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第9章 ウイスキーの街

5 黒猫君の返事

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 わけのわからない内にあゆみがテリースに連れられて部屋を出ていくとキールが俺に詰め寄ってきた。

「おい、ネロ。もういい加減はっきりしろ」
「おい、またその話かよ」

 俺はうんざりしてキールを見返した。

「バッカスだって待ってるだろ。収穫祭だって明日に迫ってる。いい加減支度を始めないともうどうにも間に合わん」

 ここ数日あゆみが席を外すたびにこの質問が繰り返されていた。
 要は俺があゆみと正式に結婚式をするのかどうか。そしてここを出て森に家を建てるかどうか。
 分かってる。もちろんどちらも俺だってしたい。ただ。

「あゆみに聞いてからだ」

 俺としてはやっぱりちゃんとあゆみに先にもう一度確認したかった。なのにここにきてまるっきり二人で話し合う時間がない。ナンシーを出る直前から機会を逃してここまで来ちまった。

「あゆみには俺たちが確認した。あいつはお前の決定に従うとさ」
「おい! 待てよあんたらまさかあゆみに──」
「ネロ君。いい加減君も時間がないって理解しなさい。前回もそうでしたけどね、君の返事を待ってたらあっという間に1週間たってしまいますよ」
「そ、それは」
「あゆみはほぼ即答だったぞ。お前がしっかりしてないだけであっちは充分覚悟出来てるみたいだぞ」

 う。そうなのか? そうなのかよ。
 泣きたくなってきた。なんか本当に勝手が狂う。
 今までこんなに色々考えこむこともなかったし結果が怖いと思った事もなかった。
 あゆみとは告白も済ませてちゃんと結婚も本物にした気にもなったが同時にあいつが自分の感情に鈍感で、知ってか知らずかいつもギリギリまで我慢してる事も知ってしまった。
 だから上手く話を持っていこう、そう思ってたんだが。
 一人ブチブチと俺が文句を言ってるとキールが執務机に肘をついて胡乱な目で俺を見る。

「お前。ほんともう少ししっかりした方がいいぞ。それでお前の結論はどうなんだ?」

 アルディがジッとこっちを見てやがる。壁際に立ってるバッカスも素知らぬふりしてやがるがやっぱり耳が突っ立ってる。

「……くれ」
「ああ? おい、はっきり言え」
「結婚式に参加させてくれ!」

 それを聞いてキールがニンマリと笑いやがった。

「家はどうする?」

 壁際からバッカスが聞いてくる。

「以前行ってたような条件で頼めるか?」
「そう言うと思って場所は確保してある」

 俺が返事をすればバッカスまでニカっと笑って返しやがる。
 ちくしょう。こいつらにすっかり遊ばれてる。
 俺がふてくされてるとアルディが嬉しそうに言葉を添えた。

「良かったですね。これでヴィクの仕事が無駄にならないで済みます」
「はあ?」

 意味の分からない俺にアルディが自慢げに続けた。

「ヴィクは必ず君たちが結婚すると言って既にあゆみさんのドレスを縫い始めてたんですよ」
「ああ……それは……ありがたい」

 それ以上声が出ない俺にアルディが「礼はヴィクにいってください」と言いつつも非常に満足そうにうなずいた。

「ああ、これでやっと明日の収穫祭の細かい段取りが決められるぞ。あゆみも呼んできて続きをやるか」
「ご心配なく陛下。もうすでにお二人の結婚式は他の式同様織り込み済みです。そう言って授業をさぼろうとされても無駄ですよ」

 アルディがジロッとキールを睨みながら釘を刺した。
 アルディが呼びに行くとすぐにあゆみがテリースとともに戻ってきた。多分俺が頼んでいた『排泄物処理』の魔術を習ってたんだろう。残念ながらこの魔術は医療に携わる者にしか伝授されないとのことであゆみから教わる事も禁止された。まあ俺が使う事もないだろうが。

