異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第9章 ウイスキーの街

22 治療

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 消火が終わるのも待ちきれずに俺はあゆみの崩れ落ちた身体に駆け寄った。すぐに脈を取って生きてることだけ確認できた途端、全身の力が抜けて安堵の涙が一気に溢れ出た。
 脈は安定してるし呼吸もしっかりしてる。だけどあゆみの首にくっきりと残る絞められた跡は痛々しく体に残る火傷の数々は酷かった。
 両腕の内側の皮膚が焼けただれて一部焦げてる。他にも肩や顔、腹部や膝といたるところに小さなカーテンの燃えカスがガウンに穴を空けて肌に焼きついちまっていた。
 意識を失ったあゆみはそれでも苦しそうに眉を寄せて歯を噛みしめてる。
 俺は叫び出しそうになるのを我慢して火傷に触らないよう細心の注意を払いながらあゆみの身体を抱え上げて周りを見回した。

「レネ、どっか部屋を貸してくれ。アルディ、テリースを呼んできてくれ」

 思っていた以上に冷静な声が出た。レネがすぐに部屋を飛び出して開いてる部屋を探してくれる。
 アルディが数人の兵士に言いつけて治療院までテリースを呼びに行かせた。
 残りの兵士が慌ただしく部屋に集まってきて消火の終わった部屋を片づけ始めた。
 アルディの兵は俺とあゆみを見ても見ないふりをしてくれてる。俺が盛大に泣いちまってるのもだ。

 すぐ戻ってきたレネに連れられてさっきまで俺が入れられていた隣の部屋に入る頃にはあゆみが痛みからうめき声を漏らし始めてた。
 それを聞いてるだけで胃がせり上がって来そうになるのをグッと堪えてあゆみの身体を静かにベッドの上に横たえた。

「出ていってくれ」

 俺の後ろについてきていたレネに短くそういうとレネが戸惑った顔で俺を見る。

「でもネロ君……」
「頼むから……こいつの治療始めるから」
「どうやって?」
「外傷なら俺が舐めると治癒できる」
「でも……」
「いいから出てけ。早く始めたい」

 俺が振り返りもせずにイライラとそう続けるとレネはそれでも俺の指示を無視してベッドの横のテーブルに向かい、そこから二つの小さな壺を選んで俺に差し出した。

「こっちは鎮痛剤、それでこっちが解熱剤。僕が調合したものだ。この盃に一杯ずつ飲ませてあげて。信用するかどうかは君次第だけどこれだけの火傷だから間違いなくこれから熱が出るよ」

 レネの言葉を聞いてなお俺が無言で見返してるとレネは小さくため息をついてからそれぞれの壺の中身を少しずつ盃に注いで自分で飲み干して見せた。

「これで信じてくれないかい」

 そう言って少し切なそうな顔でこちらを見るレネの目には悪意は全く感じられず、真摯にあゆみの傷を心配してくれてるのが伝わってきた。俺は小さく頷いて壺を受け取った。

「助かる」

 返事代わりに俺の背中を軽く叩いたレネはそのまま俺達を残して無言で部屋を出ていった。
 俺はそれぞれの壺から盃に注いだ薬を口に含んではあゆみに口移しで飲ませる。ありがたいことにあゆみは素直にそれを飲み下してくれた。

「あゆみごめん」

 聞こえていてるかどうか分からねえが一応謝ってから水着みたいなやつの上に着ていた薄いガウンを剥いだ。
 一部カーテンの燃えカスが穴を開けてるが少なくともガウン自体は燃えていなかった。
 どうやらあゆみの魔力はあゆみが最初っから身に着けていたものは焼かなかったらしい。
 とにかくテリースが来るまでは痛みを止めてやることが出来ない。レネにもらった痛み止めだってどこまで効いてるのか分からない。そんな状態でこの焼けただれた腕に触るのは憚られた。
 テリースが到着するまで俺は他の火傷の治療に専念することにした。
 俺は肌に引っ付いたカーテンの破片を舌で濡らしながら剥がしていく。慎重に勝手に剥がれるまで舐め続けた。それでも引きつるのかたまにあゆみが呻く。その度に俺の胃が軋む。
 カーテンの欠片が殆ど取れた頃になってテリースが部屋の前から声をかけてきた。

