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第10章 エルフの試練

22 文官教育

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 シアンさん達と別れた私たちは大急ぎで領城に向かった。多分イアンさんが首を長くして待ってる気がする。
 案の定、領所のすぐ近くまで歩いていくとイアンさんが数人の若い人を引き連れて新政府庁舎から飛び出してきた。

「ネロ様、あゆみ様、一体何をされてたんですか! なぜ馬車を呼んで下さらない。ネロ様はキーロン陛下がお待ちですよ、あゆみ様は今すぐ講義室に向かってください。あなたがいなければ何も始められませんですから」

 黒猫君が何を言う間もなくやはり領城からわらわらと出てきた人たちの方に彼を追い立ててからイアンさんは私に目の前の物を指さした。

「お座り下さい」
「え……」

 そういってイアンさんが指さしたのはなんだか飾り立てられててやけに豪華な一脚の椅子。なんでこんな所に椅子があるかと言えば今イアンさんが若い人たちに持って来させたから。でも道の真ん中で椅子に座るってどうなんだろう?

「お座り下さい」

 私が躊躇ってるとイアンさんが顔を赤くして繰り返した。振り返ると黒猫君はイリヤさんに「また徒歩でお出かけされて!」とお小言を言われながら領城に連れ帰られてる。

「ひゃあ!」

 仕方なく私が椅子に座るとさっきの若い人たちが3人がかりで私の椅子を持ち上げた!

「ちょ、これイアンさん!下ろしてください!」
「あゆみ様を抱え歩くとネロ様がご立腹されるとエミール殿下からご忠告頂きました。結果今後こちらで御用のある時はこうして運ばせていただきます」

 私の文句はきれいさっぱり無視された。どうも時間が全然ないらしく、そのまま皆で走り出す。
 椅子ごと動くのはかなり怖い。椅子がスーッと前に進むならともかく、担いでるから上下に揺れるんだもん。
 それでも何とか肘置きにしがみついて目的地まで振り落とされずに頑張った。

「皆さん、秘書官のあゆみ様が到着しました」

 目的の部屋に入った途端、イアンさんがその良く通る声を上げるとザッっと音を立てて部屋にいた人間が全員立ち上がる。ちょっと大学の講義室を思い出すような階段状に上がっていく部屋にはギッシリと人が詰まってた。全員真っ黒なローブに身を包んできっちり白い帯を首からかけててその異様な光景と無言のプレッシャーに椅子の上で体が勝手に後ろに仰け反る。

「「「「よろしくお願いします!!!」」」」」

 それに追い打ちをかけるように全員そろって野太い声の挨拶を飛ばされた。引きつった顔を無理やり笑顔に変えて私も向き直って返事を返す。

「こちらこそよろしくお願いします。今日はお待たせしてしまって申し訳ないです」

 あ、イアンさんの顔が怖い。え、だってちゃんと口調は偉そうだよ。確かにちょっとばかり丁寧過ぎるのかも知れないけどこれ以上は私に求めないで欲しい。

「あのー、下ろしてください」

 いつまでも輿のように持ち上げられた椅子の上が居心地悪くてそう言うとシアンさんが首を横に振る。

「あゆみさん一人ではこの教室内だって歩くのが大変です。どうぞそのままで」
「いえ、それじゃそろばん見えませんし。無理です。下ろしてください。この通り杖もありますから」

 しばらくの水掛け論の末、若い男の人が一人ずっと後ろをついて歩いて補佐する、と言う条件で何とか納得してもらった。
 こんな馬鹿らしい事に30分も費やしちゃった。なのに部屋に座ってる皆さんは揃って無言で待ってくれてた。
 そこからはまあ順調だった。私がウイスキーの街で書き留めていた個人台帳の手続きのまとめはすでに人数分書き写されてたらしい。皆それぞれ自分の分の指示書を持っててくれたので説明は楽だった。
 そろばんも問題なし。今日来た人たちは全員どうやら暗算が出来るらしい。
 部屋に集まってたのは本当に年齢も見た目もバラバラな人たちだった。全部で15人程、すっごく体形のいい軍人さんっポイ人もいればちびっちゃい子供みたいな人。髪を長く伸ばした優男に日本だったら定年間近なはずのオジサマ。それぞれ皆さん忙しそうに私の話をメモってる。なんか自分が凄く偉そうで居心地が悪いったらありゃしない。
 それでも何とかこちらもクリアしたところで最後に私は締めくくる様に言ってしまった。

「これで今日ご説明する事は以上ですがどなたかご質問はありますか?」

 途端。またもザザザ!っという音と共にすごい勢いで全員が手をあげた。勢いに押され助けを求めて振り返るとイアンさんが少し顔を顰めてる。
 あれ? 私今の言っちゃいけなかったんだろうか?
 でも手をあげてくれてる人に答えないのは良くない。私は一番前に座ってた人を指さして質問を促した。

「城内警備隊隊長のギャレス28歳。独身です。あゆみ様はネロ様とご結婚されてるのですか?」
「し、してます」

 へ、何この質問!?
 びっくりして素直に私が答えるとすぐに隣の男性が立ち上がった。

「法務部二部第一総務官、ジョン18歳です。あゆみ様とネロ様はすでに専属の文官がいらっしゃいますか?」
「え、専属ですか? いるんでしょうか?」

 ついイアンさんを見て質問してしまった。イアンさんがため息をつきながら代わりに答えてくれる。

「まだ保留中です。ネロ様は以前ウイスキーの街に2人いると言ってらしたので」
「あ、パット君とタッカーさん! はい、います。あ、でも彼はここには来れないと思いますよ、あちらの仕事が忙しいですから」
「そうですか……では後程ここで求人を出しましょう」

 途端室内がざわついた。
 え、これってまさか皆私たちの文官になりたいんだろうか?

