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第8章 ナンシー
83 エルフの女王
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「じゃああそこには本当に治療院があったんだな。この前潜入した時に見なかったからてっきり嘘なのかと思ってた」
黒猫君が半分独り言のようにキールさんに確認するとキールさんが頷いて答える。
「俺たちも普段兵舎の者に治療させるから使ったことがなかったんだがな。昨日の新兵の話ではあの治療院はこの辺りでも入ったら出てこれない事で有名で街の者も誰も近づかないんだそうだ」
「うん。看板も何もないけど部屋の作りはまさに大きな治療室だったよ。ただ奥にあった桶みたいな物にはまだまだ沢山の手足が浸かってたし、本当の病人は一人もいなかったけど」
私も自分の見てきた物を説明しつつ、思い出したくもない物を思い出しちゃってちょっと気持ち悪くなる。思わず私が顔をしかめると黒猫君が心配そうにこっちを見た。
「教会の者があのように『非人』を扱うのは今に始まった事ではありませんよ。ただ、ここまで大量に『素材』を管理している例は私も初めて見ましたけどね」
横から私たちなんかよりよっぽど長い年月を生きてきたシモンさんが当然の事実だと言うように付け足す。そんなシモンさんをみてキールさんが尋ねる。
「シモン、お前はそれを最初っから知っていたのか。じゃああの子供たちのことももっと何か知ってるのか?」
「いくら私でもあのような非道な頭の挿げ替え例は今まで見たこともありません。ただ、教会内だけで使える魔術というのは以前から沢山ありました。治療にしても確かに本人の治癒力で切断面が接合するまで仮縫いすることはありました。ただしそれは生きている者に行うものであってあのように死体を辱める為に行うべきものではありません」
「ああ、じゃああれは本来は治療手段の一つなんだな」
「はい」
「じゃあ残りのエルフの頭の子供たちは助かるんですね?」
私の質問にキールさんが少し複雑そうな顔で答えてくれる。
「ああ、そっちはそれ以上だ。あゆみの固有魔法の影響が領城まで届いてしまったのはこの場合幸いだったと言うべきなんだろうな」
「ええ。お陰さまであの子供たちの体は完全に安定して問題なく接合していました。つなぎ目が見つけられないどころかまるでエルフと獣人のハーフに生まれてきたかのようです。ただし、記憶はもちろんエルフの物しか残っていませんからまだ親がいたもの達はこれから色々と話し合う必要があるでしょう」
シモンさんが少しだけ難しい顔で報告する。それをキールさんが見返して口を開いた。
「シモン、もう一度確認しておくが神殿にいた子供たちがバラバラになってしまったのはあゆみが出た時点で『魔力庫』からの魔力の供給が止まったからなんだな? ならばあいつらが使っていた司教服ももう使い物にならないのか?」
「ええ。あれはあの敷地に流れる魔力の場から魔力を拾い上げて起動するように作られたものですからね。再度あの「魔力庫』に転移者または十分な魔力を有する者が入って起動しなおさない限りもう動作しません」
シモンさんはあの司教服の事も知っていたらしい。
昨日キールさん達が確保した司教服を見せてもらったけどあれは何と言うか、本当に凄い物だった。
白い長ランの内側には赤い地に金の糸で滅茶苦茶いっぱい刺繍されてて、それがすっごい細かい線で回路を構成してた。まあ何故かそれが竜の形やらトラの形をしてたのはもう何も言いたくない。それが最終的には襟に着いたボタンの形の魔晶石につなげられてた。
「じゃあなんでガルマさんはあの時魔法が使えてたんだろう?」
「大方奴は元々本当に魔法が使えたんだろう。ガルマはあの時既に司教服も脱がされてたんだからな」
「多分そうだったんだろうな。あの時あいつ、掴んでた俺の手に突然電撃魔法食らわせやがった。俺たちに隙が出来るのを見計らってたんだろ」
どうやら同じことを考えていたらしいキールさんが自分の考えを答えてくれるとすぐに黒猫君もちょっと悔しそうにそう言った。
「教会の敷地内は結界によって魔力を使える場所が限定されています。あそこではある特定の魔力を持った者でなければ魔力が出せない事は計画を話し合っている時にお伝えしましたよね。あゆみさんやネロさんのような転移者の魔力はそれに該当します。ですからあゆみさんの作った『砲弾』が役に立つことはご説明していました。たとえガルマに魔力が合ったとしても常時ならばあの司教服を使わなければ魔力を使えなかった事でしょう。ですからあれは彼にとって千載一遇のチャンスだったんですよ」
私たちの会話を聞いたうえでシモンさんがまるで答え合わせを披露するような少し高飛車な口調で補足してくれた。それを聞いたキールさんがちょっと眉根を寄せてシモンさんを睨む。