「待ってくれ」

 そう言ってあゆみの身体の上に部屋に置かれていたタオルを一枚かけてやる。

「ネロ君。分かりますがそれじゃあゆみさんを診断できませんよ」

 テリースがちょっと困った顔で俺にそう言った。分かってる、馬鹿なことしてるって。だけど今はどうしても誰にもあゆみの肌を見せたくなかった。俺が返事を出来ないのを見て取ってテリースが俺を宥めるように言葉を続ける。

「それでは君が教えてください。あゆみさんの火傷はどの程度残ってますか?」

 俺の横に座ったテリースがタオルをそのままにしてあゆみの脈を確認する。ついでに首に残ってる絞められた跡を指で触って慎重にチェックしてくれている。

「小さい火傷はあらかた治した。残ってるのは腕の内側だ。お前の痛覚隔離なしでは治療しない方が良さそうだと思った」
「確かに酷い火傷なのでしたらその方がいいでしょう。あゆみさんが起きられてから問診してみないと確実な事は言えませんが触診した限りでは首の骨や気道に支障は見られません。どこにも大きな打撲の跡もありませんし脈も問題ありませんね。呼吸音もしっかりしてる。ではまずは両腕から痛覚隔離を始めましょう」

 テリースは俺を安心させるように説明を続けながらテキパキと触診を終え、最後にあゆみの手を取った。すぐにそれまでうなされていたあゆみが表情を緩めてうめき声が収まっていく。
 それを見た俺はほっと一瞬気が抜けて身体がぐらりと傾いた。それをテリースが横から手を差し出してすかさず支えてくれる。

「ネロ君、君は大丈夫なんですか?」
「あ? ああ、俺はなんともない」
「じゃあその腕は?」
「え?」

 テリースが指さした場所を見ると確かにカーテンの切れ端が俺の腕にもくっついていた。面倒だからそのままペロッと剥がすと皮が一緒に剥がれて血が滲む。

「痛え?」
「ネロ君!」

 テリースが慌てて治療魔法をかけてくれる。だけど俺は今一つ痛みが分からない。

「テリース、俺今痛みが分かんなかった」
「え? あの状態で傷まなかったんですか?」
「ああ」
「……あゆみさんですか」
「は?」
「今日あゆみさんがあなたに軽い痛覚隔離を掛けて嗅覚をごまかしてらしたでしょう」
「ああ、そう言えば」

 俺の返事に小さく微笑みながら説明してくれる。

「気を失ったのに止まるどころか逆に強くなってしまったようですね。よっぽど君を心配してたんじゃないでしょうか……ちょっと触診しますよ」

 テリースが俺に有無を言わせずに身体中を軽く触って確認していく。幾つか他にも火傷を見つけて勝手に治療してくれた。そして俺に尋ねる。

「あゆみさんの腕も治療してよろしいですか?」
「…………」

 俺はなぜか頷けなかった。分かってる、俺が一々舐めなくたってテリースに頼めばちゃんと治療してもらえるって。だけどどうしても何か納得いかない。俺が猫だからなのか?

「ネロ君、君がどうしても自分で治療したいというのでしたらそれでも構いませんよ」

 テリースが俺の肩を叩きながらそう言ってくれる。テリースの優しさについ聞いてしまう。

「テリース、俺変なのか?」

 俺の問いにテリースは少し困った顔で答えてくれた。

「ネロ君、君は何もおかしくなんかないですよ。君が今自分で治したいというのは自分の目であゆみさんが治る姿を見て安心したいだけです。自分の心を寄せる人間がこれだけ酷い怪我を負ったのですから当たり前の事なんですよ」

 テリースの言葉が俺の頭と心にゆっくりと浸み込んだ。また涙が勝手に溢れて抑えきれず嗚咽が勝手に上がった。テリースはそれを見て見ぬふりをしてもう一度俺の肩を叩き「後で飲み物をお持ちしますよ」と言いおいて部屋を出ていってくれた。
 それから俺は一晩掛けてあゆみの腕の火傷を治療した。
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