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第8章 ナンシー
87 帰り道
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バッカスたちの所からの帰り道、黒猫君はやけにゆっくりと走り始めた。いつもは私が悲鳴上げる寸前までスピード上げるのに。これじゃあ逆に黒猫君の顔がしっかり見えちゃって困る。
「なああゆみ。少し俺の話を聞いてくれ」
黒猫君がとうとう走るのをやめたのは森と門の丁度中間くらいまで来たところだった。私を抱えたままゆっくりと歩いてる。この辺りはまだ刈られていない麦畑が続いていて渡る風に重く垂れた麦の穂がゆらゆら揺れてた。その間を私を抱えた黒猫君がトボトボと歩いていく。すでに日は暮れ始め、空に闇が広がり始めていた。黒猫君の顔に夕焼けの光が当たって赤く染め上げてた。
「俺の告白をお前が受け入れてくれたのは凄く嬉しい」
黒猫君が私を抱えたまま真っすぐ前を見て話し始める。
「だけどお前、あまり実感ないまま俺の告白受け入れただろう」
そう言ってチラリと私を見下ろした。
図星だった。っていうか告白を受け入れるとそんなにすぐに何かが変わるなんて思っても見なかった。確かに結婚まで全部受け入れたんだから徐々に新しい事も始まるのだろうとは思ってたけどそれがどんな変化でいつ来るのかとか全然考えてなかった。なんかぼんやり少しずつ変わっていくんだと思ってた。覚悟が足りないって言われればそれまでなんだけどね。
私の顔色を読みとった黒猫君が小さく嘆息する。
「俺はスゲー悩んでそれでもお前に告白したんだけどな。多分お前は俺みたいなこと悩んだ事はねえんだろうしスタート地点がまず違うんだと思うんだよ」
黒猫君は私が思っていた以上にすごく真剣に私が拒絶した事実やその理由を考えてくれてたみたいだ。言われてみればその通りなんだと思う。黒猫君は多分私とは全く違う所まで考えてから告白してくれてたんだよね。
黒猫君はそのまま暫く無言で歩き、そしてぼそりと話し始めた。
「俺な。前にすげー好きになった奴に死なれてんだ。俺が馬鹿やってる間に死なれちまった」
そう言った黒猫君の顔はその告白の内容に似合わず静かな物だった。私は言われた内容の重さに言葉が見つからない。黒猫君がそう私に言うほど好きな人がいたっていうのがまずちょっとショックだった。でもそれを過去形で、しかもこんなに静かに話す黒猫君に彼が通ってきた道のりの長さを感じてしまった。
私の顔を見た黒猫君が少し困った顔で笑ってくれる。
「そんな顔するな。お前が心配するようなことはなんもないから。単に俺が片思いしてたやつがたまたま俺にも関わる事で死んじまったって事だ。とはいえ周りの奴らが言ってたみたいに多分俺のせいって訳じゃねえ。俺が行動を変えてたら助かったんじゃねーかって俺が思い続けてるのもある意味傲慢な思い上がりなのかも知れねえ」
いつの間にか私から視線を外した黒猫君は何かを思い出してるのか少し遠くを見てた。
「今更そいつの話をお前にする気はねーんだけどな、それ以来俺は自分が誰かを好きになる資格なんてないって思ってたし誰かを好きになったり好かれる事があるなんて信じられなかった……お前が俺の人生に入ってくるまでな」
そこですっと私に視線を戻してふっと頬を緩めた黒猫君が私を見つめる。
「俺にとってお前はいい意味でも悪い意味でも本当のサプライズだったよ。最初俺の事猫だと思ってスゲー上から目線で弄びやがるし、まるで当たり前みたいに膝に抱えて撫でまわすし」
あの頃の事を思い出したのか黒猫君が苦笑いしてる。
「お前といる毎日は今まで俺が誰にもされた事のない経験の連続だった。お前はお前でこんな所に流されて片足になってんのに飄々として周りにすぐ溶け込んじまって。そのくせスゲー簡単に自分の事は諦めてすぐ投げ出そうとするのに他人の事になるとバカみたいに頑張って自分の事は我慢しちまう。やる事はどれも危なっかしくて結果はいつも面倒臭くてでもなんかいつもスゲー温かくて」
私褒められてるんだろうかけなされてるんだろうか?