「それだけ色々と知りながらも君は俺達に前もって何も説明しなかったわけだ」
「聞かれませんでしたからね」
キールさんはその声音に怒りも恨みも全く含まずに冷静に話してるけどその内容はしっかりいやみったらしい。でもそれに答えたシモンさんはどこか他人事のようだ。
その様子をみたキールさんが大きなため息を一つ吐き出してから私に向き直った。
「それであゆみ、今回の一件では君が一番シモンの取った行動の被害をこうむったわけだが。君はシモンをどうするつもりだ?」
キールさんの問いかけの意味は私だって分かってる。でもこれに関しては私だって昨日結構考えてた。私は自分の出した答えをもう一度纏めながらゆっくりと返事を返した。
「どうするつもりもないですよ。だって結局この通り私たちは問題なく動力庫から脱出できましたし、多分私があそこに入らなければみんな助からなかったのは本当だったんだと思うんです」
そう言ってシモンさんを見やるとシモンさんが少し硬い表情で唇を引き結んだ。
「シモンさんがどんなにシアンさんを心配してたのかはあの時の様子を見ていればすごく良く分かりました。シモンさんはあの時別に私に中に入る事のリスクなんて説明しなくてもよかったんです。それでも結局最後にはちゃんと説明してくれましたし、私はそれを知った上で中に入るって決めたんです。だから私はシモンさんには特に思うところはもうありませんよ」
「あゆみ、本当にそれでいいのか?」
「あゆみ、お前なあ──」
私の説明にキールさんがやるせない目でシモンさんを睨み、黒猫君が不満そうな声を上げたけどすぐにそれを遮るようにシモンさんが口を挟んだ。
「あゆみさん。ゴーティの時も思いましたがあなたはあまりに寛容すぎますよ。このお二人をごらんなさい。これこそが当然の反応なんです」
シモンさんはそう言って私に自虐的に頬を吊り上げてみせた。
シモンさんは間違ってる。間違ってるのは私が寛容じゃないって事でもなければその行動の在り方でもなく、彼の返事の仕方だ。私はそれが悲しくて何とかそれを説明したかったんだけど私が口を開くより先にキールさんが話し始めちゃった。
「シモン、俺は別にお前をここで断罪する気はない。だが例え理由がどうあろうとも、あゆみが結果的にどう感じようとも今回の件に関して君が知っていることを意図的に一部俺たちから隠していたのは事実だ。今となってはあの時もし君が全ての情報を前もって開示していたとして、果たして俺たちが同じ計画を建てていたか、はたまた全く違う計画を立てていたかはもう誰にも分からない。だが、俺はたとえそれがどちらだったとしてもここにいる人間が皆全力で最も良い結果を出すように努力したであろう事だけは保証できる」
はっきりとそう言って言葉を切ったキールさんは厳しい目でシモンさんを見据えながらさらに言葉を続けた。
「俺がこれをはっきりさせているのは別にあゆみが殺されそうになったからでもないし逆に結果的に大した被害がなかったからでもない。俺が君にこれを言っているのは今回の件における君の行動の結果、今後俺の施政において君たちエルフを信頼することが出来なくなったという事実を理解してもらうためだ」
キールさんの淡々と語られた言葉は決してキールさん自身の感情の熱を感じさせないにも関わらず、凄く重々しく私たちの胸に響いた。
これは多分キールさんが個人ではなく国の代表として話しているからこそなんだろうな。
同様にキールさんの言葉に何かしら決定的な物を感じ取ったらしいシモンさんが微かに視線を逸らし、俯き加減に中空を睨み据えて答え始めた。
「それは……致し方ありません。私も別に自分の事の運び方を誇るつもりもなければ自分に非があった事を隠す気もありません。しかし同時に今までの歴史の中であなた方この国の王族が我々エルフ一族に一体何を強いてきたのかも忘れないでいただきたい」
そこまで言ってからシモンさんが静かな怒りを称えた瞳でキールさんを見据えて言葉を続ける。
「我々エルフはこの300年の間、宝玉の返還を訴え続けそして無視され続けてきました。それどころか我々がこの街を立ち去る事が出来ないのをいい事に教会もここの領主もそして中央の王族までもが揃って我々から奪えるものはすべて奪いつくし、果てには一族の者を奴隷や慰み者にまで貶めました。それでも諦めず、絶えずその機会を待ち続けた我々はこの度300年の苦難の末にやっと我々の唯一の宝玉を取り戻す事が出来たのです。我々はこれでやっと教会や王族の定める所に従う云われもなくなりました。今までの様に同胞が奴隷に落ちるような状態に甘んじる必要もなければ苦労して人の住む街にとどまり続ける必要もない。我々はこれを機にあなた方人族との一切の関りを捨てて一族揃ってこの街を後にし二度と人間などとは関わらずに──」
──── スパコーン!
