異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第9章 ウイスキーの街

4 話し合い

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「まずはこの街に滞在する期間だが」

 テリースさんがお茶を持って現れてそこで話し合いが始まった。

「今回この街に戻ったのにはいくつか目的がある。一つはネロが行った農村の作業の変革がどの程度収益に改善をもたらしたかの確認。それと一緒に収穫祭と徴税の準備をしなければならない。本番は9の月だがその前に取りこぼしてる去年の税を取り立てる必要がある。あゆみたちの報告通り監査式に移行するなら始めるにはいいタイミングだ」

 そう言ってキールさんが指を一本立てた。

「次に白ウイスキーの製造とナンシーとここの流通の確定。今まではナンシーの方が圧倒的に力を持ってこの街に流通を押し付けてきていたが今後この街が俺の本拠地になる事と施政の変更、そして新たな農業改善で収益が上がれば否が応でも関心が集まってくる。好き勝手に流通をさせないためにも指針を決めなければならないだろう」

 そこで言葉を切ってバッカスを見る。

「これにはバッカス、君たち狼人族の協力をお願いしたい。船着場からの物資の輸送に警備、水車小屋の管理などについて後日秘書官二人と話し合ってくれ」

 キールさんは2本目の指を立ててバッカスの返事も待たずに次に移った。

「そして最後に俺たちの教育だ。残念ながら俺自身、王位継承者教育は半分程度でやめちまってる。テリースに言わせれば言葉も態度もなってないって事だ。ネロ、あゆみ。君たちもこれから領城や新政府内で俺の施政に関わる以上、高位貴族並みの礼儀作法、言葉遣いそれに最低限のこの国の知識を詰め込まなきゃならない」
「うへー」

 キールさんが3本目の指を立てたのと同時に黒猫君がわざと声を出して不服を唱えたけど、それもう分かってたよね?

「そしてこれを1週間で終わらせたい」
「それはいくら何でもきついんじゃないのか?」
「鉱山がある北の森まではナンシーまでの道のりを含めて片道5日はかかる。これはその道行の一部をあゆみの船を使ったとして、だ」

 黒猫君の言葉にキールさんが静かに説明を始めた。

「往復に10日。それに向こうでどうにかする時間を加味すれば1か月近い。それに帰りはもし農民や狼人族の女子供を連れ帰るとしたら行きより時間がかかるだろう」

 そこでキールさんが顔色を曇らす。

「雨季はもう1月しないうちに始まる。この街の刈り取りはほぼ終わったそうだが雨季が上がる2か月後までに畑を整備して種まきが始められる準備が整わなければ来年の収穫は見込めないだろうというのがここの農村の村長から聞き込んだ情報だ。ナンシーに至っては余計状況は厳しい」

 フーっとため息をついたキールさんが私たちを見る。

「逆算するとここで取れる時間は1週間が限度だ。正直教育に関してはテリースを同行させれば道中も続けられる。最低限道具や本が必要な部分だけ終わらせればいい。だが他の二つは何とかするしかない」
「また寝る暇なしかよ」
「え! そういう事なの、これ?」

 ぼやきながら天井を見た黒猫君を驚いてみてしまう。
 やっぱりここに来る時に感じたマッタリはほんとに仮初もいいとこだったんだ、うう。
 黒猫君と二人ちょっと顔を見合わせてため息をついた。

「と言う事で今後毎朝一番と夕食時の2回、進捗確認に来てくれ。俺は主にここの教会解体と商工会の統合、ナンシーのギルドとの調整と流通規定のたたき台を残す方に集中する。君たちは君たちがやるべきことをやってくれればいい」

 そこでキールさんはテリースさんに目配せした。

「それじゃ今日の会議はここまでだ。テリース、予定通り先にあゆみに魔術の授業をしてきてくれ。こっちはここで話し合いを終わらす。その後お前の授業をここで始めてくれ」
「分かりました」
「え? 私だけですか?」
「ああ、行けば分かる、テリース頼んだぞ」

