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第10章 エルフの試練
18 和食
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「さてそろそろ夕食の準備ができるはずですから難しいお話は一旦ここまでにしましょう」
俺たちの話が一段落したのを見て取ったシアンがそわそわとこちらの様子を窺っていた先ほどの農村の娘を見てそういった。
途端あゆみの顔がキラキラと輝いた。
頼む、誰か俺はここまであからさまに反応してないと言ってくれ。
そう思いつつもさっきっから漂ってくる米の炊ける匂いに勝手に唾が口の中に溜まって飲み下さずにはいられない。
「農村の者たちにはたっぷり作る様にお願いしていましたからそこに立ってらっしゃる兵士の皆様もどうぞご一緒してくださいませ」
「いえそういうわけには──」
シアンにそう言われて戸口の所で見張りをしていたアルディが慌てて断ろうとするのをキールが制した。
「アルディ、これ以上もめ事に発展する理由ももうなさそうだ。折角こいつらが『ネロ』の収穫から夕食を馳走してくれるというならお前たちも一緒に頂いていいぞ」
「しかし……」
キールがそう言ってもアルディも兵士たちも自分たちの格好を見て動かない。どうやら軍服で和室に上がるのを躊躇しているようだ。
「もし服装が気になるのでしたら着替えもありますが?」
シモンがすぐに気を利かせてそう言うとシアンがパッと顔を輝かせてあゆみを見る。
「ああ、そうだったわ、あゆみさん。もよろしければ是非私の浴衣に着替えて見せて」
「え、浴衣ですか? そ、そんなのお借りするの申し訳ないですよ」
シアンの唐突な勧めにあゆみが戸惑ってるが。
あゆみの浴衣姿、か。ちょっとかなり嬉しいかもしれねー。
まさかこんな所でそんなもん見れるとは思ってなかった俺は口元が勝手に緩むのを抑えきれねえ。
俺の顔色が変わったのに気づいたらしいシアンが余計目を輝かせてあゆみに迫る。
「そんな事言わないでお願い。一度でいいから主様と同じ国の女性が着てるところを見てみたかったの!」
シアンがそう言って座っているあゆみを強引に引っ張り上げようとする。
「待てシアン、あゆみ一人じゃ歩くのが──」
「大丈夫ですわ! 私が支えますもの」
俺が慌てて立ち上がろうとするのと何をどうやったのかシアンがあゆみを立たせたのが同時だった。
そのままあシアンがゆみの右側に立って腕を組んで歩き出すとなぜかあゆみの身体が勝手に前に進み出す。あゆみは驚きながらもまるで両足があるかのように片足を前に出せている。
「えええええ!? シアンさん、これどうなってるの!?」
「あゆみさんの右側を私の身体にシンクロさせてるだけよ。さあ行きましょう」
驚くあゆみと俺の事などお構いなしにシアンがあゆみを別室に引きずっていった。
「ネロさんも折角だから着替えませんか。キーロン陛下とナンシー公も是非。その方が兵士の皆様も着替えやすいでしょうし」
残された俺たちを見回しながらシモンがニッコリと笑う。
俺がどうしたものかとキールを見るとキールが首を傾げて俺を見返した。
「ネロ、その浴衣ってのはなんなんだ?」
あ、いっけねえ。そりゃ知らねーよな。
「あー、俺たちが生まれた国の服装の一つだ。ここの農民やさっきシアンが着てた服に似てるが、もっと簡単で動きやすい。風呂の後なんか涼しくていいぞ」
ほんとなら風呂に入ってから着替えてぇがそれはいくら何でも高望みだよな。
なんて俺が考えてると、シモンが俺の考えを読んだように俺に微笑みかける。
