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第9章 ウイスキーの街
8 収穫祭2
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「ほら、そろそろ結婚式が始まる。お前は舞台の右側に集まってる新郎の所に行け」
「なんで分かるんだ?」
「音楽が変わった。これは序章の曲だ。ほら舞台の上の男女がみな降りていくだろう」
言われてみてみれば確かに先ほどまで楽しく踊りまわっていた若い男女がぞろぞろと奥の階段から降りていく。それとともに沢山の街や農村の人間が舞台の周りに集まり始めた。
「あゆみは大丈夫なのか?」
「新婦は新婦で集まってるから大丈夫だ」
「ちょっと待てよ、俺一体何をすればいいんだ?」
「それは行ってみてのお楽しみでお前はいいだろ。ほら行け」
背中を押されて仕方なく舞台の右側にたむろっている緊張した面持ちの男性陣の所へ向かった。途中その中にトーマスがいる事に気づく。俺が近寄っていくと笑顔で手を振ってくれた。
「ネロ、こっち来いよ。いや助かった。俺一人じゃなんとも緊張しちまってどうしたもんかと思ってたんだ」
「俺も助かる。これから何していいのか誰も教えてくれなかったんだ」
「なんだそうなのか? まあ、知らなくても問題ないな。始まっちまえば嫌でも分かる」
「そうなのか?」
「ああ。シッ。そろそろ始まるぞ」
トーマスに言われて舞台の上を見ると一組の老夫婦がその中央に上がっていた。
あれ、俺が世話になった農村の村長じゃねえか。
「今夜はいい夜じゃ。沢山の食べ物と飲み物、そして夫婦となる男女が集まったじゃ。神と王が与えし豊作に感謝し、夫婦の証を立てるんじゃ」
村長がそう宣言した途端、広場全体が震える勢いで歓声が上がった。
するとぞろぞろと俺の周りの新郎たちが舞台に上がっていく。俺もその後ろについて舞台に上がった。
「それじゃあ一組目! 粉ひきの息子トムと羊飼いの娘ヨナ。前へ!」
舞台上にはいつの間にか真ん中で仕切りが設えられ、新婦側は俺達には見えない工夫がされていた。
両側から一人ずつ、新郎と新婦が前に出るとそこで初めてお互いの姿が見えるようになっている。
新郎の顔はこちらからは見えないが、新婦がうっとりと見とれて顔を赤くしたのは見えた。途端心臓がドキドキと高鳴り始める。
あ、あれを俺もやるのかよ!
「その結婚待った!」
手を取り合おうとお互いに歩み寄り始めた二人の真ん中に突然一人の男が割り込んだ。
「俺がトムの挑戦者だ。ヨナの兄、ケイ」
「いいぞ!」
「新郎を負かしちまえ!」
「ヨナはトムには勿体ねーべ!」
あっという間に引き出されてきたテーブル越しに挑戦者と新郎の二人の腕相撲が始まった。舞台の下からは沢山のヤジが飛び、集まった人間は陽気に大声をあげている。
ああ、要は挑戦者を倒して花嫁を手に入れるって事か。
「なあ、あれ負けたらどうなるんだ?」
横に立ってたトーマスに尋ねるとちょっと青い顔で答える。
「結婚延期だよ。当たり前だろ。来年再挑戦だ」
「マジか?!」
「結婚だぞ、そんな簡単に出来ると思うのか?」
信じらんねぇ。ここまで来て結婚に待ったがかかるとかあるのかよ。
驚く俺にトーマスがニタっと笑って続けた。
「とはいえ今まで挑戦者が勝った事なんて数えるほどしかない。皆結婚をさせてやりたいって思ってるし、新郎は無論全力で戦うしな。これで挑戦者が新郎を負かしても新婦に恨まれるだけだ」
「なるほど。そりゃそうだな」
「まあ、俺たちの場合はあんまりあてにならん」
「はあ? なぜ?」
「俺もお前も軍籍だ。軍の奴らは質が悪いんだよ。今までの数回、本当に結婚できなかったのもほとんどが軍の奴らだ」
「最悪だな」
「ああ」
トーマスの顔色は青いままだ。至極真剣に心配してるらしい。
俺の挑戦者はいったい誰だ?