「新政府財務管理部改めお役所部個人台帳整理課経理のティム、48歳。あゆみ様は今後この個人台帳を法人にも適用される予定だと伺いましたがどの様な違いがあるのか説明していただけますか?」
「そうですね、登録を募る際の──」

 それがお仕事関係の質問の始まりになって。そこから約2時間びっちり質問攻めにあった。
 それにしても何で皆部署と名前は分かるけど年齢まで言うのかな。
 とにかく私がクタクタに疲れ切ったところでイアンさんが「今日はここまでです。そろそろ昼食のお時間ですし領所でキーロン陛下がお待ちですから急ぎましょう」なんて言ってやっぱり私を椅子に座らせた。


「あゆみ様、一体なぜあそこで質問など受け付けられたのですか?」

 領城のダイニングに向かう道すがらイアンさんが少し難しい顔でそう聞いてきた。

「え、だって皆様にもし私の説明が足りてなくて分かり辛いところがあったら困ると思って。っていうかこれ普通学校で教える時に必ず聞くのでそうするのが当たり前だと思ってたんですけど。ここでは違うんですか?」

 私の答えになってるのかどうかよく分からない返事にイアンさんがため息をつく。

「中々厳しいことをされると思ったらどうも習慣の違いのようですな。ここではキーロン陛下の秘書官様直々に質問を促されて質問が出来ないようではあっという間に干されます。ですから皆必死でしたぞ」
「ええ!? 私そんなつもりで聞いたわけじゃなかったのに」
「しかもお二人に個人的に近い立場になれる機会があれば即出世コースですからな」
「個人的にって、ああ専属の文官」

 得心が言って私が頷くとイアンさんが微妙な顔をした。あれ?
 でもすぐにゴホンっと咳払いして締めくくる。

「ですからネロ様もあゆみ様もそろそろご自分のお立場をご理解いただきたい」
「そ、そうですね。善処いたします」

 私がテリースさんに教わった定型通りの返事をするとイアンさんが満足そうに頷いた。

 お昼は美味しかったんだけど今一つインパクトに欠けていた。だってやっぱり今は和食に頭がいっちゃってるから。和食。私の和食。今夜も食べられる。お醤油万歳! お味噌万歳!

「──っておい、あゆみお前ちゃんと聞いてたか?」
「え? ゴメン聞いてなかった」

 本当に聞いてなかったから正直に謝ると黒猫君がなぜかちょっと心配そうに私を見る。

「お前なんか疲れた顔してるぞ。マジで大丈夫なのか?」

 え? それは自覚がない。

「そんな事ないよ、ホントに全然大丈夫。それで何の話だったの?」
「いやキールに今朝のシアンたちが言ってた街の結界の件を説明してたんだが──」
「多分王都から戻った兵士が街に入った途端息絶えたのはそのせいではないかと」

 黒猫君の言葉をエミールさんが引き取った。ああ、そっか確か傀儡にされてたって言ってたもんね。

「現状傀儡に対する有効な対策が何もない俺達としては正直その結界はかなりありがたい。そこでだ、ネロ曰く作ろうと思えばまだ作れるって事だが?」

 そう言ってキールさんが私の顔色を窺う。
 うーん。私は別にいいんだけどさっき黒猫君は私が魔晶石作るのに反対してたみたいだからちょっと心配。そう思って私が視線で問いかけると黒猫君がそれには答えずに説明を補足してくれた。

「キールは出来れば『ウイスキーの街』にも結界を張りたいんだとさ」
「ああそっか、そうですよね。あ、でもそうすると中にいる傀儡になってる人たちはどうなるんだろう?」

 今も牢屋の中で時を止められている娼館の女性たちの事が頭に浮かんだ。

「俺らじゃ分かんねーな」
「発動させる仕組みも必要だろうし」
「壁に仕込むのもあいつらしか知らねーし」

 そこまでいって黒猫君とキールさんが顔を見合わす。

「他に分かるやついねーよな……」
「俺も残念ながら思いつかんな……」

 キールさんも黒猫君もさっきっからなんか歯切れ悪い。それでも最後にキールさんがため息をついて吐き出す。

「……出来るなら後はネロたちに押し付けてもう関わりたくないと思ってたんだが……仕方ない。もう一度今夜シアンたちと話し合いをする事にしよう」

 そういったキールさんは本当に苦虫を噛み潰したような渋い顔で深いため息をついた。
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