「お風呂もありますよ。エルフの里にあるような温泉とはいきませんが魔晶石の鉱石湯でとても温まります。食後にいかがですか?」
「マジか……?」
「ええ『マジ』です」
シモンがクスクスと笑いながら俺のマネして答えるが。
初代王スゲー。ここにきて初代王の株が俺の中で一気に上がりまくってる。
「でも夕食までもう時間もありませんしまずはこちらに来てください」
シモンに連れられて別室に行くとそこには確かに浴衣がそろってる。ちゃんと帯も羽織もあるし……ふんどしまであった。
「ネロ、これどうやって着るんだ?」
「ネロ君、これはなんかちょっと短い気がするんですが」
「この紐の付いたのは何ですか」
「ああ、ちょっと待て。俺が着替えるからお前らは真似してやってみろって」
当たり前だがふんどしは使わなかった。全員タッパがあるからちょっと丈が短いがそこは仕方ねーだろうな。
「なんかスカスカしますね」
「これ女性用じゃないんですか?」
「剣はどうすりゃいい?」
「心配するなすぐに慣れる。これは間違いなく男性用だ。剣はこうやってここに刺す」
俺がそれぞれ少し整えてやると皆してガキみたいに喜んでやがる。
ああ、なんかこれもシモンの手玉に取られてる気がしてきたぞ。かくいう俺も余裕があったのは大広間に戻るまでだけだった。
「あゆみ……」
声が出ねぇ。
マズい、浴衣姿のあゆみが異様に可愛い。
俺たちの浴衣は地味な白と紺の縦縞の浴衣だが、あゆみのは紺地に大きな白い朝顔が幾つも染め抜かれてる。朱色の帯が映えてコントラストがスゲー綺麗だ。こんなもんまでこいつら再現してたのか。
まああゆみは普段から結構可愛いと俺は思うんだが、慣れねー浴衣のせいかあゆみの奴やたらもじもじしてやがってそれが余計……
「ネロさん、浴衣がよっぽどお気に召したみたいですわね」
意味ありげにそう言ってシアンがからかってくるが正直反応する余裕もねえ。
「さあ、すぐに夕食がきますから皆様どうぞ座って下さい」
シアンがそう言いながら入り口の所で待っていた娘に声を掛けるとすぐに夕食の善が運ばれてきた。
「うわ、凄い、ご飯にお味噌汁、それにこれお豆腐!」
「ああ、こっちはまさか天ぷらか!?」
「それにこれお茶椀だよ黒猫君、こっちはお椀!」
あゆみが歓喜の叫び声をあげ、俺もその横で興奮を抑えきれない。この前一度偵察に来た時に使ってるのを見てたから茶碗なんかがあるのは知ってたが、それにしたって料理まで乗ってここまで一揃い出てくりゃ俺だってテンションが上がらねーわけがねえ。
「おいネロ、この棒はなんだ?」
「ああ、それは箸だ。こうやって指で押さえてスプーンやフォークの代わりに使う」
「これは初めて見たな。……ネロお前器用だな、どうやってそんな風に物がつかめるんだ?」
「慣れだよ慣れ。すぐに出来るようになるだろ。シアン、こいつらにはフォークとスプーンも出してやれよ。食えなきゃ意味ねーだろ」
いくら説明してやったって初日からこんなもん使える訳ねえ。そう思って俺がシアンに頼むとシアンが不服そうにこちらを見た。
「あら、主様は和食はお箸以外で食べてはだめだと散々言われてましたわよ」
「それはお前の主とやらがひねくれてただけだ。いいから出してやれ」
「仕方ありませんわね。家主には逆らえませんもの」
俺の答えに顔を顰めながらもそう言ってシアンが給仕の物に人数分のフォークとスプーンを頼んでくれた。
「それじゃあ頂きます!」
夕飯はかなりうまかった。鰹出汁がないにも関わらず、全体によく纏まっていた。
みそ汁は焼いた豚肉で出汁を取っていたし、天ぷらのたれも甘みを強くして出汁なしでも充分食えるよう上手く作っていた。飯は……もう純粋に美味かった。