どっちか良く分からないけど黒猫君がすごくよく私の事を見てきてくれたのだけは確かだった。
「お前は俺が知ってるどんな奴とも違っていつも俺にはないもん持ってて。ある意味俺より全然ぶれないお前見てると俺みたいなのが関わる事でお前を汚しちまう気がしてなかなか言い出せなかった」
なんで汚すなんて思うんだろうこの人は!
でもそんな一瞬の私の憤りはすぐに黒猫君の言葉の続きにかき消されていく。
「だけどな、やっぱお前を失うのは無しだろ。どうやったって我慢できねー。死に別れってだけじゃなくてお前が俺の周りから居なくなるとかもう考えたくねーんだよ。これから何があってもお前が辛くない様にするのは自分でありたいしお前を守るのも俺でありたい。……そんな風に思われるのは嫌か?」
「嫌なはずないよ。もちろん嬉しい」
即答した。だってこの人がさっきっから言ってくれている全ての言葉は私を必要だって思っているって証だし、私を好いてくれているのが伝わってきて、でも黒猫君本人がそんな黒猫君自身の気持ちをやけに低く評価してる気がして悔しくて。私がどれほどその言葉に心を打たれてのぼせ上がる程嬉しいのかを、私はこの人にちゃんと伝えられるのだろうか?
私はさっきまでとは違って何とか黒猫君に私の思いを知ってもらいたくて一生懸命言葉を紡ぎ出した。
「私はね、多分一目ぼれだったんだ。黒猫君に」
「はあ?」
「ほら、電車の中で会った時。生まれて初めて自分好みの人見つけた!ってすっごく驚いてた」
「……お前スゲー趣味悪かったんだな」
ちょっと待った、これは聞き捨てならない。やっぱりすっごく勘違いしてる黒猫君。一度言ってあげたいって思ってたんだよねこれ。いい機会だからしっかり説明しておこう。
私はちょっと黒猫君を睨みあげて言葉を続けた。
「ちょっと待って黒猫君。前から思ってたんだけどね、君なんでそんなに自分の顔を怖いって思ってるの?」
「だって怖えーだろ」
「全然」
私はブンブンと首を振る。
「確かに黒猫君って三白眼で目つき悪いね。顔も頬骨張ってて細身だからちょっと強面に見えやすいかも。眉毛も逆さでよく口もへの字に結んでるし」
「やっぱ怖えーんじゃねえか」
黒猫君が少し拗ねた顔で私を見下ろす。分かってないなぁ黒猫君。今の君の拗ねた顔可愛いのに。
「待って。だから、そういう顔だって言っただけで怖いとは私一言も言ってない。その顔でもし怖いって言われたんだとしたらそれ、黒猫君が怖い事をしたからじゃないの?」
「…………」
やっぱりね。
「例えば黒猫君がその顔で睨みつけながら怒鳴ったり乱暴振るってきたら私も怖いって思ったかもしれないね。でも最初に会った時、黒猫君ちょっと寝ぼけた顔しててそれが可愛くて。私つい見とれちゃってて、そしたら黒猫君そんな私に気づいて不機嫌そうな顔で睨んで来たでしょ。私、見とれてたの見つかっちゃってすっごく恥ずかしくて照れちゃったんだよ」
「……そうなのか?」
「うん。あれ? あの時私が赤くなってたの気づかなかった?」
「怖いと赤くなるだろ」
へ? 何をいってるんだこの人は!
