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第9章 ウイスキーの街

20 襲撃(ネロ)

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 レネの消えた扉をしばらく睨んでたが今更どうにもならない。
 計画は進んじまってるし俺も加担してる。
 少しはあゆみも痛い思いをすればいい……
 そんな卑屈な気持ちがどこかに少しある。
 同時に今すぐレネを蹴倒してあゆみを抱えて治療院に駆け戻りたい衝動も間違いなく俺の物だ。
 ちくしょう、なんでここまで俺が振り回されなきゃなんねーんだ。
 あゆみと出会ってから俺の人生はメチャクチャだ。
 いや今までだってメチャクチャだったかもしれねーが今とは違う。
 短気だからいつもカッとなって一番最初にキレるのが俺だった。
 それで周り巻き込んで色々メチャクチャやってきたがそれはいつだって俺が、俺自身がメチャクチャやってたんだ。
 なのにあいつに会ってからこっち、俺がメチャクチャやる前にあいつがメチャクチャにしちまう。
 時には周到にバッカスや俺らを巻き込んで、時には教会の時みたいに誰にも知らせず突発的に。いつも俺が守り切れないような無茶ばかりやる。
 結果やりたくもないのにあいつのやったメチャクチャにいいように振り回され最終的にはそれの後片付けして回る事になっちまってる。

 そこまで考えてふと思い至った。
 俺のやったメチャクチャは一体誰が後始末してたんだ?
 俺はいつも自分が正しいって思ったことを躊躇わず実行してきただけだって思ってた。
 結果どんなに状況が混乱しても目指した結果に繋がっていれば俺は満足してそれくらい文句言わずに協力しろよって態度だった。俺的にはそれでいつも何とかしたつもりでいたけどあの後の混乱を苦い顔で片付けてくれてる奴が確かにいたはずだ。
 ……待てよ。これってもしかしてジジイや他の奴らが俺のためにずっとやってきた事なのか?
 突然そこまで考えが至って恥ずかしさと混乱に頭を抱え込む。
 なんてこった。これ全部、因果応報って事かよ。
 あんまり自分で自分が情けなくてマジで涙が滲んで来た。
 そして同時に。
 俺は俺が思っていた以上に周りに救われてきてたらしい、って気づいちまった。
 少し考え方を変えれば昔俺を叱り飛ばしてた連中も、もしかすると今の俺と同じように俺や周りを心配してやり場のない怒りやイライラから俺を怒鳴りつけてただけだったのかもしれない。
 俺は抱え込んだ頭を上げて背筋を伸ばし、大きく深呼吸する。
 今更会う事も出来ねーが、それでも今まで俺が迷惑かけてきた連中には一応感謝しとく。
 そんでもって俺もしっかり覚悟するまでだ。
 あゆみは俺の嫁だし好きな女だ。一生付き合う覚悟で結婚したんだ。あいつが引き起こすメチャクチャも含めて俺が面倒見りゃいいだけのことだ。できりゃジジイが俺にしてくれたように。
 グダグダ色々考えたお陰でいい悪いはともかくさっきまで俺の中で猛り狂ってた凶暴な怒りは少し収まった気がする。理由は情けねえが。
 俺は気を取り直して立ち上がると、手はず通り部屋を出て待ちつかれた客としてもう一つの特別室へと向かった。

 俺に宛がわれた部屋はあゆみの入れられた特別室のすぐ隣の部屋だった。
 ここで俺はあゆみを待つ間時間つぶしに酒を貰ううちに女に手を出す、という事になっている。
 レネはどうぞと言ってたが手を出すわけねえ。まあちょっと気晴らししたい気持ちがないわけじゃないが。
 中に入ると若い女が一人ベッドの上で待っていた。中々の美人のうえ体つきも悪くない。そして気のせいじゃなくちょっとあゆみに似ている。レネの奴わざとだな。

「いらっしゃいませ。どうぞこちらにお越しくださいませ」

 そう言ってニコリと笑う顔はどうもあゆみよりかなり若い気がする。
 まあ、こっちの世界であゆみの年齢はこんな仕事するのには決して若いとは言えねーんだろうな。

「ご主人様、お酒をお召しになられますか?」

 俺がベッドの横に置かれた椅子にドスンと音を立てて座るのを待って女が困ったように尋ねてきたのと俺の耳があゆみの裏返った声を聞き取ったのが同時だった。
 俺の耳なら隣の音も聞こうと思えばある程度は聞こえる。耳をそばだてればレネとあゆみの声が低くくぐもって聞こえ始めた。
 この隣の部屋にあゆみとあの格好のレネが一緒にいると思うとどうしようもなくイラついて腸が煮えくり返ってくる。
 音に集中しようと壁を見つめながら俺が頷くと女が勝手に酒を注いで俺に差し出してきた。
 差し出された盃は銀製で毒が入ってないのは確かなようだがこんな所で出る酒に何も混じってないはずがない。俺はそれを無言で受け取って飲むフリをしながら服にしみ込ませた。
 相手も俺が何したのか気づいているようだがこちらもまた見て見ないふりをしてる。慣れた客なら同じことをするんだろう。盃を傾けるフリを続けながら注意深く隣の音を聞く。