「このタレは甘いのかと思ったらしょっぱいんですね」
「こっちの白いのは味がありませんよ?」
「ああ、それはこっちのタレをかけて──」
「…………」
あゆみが全然喋んねぇ。一通り説明してやるとキールたちは何やら今後の交易やギルドとのやり取りなんかを話し合い始めたが俺も一旦口を付けたらそれどころじゃなくなった。
しばらくして一通り口を付けた所であゆみの顔がくしゃりと歪んだ。
ああ、まーこうなるわな。
俺はまあここ数年和食抜きの生活もあったから慣れてたが、こいつにとってはこんな長い間和食抜きの生活なんて初めての経験だったんかもな。俺だってもう二度と食えるとは思ってなかっただけに感動もひとしおだ。
そっと盗み見れば気のせいじゃなくあゆみの眦に涙が溜まってる。俺はそれを複雑な心持で見ながら声を掛けるのもなんか違う気がして、結局そのまま無言で目の前の食事に戻った。
それからあゆみも俺も2回は飯をお替りし、出されたものを粗方食べ終えた所でやっと一息付けた。
「お茶をどうぞ」
そう言ってさっきの農村の娘が俺とあゆみにそれぞれお茶の入った湯飲みを差し出す。これもまたしっかり釉のかかった日本らしい湯飲みだった。
「美味しかった……。うう、お、お腹苦しい~!」
あゆみが後ろに両手をついて少し上を向きながら苦しそうにそうこぼした。
「お前いくら何でも食べ過ぎなんだよ」
俺につられてかいつもの倍くらいのスピードで食ってたもんな。だが俺だって人のことは全然言えねー。もうなんも入らねーってほど満腹で睡魔が襲ってきた。
それでもあゆみが片足で横座りしながら辛そうに上を向いてるのを見て思わず膝に引き寄せ自分の胸に寄りかからせる。
「座椅子代わりにしていいぞ」
「え、悪いよ、黒猫君も苦しいんでしょ?」
「遠慮すんな。どうせお前ひとり乗ってても全然変わんねーから」
ほんと全然変わんねー。それどころかかなり嬉しい。現金なもんで食欲が満たされた途端またも浴衣姿のあゆみから目が離せなくなってたとこだった。
そんな俺たちを生暖かい目で見たキールたちが立ち上がる。
「俺たちはそろそろ領城に引き上げるぞ。あゆみ、ネロ、君たちはどうする?」
さっきまで俺に悪いだのなんだの言ってたくせにあゆみが俺に寄りかかって眠そうにうっつらうっつらしてる。俺がどうしたもんかと思案してるとシアンが「お部屋にお泊り頂けばいいですよ」と当たり前のように答えた。まあ、ここは結局俺の家になったらしいから俺が遠慮するのも変だな。
「じゃあそうさせてもらうわ。キール、領城には明日戻る」
「分かった。ああ、イアンが明日の朝一番であゆみを新政府庁舎に連れて来いって言ってたぞ」
「ああ、教習の件だな。分かった」
キールはそれだけ言ってシアンとシモンに挨拶するとエミールたちを連れてさっさと領城へ引き上げていった。
明日またイアンのおっちゃんと話すんだったらついでに外縁の連中の就職もハローワークに何とかさせるか。とっととその問題を片付けちまえばこいつらエルフも大人しく里に帰るかも知れねーし。
俺がそんな事をぼーっと考えてるとキールたちを見送ったシアンが戻ってきて俺に声を掛けた。
「さあネロ様もよろしければお湯につかっていらしたらいかがですか?」
「いや、あゆみが眠そうだし俺も部屋に──」
「いえ、あゆみ様は私が一緒にお休みさせていただきます。ネロ様はどうぞ別室でお休みください」
断ってあゆみを連れていこうとしたらそれが当たり前、っというようにシアンにそう言い切られて返す言葉が見つからねえ。