「そ、それはないよ黒猫君! 怖かったら白くなったり青くなるの! ってえ? もしかして今までも赤くなった人みんな黒猫君を怖がってるんだと思ってたの?!」
黒猫君がそっぽ向いて答える。
「…‥‥大体そうだと思ってた」
うわー、この人色々勘違いしまくって今まで来ちゃったんだ。私は思わず黒猫君の頭に手を伸ばして黒猫君の髪を撫でた。
「黒猫君、君の周りにいた人たちはきっと私と同じように君がカッコいいと思ったり好きだって思ってくれてた人もいたんだと思うよ」
「結構はっきりヒデーことも言われた事あるぞ」
「それはたまたま黒猫君が話した人がそうじゃなかっただけじゃないかな。それにほら、人によっては照れ隠しに酷い事言っちゃう人もいるし、黒猫君が相手を怒らせてたんだったら怒りで顔が真っ赤になっちゃうこともあるし」
黙り込んんだ黒猫君の髪と耳を一緒に撫でてあげながら私は言葉を続けた。
「前にも言ったけど私周りに合わせるのは得意だったんだよ。だから本当の気持ちとかは今一わからないけど、普通皆がどういう時にどういう感情でどういう行動をとる事が多いかは私、良く知ってると思う」
少しは私の言葉に説得力があったのか黒猫君が小さく唸る。いい傾向だと思いながら私は久しぶりに黒猫君の耳の後ろを掻いてあげた。そう言えば黒猫君の毛づくろいは暫くしてあげてなかったな。
そんな事を考えてると、突然黒猫君がブルブルと頭を振って抱えていた私をおろして立たせ、それまで黒猫君の耳をいじってた私の手首をパッて掴んで私を見下ろした。
「あゆみ、止めろそれ。耳は性感帯だから」
「え?」
「それスゲーヤバいの。さっきからお前がやってる奴」
私は凍り付いて手を止めた。
「ご、ごめん、知らなかった」
「知っててやられてたら俺マジで切れてるわ」
そう言ってため息を吐き出す。
そ、そっか、これそんな意味があったのか。私は焦って掴まれてた手を引こうとしたんだけど。
「そろそろ門に着いちまう。あゆみ、せめてキスさせろ」
「え?」
スッと掴んでた私の手を引いて黒猫君が私を抱き寄せた。背中に回った手が私の肩を支えて今私の手首を掴んでた手が今度は私の頭の後ろにまわって。夕日も落ちてすっかり夕やみに包まれた麦畑の中、私を見つめてる黒猫君の顔が静かな瞳のまま私に少し近づいて。そのまま黒猫君が優しく私の頭を撫でながら言葉を続けた。
「お前、『まだ駄目』なんだろ。だったら俺は別に無理やり先に進もうなんて思わねーよ」
近づいた黒猫君の目が輝いて。ちょっとだけ恨みがましい目で見つめてきて。
「だけどな。折角つけた俺の印も全部隠して他の奴らの前で俺と距離取ろうとするお前見てんの結構へこむんだよ。しかもまたお前の匂い強くなり出してる」
「あ、そうか」
すっかり忘れてた。まだ時間はあるはずだけど近づいて来てるのは確かだ。
そう言えば間隔ってあっちと同じなんだろうか?
