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第10章 エルフの試練

閑話: 黒猫のぼやき8

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 今日はとにかくひでえ一日だった。

 まあ庄屋の和室であゆみに抱き着かれながら目覚めた朝は悪くなかった。
 その後食ったしっかり炊き上げられた飯も、刻んだ油揚げの味噌汁も、風味こそ足りないが文句なく美味かった。

 だがそっからがひどかった。

 あゆみがシアンに自分の聞きたかったことを質問すると、なぜか俺があゆみの魔力を吸い続けてると指摘され、俺が実はまだ猫の一種みたいな物だと教えられた。
 話から察するに俺が魔力を使うと猫になるのもすぐまたこの姿に戻れるのも、どうやら全てあゆみから常時魔力を大量に提供してもらってるからのようだ。
 しかもその漏れ続けてる魔力は、必ずしもあゆみが望むものにのみ影響を与えるとは限らないらしい。
 最悪だ。あの草原に現れたネズミの親玉みたいなのが突然部屋に湧くとか、ゼッテーごめんだ。

 シアンは暗に何か俺に伝えてきたが、そんなのは俺が勝手にどうにか出来る問題じゃねえ。取り合えず今のところはあゆみの魔力総量を削るべく、シアンの指導のもと魔晶石作りが始まった。
 それは信じられねえ光景だった。
 普通何百年、何千年とかけて伸びるはずの鉱石が目の前で金属音を上げてニョキニョキ伸びていく。
 出来上がった人の頭ほどもある魔晶石を前にシモンが指摘した大まかな価値を聞いた瞬間、ズキンっと心臓が痛んだ。
 そうでなくてもあゆみは狙われやすいのに、こいつがこんな事も出来るなんて他の奴らに知られたらマジもうどうしようもなくヤバい。
 釘は刺したがあゆみの反応はいま一つとぼけてて信用できねー。
 また俺の心配事が一つ増えた。

 出来上がった人の頭ほどもある魔晶石を結界石に変化させながら、あゆみがシアンに止めどもなく質問を繰り返していく。
 あゆみが尋ねるとまるで姉か何かのようにシアンが嬉しそうにスラスラと返事を返す。どうにもこのシアンのあゆみへの入れ込み具合はちょっと度を超してる気がして、なんだか嫌な胸騒ぎがする。

 領城に戻るとイリヤとイアンに無理やりあゆみと引き離された。あゆみはへんてこな椅子に乗せられて担ぎ上げられイアン共々走り去るし、イリヤはイリヤでチクチクと嫌味を言い続けるし。
 どうにもイリヤは苦手だ。面倒見のいい婆ちゃんなのが分かるから、言い返す気にもなれねーし無視もできねえ。仕方なく耳を伏せて嫌味を聞き流してたら、いつの間にか見たこともない応接室に連れてこられてた。
 中に入るとキールが部屋の真ん中に置かれたたった一つのソファーにどかっと座ってる。手招きされて俺もキールの横に並んで座った。

「すぐに準備は済むがその間に今までの報告を済ませてくれ」

 そう言ってキールがイライラと膝を組む。なんか変な感じはしたがまずは手短に報告を始めた。
 ハローワークや役所の事はイアンが既に報告してるはずなので、狼人族が思いのほか喜んでバースとの行き来に人を出してくれること、何とか獣人を今後その取引に使って欲しい事、ついでに昨日あの庄屋の家で起きたことを念のため伝えておいた。
 そこまで俺の話を聞いたキールが重いため息をつく。

「やっぱりそう来たか。まあいい、準備が整ったようだから面接を始めるぞ」


 そこからは部屋に4~5人ずつ人が入ってきては自己紹介を始めた。
 キール曰く、俺たち付きの文官かまたはあゆみ付きの召使にどうかって事だがなんで女しかいねーんだ?
 しかも全員なぜか名前や出身の他に年齢だの趣味だのを言いつのる。
 こっちの面接はこんなもんなのか?

 「悪いキール、全然集中できねえ。特に誰がいいだの悪いだのないんだが文官っていうからには暗算暗い出来なきゃ意味ねーだろ。あゆみはもう別に部屋つきの召使なんかいなくたって俺と二人で充分だ。そんな無駄な金使うのはごめんだぞ」

 15人も見たところで俺は音を上げて、両手を上げキールに文句言った。それを聞いたキールも疲れた顔で「同感だ」とだけ短く言ってさっきっから部屋の入り口で監督してたイリヤを睨んだ。

「イリヤ、中止だ。悪いがこんな事にばかり時間を割けん。俺もネロも当面文官も召使も必要ない」
「そ、そんな事言われずにどうか──」
「イリヤこれは命令だ。悪いが俺たちは上に行くぞ」