仕方なくシアンに促されるままにあゆみをシアンの部屋に連れて行って布団に横にさせ、俺はさっきの農村の娘に案内されて風呂へと向かった。
俺たちの話が一段落したのを見て取ったシアンがそわそわとこちらの様子を窺っていた先ほどの農村の娘を見てそういった。
途端あゆみの顔がキラキラと輝いた。
頼む、誰か俺はここまであからさまに反応してないと言ってくれ。
そう思いつつもさっきっから漂ってくる米の炊ける匂いに勝手に唾が口の中に溜まって飲み下さずにはいられない。
「農村の者たちにはたっぷり作る様にお願いしていましたからそこに立ってらっしゃる兵士の皆様もどうぞご一緒してくださいませ」
「いえそういうわけには──」
シアンにそう言われて戸口の所で見張りをしていたアルディが慌てて断ろうとするのをキールが制した。
「アルディ、これ以上もめ事に発展する理由ももうなさそうだ。折角こいつらが『ネロ』の収穫から夕食を馳走してくれるというならお前たちも一緒に頂いていいぞ」
「しかし……」
キールがそう言ってもアルディも兵士たちも自分たちの格好を見て動かない。どうやら軍服で和室に上がるのを躊躇しているようだ。
「もし服装が気になるのでしたら着替えもありますが?」
シモンがすぐに気を利かせてそう言うとシアンがパッと顔を輝かせてあゆみを見る。
「ああ、そうだったわ、あゆみさん。もよろしければ是非私の浴衣に着替えて見せて」
「え、浴衣ですか? そ、そんなのお借りするの申し訳ないですよ」
シアンの唐突な勧めにあゆみが戸惑ってるが。
あゆみの浴衣姿、か。ちょっとかなり嬉しいかもしれねー。
まさかこんな所でそんなもん見れるとは思ってなかった俺は口元が勝手に緩むのを抑えきれねえ。
俺の顔色が変わったのに気づいたらしいシアンが余計目を輝かせてあゆみに迫る。
「そんな事言わないでお願い。一度でいいから主様と同じ国の女性が着てるところを見てみたかったの!」
シアンがそう言って座っているあゆみを強引に引っ張り上げようとする。
「待てシアン、あゆみ一人じゃ歩くのが──」
「大丈夫ですわ! 私が支えますもの」
俺が慌てて立ち上がろうとするのと何をどうやったのかシアンがあゆみを立たせたのが同時だった。
そのままあシアンがゆみの右側に立って腕を組んで歩き出すとなぜかあゆみの身体が勝手に前に進み出す。あゆみは驚きながらもまるで両足があるかのように片足を前に出せている。
「えええええ!? シアンさん、これどうなってるの!?」
「あゆみさんの右側を私の身体にシンクロさせてるだけよ。さあ行きましょう」
驚くあゆみと俺の事などお構いなしにシアンがあゆみを別室に引きずっていった。
「ネロさんも折角だから着替えませんか。キーロン陛下とナンシー公も是非。その方が兵士の皆様も着替えやすいでしょうし」
残された俺たちを見回しながらシモンがニッコリと笑う。
俺がどうしたものかとキールを見るとキールが首を傾げて俺を見返した。
「ネロ、その浴衣ってのはなんなんだ?」
あ、いっけねえ。そりゃ知らねーよな。
「あー、俺たちが生まれた国の服装の一つだ。ここの農民やさっきシアンが着てた服に似てるが、もっと簡単で動きやすい。風呂の後なんか涼しくていいぞ」
ほんとなら風呂に入ってから着替えてぇがそれはいくら何でも高望みだよな。
なんて俺が考えてると、シモンが俺の考えを読んだように俺に微笑みかける。
「お風呂もありますよ。エルフの里にあるような温泉とはいきませんが魔晶石の鉱石湯でとても温まります。食後にいかがですか?」
「マジか……?」
「ええ『マジ』です」
シモンがクスクスと笑いながら俺のマネして答えるが。