他の事に私が気を取られてるのが分かったのか、少しムッとした黒猫君が私の後ろ頭を撫でていた大きな手でがっしりと私の頭を固定した。そのまま黒猫君の顔がさっきよりまた少し近づいて。あ、もうおでこがぶつかる。
「だからせめてキスはさせろ。俺のもんだって教えてくれ」
うわ、どうしよう。黒猫君の目が凄く色っぽい。そんな熱い目で見られてちゃ逆にいいよって言いにくくなる。言ったらなんかどこまでも許す意味になっちゃいそうで。
私が困ってるのを察した黒猫君がそれでも私から少しも目を反らさずに言葉を続けた。
「嫌なら顔背けろ。じゃなきゃするぞ」
ず、ずるいけど正直嬉しい。
そうでもしてもらわないと、私どうやって受け入れていいのか分からない。それでも私は返事の代わりにせめてもの意思表示のつもりで黒猫君を見上げたまま目を瞑った。
黒猫君の手に力がこもって、腕の中の私をより一層大事そうに引き寄せてそして私の唇に黒猫君の唇が優しく重ねられた。
* * * * *
俺の腕の中であゆみが目を瞑った。
キスをさせろと言い出したのは俺だ。こいつが何を考えてるのか俺にはよくわからねーけど俺だってあそこまではっきり嫌だっていう女を押し倒す気はない。だけどあゆみがもう俺のもんだってどっかで確認してないと俺は自分の暴走する気持ちを抑えられる気がしなかった。
目の前できつく目を瞑るあゆみの顔は真っ赤で、でもこいつは俺から顔を背ける事はしなかった。
心が通うのは嬉しい。
こいつが俺をしっかりと受け入れてくれるのも嬉しい。
だけど自分で言っておいてなんだがこう無防備に俺を受け入れられちまうとこの先自分が抑えきれるのか自信がなくなる。
それでもあゆみの唇に自分の唇を重ねた。
途端あゆみの肩がビクンと跳ねる。
……こいつの反応、スゲー可愛い。咄嗟にこのまま手を出したくなっちまう。
いや、絶対駄目だ。こいつが嫌だとか言ってるうちはゼッテー手は出しちゃまずい。なんたってこいつ、他人に合わせる癖がついてるから下手すると俺に流されてどこまでも受け入れちまう。最悪俺を喜ばせるためになんでもかんでも喜んでるフリし始めちまうかもしれない。それだけはさせたくないしして欲しくない。
折角俺の事を受け入れて自分から好きだって言ってくれたんだ。今も俺に合わせるんじゃなくて自分の気持ちを聞かせてくれた。
だから尊重したい。
こいつが自分から許してくれるまで俺はどんなに苦しくても我慢するしかねー。
これ以上きつくなる前に俺はゆっくりと顔を離してあゆみの顔を間近に見つめた。
唇が離れた事に気づいた真っ赤な顔のあゆみが目を薄っすらと開いて少し恥ずかしそうに瞳を泳がす。それがやけに愛おしくて俺は最後にそのままあゆみをきつく抱きしめた。
「なああゆみ。少し俺の話を聞いてくれ」
黒猫君がとうとう走るのをやめたのは森と門の丁度中間くらいまで来たところだった。私を抱えたままゆっくりと歩いてる。この辺りはまだ刈られていない麦畑が続いていて渡る風に重く垂れた麦の穂がゆらゆら揺れてた。その間を私を抱えた黒猫君がトボトボと歩いていく。すでに日は暮れ始め、空に闇が広がり始めていた。黒猫君の顔に夕焼けの光が当たって赤く染め上げてた。
「俺の告白をお前が受け入れてくれたのは凄く嬉しい」
黒猫君が私を抱えたまま真っすぐ前を見て話し始める。
「だけどお前、あまり実感ないまま俺の告白受け入れただろう」
そう言ってチラリと私を見下ろした。
図星だった。っていうか告白を受け入れるとそんなにすぐに何かが変わるなんて思っても見なかった。確かに結婚まで全部受け入れたんだから徐々に新しい事も始まるのだろうとは思ってたけどそれがどんな変化でいつ来るのかとか全然考えてなかった。なんかぼんやり少しずつ変わっていくんだと思ってた。覚悟が足りないって言われればそれまでなんだけどね。