突然私の腕が上がって勝手にシモンさんの後ろ頭を思いっきりひっぱたき、子気味の良い音が部屋に響いた。
茫然とした顔でシモンさんが私を振り返ったけどもっと驚いてるのはこの私だよ!
『シモン、いい加減にしなさい!』
それでもつい謝ろうとした私の口が勝手に全く違う言葉を喋り始める。そんな私の様子がまるで見えてるかのように私の口が勝手にまた話し始めた。
『ごめんなさいね、あゆみさん。あなたの中にちょっとだけ居場所を借りてます。あの時に説明する時間がなくてごめんなさい。ネロさん、この魔法はどの道シモンの近くでしか発動しないからどうか安心してね。キーロン陛下、この様な形で初めてのごあいさつをする事をお許しください。私はエルフ一族を統べる唯一の女王であり、またこのシモンの姉であるシアンです。この度はキーロン陛下がつつがなく戴冠されました事エルフ一族を代表して寿がせていただきます。現在私の体は神殿内にて休息中のため、このような形でしかご挨拶出来ない事が非常に悔やまれますわ。貴方の様な面白い方が治められるのでしたらこの北ザイオン帝国のこれからが本当に楽しみですわね』
もちろん今はなしてるのがシアンさんなのは分かったけど、これ一体どうなってるんだろう? 私の口は勝手に動いてるけど私の思考はこの通り完全に別に動いてる。
『さてシモンがこの度この様な強硬手段に出ました事、これに変わって心よりお詫び申し上げますわ。これは昔から私に必要以上に執着してますからどうやってでも私が力尽きる前に私を取り戻したかったのでしょう。私自身は決してあの場所にとらわれている事にもあのままあそこで朽ち果てる事にもさほど不満はなかったのですけれど』
え、そんな事言っちゃ駄目だよ!