 それだけいったキールはオロオロと戸惑ってるイリヤを置き去りにして、俺を連れて逃げるように部屋を飛びだした。
 キールの部屋に戻るとすぐにアルディとテリースが入ってきた。

「キーロン陛下。やっと一人『ウイスキーの街』の治療院に来てくれる者がみつかりました」

 ニコニコと機嫌よくテリースがそう言いながら、俺のすぐ横の椅子に腰かけた。アルディはいつも通りキールの後ろに置かれた椅子に腰かける。

「なんだテリース、あれは建前じゃなくほんとに探してたのかよ」

 昨日の様子から、てっきりエルフの様子を見に行くためについてきてくれてたのかと思っていた俺は少し驚いて尋ねた。

「当り前です。まさかお爺様や大叔母様がここにずっと滞在されていたなんて、今回連絡を取るまで全く知りませんでしたし」

 そこで俺は昨日の会話で気になったことを思い出してテリースを睨みつけた。

「おい、テリース。お前俺たちに嘘ついてたろ」
「え? 何のことですか?」
「お前、俺たちに300歳くらいって前にいってたの、あれゼッテー嘘だよな」
「ああ、そのことですか。嘘ではありませんよ、実際そんなに違わないはずです。細かいことはまた今度説明しますが要は私の勘違いです。あの二人がエルフの森を立つ前に彼らを訪ねたんですが、当時傷心だった私を、心の傷を癒やすためだと言って無理やり眠りにつかせてくれたんですけどね……。思っていた以上に長い間、私は彼らに眠らされてたようです」
「長くってお前、一体どんだけ寝てたんだよ」
「そうですねぇ。私が目覚めたあと中央でキーロン陛下の10代前のお祖父様に出合い、お屋敷に招かれたのが約250年ほど前でしょうか?誤差から多分50年くらいじゃないかと」
「……それかなり楽天的な計算だよな。あいつらがもしお前が眠りについた数百年後にエルフの森を後にしてたらお前の年齢100年単位で伸びるぞ」

 俺が呆れてそういうとテリースが少しムッとしながら俺を見返す。

「もしそうだとしてもです。私はその間ずっと寝ていたんですから気にする必要はありません。実質私が目覚めていたのは300年足らずですし」

 とんでもねーサバの読みかただなこいつら。まあ生きる時間の単位が違い過ぎてそうなっちまうのか。
 俺が呆れてるとキールがもういいか、と目顔で俺に確認してテリースに向き直った。

「それでどんな奴にしたんだ?」
「ああ、実は獣人族のゴーティの弟子のヴィゴティです。丁度独立を許されたところだったそうなので引き抜きました。明日には彼を連れて街に戻ろうと思います」

 顎髭ゴーティの弟子がちょび髭ヴィゴティかよ。いくらなんでもそれは出来過ぎだろ。
 あ、それより。

「待て、獣人なんてあの街にはまだ誰もいねーだろ。大丈夫なのかよ?」

 心配になって俺が聞くとテリースが首を傾げた。

「何を言ってるんですか。バッカスさんや狼人族の皆さんがちょくちょく来てくれてますよ。治療院で人手が足りないときなどビーノが笛を吹くとすぐ飛んできてくれますし」
「お、お前、あいつらをそんなに顎で使いまくってんのかよ……」

 悪びれもせずに答えるテリースにまたも呆れちまう。
 それを横目にキールが快活に答えた。

「まあお前の代わりが見つかったのは助かる。これでお前もハウス・スチュワートの仕事に専念できるだろう。ネロたちも明日には出立の予定だから帰りは馬車を使ってくれ」
「分かっています。ちょうどいいので色々と買い揃えて戻るつもりです」

 そう言うテリースに驚いて問いただした。

「買い揃えるってテリース、お前でも金を使うこともあるのか」
「失礼ですねネロ君。私だって必要なものは揃えますよ。キーロン陛下がここに持ち込まれた白ウイスキーを元手に、少しばかり街で利ザヤを稼ぎましたから医療品を買い足したんです」

 テリースの言葉に今度はキールがギョッとしてテリースを振り向く。

「待て、そんな話は聞いてないぞ?」
「ご安心ください陛下。街の領主ご用達の酒屋に参りまして『いつまでも新しい商品が揃えられないようじゃこれから大変ですねぇ』と声をお掛けしたら、喜んで少しばかり上乗せしたお値段で引き取ってくださいました。ですから陛下が設定されていた金額は変わりなく陛下の手元に入っています」

 こいつ、キールにも黙って上前跳ねたのかよ。最近のテリースは守銭奴根性の入り方が違う。
 キールと二人呆れ返ってると、そこに扉の叩かれる音がして「あゆみたちが来たから昼食にしてほしい」とイリヤに告げられた。