私の顔色を読みとった黒猫君が小さく嘆息する。
「俺はスゲー悩んでそれでもお前に告白したんだけどな。多分お前は俺みたいなこと悩んだ事はねえんだろうしスタート地点がまず違うんだと思うんだよ」
黒猫君は私が思っていた以上にすごく真剣に私が拒絶した事実やその理由を考えてくれてたみたいだ。言われてみればその通りなんだと思う。黒猫君は多分私とは全く違う所まで考えてから告白してくれてたんだよね。
黒猫君はそのまま暫く無言で歩き、そしてぼそりと話し始めた。
「俺な。前にすげー好きになった奴に死なれてんだ。俺が馬鹿やってる間に死なれちまった」
そう言った黒猫君の顔はその告白の内容に似合わず静かな物だった。私は言われた内容の重さに言葉が見つからない。黒猫君がそう私に言うほど好きな人がいたっていうのがまずちょっとショックだった。でもそれを過去形で、しかもこんなに静かに話す黒猫君に彼が通ってきた道のりの長さを感じてしまった。
私の顔を見た黒猫君が少し困った顔で笑ってくれる。
「そんな顔するな。お前が心配するようなことはなんもないから。単に俺が片思いしてたやつがたまたま俺にも関わる事で死んじまったって事だ。とはいえ周りの奴らが言ってたみたいに多分俺のせいって訳じゃねえ。俺が行動を変えてたら助かったんじゃねーかって俺が思い続けてるのもある意味傲慢な思い上がりなのかも知れねえ」
いつの間にか私から視線を外した黒猫君は何かを思い出してるのか少し遠くを見てた。
「今更そいつの話をお前にする気はねーんだけどな、それ以来俺は自分が誰かを好きになる資格なんてないって思ってたし誰かを好きになったり好かれる事があるなんて信じられなかった……お前が俺の人生に入ってくるまでな」
そこですっと私に視線を戻してふっと頬を緩めた黒猫君が私を見つめる。
「俺にとってお前はいい意味でも悪い意味でも本当のサプライズだったよ。最初俺の事猫だと思ってスゲー上から目線で弄びやがるし、まるで当たり前みたいに膝に抱えて撫でまわすし」
あの頃の事を思い出したのか黒猫君が苦笑いしてる。
「お前といる毎日は今まで俺が誰にもされた事のない経験の連続だった。お前はお前でこんな所に流されて片足になってんのに飄々として周りにすぐ溶け込んじまって。そのくせスゲー簡単に自分の事は諦めてすぐ投げ出そうとするのに他人の事になるとバカみたいに頑張って自分の事は我慢しちまう。やる事はどれも危なっかしくて結果はいつも面倒臭くてでもなんかいつもスゲー温かくて」
私褒められてるんだろうかけなされてるんだろうか?
どっちか良く分からないけど黒猫君がすごくよく私の事を見てきてくれたのだけは確かだった。
「お前は俺が知ってるどんな奴とも違っていつも俺にはないもん持ってて。ある意味俺より全然ぶれないお前見てると俺みたいなのが関わる事でお前を汚しちまう気がしてなかなか言い出せなかった」
なんで汚すなんて思うんだろうこの人は!
でもそんな一瞬の私の憤りはすぐに黒猫君の言葉の続きにかき消されていく。
「だけどな、やっぱお前を失うのは無しだろ。どうやったって我慢できねー。死に別れってだけじゃなくてお前が俺の周りから居なくなるとかもう考えたくねーんだよ。これから何があってもお前が辛くない様にするのは自分でありたいしお前を守るのも俺でありたい。……そんな風に思われるのは嫌か?」
「嫌なはずないよ。もちろん嬉しい」
即答した。だってこの人がさっきっから言ってくれている全ての言葉は私を必要だって思っているって証だし、私を好いてくれているのが伝わってきて、でも黒猫君本人がそんな黒猫君自身の気持ちをやけに低く評価してる気がして悔しくて。私がどれほどその言葉に心を打たれてのぼせ上がる程嬉しいのかを、私はこの人にちゃんと伝えられるのだろうか?