初代王スゲー。ここにきて初代王の株が俺の中で一気に上がりまくってる。
「でも夕食までもう時間もありませんしまずはこちらに来てください」
シモンに連れられて別室に行くとそこには確かに浴衣がそろってる。ちゃんと帯も羽織もあるし……ふんどしまであった。
「ネロ、これどうやって着るんだ?」
「ネロ君、これはなんかちょっと短い気がするんですが」
「この紐の付いたのは何ですか」
「ああ、ちょっと待て。俺が着替えるからお前らは真似してやってみろって」
当たり前だがふんどしは使わなかった。全員タッパがあるからちょっと丈が短いがそこは仕方ねーだろうな。
「なんかスカスカしますね」
「これ女性用じゃないんですか?」
「剣はどうすりゃいい?」
「心配するなすぐに慣れる。これは間違いなく男性用だ。剣はこうやってここに刺す」
俺がそれぞれ少し整えてやると皆してガキみたいに喜んでやがる。
ああ、なんかこれもシモンの手玉に取られてる気がしてきたぞ。かくいう俺も余裕があったのは大広間に戻るまでだけだった。
「あゆみ……」
声が出ねぇ。
マズい、浴衣姿のあゆみが異様に可愛い。
俺たちの浴衣は地味な白と紺の縦縞の浴衣だが、あゆみのは紺地に大きな白い朝顔が幾つも染め抜かれてる。朱色の帯が映えてコントラストがスゲー綺麗だ。こんなもんまでこいつら再現してたのか。
まああゆみは普段から結構可愛いと俺は思うんだが、慣れねー浴衣のせいかあゆみの奴やたらもじもじしてやがってそれが余計……
「ネロさん、浴衣がよっぽどお気に召したみたいですわね」
意味ありげにそう言ってシアンがからかってくるが正直反応する余裕もねえ。
「さあ、すぐに夕食がきますから皆様どうぞ座って下さい」
シアンがそう言いながら入り口の所で待っていた娘に声を掛けるとすぐに夕食の善が運ばれてきた。
「うわ、凄い、ご飯にお味噌汁、それにこれお豆腐!」
「ああ、こっちはまさか天ぷらか!?」
「それにこれお茶椀だよ黒猫君、こっちはお椀!」
あゆみが歓喜の叫び声をあげ、俺もその横で興奮を抑えきれない。この前一度偵察に来た時に使ってるのを見てたから茶碗なんかがあるのは知ってたが、それにしたって料理まで乗ってここまで一揃い出てくりゃ俺だってテンションが上がらねーわけがねえ。
「おいネロ、この棒はなんだ?」
「ああ、それは箸だ。こうやって指で押さえてスプーンやフォークの代わりに使う」
「これは初めて見たな。……ネロお前器用だな、どうやってそんな風に物がつかめるんだ?」
「慣れだよ慣れ。すぐに出来るようになるだろ。シアン、こいつらにはフォークとスプーンも出してやれよ。食えなきゃ意味ねーだろ」
いくら説明してやったって初日からこんなもん使える訳ねえ。そう思って俺がシアンに頼むとシアンが不服そうにこちらを見た。
「あら、主様は和食はお箸以外で食べてはだめだと散々言われてましたわよ」
「それはお前の主とやらがひねくれてただけだ。いいから出してやれ」
「仕方ありませんわね。家主には逆らえませんもの」
俺の答えに顔を顰めながらもそう言ってシアンが給仕の物に人数分のフォークとスプーンを頼んでくれた。
「それじゃあ頂きます!」
夕飯はかなりうまかった。鰹出汁がないにも関わらず、全体によく纏まっていた。
みそ汁は焼いた豚肉で出汁を取っていたし、天ぷらのたれも甘みを強くして出汁なしでも充分食えるよう上手く作っていた。飯は……もう純粋に美味かった。
「このタレは甘いのかと思ったらしょっぱいんですね」
「こっちの白いのは味がありませんよ?」
「ああ、それはこっちのタレをかけて──」
「…………」