すぐにトーマスの番が回ってきて、どうやら奴の同期らしき兵士が挑戦者になっていた。
流石に両者兵士だけの事はあって試合も長引く。折角の晴れ着なのにトーマスは汗だくになって僅差で勝利を勝ち取った。その様子を見ていたクロエの表情は正視に堪えない程メロメロで、もう今にも飛びつきそうなほど熱い眼差しでトーマスを見つめていた。
ああ、何となくわかった。なぜこんな事をするのか。
これは新郎への挑戦や夫婦の証明、ってより要は結婚の夜をよりドラマティックに演出してるわけだ。
「次はキーロン陛下の秘書官ネロ様と同じく秘書官のあゆみ様!」
「その結婚待った!」
「おわ!」
名前を呼ばれてドキドキしながら前に一歩出た途端、バッカスが大声を上げながら力いっぱい飛び上がって舞台にあがってきた。
「お、お前かよ!?」
「ああ、俺様だ!」
「バッカス、何してるのよ!」
驚いてバッカスにばかり目が行ってたが、バッカスの後ろからかかった聞きなれた声にそちらを向いて俺はその場で凍り付いた。
あゆみが……ウエディングドレスを着たあゆみが……立ってた。
あまりに美しくて声が出ない。
薄水色のドレスはふんわりと腰の辺りから広がって足首を隠すほど長く杖がなければ片足なのも分からないほどだ。首の詰まった上半身は立体的に裁断されてあゆみの胸元を清楚ながらも華やかに飾り立てていた。
髪を結い上げ、麦の王冠を被ったあゆみはまるでどこかのお話に出てくる妖精のようだった。
あ、メリッサみたいな翼はないな。ないのが不思議に思える。
「おいネロ、おい、こっち見ろよ。挑戦してんだから早く始めよーぜ」
バッカスがあゆみに見とれてた俺の目の前でひらひらと手を振る。慌てて視線をバッカスに戻すとニヤニヤ笑ってやがる。ちくしょう、こいつ分かってて邪魔してやがるな。
俺はふてくされながらも腕相撲用の台の前に進んだ。
「バッカス、勝ったら承知しないわよ!」
「バッカス、勝ったらブラシもっと作ってやるぞ」
「バッカス、勝ったら今度投擲してやるぞ」
「バッカスを煽るのやめて!」
あゆみが文句言ってる。言ってくれてる。こんなはっきりと俺と結婚したいって意思表示されちまうと。
ちくしょう、これスゲー燃えるじゃねえか。
バッカスがギラギラした目つきで俺の前に立った。
こいつが相手じゃ力いっぱいやっても勝てるかどうか。
でも今回ばかりは絶対負けるわけにはいかねー!
腕を組んで肘の位置を調整して……
「はいじゃ!」
村長の間の抜けた掛け声で勝負が始まった。
バッカスのバカ力野郎ー、動かねー!
筋肉が軋む勢いでガンガン押してるのに組んだ位置から1ミリも動きゃしない。
「チクショーーー!!!」
筋肉がこれでブチ切れたって知ったことか!
全身の力を乗せて一気に押していく。
ほんの少し、押せたか?っと思ったとたんに返される。
俺が一方的に押されてるわけじゃねーが、バッカスも手を抜く様子はない。
いい加減にしろよちくしょう!
