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第8章 ナンシー 

89 司教たちの処分

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「それで結局あの教会の司教たちはどうするんだ?」

 暫くの無言の後、黒猫君がキールさんに問いかけた。問われたキールさんが疲れ切った顔で黒猫君に答え始める。

「これが非常に面倒な事になった。残った二人の司教が、どんな処罰になるとしても中央の教会を通せと言い出した。彼らの言い分では彼らは今回ガルマが行っていた愚行には関りもなく司教長や司教どもは口を揃えて知らなかったで通してやがる。それどころか勝手に教会の塀を破壊して乗り込んできた俺たちを訴えるとまで言い出した」
「そんなのほっとけばいいだろ」
「それがそういうわけにもいかない。この街の住人の中には少なからずあの教会の信者がいるんだ。下手に俺が独断で採決を出しちまうと後でもめることになりかねん。無論あの二人と新兵を殺害しようとした3人の処罰は確定してる」

 そこまでいってキールさんが疲れた様子でため息をついた。

「今回の一件は非常に微妙な問題になりつつある。まず俺の戴冠自体かなりの無理を通して終わらせた。この街のギルドや元中央政府出張部は納得の上でのことではあるが街の連中はそんな事は知らない。そのうえ今までの領主が突然死んで勘当されていたエミールがその後を継ぐことになる。中には全く的外れな憶測をまことしやかに噂する奴も出始めてる」
「そう言えばなんでエミールさんはナンシー公から勘当されてたんですか?」

 私は聞いちゃってから聞いていい事だったのかちょっと迷う。でもキールさんは気にも止めずに説明してくれた。

「正確には『勘当』と言うのとは少し違うんだがな。エミールはナンシー公のたった一人の継嗣、アルディは後から親族の子供を引き取った養子だったんだ。だがナンシー公はそれを隠したまま二人を競わせるようにして教育させた。ところが二人が15になりエミールの次期領主継承が決まった後になってアルディが実は養子であり、しかもアルディを養子にしたのが二人を競わせてエミールの能力を引き出すためだったと大臣たちが噂しているのを二人が聞いちまった」

 そこまで言ったキールさんがチラリと無表情なアルディさんを振り返ってから言葉を続ける。

「ずっと競ってきたのが出来レースだったと知ったアルディはその日のうちに領城を去って軍に入ったそうだ。だがそれに気づいたエミールもすぐにアルディを追いかけて家を飛び出して同様に軍にきちまったらしい。結果ナンシー領主の継承権は宙に浮き、エミールは次期領主としての指名を受けながらもそれを受領していない」

 アルディさんはキールさんの話を肯定するように静かに頷いた。

「そんな状態だったエミールを今回突然俺の権限でここの領主に引き上げちまった。状況だけみるとそれに反対するのを見越して俺たちが高位貴族を捕らえた様にも見える。だから今、街中での俺たちの評判はまちまちだ」
「いえ、キーロン陛下の評価は以前から高かったですからそれ程問題じゃないんです。問題は兄の方で……」

 アルディさんが困った顔で直ぐに付け足した。それを受けてキールさんがまた話し出す。

「だから今下手に教会の奴らともめて信者を敵に回す余裕が俺たちにはないって事だ」
「じゃあどうするんだ?」
「さっきも言った通り、数人を除き教会の奴らは遅かれ早かれ釈放する事になるな。まあ『非人』の扱いをあいつらから取り上げたし、今後寄付の強制権もはく奪するつもりだ。後は税金と台帳を取り上げれば魔力もない教会の奴らは放っておいても大した事出来ないだろう」

 なんか最後の方は私たちを意味有りげに見ながらそう言ったキールさんがまるで今突然思い出したという様に取り繕って話題を変えた。

「ああ後な、君たちの魔術試験日を繰り上げて明日にしてきたぞ」
「はあ? 明日ってなんでそんな急に?」

 驚いた黒猫君の当然の質問にキールさんが肩をすくめる。

「早い所それを終わらせてこっちの予定に付き合ってもらわなきゃならんからだ。『ウイスキーの街』にも一度戻りたいしな」
「ちょっと待って下さい、じゃあシアンさんはどうするんですか?」

 シアンさんは一週間後に目覚めるって言ってたよね? 私たち彼女とお話し合いする予定じゃなかったっけ?
 問いかけた私にキールさんがこともなげに肩をすくめて答える。

「どうもしないぞ。一度『ウイスキーの街』に行ったってどの道次は北の鉱山に向かう予定だからすぐここに戻ってくることになる。ここを通って船で川を途中まで遡るのが一番の早道だからな」

 うーん、それってシアンさんの目覚めに間に合うのかな?