そんなのあんなに慕ってるシモンさんが滅茶苦茶傷ついちゃうに決まってる。
そう思ってシモンさんを見れば案の定あまりのショックに顔色が絶望の陰りで真っ暗になっちゃってる。
『ああ、残念ながらもう時間切れのようですわ。折角の機会ですがこれ以上この形で皆様とお話しを続けることは出来ませんの。申しわけありませんけどエルフ一族との関係に関する件につきましては私が再度目を覚ます一週間後までどうぞ保留していただけるようお願い致します。代わりに私からもきっと皆様に有用な情報をご提供できると思いますわ。キーロン陛下にもあゆみさんにも絶対に後悔はさせません』
そこまで言うと私達の返事も待たずに私の体でキールさんに向かって綺麗な会釈をしてからプツリとそれまでの操られてる感覚がなくなって私の体の自由が戻ってきた。
「ちょっと待て!」
「シアン待って!」
「ごめんなさい、もう終わっちゃったみたいです」
二人して私の肩を掴んで焦って引き留めようとするキールさんとシモンさんに申しわけないけど私はもう手遅れなのだと肩をすくめて見せた。それを見たシモンさんががっくりと肩を落としキールさんが大きな手で思いっきりテーブルを打った。
「これだからエルフは油断ならん!」
流石に今の勝手ぶりには怒りが抑えきれなかったようでキールさんが一人怒声を上げた。
黒猫君が半分独り言のようにキールさんに確認するとキールさんが頷いて答える。
「俺たちも普段兵舎の者に治療させるから使ったことがなかったんだがな。昨日の新兵の話ではあの治療院はこの辺りでも入ったら出てこれない事で有名で街の者も誰も近づかないんだそうだ」
「うん。看板も何もないけど部屋の作りはまさに大きな治療室だったよ。ただ奥にあった桶みたいな物にはまだまだ沢山の手足が浸かってたし、本当の病人は一人もいなかったけど」
私も自分の見てきた物を説明しつつ、思い出したくもない物を思い出しちゃってちょっと気持ち悪くなる。思わず私が顔をしかめると黒猫君が心配そうにこっちを見た。
「教会の者があのように『非人』を扱うのは今に始まった事ではありませんよ。ただ、ここまで大量に『素材』を管理している例は私も初めて見ましたけどね」
横から私たちなんかよりよっぽど長い年月を生きてきたシモンさんが当然の事実だと言うように付け足す。そんなシモンさんをみてキールさんが尋ねる。
「シモン、お前はそれを最初っから知っていたのか。じゃああの子供たちのことももっと何か知ってるのか?」
「いくら私でもあのような非道な頭の挿げ替え例は今まで見たこともありません。ただ、教会内だけで使える魔術というのは以前から沢山ありました。治療にしても確かに本人の治癒力で切断面が接合するまで仮縫いすることはありました。ただしそれは生きている者に行うものであってあのように死体を辱める為に行うべきものではありません」
「ああ、じゃああれは本来は治療手段の一つなんだな」
「はい」
「じゃあ残りのエルフの頭の子供たちは助かるんですね?」
私の質問にキールさんが少し複雑そうな顔で答えてくれる。
「ああ、そっちはそれ以上だ。あゆみの固有魔法の影響が領城まで届いてしまったのはこの場合幸いだったと言うべきなんだろうな」
「ええ。お陰さまであの子供たちの体は完全に安定して問題なく接合していました。つなぎ目が見つけられないどころかまるでエルフと獣人のハーフに生まれてきたかのようです。ただし、記憶はもちろんエルフの物しか残っていませんからまだ親がいたもの達はこれから色々と話し合う必要があるでしょう」
シモンさんが少しだけ難しい顔で報告する。それをキールさんが見返して口を開いた。
「シモン、もう一度確認しておくが神殿にいた子供たちがバラバラになってしまったのはあゆみが出た時点で『魔力庫』からの魔力の供給が止まったからなんだな? ならばあいつらが使っていた司教服ももう使い物にならないのか?」
「ええ。あれはあの敷地に流れる魔力の場から魔力を拾い上げて起動するように作られたものですからね。再度あの「魔力庫』に転移者または十分な魔力を有する者が入って起動しなおさない限りもう動作しません」
シモンさんはあの司教服の事も知っていたらしい。
昨日キールさん達が確保した司教服を見せてもらったけどあれは何と言うか、本当に凄い物だった。
白い長ランの内側には赤い地に金の糸で滅茶苦茶いっぱい刺繍されてて、それがすっごい細かい線で回路を構成してた。まあ何故かそれが竜の形やらトラの形をしてたのはもう何も言いたくない。それが最終的には襟に着いたボタンの形の魔晶石につなげられてた。
「じゃあなんでガルマさんはあの時魔法が使えてたんだろう?」
「大方奴は元々本当に魔法が使えたんだろう。ガルマはあの時既に司教服も脱がされてたんだからな」
「多分そうだったんだろうな。あの時あいつ、掴んでた俺の手に突然電撃魔法食らわせやがった。俺たちに隙が出来るのを見計らってたんだろ」
どうやら同じことを考えていたらしいキールさんが自分の考えを答えてくれるとすぐに黒猫君もちょっと悔しそうにそう言った。
