異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

文字の大きさ
上 下
244 / 406
第9章 ウイスキーの街

22 治療

しおりを挟む
 消火が終わるのも待ちきれずに俺はあゆみの崩れ落ちた身体に駆け寄った。すぐに脈を取って生きてることだけ確認できた途端、全身の力が抜けて安堵の涙が一気に溢れ出た。
 脈は安定してるし呼吸もしっかりしてる。だけどあゆみの首にくっきりと残る絞められた跡は痛々しく体に残る火傷の数々は酷かった。
 両腕の内側の皮膚が焼けただれて一部焦げてる。他にも肩や顔、腹部や膝といたるところに小さなカーテンの燃えカスがガウンに穴を空けて肌に焼きついちまっていた。
 意識を失ったあゆみはそれでも苦しそうに眉を寄せて歯を噛みしめてる。
 俺は叫び出しそうになるのを我慢して火傷に触らないよう細心の注意を払いながらあゆみの身体を抱え上げて周りを見回した。

「レネ、どっか部屋を貸してくれ。アルディ、テリースを呼んできてくれ」

 思っていた以上に冷静な声が出た。レネがすぐに部屋を飛び出して開いてる部屋を探してくれる。
 アルディが数人の兵士に言いつけて治療院までテリースを呼びに行かせた。
 残りの兵士が慌ただしく部屋に集まってきて消火の終わった部屋を片づけ始めた。
 アルディの兵は俺とあゆみを見ても見ないふりをしてくれてる。俺が盛大に泣いちまってるのもだ。

 すぐ戻ってきたレネに連れられてさっきまで俺が入れられていた隣の部屋に入る頃にはあゆみが痛みからうめき声を漏らし始めてた。
 それを聞いてるだけで胃がせり上がって来そうになるのをグッと堪えてあゆみの身体を静かにベッドの上に横たえた。

「出ていってくれ」

 俺の後ろについてきていたレネに短くそういうとレネが戸惑った顔で俺を見る。

「でもネロ君……」
「頼むから……こいつの治療始めるから」
「どうやって?」
「外傷なら俺が舐めると治癒できる」
「でも……」
「いいから出てけ。早く始めたい」

 俺が振り返りもせずにイライラとそう続けるとレネはそれでも俺の指示を無視してベッドの横のテーブルに向かい、そこから二つの小さな壺を選んで俺に差し出した。

「こっちは鎮痛剤、それでこっちが解熱剤。僕が調合したものだ。この盃に一杯ずつ飲ませてあげて。信用するかどうかは君次第だけどこれだけの火傷だから間違いなくこれから熱が出るよ」

 レネの言葉を聞いてなお俺が無言で見返してるとレネは小さくため息をついてからそれぞれの壺の中身を少しずつ盃に注いで自分で飲み干して見せた。

「これで信じてくれないかい」

 そう言って少し切なそうな顔でこちらを見るレネの目には悪意は全く感じられず、真摯にあゆみの傷を心配してくれてるのが伝わってきた。俺は小さく頷いて壺を受け取った。

「助かる」

 返事代わりに俺の背中を軽く叩いたレネはそのまま俺達を残して無言で部屋を出ていった。
 俺はそれぞれの壺から盃に注いだ薬を口に含んではあゆみに口移しで飲ませる。ありがたいことにあゆみは素直にそれを飲み下してくれた。

「あゆみごめん」

 聞こえていてるかどうか分からねえが一応謝ってから水着みたいなやつの上に着ていた薄いガウンを剥いだ。
 一部カーテンの燃えカスが穴を開けてるが少なくともガウン自体は燃えていなかった。
 どうやらあゆみの魔力はあゆみが最初っから身に着けていたものは焼かなかったらしい。
 とにかくテリースが来るまでは痛みを止めてやることが出来ない。レネにもらった痛み止めだってどこまで効いてるのか分からない。そんな状態でこの焼けただれた腕に触るのは憚られた。
 テリースが到着するまで俺は他の火傷の治療に専念することにした。
 俺は肌に引っ付いたカーテンの破片を舌で濡らしながら剥がしていく。慎重に勝手に剥がれるまで舐め続けた。それでも引きつるのかたまにあゆみが呻く。その度に俺の胃が軋む。
 カーテンの欠片が殆ど取れた頃になってテリースが部屋の前から声をかけてきた。