「そっちの予定ってなんの予定だよ」

 黒猫君が私とは全く違う事を問いただすとキールさんがニヤリと笑って黒猫君を見返す。

「一つはエミールの領主就任式だ。明後日行う。まあ、反対しそうな高位貴族は未だに拘束中だから今日半日根回しをしてなんとか目処がついた。そして同時に君たちの正式な王室秘書官就任式も終わらせる」
「え?」
「おい!」

 えっと、エミールさんが領主になるのはわかるけど、今キールさん、私たちが新しい仕事に移るって言わなかった?
 よく分からなくて声を上げた私と違って黒猫くんは事情を理解したらしく憤りを顕にキールさんを睨みつけた。するとそんな黒猫君をキールさんがニヤニヤ顔で見返して説明しだす。

「何を驚く事がある。俺が国王になったんだからお前らが繰上りで王室秘書官になるのは当たり前だろう」
「待て、そんな話俺は聞いてないし了承した覚えはないぞ」

 文句を言う黒猫君、でもなんかその顔がすでにちょっと諦めてる気がする。

「安心しろ、今言った。ついでに今回は辞令も必要ない。なんせ形式は俺の秘書官のままだからな」

 キールさんが悪い笑顔でニヤリと笑って更に続けた。

「言うまでもなく俺の有能な秘書官二人は今後ここを含む北ザイオンの全ての街で個人台帳の導入を始めてくれると信じてる」

 うわ、黒猫君が今にも叫び出しそうな様子で頭を掻きむしってる。
 でもキールさんはそんな黒猫君を放っておいて引き出しから二枚の羊皮紙を取り出しながら今度は私の方を見た。

「そしてもう一つは俺の勅令の執行だ。奴隷制度の廃止、そして非人の取扱いの変更をここにしたためた。明日試験のついでに新政府で正式発布手続きをしてこい。発布され次第今度はお前たちが実施の準備や計画、実際の作業などを順次始めなけりゃならん。時間がないぞ。3日後にはウイスキーの街に向かうからな」
「え、そ、それは凄い! 頑張ります」
「まてあゆみ! だからお前はなんでもかんでも引き受けるな!」

 勢い込んで頷いた私を黒猫君が横から遮ったけど既にキールさんは黒猫君の言葉なんて無視して勅令書を私に手渡した。



 話し合いを終えた私たちはまだ忙しそうなキールさん達に就寝の挨拶だけして自分たちの部屋に戻ってきた。
 ヴィクさんは既に自分の部屋に戻ったみたいで部屋に入ると子供たちの静かな寝息が聞こえてきた。

「やっぱりこいつら今日はいるのか」

 そう言って黒猫君が少し残念そうな顔でみんなのベッドを見やった。
 それでも私をベッドに降ろして着替えを渡し、私の袖や後ろのボタンだけ外して自分も着替え始めた。
 黒猫君、ボタン外すのほんとに早くなったよね。
 結局今日はお風呂に入れなかったな。もうすぐ『ウイスキーの街』に戻るんじゃそれこそもうあんまり入れる機会はないのに。

「風呂行きてえのか?」

 着替えようとした私の後ろから黒猫君の小さな声がかかった。

「え? どうして分かったの?」
「いや、さすがにちょっと悪かったなって思ってな、それ見て」

 黒猫君の視線が私の首元を見てて、え?っと思ってギャッとなった。
 あれ? 私いつ手拭い取ったんだったっけ?
 確か黒猫君にお昼の後引き抜かれて……あれっきりつけてなかった!?
 え、じゃあみんなにこれ見られてたの!?

