま、え?
嘘だろ、信じらんねぇ。
迷ってたんじゃねえのかよ……
俺の前で受け入れるっていえなくて、それで苦しかったんじゃねえのかよ……
「わ、私がこんなに苦しいのも、答えが出せないのも、別に迷ってるからなんかじゃぜっんぜんないんだからね! どうやって言ったら私が断る理由、皆に分かってもらえるか、すっごく悩んでた、だけなんだから!」
とぎれとぎれに、一生懸命あゆみが紡ぎ出した言葉のあまりの衝撃に、俺は身じろぎもできずにシアンとキールに謝り続けるあゆみをマジマジと見つめてた。
あゆみがスゲー怒ってる。
この前の嫉妬とかそんなんとも全然違う。
全身で俺への怒りを表現してやがる。
身体プルプル震わせて、顔真っ赤にして頬に何本も涙の跡つけて。
それが100%全部、俺のためだった。
全部俺。
俺だけの為にこいつ滅茶苦茶怒ってやがる。
怒ってくれてる。
想ってくれてる……
息が苦しい。余りに嬉しすぎて息が苦しい。
あゆみが俺がいいと言ってくれた。
誰でもなく、シモンと一緒でもなく、俺だけを選んでくれた。
迷いもなく、ただ当たり前のように俺を選び、不甲斐ない俺を叱ってる。
俺、どうやら幸せでいいらしい。
「あゆみ……」
俺が両手を伸ばしてあゆみを抱きしめようと、そう声をかけたその時。
突然グンッと何か俺の中の感覚が変わった。
何が起きたのか分からず一瞬身構えて、だがすぐその原因に気づいて気が抜ける。
スゲーいい匂いがする。あゆみの匂い、それに煮干しの匂い。
だが次の瞬間、あゆみの身体が火を入れたエビのようにキュゥっと丸まり始めた。膝を抱え込むように前のめりに丸まってく。
このままじゃ頭ぶつけちまう!
慌てて俺があゆみを抱きとめたのとあゆみが完全に脱力しちまうのがほぼ同時だった。
ぎりぎりで抱き留めたあゆみの上半身を起こしあげて顔を覗き込むと、あゆみが白目向いて気絶してやがる。
「お、おい、これどうなってんだ! シアンお前なんかしやがったのか!」
動転して俺が叫ぶと、慌てる俺を横目にシアンとシモンが顔を見合わせてため息をつく。
キールがテリースを見やり、テリースがすぐにあゆみの脈をとって額に手を当てた。
「ネロさん、あゆみさんは今日一体何をされてたんですか?」
「なんだよ! ちゃんと説明しろよ、おい!」
焦る俺の肩に手をおいてなだめながらテリースが小さな微笑みを浮かべ答えてくれる。
「あゆみさんに限ってこれは起きないのかと思ってたんですがね……。安心してくださいネロさん。これは普通誰もが一度はかかる、典型的な『魔力切れ』の症状ですから」
テリースの気の抜けた声が部屋に響き、俺は脱力してあゆみを抱えたままその場にへたりこんだ。
シアンのはっきりとした言葉の意味が俺の鈍い頭にもようやく到着した途端、一発で気が遠くなった。
思いっきり横っ面ぶん殴られた気分だ。
なんで俺はこの可能性を考えなかったんだ?
昨日俺にあんな引っ掛けしてきた奴らだ、これくらいするのは予測しとくべきだった。
テリースがすぐに騒ぎ出すとシアンがとんでもねえこと言いだした。
この女、俺と一緒にシモンをあゆみの夫にする気でいるらしい。
何考えてんだこの女?
ああ、あの初代王のせいでハーレム状態が当たり前だとでも思ってやがるのか?
冗談みたいな話だがシアンの目はスゲー本気の色をしてやがる。
最初はまた俺を試すためなのかと勘ぐったりもしたが、どうも様子が変だ。シアンはすごく真剣だし、驚いたことにシモンも満更でもないようだ。
あゆみがツッコミ入れたおかげで今日のおかしな文官面接の謎は解けたが全然嬉しくねえ。
結局上手く切り抜けられるような言い訳は全く見当たらず。
キールに返答を尋ねられたあゆみが自分の手を見つめてうなだれ、そのままジッと考え込んだ。
この時俺は内心死ぬほど焦ってた。
あゆみのやつ、これ受けちまうんじゃねーか?
常識だとか義務だとかにやたら律儀なやつだ。こんな大義名分ぶら下げられた上で追い込まれたら嫌とはいえねーかも。
以前キールに、あゆみを他の奴との結婚に追い込んでやろうかと脅されたのを思い出す。まああん時は結局あゆみと俺が結婚してるって俺にばかり都合のいいデマを流されて終わったんだが。
だが今回は違う。政治的な背景のある、国と国の折衝だ。普通に考えて受けるほうが順当だろう。
それなら俺がせめて助言して、あゆみにこんな申し出受ける必要ねーことを言ってやればいいじゃねえか。
そこまで来てはたと気が付いた。
待て、本当にそれでいいのか?