「教会の敷地内は結界によって魔力を使える場所が限定されています。あそこではある特定の魔力を持った者でなければ魔力が出せない事は計画を話し合っている時にお伝えしましたよね。あゆみさんやネロさんのような転移者の魔力はそれに該当します。ですからあゆみさんの作った『砲弾』が役に立つことはご説明していました。たとえガルマに魔力が合ったとしても常時ならばあの司教服を使わなければ魔力を使えなかった事でしょう。ですからあれは彼にとって千載一遇のチャンスだったんですよ」
私たちの会話を聞いたうえでシモンさんがまるで答え合わせを披露するような少し高飛車な口調で補足してくれた。それを聞いたキールさんがちょっと眉根を寄せてシモンさんを睨む。
「それだけ色々と知りながらも君は俺達に前もって何も説明しなかったわけだ」
「聞かれませんでしたからね」
キールさんはその声音に怒りも恨みも全く含まずに冷静に話してるけどその内容はしっかりいやみったらしい。でもそれに答えたシモンさんはどこか他人事のようだ。
その様子をみたキールさんが大きなため息を一つ吐き出してから私に向き直った。
「それであゆみ、今回の一件では君が一番シモンの取った行動の被害をこうむったわけだが。君はシモンをどうするつもりだ?」
キールさんの問いかけの意味は私だって分かってる。でもこれに関しては私だって昨日結構考えてた。私は自分の出した答えをもう一度纏めながらゆっくりと返事を返した。
「どうするつもりもないですよ。だって結局この通り私たちは問題なく動力庫から脱出できましたし、多分私があそこに入らなければみんな助からなかったのは本当だったんだと思うんです」
そう言ってシモンさんを見やるとシモンさんが少し硬い表情で唇を引き結んだ。
「シモンさんがどんなにシアンさんを心配してたのかはあの時の様子を見ていればすごく良く分かりました。シモンさんはあの時別に私に中に入る事のリスクなんて説明しなくてもよかったんです。それでも結局最後にはちゃんと説明してくれましたし、私はそれを知った上で中に入るって決めたんです。だから私はシモンさんには特に思うところはもうありませんよ」
「あゆみ、本当にそれでいいのか?」
「あゆみ、お前なあ──」
私の説明にキールさんがやるせない目でシモンさんを睨み、黒猫君が不満そうな声を上げたけどすぐにそれを遮るようにシモンさんが口を挟んだ。
「あゆみさん。ゴーティの時も思いましたがあなたはあまりに寛容すぎますよ。このお二人をごらんなさい。これこそが当然の反応なんです」
シモンさんはそう言って私に自虐的に頬を吊り上げてみせた。
シモンさんは間違ってる。間違ってるのは私が寛容じゃないって事でもなければその行動の在り方でもなく、彼の返事の仕方だ。私はそれが悲しくて何とかそれを説明したかったんだけど私が口を開くより先にキールさんが話し始めちゃった。
「シモン、俺は別にお前をここで断罪する気はない。だが例え理由がどうあろうとも、あゆみが結果的にどう感じようとも今回の件に関して君が知っていることを意図的に一部俺たちから隠していたのは事実だ。今となってはあの時もし君が全ての情報を前もって開示していたとして、果たして俺たちが同じ計画を建てていたか、はたまた全く違う計画を立てていたかはもう誰にも分からない。だが、俺はたとえそれがどちらだったとしてもここにいる人間が皆全力で最も良い結果を出すように努力したであろう事だけは保証できる」
はっきりとそう言って言葉を切ったキールさんは厳しい目でシモンさんを見据えながらさらに言葉を続けた。
「俺がこれをはっきりさせているのは別にあゆみが殺されそうになったからでもないし逆に結果的に大した被害がなかったからでもない。俺が君にこれを言っているのは今回の件における君の行動の結果、今後俺の施政において君たちエルフを信頼することが出来なくなったという事実を理解してもらうためだ」
キールさんの淡々と語られた言葉は決してキールさん自身の感情の熱を感じさせないにも関わらず、凄く重々しく私たちの胸に響いた。
これは多分キールさんが個人ではなく国の代表として話しているからこそなんだろうな。
同様にキールさんの言葉に何かしら決定的な物を感じ取ったらしいシモンさんが微かに視線を逸らし、俯き加減に中空を睨み据えて答え始めた。
「それは……致し方ありません。私も別に自分の事の運び方を誇るつもりもなければ自分に非があった事を隠す気もありません。しかし同時に今までの歴史の中であなた方この国の王族が我々エルフ一族に一体何を強いてきたのかも忘れないでいただきたい」
そこまで言ってからシモンさんが静かな怒りを称えた瞳でキールさんを見据えて言葉を続ける。
「我々エルフはこの300年の間、宝玉の返還を訴え続けそして無視され続けてきました。それどころか我々がこの街を立ち去る事が出来ないのをいい事に教会もここの領主もそして中央の王族までもが揃って我々から奪えるものはすべて奪いつくし、果てには一族の者を奴隷や慰み者にまで貶めました。それでも諦めず、絶えずその機会を待ち続けた我々はこの度300年の苦難の末にやっと我々の唯一の宝玉を取り戻す事が出来たのです。我々はこれでやっと教会や王族の定める所に従う云われもなくなりました。今までの様に同胞が奴隷に落ちるような状態に甘んじる必要もなければ苦労して人の住む街にとどまり続ける必要もない。我々はこれを機にあなた方人族との一切の関りを捨てて一族揃ってこの街を後にし二度と人間などとは関わらずに──」
──── スパコーン!