「ではまず手始めに皆様のお立場の確認からさせていただきます」

 そう言ってテリースが最初の授業を始めた。




「疲れた……」

 あゆみを抱えて部屋に入った俺はその場で崩れ落ちたい気持ちを抑えてあゆみをベッドに乗せた。

「黒猫君。ダメですよ。ちゃんと疲れました、って言わなければ」

 そう冗談交じりに言ったあゆみがベッドの上でクスクス笑ってやがる。
 結果から言うと。あゆみの方がよっぽど俺より言葉遣いや礼儀作法の授業を楽に受け入れていた。
 テリースの指摘であゆみは素直に自分が言われて動きやすいように他の者に命令をする必要性に気づいて受け入れた。途端、丁寧ながらもきちんと上下を意識した態度を取れるようになりやがった。
 ところが俺に至っては徹頭徹尾言葉が乱暴すぎるっという事でだめだしを出されまくって。まあ、そこは最初キールも似たりよったりだったのだが、あっちはそれでも以前に軍で上官と接していたころを思い出して結構すぐに勘をとりもどしていた。
 結局俺一人がいつまでもテリースにことごとく言葉を直されてる。

「疲れました……よっと」

 俺はやけくそになってあゆみのすぐ横に倒れ込んだ。今日は話しておかなきゃいけない事もあるからクロエも来なくていいと言い渡しておいた。しばらくはあゆみと二人だけだ。

「よくがんばりました」

 そう言って優しく微笑んだあゆみが俺の頭を撫でる。流石に学習したらしく俺の耳はちゃんと避けて。俺が視線を上げるとあゆみがちょっとたじろいでそっぽを向いた。
 俺はベッドの上で起き上がってあゆみと向かい合って座る。

「あゆみ。話がある」

 とは言ったが。その続きが出てこない。
 それっきり言葉を続けられない俺をしばらくは黙ってじっと待っていたあゆみが、そのうちとうとう我慢しきれないって様子で口を開いた。

「結婚式の事、かな?」
「あ、ああ。そう。結婚式だけどな。したいか? いや違う、したいがお前はそれで本当にいいか?」

 しどろもどろに俺がそう言うとこちらを見つめていたあゆみが嬉しそうにほほ笑んだ。
 そしてはっきりと返事する。

「うん。私もしたいよ」
「そ、そうか。で、家なんだけどな」
「欲しい」
「あ?」
「家が欲しいよ。森に」

 予想外にあゆみがはっきり言うので一瞬たじろいじまった。でもその返答の意味を俺も理解して、一気に頭に血が上った。

「分かってるのか。それって俺と二人で住む、って事だぞ」

 俺がそう言うとあゆみがちょっとためらってから返事をする。

「えっとね。分かってる。分かってるし、私もそれでもいいんだけどね黒猫君。もしビーノ君やミッチちゃんやダニエラちゃんが一緒に住みたいって言ったら一緒に住んでもいいかな?」

 すっかり忘れてた。ちくしょうそうだ。あいつらがいるじゃねーか。俺だってビーノに一緒にいるって言ってやってた。

「もちろんだ。まあ、その、部屋は別にしたい」

 俺が舞い上がりついでにそういうとあゆみが一瞬で真っ赤になった。
 ちくしょう。押し倒してえ。
 って本音は置いておいて。

「バッカスに言わせるともう適当な場所は見つけてくれているらしい。とはいえ俺たちはこの後一週間で北に向かって帰ってくるのは早くて1か月後だ。それまでには家も建ってるし住めるだろうってさ」
「そ、そっか。うん。嬉しいね」

 赤くなりながらも。あゆみが嬉しそうに笑った。
 マズい。

「あゆみ、ちょっとだけな」

 そう言ってあゆみを抱きしめた。
 我慢効くわけねーよ。こんな可愛い顔されちまったら。
 あゆみは突然俺が引き寄せても暴れる事もなく俺に素直に寄りかかった。
 それが嬉しい。こうやって徐々に俺との距離が近くなってあゆみが俺をいつでも受け入れてくれて。
 そんな変化が俺には心底嬉しい。

「帰りもナンシーを通るなら今度こそベッド買おうな」

 俺がそう言うと腕の中であゆみがクスクスと笑った。
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