私はさっきまでとは違って何とか黒猫君に私の思いを知ってもらいたくて一生懸命言葉を紡ぎ出した。
「私はね、多分一目ぼれだったんだ。黒猫君に」
「はあ?」
「ほら、電車の中で会った時。生まれて初めて自分好みの人見つけた!ってすっごく驚いてた」
「……お前スゲー趣味悪かったんだな」
ちょっと待った、これは聞き捨てならない。やっぱりすっごく勘違いしてる黒猫君。一度言ってあげたいって思ってたんだよねこれ。いい機会だからしっかり説明しておこう。
私はちょっと黒猫君を睨みあげて言葉を続けた。
「ちょっと待って黒猫君。前から思ってたんだけどね、君なんでそんなに自分の顔を怖いって思ってるの?」
「だって怖えーだろ」
「全然」
私はブンブンと首を振る。
「確かに黒猫君って三白眼で目つき悪いね。顔も頬骨張ってて細身だからちょっと強面に見えやすいかも。眉毛も逆さでよく口もへの字に結んでるし」
「やっぱ怖えーんじゃねえか」
黒猫君が少し拗ねた顔で私を見下ろす。分かってないなぁ黒猫君。今の君の拗ねた顔可愛いのに。
「待って。だから、そういう顔だって言っただけで怖いとは私一言も言ってない。その顔でもし怖いって言われたんだとしたらそれ、黒猫君が怖い事をしたからじゃないの?」
「…………」
やっぱりね。
「例えば黒猫君がその顔で睨みつけながら怒鳴ったり乱暴振るってきたら私も怖いって思ったかもしれないね。でも最初に会った時、黒猫君ちょっと寝ぼけた顔しててそれが可愛くて。私つい見とれちゃってて、そしたら黒猫君そんな私に気づいて不機嫌そうな顔で睨んで来たでしょ。私、見とれてたの見つかっちゃってすっごく恥ずかしくて照れちゃったんだよ」
「……そうなのか?」
「うん。あれ? あの時私が赤くなってたの気づかなかった?」
「怖いと赤くなるだろ」
へ? 何をいってるんだこの人は!
「そ、それはないよ黒猫君! 怖かったら白くなったり青くなるの! ってえ? もしかして今までも赤くなった人みんな黒猫君を怖がってるんだと思ってたの?!」
黒猫君がそっぽ向いて答える。
「…‥‥大体そうだと思ってた」
うわー、この人色々勘違いしまくって今まで来ちゃったんだ。私は思わず黒猫君の頭に手を伸ばして黒猫君の髪を撫でた。
「黒猫君、君の周りにいた人たちはきっと私と同じように君がカッコいいと思ったり好きだって思ってくれてた人もいたんだと思うよ」
「結構はっきりヒデーことも言われた事あるぞ」
「それはたまたま黒猫君が話した人がそうじゃなかっただけじゃないかな。それにほら、人によっては照れ隠しに酷い事言っちゃう人もいるし、黒猫君が相手を怒らせてたんだったら怒りで顔が真っ赤になっちゃうこともあるし」
黙り込んんだ黒猫君の髪と耳を一緒に撫でてあげながら私は言葉を続けた。
「前にも言ったけど私周りに合わせるのは得意だったんだよ。だから本当の気持ちとかは今一わからないけど、普通皆がどういう時にどういう感情でどういう行動をとる事が多いかは私、良く知ってると思う」
少しは私の言葉に説得力があったのか黒猫君が小さく唸る。いい傾向だと思いながら私は久しぶりに黒猫君の耳の後ろを掻いてあげた。そう言えば黒猫君の毛づくろいは暫くしてあげてなかったな。
そんな事を考えてると、突然黒猫君がブルブルと頭を振って抱えていた私をおろして立たせ、それまで黒猫君の耳をいじってた私の手首をパッて掴んで私を見下ろした。
「あゆみ、止めろそれ。耳は性感帯だから」
「え?」
「それスゲーヤバいの。さっきからお前がやってる奴」
私は凍り付いて手を止めた。
「ご、ごめん、知らなかった」
「知っててやられてたら俺マジで切れてるわ」
そう言ってため息を吐き出す。
そ、そっか、これそんな意味があったのか。私は焦って掴まれてた手を引こうとしたんだけど。
「そろそろ門に着いちまう。あゆみ、せめてキスさせろ」
「え?」
スッと掴んでた私の手を引いて黒猫君が私を抱き寄せた。背中に回った手が私の肩を支えて今私の手首を掴んでた手が今度は私の頭の後ろにまわって。夕日も落ちてすっかり夕やみに包まれた麦畑の中、私を見つめてる黒猫君の顔が静かな瞳のまま私に少し近づいて。そのまま黒猫君が優しく私の頭を撫でながら言葉を続けた。
「お前、『まだ駄目』なんだろ。だったら俺は別に無理やり先に進もうなんて思わねーよ」
近づいた黒猫君の目が輝いて。ちょっとだけ恨みがましい目で見つめてきて。
「だけどな。折角つけた俺の印も全部隠して他の奴らの前で俺と距離取ろうとするお前見てんの結構へこむんだよ。しかもまたお前の匂い強くなり出してる」
「あ、そうか」
すっかり忘れてた。まだ時間はあるはずだけど近づいて来てるのは確かだ。
そう言えば間隔ってあっちと同じなんだろうか?