「ご主人様、そろそろ始めましょうか?」

 俺が放っとくと女が不安そうに勝手に俺の前で跪く。
 だが女には悪いがこっちはもうそれどころじゃない。

「止めろ、今夜はそんなつもりで来たんじゃねえ。時間つぶしに酒だけ注いでてくれ」

 声を掛けてきた女を一瞥もせずに俺が壁だけ見つめてそう返せば、流石に女も少し嫌な顔をして酒を継ぎ足してからそそくさとベッドの上に戻っていった。
 女がベッドに上がった途端、扉が外から叩かれた。客を取ってる間に他人が来るなんてことは普段まず起きないことなのだろう、女が驚いた顔でそちらを見やると扉が開いて兵帽を目深に被った兵士が入り込んでくる。

「すみません、ネロ少佐、ちょっとこれを見ていただきたいんですが」

 変だな、なぜそう思ったのか俺にもよくわからない。
 だが俺はなぜか違和感を感じて手に持った何かを差し出そうとするその兵士を注意深く見返した。
 途端、兵士の手の中からナイフが現れた。
 ちくしょう、変で当たり前だ。今日は全員私服のはずだ、制服着た兵士が現れること自体おかしい!
 兵士の手が伸びて俺に真っすぐナイフの先が向かってくるがこっちだって伊達に練兵に参加してたわけじゃねえ。ナイフや剣の先には以前ほどの恐怖は湧かなかった。
 素早くナイフを握る腕を掴まえて体を右に逃がしておいて腕を相手の背中に向けてひねり上げる。これで本来動きを封じて取り押さえられるはず、だったにもかかわらず兵士はそのまま俺に身体を振り向けた。振り向けるはずはない。骨格の構造上無理なはずだ。にもかかわらずその兵士は躊躇なくこちらに身体を向けて襲い掛かろうとする。向いた拍子に「ボキリ」と肩の骨の外れる嫌な音が部屋に響いた。

「!」

 隣の女が悲鳴をあげそうになって慌てて自分の腕で口をふさぐ。さすがは娼館の女。そういう行動が男の興味を引いてしまう事を知っていてちゃんと声を殺してくれた。
 悪いが今こいつが女に向かったら救ってやれる自信はない。
 体勢を入れ替えて襲い掛かる男の反対の手の先に目をやればそこには何か鋭い棒が握られていた。
 あれを受け流す時間はない、受けたら間違いなく死ぬ!
 そう思った俺は男の胴体に思いっきり蹴りを入れて突き飛ばした。途端俺の蹴りの勢いに負けてすっ飛んだ兵士の身体が扉にぶつかって跳ね返る。
 それとアルディが扉を開けて飛び込んでくるのが同時だった。

「遅いぞ!」
「君こそ静かすぎますよ!」
「切羽詰まってたんだよ!」

 俺たちは言いあいながらも両方からよろめいた男を挟み込んで逃げ道をふさぐ。

「ち、くしょ、う」

 変な声を上げた男の頭からは今の衝撃で兵帽が落ちていた。現れた顔は俺もアルディも見知ったものだった。

「ダンカン、お前!」
「どうやってここまで入り込んだんですか!」

 ダンカンは俺たちの問には答えず、真っすぐにアルディに向かって突進を始めた。
 だがそこは流石アルディ。男を軽々と床に転がして両膝を男の背中に突き入れる。息の詰まった男の身体をそのまま膝で床に縫い留めておいて手持ちの紐でその自由を奪った。

「これで一人確保できましたね」
「ああ」

 嬉しそうにそう言ったアルディは容赦なく縛り上げた男の身体を踵で蹴る。
 こいつ、実は本当に容赦ないよな。そんな事を俺が思うのと隣の部屋からあゆみの焦った声がしたのが同時だった。
 しまった、こっちにかまけてあゆみの様子から気を逸らしちまってた!

「アルディ悪い、ここは任せた!」

 俺はそれだけ言いおいて部屋を飛び出した。
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