「バッカス、勝ったら毛づくろいやめるからね!」
その時後ろから響いたあゆみの大声にバッカスの身体がビクンと震えてシュンっと耳が垂れた。気のせいじゃなく力が乗らなくなってやがる。手を抜いてるって言うよりやる気無くしたな、こいつ。
俺は遠慮なくそれを押し倒して勝利を手にした。
「ネロ、ずりーぞ!」
「ばか、これぞ内助の功って言うんだ」
ヤジにヤジで返しながらあゆみを見れば満面の笑顔でこちらを見てる。
バッカスがボリボリと頭を掻きながら「ま、今回は負けておいてやるよ」と偉そうにほざいてる。
俺は一歩進み出てあゆみを見た。
「行くか?」
「うん!」
気持ちいい程全身で俺に飛びついたあゆみを勝利宣言の様にそのまま高々と抱きかかえて、興奮で蒸気が上がりそうなほど熱をもった身体を持て余しながらヤジを飛ばす奴らを背に舞台を下りた。
「なんで分かるんだ?」
「音楽が変わった。これは序章の曲だ。ほら舞台の上の男女がみな降りていくだろう」
言われてみてみれば確かに先ほどまで楽しく踊りまわっていた若い男女がぞろぞろと奥の階段から降りていく。それとともに沢山の街や農村の人間が舞台の周りに集まり始めた。
「あゆみは大丈夫なのか?」
「新婦は新婦で集まってるから大丈夫だ」
「ちょっと待てよ、俺一体何をすればいいんだ?」
「それは行ってみてのお楽しみでお前はいいだろ。ほら行け」
背中を押されて仕方なく舞台の右側にたむろっている緊張した面持ちの男性陣の所へ向かった。途中その中にトーマスがいる事に気づく。俺が近寄っていくと笑顔で手を振ってくれた。
「ネロ、こっち来いよ。いや助かった。俺一人じゃなんとも緊張しちまってどうしたもんかと思ってたんだ」
「俺も助かる。これから何していいのか誰も教えてくれなかったんだ」
「なんだそうなのか? まあ、知らなくても問題ないな。始まっちまえば嫌でも分かる」
「そうなのか?」
「ああ。シッ。そろそろ始まるぞ」
トーマスに言われて舞台の上を見ると一組の老夫婦がその中央に上がっていた。
あれ、俺が世話になった農村の村長じゃねえか。
「今夜はいい夜じゃ。沢山の食べ物と飲み物、そして夫婦となる男女が集まったじゃ。神と王が与えし豊作に感謝し、夫婦の証を立てるんじゃ」
村長がそう宣言した途端、広場全体が震える勢いで歓声が上がった。
するとぞろぞろと俺の周りの新郎たちが舞台に上がっていく。俺もその後ろについて舞台に上がった。
「それじゃあ一組目! 粉ひきの息子トムと羊飼いの娘ヨナ。前へ!」
舞台上にはいつの間にか真ん中で仕切りが設えられ、新婦側は俺達には見えない工夫がされていた。
両側から一人ずつ、新郎と新婦が前に出るとそこで初めてお互いの姿が見えるようになっている。
新郎の顔はこちらからは見えないが、新婦がうっとりと見とれて顔を赤くしたのは見えた。途端心臓がドキドキと高鳴り始める。
あ、あれを俺もやるのかよ!
「その結婚待った!」
手を取り合おうとお互いに歩み寄り始めた二人の真ん中に突然一人の男が割り込んだ。
「俺がトムの挑戦者だ。ヨナの兄、ケイ」
「いいぞ!」
「新郎を負かしちまえ!」
「ヨナはトムには勿体ねーべ!」
あっという間に引き出されてきたテーブル越しに挑戦者と新郎の二人の腕相撲が始まった。舞台の下からは沢山のヤジが飛び、集まった人間は陽気に大声をあげている。
ああ、要は挑戦者を倒して花嫁を手に入れるって事か。
「なあ、あれ負けたらどうなるんだ?」
横に立ってたトーマスに尋ねるとちょっと青い顔で答える。
「結婚延期だよ。当たり前だろ。来年再挑戦だ」
「マジか?!」
「結婚だぞ、そんな簡単に出来ると思うのか?」
信じらんねぇ。ここまで来て結婚に待ったがかかるとかあるのかよ。
驚く俺にトーマスがニタっと笑って続けた。
「とはいえ今まで挑戦者が勝った事なんて数えるほどしかない。皆結婚をさせてやりたいって思ってるし、新郎は無論全力で戦うしな。これで挑戦者が新郎を負かしても新婦に恨まれるだけだ」
「なるほど。そりゃそうだな」
「まあ、俺たちの場合はあんまりあてにならん」
「はあ? なぜ?」
「俺もお前も軍籍だ。軍の奴らは質が悪いんだよ。今までの数回、本当に結婚できなかったのもほとんどが軍の奴らだ」
「最悪だな」
「ああ」
トーマスの顔色は青いままだ。至極真剣に心配してるらしい。
俺の挑戦者はいったい誰だ?