他の事に私が気を取られてるのが分かったのか、少しムッとした黒猫君が私の後ろ頭を撫でていた大きな手でがっしりと私の頭を固定した。そのまま黒猫君の顔がさっきよりまた少し近づいて。あ、もうおでこがぶつかる。
「だからせめてキスはさせろ。俺のもんだって教えてくれ」
うわ、どうしよう。黒猫君の目が凄く色っぽい。そんな熱い目で見られてちゃ逆にいいよって言いにくくなる。言ったらなんかどこまでも許す意味になっちゃいそうで。
私が困ってるのを察した黒猫君がそれでも私から少しも目を反らさずに言葉を続けた。
「嫌なら顔背けろ。じゃなきゃするぞ」
ず、ずるいけど正直嬉しい。
そうでもしてもらわないと、私どうやって受け入れていいのか分からない。それでも私は返事の代わりにせめてもの意思表示のつもりで黒猫君を見上げたまま目を瞑った。
黒猫君の手に力がこもって、腕の中の私をより一層大事そうに引き寄せてそして私の唇に黒猫君の唇が優しく重ねられた。
* * * * *
俺の腕の中であゆみが目を瞑った。
キスをさせろと言い出したのは俺だ。こいつが何を考えてるのか俺にはよくわからねーけど俺だってあそこまではっきり嫌だっていう女を押し倒す気はない。だけどあゆみがもう俺のもんだってどっかで確認してないと俺は自分の暴走する気持ちを抑えられる気がしなかった。
目の前できつく目を瞑るあゆみの顔は真っ赤で、でもこいつは俺から顔を背ける事はしなかった。
心が通うのは嬉しい。
こいつが俺をしっかりと受け入れてくれるのも嬉しい。
だけど自分で言っておいてなんだがこう無防備に俺を受け入れられちまうとこの先自分が抑えきれるのか自信がなくなる。
それでもあゆみの唇に自分の唇を重ねた。
途端あゆみの肩がビクンと跳ねる。
……こいつの反応、スゲー可愛い。咄嗟にこのまま手を出したくなっちまう。
いや、絶対駄目だ。こいつが嫌だとか言ってるうちはゼッテー手は出しちゃまずい。なんたってこいつ、他人に合わせる癖がついてるから下手すると俺に流されてどこまでも受け入れちまう。最悪俺を喜ばせるためになんでもかんでも喜んでるフリし始めちまうかもしれない。それだけはさせたくないしして欲しくない。
折角俺の事を受け入れて自分から好きだって言ってくれたんだ。今も俺に合わせるんじゃなくて自分の気持ちを聞かせてくれた。
だから尊重したい。
こいつが自分から許してくれるまで俺はどんなに苦しくても我慢するしかねー。
これ以上きつくなる前に俺はゆっくりと顔を離してあゆみの顔を間近に見つめた。
唇が離れた事に気づいた真っ赤な顔のあゆみが目を薄っすらと開いて少し恥ずかしそうに瞳を泳がす。それがやけに愛おしくて俺は最後にそのままあゆみをきつく抱きしめた。
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私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む
めぐめぐ
ファンタジー
魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。
彼女はお茶を飲みながら、青年に語る。
婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を――
※終わりは読者の想像にお任せする形です
※頭からっぽで
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