「く、黒猫君、気付いてたならどうして私が手拭い忘れてるの言ってくれなかったの!」
「俺は見せる為につけたんだから当前だろ」

 みんなを起こさないように小声で文句を言う私に黒猫君が当たり前の顔してそんなことを言う。

「そ、そんな、こんなの恥ずかしいだけなのに」

 私の返事に黒猫君がちょっと首を傾げておかしな質問をしてきた。

「恥ずかしいだけなのか? 少しくらい嬉しくないのか?」

 悪いけどその期待は間違ってる!

「無理、こんなの人に見られるのは嬉しいより恥ずかしい方が全然上!」

 あれ、黒猫君がちょっとだけショック受けた顔してる。

「悪い。なんか俺、お前の普通とかなり違うみたいだな」

 黒猫君、どうも本気で驚いてるみたいだ。ちょっと待って。もしかして。

「黒猫君、まさかこういう事普段いっぱいしてたのかな?」

 あ、黒猫君の目が泳いだ。この人結構色々やってたんだ!

「く、黒猫君。なんかちょっとお話聞いておいた方がいい気がするよ。着替えたらまずはそこに座ってください」

 私の言葉に着替えを終えた黒猫君がなんか怒られる前の犬の様な顔で嫌そうにベッドに座った。
 私も黒猫君が見てない間に手早く着替えを終わらせてベッドに座る。
 ベッドに膝を突き合わせて向かい合わせに座ると黒猫君が落ち着かない様子で少し上目遣いにこっちを見てきた。黒猫君の全身から嫌だーってオーラがにじみ出てる気がする。
 それでもここはきちんと聞くべきことを聞いておいたほうがいい気がして私は小さく咳ばらいをして話し始めた。

「黒猫君、この際だから聞いときたいんだけど、君の女性経験を教えてください」

 意を決して質問したのに、なんか黒猫君が意味が分からない、って顔で私を見返してくる。
 うー、これ、はっきり言わないと分かってもらえないらしい。しかたない。

「えっと、黒猫君は今まで何人くらいの女性とその、『関係』を持ってたのかな?」

 私の言い換えた質問に一瞬キョトンとした黒猫君がちょっと赤くなって天を仰いでからゆっくりと指を折り始めた。両手の指がおられて、まだ頭を傾げながら両手の指が開いてく。それでもまだ続いて。

「ちょ、ちょっと待って黒猫君、今二周しなかった?」
「え? あ、ああ」

 ひえー! 考えてたレベルを軽く飛び越えてマックスレベルにこの人遊び人だった!

「え、でもちょっと待って黒猫君前にここに来る前付き合ってる人いなかったって言ってなかったっけ?」
「いねえよ。最初で最後に好きになった女は死んじまったし」

 はっきりとそう言う黒猫君に私の頭が空回りを始める。

「え? じゃあどうして君はそんなに女性経験が豊富なんですか?」

 なぜか敬語になってるよ私。

「なぜって別にそんなの女が寄ってきてたから」

 頭が痛い。私、本気で頭が痛い。

「く、黒猫君。君誰かが誘ってきたら取り合えずしちゃってたの?」
「いけねーか? 別に俺だって好みあるから全員が全員としてた訳じゃねーぞ」
「いや、そうじゃなくてほら、こういう事って好きな人とするもんじゃないの?」
「あー。そ、そうかもな」

 そう言って頭を掻く。

「悪りー。あんまり言いたくないけど俺、基本被害者だから。大抵の場合女になぜか襲われてやり逃げされる口だった。そんな好きな人とだけするとかいう選択肢、最初っからなかったな」

 そういう黒猫君の顔には本当に全く悪気が無くて。何か気にしてる私が馬鹿みたいになってきた。

「ご、ごめん黒猫君。なんかちょっと私許容量オーバーした。今日はここまでね。お休み」

 私はクラクラする頭を抱えて黒猫君に背を向けるように自分の寝場所に転がって、光石のライトを消して逃げるように眠りに付いた。
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