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第8章 ナンシー 

91 魔術試験2

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 試験官のお姉さんに連れられて別室の試験会場に入ったところでアルディさんが彼女にニジリ寄って交渉をし始めた。

「こんな試験があるなんて伺っていません」
「先ほども言いました通り、これは本日から始まった新しいテスト内容です」
「前もって通知も来てませんでしたよね?」
「下の受付には貼り出してありますよ」
「そんな突然張り紙だけで変更されては困ります」
「そう言われましてももう決定してますし」
「今日の受験生だけでも省けませんか?」
「無理ですよ、既にこれは正式にテストに組み込まれていますから」

 アルディさんの綺麗な交渉用笑顔にも顔色一つ変えずに試験官のお姉さんがニッコリ笑って却下した。

「安心してください、これで今まで落ちた人はいませんよ。この機械は本当に優秀で皆さん改めてご自分の可能性を確認できたと喜んでらっしゃいます。どうぞまずは試してみてください。もし結果が悪かった場合はご相談に乗りましょう」

 そこまで言われてしまったらアルディさんももう文句の言いようがないようで、とうとう諦めて戻ってきた。

「それでは今度は31番の方から順番にこちらの二本の棒をそれぞれの手で握ってください」

 私は知ってる。それ、導線が繋がった端子だよ。ああ、どうしよう、確かにあれ私が作った魔力検査機の応用だ。
 機械は大体私が作ってた魔力検査機の倍くらいの大きさ。表示用の魔晶石の横にはそれぞれの階位がメモリ代わりに書いてある。多分これ、若い子が横でやってた研究の一つだったんだ。

「ああ、本当に正しく出ますね。31番の方の魔力量は中級3位と出ました。再試験はもう少し伸ばした方がいいかもしれませんね。次30番の方!」

 あ、黒猫君の番だ。どうしよう。

「ああ、同様に正しいようです。高位下級と出ました。では次……」

 よかった! 黒猫君の魔力量はそのまま正しかったらしい。変なのでちゃったらどうしようかと思った。
 安心してホッと息をついた私をアルディさんが難しい顔で見つめながら声をかけてきた。

「あゆみさん、ネロ君なんかよりあなたの方がよっぽど問題なの分かってますか?」
「え?」
「よく考えてください。今まであなたの固有魔法があなたの意識外の所で周囲にどれだけ大きな影響を及ぼしてきたか」

 あ、うん。そうだった。私の魔法、なんかずっと漏れっぱなしみたいだもんね。ちょっと気まずくて後ろに引き気味の私を逃がすまいと肩を掴みながらアルディさんが引きつった笑顔で続けた。

「いいですかあゆみさん。あれはあなたの作った装置なんですからズルの仕方の一つぐらいご存じでしょう。どうやってでもいいですから誤魔化してきてください」

 うわ、アルディさんの笑顔が真っ黒だ! でもそっか、やっぱりまずいのか。

「わ、分かりました。努力してみます」

 としか言えない私はさてと考える。
 魔力が電力に似てることを考えれば接触面を減らせば一度に流れる総量は減るはずだ。だったら握ってる振りして指でつまんでやればよっぽど低く出るに違いない。うん、きっとそうだ。

「25番お願いします」

 そう思って私は慎重に爪の先指二本分だけでそれぞれの棒をチョイって拾うつもりだった、本当に。
 なのに──

 ─── パパパパパパパパンッ!

 あ。

「え。」
「わ!」

 私の爪先が装置の棒にほんとにちょっと触れたその瞬間、装置に並んでた光石が前から順に最後まで一気に弾け飛んだ。
 そ、そんなのいくら何でも。溜め石に溜めた魔力ならさっきの程度の接触だとほとんど流れてくれなかったのに。
 あ、もしかして接触面が少なくても出力が異常なほど強ければそこを起点に放電……じゃなくて放魔しちゃうのか。
 私の魔力、そんなに強力ってこと!?
 シーンと静まり返った室内で最初に再起動したのは試験官の彼女だった。

「やだ、どうしよう、これ今日入れたばっかりだったんですけど。不良品だったんでしょうかね。仕方ありません、こんな事もあろうかと3台一度に購入しておいて本当に良かった」

 そう言って汗を拭きながらもう一台をテーブルの下から出してきてくれる。
 ど、どうしよう。これ、きっと同じことになるよね?
 私は焦って黒猫君とアルディさんのほうを見たけど二人とも呆れかえった顔でまるっきり助けになりそうにない。

「ごめんなさいね、もう一度おねがいしていいですか?」

 そう言って丁寧に私に二本の棒を突き出してきた彼女を断る理由が見つけられなくて。

「あの、本当にやらなきゃだめですか」
「今度こそ大丈夫ですよ、こっちはまだ一度も使ってませんから」

 そ、それ、きっと全然大丈夫じゃないと思う。
 思ったけどもう逃げようもなくて。仕方なく私は再度爪の先でなるべくそれも触らない様に端っこをつまむようにして手にしようとして……

 ─── パパパパパパパパンッ!