あゆみが全然喋んねぇ。一通り説明してやるとキールたちは何やら今後の交易やギルドとのやり取りなんかを話し合い始めたが俺も一旦口を付けたらそれどころじゃなくなった。
しばらくして一通り口を付けた所であゆみの顔がくしゃりと歪んだ。
ああ、まーこうなるわな。
俺はまあここ数年和食抜きの生活もあったから慣れてたが、こいつにとってはこんな長い間和食抜きの生活なんて初めての経験だったんかもな。俺だってもう二度と食えるとは思ってなかっただけに感動もひとしおだ。
そっと盗み見れば気のせいじゃなくあゆみの眦に涙が溜まってる。俺はそれを複雑な心持で見ながら声を掛けるのもなんか違う気がして、結局そのまま無言で目の前の食事に戻った。
それからあゆみも俺も2回は飯をお替りし、出されたものを粗方食べ終えた所でやっと一息付けた。
「お茶をどうぞ」
そう言ってさっきの農村の娘が俺とあゆみにそれぞれお茶の入った湯飲みを差し出す。これもまたしっかり釉のかかった日本らしい湯飲みだった。
「美味しかった……。うう、お、お腹苦しい~!」
あゆみが後ろに両手をついて少し上を向きながら苦しそうにそうこぼした。
「お前いくら何でも食べ過ぎなんだよ」
俺につられてかいつもの倍くらいのスピードで食ってたもんな。だが俺だって人のことは全然言えねー。もうなんも入らねーってほど満腹で睡魔が襲ってきた。
それでもあゆみが片足で横座りしながら辛そうに上を向いてるのを見て思わず膝に引き寄せ自分の胸に寄りかからせる。
「座椅子代わりにしていいぞ」
「え、悪いよ、黒猫君も苦しいんでしょ?」
「遠慮すんな。どうせお前ひとり乗ってても全然変わんねーから」
ほんと全然変わんねー。それどころかかなり嬉しい。現金なもんで食欲が満たされた途端またも浴衣姿のあゆみから目が離せなくなってたとこだった。
そんな俺たちを生暖かい目で見たキールたちが立ち上がる。
「俺たちはそろそろ領城に引き上げるぞ。あゆみ、ネロ、君たちはどうする?」
さっきまで俺に悪いだのなんだの言ってたくせにあゆみが俺に寄りかかって眠そうにうっつらうっつらしてる。俺がどうしたもんかと思案してるとシアンが「お部屋にお泊り頂けばいいですよ」と当たり前のように答えた。まあ、ここは結局俺の家になったらしいから俺が遠慮するのも変だな。
「じゃあそうさせてもらうわ。キール、領城には明日戻る」
「分かった。ああ、イアンが明日の朝一番であゆみを新政府庁舎に連れて来いって言ってたぞ」
「ああ、教習の件だな。分かった」
キールはそれだけ言ってシアンとシモンに挨拶するとエミールたちを連れてさっさと領城へ引き上げていった。
明日またイアンのおっちゃんと話すんだったらついでに外縁の連中の就職もハローワークに何とかさせるか。とっととその問題を片付けちまえばこいつらエルフも大人しく里に帰るかも知れねーし。
俺がそんな事をぼーっと考えてるとキールたちを見送ったシアンが戻ってきて俺に声を掛けた。
「さあネロ様もよろしければお湯につかっていらしたらいかがですか?」
「いや、あゆみが眠そうだし俺も部屋に──」
「いえ、あゆみ様は私が一緒にお休みさせていただきます。ネロ様はどうぞ別室でお休みください」
断ってあゆみを連れていこうとしたらそれが当たり前、っというようにシアンにそう言い切られて返す言葉が見つからねえ。
仕方なくシアンに促されるままにあゆみをシアンの部屋に連れて行って布団に横にさせ、俺はさっきの農村の娘に案内されて風呂へと向かった。
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