 昼を食べながらエルフが街の壁に結界石を設置した話をキールにした。あゆみに話を振るとボーッとして全然話を聞いてなかったらしい。あゆみがすぐ答えられず、慌てて謝り始めた。
 だけどどうも顔色が白っぽい気がする。まあ、あゆみもここに来て結構日焼けしたから確かなことは言えねーがボーッと仕方もいつもより酷い気がする。
 俺が指摘しても本人にはまるっきり自覚がないらしい。あゆみに謝りながら先を催促されて、仕方なく掻い摘んで今までの話を繰り返した。
 まああゆみに話は振ったが、実はキールも俺もシアンたちと交渉するより他にねーのは充分分かってた。
 分かってるのと納得するのは別もんなんだけどな。

 俺たちが昼飯を終えると、またも待ってたというようにイアンが俺たちを新政府庁舎の一室に引っ張ってきた。
 そんな長い時間いるつもりもねーのに、勝手にここにまで俺たちの執務室を用意したらしい。
 綺麗な金の飾り文字で書かれたバカらしい名札を二つ眼の前に並べられて、初代王の不幸が必ずしも他人事じゃないのを思い知った。
 そっからは各部所の長官または代理の副長官が挨拶に来てた。まあ海外に出るとこんなやり取りはしょっちゅうだ。別に仕事とかそんなんだけじゃなく、結婚式だのパーティーだの、引っ張ってかれれば嫌でも一々紹介合戦が始まる。おかげでこういう紹介で人の名前を覚えるのには慣れてるが、本当に俺たちがこれ全員覚える必要あるのかよ?
 ギロリと睨めばイアンがしれっとした顔で何事もなかったように次のやつを部屋に入れる。

 やっとそれが終わった頃には、あゆみは完全に飽きちまってなんか紙に書き留めてた。どうやら五玉のそろばんの指南書らしい。
 ああ、これはパットとビーノ行きだな。ついでにあいつらに複写させとくか。
 俺は俺で紙片にメッセージを添えてあゆみの紙に混ぜ込んどいた。

 領城にもどるとキールたちが待ちかねて少しイライラしてた。
 知るか、俺だってできりゃとっとと抜けてきたかったんだからな。
 そこでテリースから聞きたくもなかった有りがた~い忠告を受けた。
 どうやら俺はこれからずっとエルフ共にもてあそばれる事になるらしい。原因があゆみの夫だからってんじゃ逃げようもねえ。
 心の底から嫌気が差してるところに、すっかり忘れてたあのマイクが狼人族と一緒にバースに行って布教するとか分けわかんねーことキールがいい出した。
 即刻却下しようとしたらあゆみに泣きつかれた。
 いや、泣きつくよりひでえ。魚につられたあゆみがよだれ垂らしながら目で力いっぱい訴えてきやがる。
 そんなんじゃ口で言われるより断れねーだろが……。
 結局またも俺が妥協した。


 疲れ切って庄屋の家(秘書官邸なんてゼッテー受け入れねーからな)まで行くとバッカスが満面の笑みで俺たちを出迎えた。
 もうこの時点で負けた気しかしねー。
 なんで昨日いつの間にかいなくなってたこいつらがこんな嬉しそうな顔して俺たちを待ち構えてんだよ。こんなのシアンたちがなんか吹き込んだとしか考えらんねーだろ。

 警戒しながら大広間に入るとシアンとシモンの他にもう一人、狼人族の女が座ってた。
 案の定シアンたちの示唆でバッカス達がわざわざ森から連れてきたらしい。
 狼人族の見た目の良し悪しなんか無論よく分かんねーが、この女は中々整った顔立ちに思える。要はカッコいい。
 ハビアの奴、面食いだな。

 この前の詫びにと彼女が差し出したのは、なんと煮干しだった。
 マジ信じらんねー。
 今まで気づかないなんてあゆみの痛覚隔離がなきゃありえねえ。
 朝食もそうだが、実は昨日も俺は残念ながら匂いがあまり感じられなかった。言ったら間違いなくあゆみが気にするだろうから口にしてねーけど今回ばかりは本気で後悔した。

 煮干しが俺を睨んでる。
 目が離せねー。
 匂いも嗅げねえのに勝手によだれが垂れそうになってくるのを気力で我慢した。
 なんだよ、確かに俺煮干しとか嫌いじゃなかったがここまでじゃなかったよな?
 海外出てた時だって別にここまで食いたいなんて思った事ねーぞ?
 これやっぱ猫の身体の影響か?
 悔しいが今はどうでもいい。取り合えず煮干しを一本口に突っ込んでやっと気が済んだ。

 そして俺が他の奴らの目を盗んで煮干しをチビチビつまんでる間にキールがシアンたちに色々説明し、その要請にシアンたちが返答する形で最後の爆弾発言を投下した。
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