 やっぱり全部割れちゃった。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 会場には静寂が広がり誰も動いてくれない。非常に居たたまれない思いでそこに立ち尽くす私を、それまで壊れた検査機を見つめて固まってた試験官のお姉さんがゆっくりと私に振り向いて引きつった作り笑いを貼り付けた。

「す、すみませんが試験はここで一旦中止です。これ以上検査機を破壊されてしまうと今日の試験が続けられなくなりますので。皆様ちょっとお待ちください。25番の方は私と一緒に局長の所までお願いします」

 ああああ、アルディさんに怒られる、どうしよう。
 恐る恐る振り返えってみれば。
 頭を抱えて沈み込んでるアルディさんと呆れかえったジト目でこっちを睨んでる黒猫君が見えた。
 他にもさっきのお兄さんたちが目を点にして口をポカンと開いてる。なぜか坊やと学者っぽい人はそろって目を輝かせてた。
 それぞれの視線を背中に感じつつ試験官のお姉さんに連れられて私はトボトボと部屋を出た。



「大体のお話は試験官を務めた者から聞きました。大層な魔力を持っているにも関わらず出力試験では下級2位の魔力しか出さなかったという事ですが」

 目の前で優しいながらも何か一筋縄ではいかない厳しさを含んだ瞳で私をまっすぐ見ながらそう言ったのは頭の前面には全然髪がないのに立派なゴマ塩髭が顔の下半分から後頭部までをきっちり覆ってる大柄なおじ様だった。
 歳はキールさんより上かな?おじいさんっていったら怒られそうな微妙なお歳。
 さっき通った扉には『局長室』ってなってたからこのおじ様が局長様で間違いないんだろうな。
 今私がいるのは『魔術安全管理局』の最上階。通されたお部屋は凄く綺麗な個室で、勧められるままに凄く豪華なソファーセットにおじ様と向かい合いで座ってる。
 後からアルディさんと黒猫君が扉の所まで来て一緒に入れろと騒いでたけど、この面接には他の人は入れられないと断られてた。結果ただ今一対一、ガチの面接中。

「まずはあなたの方からも説明して頂けるかな?」

 局長さんはそう言うけど私は何を彼に話して良くて何を話しちゃいけないのか分からなくて。
 私は部屋を後にした時に見たアルディさんの凄い形相と黒猫君のあきれ顔がチラチラしてどう答えていいのか困り果てた。
 そんな私を見てるおじ様の目が少しだけ厳しくなる。
 
「申し訳ないがこのままだと私の権限で貴方を拘束しなければならない。」
「え?!」

 思いがけない厳しい言葉に私は冷水を浴びせかけられた思いで局長さんを見返した。私が驚いたのをみて局長さんがすぐに目元を緩めて再度優しく説明を始めてくれた。

「魔力試験は魔力と言う稀な才能を持った人間にその実力に見合った正しい注意を与え、この王国において魔力保持者が守るべきルールを説明して出来れば教育を受けてもらうためのものです。正しい実力を提示してもらえないとこちらも正しい対応を施せない。実力に見合うだけの心構えを持っていただけない様ならば周りへの影響が深刻になる事を考えて拘束する事もあり得るわけですよ」

 言われてみて納得する。確かに私の固有魔法は凄い勢いで皆さんに迷惑を掛けてきた。それが前もって頂ける注意で何とかコントロールできるなら確かに色々教えて欲しい。ルールは……守れる限り守った方がいいよね?

「今度はきちんと話してもらえるかな?」

 私が考えてるのを見て取った局長さんが話を促してくれる。私は仕方ないので色々掻い摘んで今までの経歴を説明し始めた。


「……大体事情は理解しました。いや、これは確かにお話しにくい内容だったのが分かります。キーロン陛下も前もってご連絡、ご説明下さればもう少し気を使った対応が出来たのですが」

 私が話し終えると局長さんが額の汗をふきふき突然凄く申し訳なさそうになってしまった。どうも私が王室秘書官だって辺りが特に問題だったみたいだ。転移者だってことも軽くは説明したけど、どちらかと言うと聞きたくなかった、って顔をされてしまった。

「そういう事ならば仕方ないですね。階位を偽って大量の魔力をそのまま拘束もなく放っておくわけにはいきません。かといってあゆみさんの階位を表立って登録する必要もない。魔力量だけを取ればそのまま特級なんですがこうも何も出来ないとどう評価したものか」

 そう言って暫く悩んだのち、局長さんはさっきの試験官のお姉さんと黒猫君たちを部屋に呼びいれた。
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