「待ってくれ」

 そう言ってあゆみの身体の上に部屋に置かれていたタオルを一枚かけてやる。

「ネロ君。分かりますがそれじゃあゆみさんを診断できませんよ」

 テリースがちょっと困った顔で俺にそう言った。分かってる、馬鹿なことしてるって。だけど今はどうしても誰にもあゆみの肌を見せたくなかった。俺が返事を出来ないのを見て取ってテリースが俺を宥めるように言葉を続ける。

「それでは君が教えてください。あゆみさんの火傷はどの程度残ってますか?」

 俺の横に座ったテリースがタオルをそのままにしてあゆみの脈を確認する。ついでに首に残ってる絞められた跡を指で触って慎重にチェックしてくれている。

「小さい火傷はあらかた治した。残ってるのは腕の内側だ。お前の痛覚隔離なしでは治療しない方が良さそうだと思った」
「確かに酷い火傷なのでしたらその方がいいでしょう。あゆみさんが起きられてから問診してみないと確実な事は言えませんが触診した限りでは首の骨や気道に支障は見られません。どこにも大きな打撲の跡もありませんし脈も問題ありませんね。呼吸音もしっかりしてる。ではまずは両腕から痛覚隔離を始めましょう」

 テリースは俺を安心させるように説明を続けながらテキパキと触診を終え、最後にあゆみの手を取った。すぐにそれまでうなされていたあゆみが表情を緩めてうめき声が収まっていく。
 それを見た俺はほっと一瞬気が抜けて身体がぐらりと傾いた。それをテリースが横から手を差し出してすかさず支えてくれる。

「ネロ君、君は大丈夫なんですか?」
「あ? ああ、俺はなんともない」
「じゃあその腕は?」
「え?」

 テリースが指さした場所を見ると確かにカーテンの切れ端が俺の腕にもくっついていた。面倒だからそのままペロッと剥がすと皮が一緒に剥がれて血が滲む。

「痛え?」
「ネロ君!」

 テリースが慌てて治療魔法をかけてくれる。だけど俺は今一つ痛みが分からない。

「テリース、俺今痛みが分かんなかった」
「え? あの状態で傷まなかったんですか?」
「ああ」
「……あゆみさんですか」
「は?」
「今日あゆみさんがあなたに軽い痛覚隔離を掛けて嗅覚をごまかしてらしたでしょう」
「ああ、そう言えば」

 俺の返事に小さく微笑みながら説明してくれる。

「気を失ったのに止まるどころか逆に強くなってしまったようですね。よっぽど君を心配してたんじゃないでしょうか……ちょっと触診しますよ」

 テリースが俺に有無を言わせずに身体中を軽く触って確認していく。幾つか他にも火傷を見つけて勝手に治療してくれた。そして俺に尋ねる。

「あゆみさんの腕も治療してよろしいですか?」
「…………」

 俺はなぜか頷けなかった。分かってる、俺が一々舐めなくたってテリースに頼めばちゃんと治療してもらえるって。だけどどうしても何か納得いかない。俺が猫だからなのか?

「ネロ君、君がどうしても自分で治療したいというのでしたらそれでも構いませんよ」

 テリースが俺の肩を叩きながらそう言ってくれる。テリースの優しさについ聞いてしまう。

「テリース、俺変なのか?」

 俺の問いにテリースは少し困った顔で答えてくれた。

「ネロ君、君は何もおかしくなんかないですよ。君が今自分で治したいというのは自分の目であゆみさんが治る姿を見て安心したいだけです。自分の心を寄せる人間がこれだけ酷い怪我を負ったのですから当たり前の事なんですよ」

 テリースの言葉が俺の頭と心にゆっくりと浸み込んだ。また涙が勝手に溢れて抑えきれず嗚咽が勝手に上がった。テリースはそれを見て見ぬふりをしてもう一度俺の肩を叩き「後で飲み物をお持ちしますよ」と言いおいて部屋を出ていってくれた。
 それから俺は一晩掛けてあゆみの腕の火傷を治療した。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。

みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

処理中です...