 そう言って早々に私はテリースさんともども追い出されてしまった。


「それではキーロン陛下からご指示のあった『排泄物処理』の魔術をご教授いたします」

 何故かテリースさんの診療室に連れてこられた私は一瞬何を言われたのか分からなかった。
 ボーっとテリースさんを見返した私にテリースさんが優しく微笑んだ。

「あゆみさん、失礼ですがもうそろそろ生理が始まるはずですよね」
「あ。」

 そうだった。また忘れてた。
 どうにもこの世界に来てからちょっと気を抜くとそんな当たり前の事がまるで自分とは関係ない事のような気がしてくる。

「ネロ君がキーロン陛下にお願いされたそうですよ。あゆみさんにこれを教えておいて欲しいと。次の北への遠征にはどうしてもあなたを連れていきたいらしいです」

 そ、そうだったんだ。
 前回ナンシーへの旅行前のあれこれを思い出す。
 そうだよね、常識で言えば私は置いて行かれるはずなんだ。
 でも。今回黒猫君も思う所があったのかな。私を一人で置いておくより一緒に行く事を選んでもらえた。それが単純に嬉しかった。

「ただし、この『排泄物処理』の魔術は本来医療業務に携わる者のみが習得する技術です。今回これをお教えするにあたって、仮にですがあゆみさんには私の助手として医療業務を学ばれるっという建前を受け入れて頂きます」
「助手ですか」
「ええ、でも実際にはそう沢山の事をしていただくわけではありません。この魔術がきちんと発動できるようになったか確認するためにもここに入院されている患者さんの処置を一部お願いする事になります。また助手に要求される程度の医療技術は学んでおくにこしたことはありません」
「救急処置みたいなことですよね、はい、是非教えてください」

 北に向かうにしても私にも出来る事が増えるのは色々嬉しい。黒猫君が置いていくのが怖いから連れまわされてるだけのお荷物になるのは嫌だし。

「それでは早速始めましょう。ではまずは原理ですが──」

 そうしてテリースさんが説明してくれたことを要約すると。どうやら『排泄物処理』の魔術はやっぱり熱魔法と同様生活魔法の一つらしい。習得すれば元の魔術系統に関係なく誰でも出来るようになるのだそうだ。
 実際にこの魔法は体内に溜められた大小を指定した場所に転移する仕組みらしい。だから最初の訓練は自分の身体を使ってトイレ前でやったよ。うん。かなり恥ずかしかった。

「これだから女性の医療関係者の方が少ないのですよ」

 そう言ってテリースさんがくすくす笑ってるけどうん、そうだろうね。
 実際、体内の尿を感じ取って魔術を発動するのは最初凄く怖かった。だって間違って内臓とか転移したら私死んじゃうし。そういうとテリースさんがまたも笑いながら答えてくれる。


「あゆみさん。魔術はあなたの指先と同じですよ。よっぽどのことがなければご自身の身体を傷つけるような事は起きません。安心してやってみてください」

 そう言われても最初の一回を行うのに10分ほどその場で躊躇してた。
 でもテリースさんの言う通り。やってみれば嘘みたいに簡単に尿だけを飛ばすことが出来た。

「今日中に同様に大便も飛ばしてみておいてください。それがうまくいけば明日は患者さんの身体で実践していただきますから」
「え、もうですか?」
「はい。一度感覚を掴んでしまえばご自分と同様に出来るはずです。その後はあゆみさんの生理が始まり次第、今度は定期的に排出する訓練をいたしましょう」

 そこでテリースさんが少し眉根を寄せた。

「ただし。これはしっかり覚えていてください。たとえ『排泄物処理』の魔術で行動範囲が広がってもあゆみさんの出血量が減るわけではありません。前回の症状からして決して無理はなされないで頂きたい」

 珍しくテリースさんが語尾をきつくして私に言いつけた。でもその声音からはテリースさんが私を心配してそう言ってくれているのも伝わってきて私はただ神妙に頷きかえした。

「さて。キーロン陛下のほうはどうなりましたでしょうかね」
「私たち戻らなくていいんですか?」
「えー、そうですね。ネロ君への説明が終わったらアルディ隊長が呼びに来てくださるはずだったんですが」

 そう言った途端テリースさんの診療室の扉にノックの音が響いた。

「テリース、終わったよ。全て片付いた」

 少し嬉しそうにそう言ったアルディさんに連れられて私たちはキールさんの執務室へと戻った。
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