突然私の腕が上がって勝手にシモンさんの後ろ頭を思いっきりひっぱたき、子気味の良い音が部屋に響いた。
茫然とした顔でシモンさんが私を振り返ったけどもっと驚いてるのはこの私だよ!
『シモン、いい加減にしなさい!』
それでもつい謝ろうとした私の口が勝手に全く違う言葉を喋り始める。そんな私の様子がまるで見えてるかのように私の口が勝手にまた話し始めた。
『ごめんなさいね、あゆみさん。あなたの中にちょっとだけ居場所を借りてます。あの時に説明する時間がなくてごめんなさい。ネロさん、この魔法はどの道シモンの近くでしか発動しないからどうか安心してね。キーロン陛下、この様な形で初めてのごあいさつをする事をお許しください。私はエルフ一族を統べる唯一の女王であり、またこのシモンの姉であるシアンです。この度はキーロン陛下がつつがなく戴冠されました事エルフ一族を代表して寿がせていただきます。現在私の体は神殿内にて休息中のため、このような形でしかご挨拶出来ない事が非常に悔やまれますわ。貴方の様な面白い方が治められるのでしたらこの北ザイオン帝国のこれからが本当に楽しみですわね』
もちろん今はなしてるのがシアンさんなのは分かったけど、これ一体どうなってるんだろう? 私の口は勝手に動いてるけど私の思考はこの通り完全に別に動いてる。
『さてシモンがこの度この様な強硬手段に出ました事、これに変わって心よりお詫び申し上げますわ。これは昔から私に必要以上に執着してますからどうやってでも私が力尽きる前に私を取り戻したかったのでしょう。私自身は決してあの場所にとらわれている事にもあのままあそこで朽ち果てる事にもさほど不満はなかったのですけれど』
え、そんな事言っちゃ駄目だよ!
そんなのあんなに慕ってるシモンさんが滅茶苦茶傷ついちゃうに決まってる。
そう思ってシモンさんを見れば案の定あまりのショックに顔色が絶望の陰りで真っ暗になっちゃってる。
『ああ、残念ながらもう時間切れのようですわ。折角の機会ですがこれ以上この形で皆様とお話しを続けることは出来ませんの。申しわけありませんけどエルフ一族との関係に関する件につきましては私が再度目を覚ます一週間後までどうぞ保留していただけるようお願い致します。代わりに私からもきっと皆様に有用な情報をご提供できると思いますわ。キーロン陛下にもあゆみさんにも絶対に後悔はさせません』
そこまで言うと私達の返事も待たずに私の体でキールさんに向かって綺麗な会釈をしてからプツリとそれまでの操られてる感覚がなくなって私の体の自由が戻ってきた。
「ちょっと待て!」
「シアン待って!」
「ごめんなさい、もう終わっちゃったみたいです」
二人して私の肩を掴んで焦って引き留めようとするキールさんとシモンさんに申しわけないけど私はもう手遅れなのだと肩をすくめて見せた。それを見たシモンさんががっくりと肩を落としキールさんが大きな手で思いっきりテーブルを打った。
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