相手はシモンだ。あんまこういうの考えたくねーけど見るからの美形で頭もいい。肝も座ってるしマジもんの王族だ。
ふと余計嫌な考えが浮かんだ。
これ、いわゆる玉の輿ってやつじゃねーか。
まああゆみも俺ももう別に金には困っちゃいねーが、こいつには俺にないこの世界の知識が山とある。こいつの嫁になれば全エルフもあゆみのバックアップに付くだろう。
……間違いなく俺と二人で森で暮らすよりはいい生活できんだろうな。
悲しい事実が頭に浮かんできた。
死ぬほどつれえけどこれ、俺一人諦めりゃいい話じゃねえのか?
そうすりゃシアンは文句なくウイスキーの街に結界石付けるだろうし、今後北ザイオン帝国やキールの支援にも回るだろう。
あゆみも安定した生活に移れるし、こいつの足だってシモンたちなら治せるだろう。
それに引き換えこっちは今朝猫もどき宣言されたばっかの教養もなんもねえ元フリーターだ。
得意と言えるのは喧嘩くらいのもんで、乱暴な上にあゆみが引くような過去しか持ってねえ。
ふとシアンを見た。何を恐れてるのか俺が見つめてもまるっきりこっちを見ようとしない。
まあ気まずかろうさ。こんな申し出をしてくるくらいだ、よっぽどあゆみを囲い込みたいんだろう。テリースの言葉が正しければ、命の恩人を俺みてえな害虫から守るつもりなのかもしれねえ。
シモンも貰ってくれ、か。
シアンにしてはきっと最高の妥協なんじゃねえかこれ?
だがまあ無理だそりゃ。
悪いがシモンとあゆみを共有とか、それだけはゼッテー勘弁だ。
どう考えても俺が我慢しきれるはずがねえ。
どっかで切れてシモンと殺しあいになっちまうのが落ちだろう。
「!…………」
俺が視線を戻すとあゆみが突然顔をあげた。
何か言おうとして口を開き、でもまた口をつぐむ。
そして皆が見守る中、またもギュッと自分の手を握りしめ俯き、我慢するように眉根をきつく寄せてしばらく考え込んでから、とうとうポロポロ涙をこぼし始めた。
ああちくしょう、見てらんねえ。
あゆみがそんなに苦しむ必要ねーんだよ。
どの道今までだって俺には特別な女なんか誰もいなかったんだ。
身体だけならまた幾らでも見つけられんだろうし、前だってそうやって過去を忘れてきた。
それで充分生きてこれた。
……今度こそ、もう二度とあゆみみたいのは無理だろうがな。
オレナンカ、シアワセニナレルハズ、ネーヨナ。
俺の中で小さい俺が呟くのが聞こえる。
それは昔聞き慣れた声だった。
両親をなくしてから何度となく聞いてきた。
そんなことある訳ねえ!
俺だっていつか!
そう思って抗いつつも、いつも聞き続けてきた俺自身の声。
どんなに反抗してもいつも俺の限界を思い出させる。
俺が幸せになれるはずねえって。
いや、違うな。
俺は間違いなく幸せだった。
あゆみと出会えて。あゆみと暮らして。あゆみに告り告られて。
結婚して受け入れられて昔感じたような幸せな時間に酔っちまって。
この幸せがずっと続くような気がしてた。
正直出来すぎだよな。俺みたいのがあゆみを独占してていいはずねえ。
こいつは俺が死ぬ気で心配せずにはいられねえほど素直で、魅力的で、優しくて、賢くて。抜けてるようでいていつの間にかちゃっかり自分の居場所確保してるし、魔術だって桁違いで。しかも。
ホントに綺麗になったよな。
ここ一月、ずっと思ってた。
ここに来た当時の、殻に閉じこもったような頑なさが減ったあゆみは、日々花開くように綺麗になってきてる。多分内面の輝きが増してるからなんだろうな。
たとえ別れることになっても、以前とは違う。こいつは無事だし前より断然強くなってるし。いっそ俺といるより安全で幸せになれるだろう。
たとえ俺がまた一人になっちまうとしても『あの時』とは全く違う。
そう思えばフッと胸が軽くなった。
黙り込むあゆみを見てるうちに俺の気持ちのほうがサッパリしちまった。
これ以上あゆみを困らせる必要ももうねえよな。
とっとと言ってとっとと終わらせよう。
なに、バッカス連れて外出りゃまあ愚痴ぐらい聞いてくれるだろ。
意を決した俺は最後に声が震えないように、何とか普通を装えるように、思いっきり力いっぱい深呼吸して、胸の痛みと共に肺に溜まってた全ての息を吐きだした。
代わりに新鮮な空気を吸い込んでグッと腹に力を籠める。
なるべくあゆみが困らねーように何とか笑顔を作り上げた。
「あゆみ、俺の事はどうでもいいから。ちゃんとこれからの自分の人生の事をよく考えて答え──!」
俺の一世一代の嘘が終わらねーうちに、あゆみに横っ面を思いっきり引っ叩かれた。
「馬鹿言わないで! 黒猫君の事がどうでもいいわけないでしょ!」
見ればあゆみの奴、片足だけで膝たちになって思いっきり俺を睨みつけてる。
あゆみに張られた頬がジンジンと痛む。
たとえそれがあゆみの全力だったとしても、こいつに殴られたくらいで痛むわけねーのに。
痛いはずなんかねーのに。
スゲー痛かった。
あゆみの手が当たった部分から何だか知らねえがスゲー痛え何かが響いてくる。
ボロボロ真っ赤になって泣きながらあゆみに睨みつけられ、あゆみが俺を平手打ちした手をさすってて。
もうどーでもいいからまずはその手を何とかしてやりてえ、とか一瞬そんなことに思考が飛んで、まともになんも考えらんねえ。
「なんでそんな顔してそんな事言うの、黒猫君! ちゃんと好きだって言ったよね私。結婚だってしたよね? なんで、そんな……」
「え……?」
ちょっとま、え?