すぐにトーマスの番が回ってきて、どうやら奴の同期らしき兵士が挑戦者になっていた。
流石に両者兵士だけの事はあって試合も長引く。折角の晴れ着なのにトーマスは汗だくになって僅差で勝利を勝ち取った。その様子を見ていたクロエの表情は正視に堪えない程メロメロで、もう今にも飛びつきそうなほど熱い眼差しでトーマスを見つめていた。
ああ、何となくわかった。なぜこんな事をするのか。
これは新郎への挑戦や夫婦の証明、ってより要は結婚の夜をよりドラマティックに演出してるわけだ。
「次はキーロン陛下の秘書官ネロ様と同じく秘書官のあゆみ様!」
「その結婚待った!」
「おわ!」
名前を呼ばれてドキドキしながら前に一歩出た途端、バッカスが大声を上げながら力いっぱい飛び上がって舞台にあがってきた。
「お、お前かよ!?」
「ああ、俺様だ!」
「バッカス、何してるのよ!」
驚いてバッカスにばかり目が行ってたが、バッカスの後ろからかかった聞きなれた声にそちらを向いて俺はその場で凍り付いた。
あゆみが……ウエディングドレスを着たあゆみが……立ってた。
あまりに美しくて声が出ない。
薄水色のドレスはふんわりと腰の辺りから広がって足首を隠すほど長く杖がなければ片足なのも分からないほどだ。首の詰まった上半身は立体的に裁断されてあゆみの胸元を清楚ながらも華やかに飾り立てていた。
髪を結い上げ、麦の王冠を被ったあゆみはまるでどこかのお話に出てくる妖精のようだった。
あ、メリッサみたいな翼はないな。ないのが不思議に思える。
「おいネロ、おい、こっち見ろよ。挑戦してんだから早く始めよーぜ」
バッカスがあゆみに見とれてた俺の目の前でひらひらと手を振る。慌てて視線をバッカスに戻すとニヤニヤ笑ってやがる。ちくしょう、こいつ分かってて邪魔してやがるな。
俺はふてくされながらも腕相撲用の台の前に進んだ。
「バッカス、勝ったら承知しないわよ!」
「バッカス、勝ったらブラシもっと作ってやるぞ」
「バッカス、勝ったら今度投擲してやるぞ」
「バッカスを煽るのやめて!」
あゆみが文句言ってる。言ってくれてる。こんなはっきりと俺と結婚したいって意思表示されちまうと。
ちくしょう、これスゲー燃えるじゃねえか。
バッカスがギラギラした目つきで俺の前に立った。
こいつが相手じゃ力いっぱいやっても勝てるかどうか。
でも今回ばかりは絶対負けるわけにはいかねー!
腕を組んで肘の位置を調整して……
「はいじゃ!」
村長の間の抜けた掛け声で勝負が始まった。
バッカスのバカ力野郎ー、動かねー!
筋肉が軋む勢いでガンガン押してるのに組んだ位置から1ミリも動きゃしない。
「チクショーーー!!!」
筋肉がこれでブチ切れたって知ったことか!
全身の力を乗せて一気に押していく。
ほんの少し、押せたか?っと思ったとたんに返される。
俺が一方的に押されてるわけじゃねーが、バッカスも手を抜く様子はない。
いい加減にしろよちくしょう!
「バッカス、勝ったら毛づくろいやめるからね!」
その時後ろから響いたあゆみの大声にバッカスの身体がビクンと震えてシュンっと耳が垂れた。気のせいじゃなく力が乗らなくなってやがる。手を抜いてるって言うよりやる気無くしたな、こいつ。
俺は遠慮なくそれを押し倒して勝利を手にした。
「ネロ、ずりーぞ!」
「ばか、これぞ内助の功って言うんだ」
ヤジにヤジで返しながらあゆみを見れば満面の笑顔でこちらを見てる。
バッカスがボリボリと頭を掻きながら「ま、今回は負けておいてやるよ」と偉そうにほざいてる。
俺は一歩進み出てあゆみを見た。
「行くか?」
「うん!」
気持ちいい程全身で俺に飛びついたあゆみを勝利宣言の様にそのまま高々と抱きかかえて、興奮で蒸気が上がりそうなほど熱をもった身体を持て余しながらヤジを飛ばす奴らを背に舞台を下りた。
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