嘘だろ、信じらんねぇ。
迷ってたんじゃねえのかよ……
俺の前で受け入れるっていえなくて、それで苦しかったんじゃねえのかよ……
「わ、私がこんなに苦しいのも、答えが出せないのも、別に迷ってるからなんかじゃぜっんぜんないんだからね! どうやって言ったら私が断る理由、皆に分かってもらえるか、すっごく悩んでた、だけなんだから!」
とぎれとぎれに、一生懸命あゆみが紡ぎ出した言葉のあまりの衝撃に、俺は身じろぎもできずにシアンとキールに謝り続けるあゆみをマジマジと見つめてた。
あゆみがスゲー怒ってる。
この前の嫉妬とかそんなんとも全然違う。
全身で俺への怒りを表現してやがる。
身体プルプル震わせて、顔真っ赤にして頬に何本も涙の跡つけて。
それが100%全部、俺のためだった。
全部俺。
俺だけの為にこいつ滅茶苦茶怒ってやがる。
怒ってくれてる。
想ってくれてる……
息が苦しい。余りに嬉しすぎて息が苦しい。
あゆみが俺がいいと言ってくれた。
誰でもなく、シモンと一緒でもなく、俺だけを選んでくれた。
迷いもなく、ただ当たり前のように俺を選び、不甲斐ない俺を叱ってる。
俺、どうやら幸せでいいらしい。
「あゆみ……」
俺が両手を伸ばしてあゆみを抱きしめようと、そう声をかけたその時。
突然グンッと何か俺の中の感覚が変わった。
何が起きたのか分からず一瞬身構えて、だがすぐその原因に気づいて気が抜ける。
スゲーいい匂いがする。あゆみの匂い、それに煮干しの匂い。
だが次の瞬間、あゆみの身体が火を入れたエビのようにキュゥっと丸まり始めた。膝を抱え込むように前のめりに丸まってく。
このままじゃ頭ぶつけちまう!
慌てて俺があゆみを抱きとめたのとあゆみが完全に脱力しちまうのがほぼ同時だった。
ぎりぎりで抱き留めたあゆみの上半身を起こしあげて顔を覗き込むと、あゆみが白目向いて気絶してやがる。
「お、おい、これどうなってんだ! シアンお前なんかしやがったのか!」
動転して俺が叫ぶと、慌てる俺を横目にシアンとシモンが顔を見合わせてため息をつく。
キールがテリースを見やり、テリースがすぐにあゆみの脈をとって額に手を当てた。
「ネロさん、あゆみさんは今日一体何をされてたんですか?」
「なんだよ! ちゃんと説明しろよ、おい!」
焦る俺の肩に手をおいてなだめながらテリースが小さな微笑みを浮かべ答えてくれる。
「あゆみさんに限ってこれは起きないのかと思ってたんですがね……。安心してくださいネロさん。これは普通誰もが一度はかかる、典型的な『魔力切れ』の症状ですから」
テリースの気の抜けた声が部屋に響き、俺は脱力してあゆみを抱えたままその場にへたりこんだ。
0
お気に入りに追加
439
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
伝説の霊獣達が住まう【生存率0%】の無人島に捨てられた少年はサバイバルを経ていかにして最強に至ったか
藤原みけ@雑魚将軍2巻発売中
ファンタジー
小さな村で平凡な日々を過ごしていた少年リオル。11歳の誕生日を迎え、両親に祝われながら幸せに眠りに着いた翌日、目を覚ますと全く知らないジャングルに居た。
そこは人類が滅ぼされ、伝説の霊獣達の住まう地獄のような無人島だった。
次々の襲い来る霊獣達にリオルは絶望しどん底に突き落とされるが、生き残るため戦うことを決意する。だが、現実は最弱のネズミの霊獣にすら敗北して……。
サバイバル生活の中、霊獣によって殺されかけたリオルは理解する。
弱ければ、何も得ることはできないと。
生きるためリオルはやがて力を求め始める。
堅実に努力を重ね少しずつ成長していくなか、やがて仲間(もふもふ?)に出会っていく。
地獄のような島でただの少年はいかにして最強へと至ったのか。
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる