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第8章 ナンシー
80 そして今夜は
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「じゃあ、結局アルディさんがヴィクさんにプロポーズしたのって今朝だったんですか」
ここは練兵場。の端っこ。
最低限みんなが通れるだけは草刈りを終わらせたスペースに食堂のテーブルと椅子を全部持ち出してズラリと二列に並べてある。私たちの反省会が終わるのを待ってたみんながそれを合図に今日の作業はお終いにして今回の簡単な慰労会を始めちゃったのだ。
長くつなげられたテーブルの左右に置かれた長椅子にみんなきゅうきゅうにくっついて座ってる。参加者はこの兵舎の人たちと今回の作業に関わった貧民街の人たち、王立研究所の所員と色々な工房から手伝いに来てくれていた皆様。教会内の農民の人もチラホラ。領城の中で働いていた人やキールさんに味方してくれた兵士さん。
もちろん一度には入りきらなくて順繰りに食べ終わった人が立ち上がって次の人に席を譲って入れ替わってる。
飲み物は大量にあるそうなので食べ終わった人たちもテーブルの周りでそのまま騒いでる。
「まあ、今回の作戦では僕も先頭に立って攻め入る予定でしたからね。それなりの覚悟が必要だったんですよ」
「え、でもそうやって戦いに行く前に『帰ったら結婚するんだ』とか言っちゃうのって死亡フラグって言って縁起悪いんですよ」
私の言葉にヴィクさんがぎょっとし、アルディさんが笑い飛ばした。
「なに馬鹿な事いってるんですか。そんな縁起担いで本当に言えないまま死んでしまったら僕は死んでも死に切れませんよ」
そういうアルディさんのすぐ横でヴィクさんが真っ赤になった。
そっか、そういう考え方もあるんだね。
「兵士なんてやってればいつ死んだっておかしくないんですよ。実際、あの夜砦でバッカスたちに襲われた時に死んでいても全くおかしくありませんでしたしね」
「俺だってあの時あのまま死んでてもおかしくなかったな」
アルディさんとバッカスがそう言って笑い合ってる。それが凄く変で不思議で。
私がぽけっとそんな事考えてると黒猫君がまた大量に食べ物の乗ったお皿を持ってきて私のすぐ横に陣取った。
「黒猫君まだ食べるの?」
「あのなぁ、俺今日一日全く食う暇なかったんだぞ。これは俺の丸一日分だ」
お皿に乗ってるのはトーマスさん達が作った心づくし。っていっても彼らもずっと忙しかったから簡単な物ばっかりだけど文句を言う人なんて誰もいない。
私はもうすでにお腹いっぱいだったけどゴブレットの中のタイザーをチビチビと楽しんでいた。
「お前飲み過ぎるなよ」
「今日くらいはいいだろ」
釘を刺す黒猫君を無視してアルディさんの横に座ってたキールさんがまた並々とタイザーを注いでくれた。私のゴブレット、結構大きくて飲みでがあるんだけどキールさんの方は素焼きのコップで私のよりよっぽど小さい。
「キールさんは何飲んでるんですか?」
「これか? 『白ウイスキー』のオレンジジュース割りっていう新しい『カクテル』だな」
キールさんがそう言ってニヤリと笑う。そう、キールさん、この慰労会の為にあの白ウイスキー全部自分のお金で買い取っちゃって大量放出中なのだ。そこら中でフルーツも育っちゃったから黒猫君指導のもと各種カクテルも流行中。当たり前だけどみんなすごく喜んで一部ベロベロによってる人も見かけてる。
「まあ、これはこれでいい宣伝になったな」
黒猫君もそれを見てニヤニヤしてる。
みんなお酒入ってすごく楽しそうで私もタイザー沢山頂いてすごく気持ちよくて。
人に囲まれて雰囲気にも酔ってお行儀悪いけどテーブルに両肘ついてニコニコが止まらなくて。
そこに突然影が落ちて何かと思ったらひょいって体が持ち上がった。
あれって見上げたら黒猫君に抱き上げられてる。
「じゃあ飯も済んだしそろそろ俺たちは戻るから」
そう言うとさっさとテーブルから離れてく。それをテーブルの皆が当たり前のように手を振って見送ってくれて。いいけど私もっとみんなと飲んでたかったんだけどな。
「あれ、ビーノ君たちは?」
「今日はバッカスたちのところにお泊りだってさ」
え?
「今日は良く働いたからご褒美に森でやるバッカス達の打ち上げに連れてくってさっき一緒に出てった。ダニエラとミッチもついてったぞ」
え、ちょっと待って。それってまさか今夜また私たち二人っきりなの?
って焦ってるの、なんで私だけなの?
「悪いが助かったな。今日はお前にちゃんと話ししたかったし」
そう言った黒猫君はやけに真剣な視線を私に向けた。とたん心臓がドキドキしてきて声が出せなくなって。
そのままスタスタ歩いていっちゃう黒猫君に抱えられて文句も言えないままあっという間に誰もいない私達の部屋に到着しちゃった。
「ほら着いた」
部屋に入ると黒猫君がそう言って私達のベッドに私を乗せ、黒猫君も服も着替えないで一緒にベッドに登ってきた。
そっから流れるようにもうなんの躊躇いもなく私を押し倒して乗り上げてガッシリ抱きしめて。
気がつくと私、ベッドの上で動く隙も無いほど黒猫君に綺麗に覆いかぶさられてます。
「く、黒猫君?」
あまりに唐突で突然過ぎてでもって強引で。しかも私それが嫌じゃなくて嬉しくて。
でもこれどうしちゃったのってパニクって声をかけたんだけど黒猫君はそのままキューっと私を抱きしめるだけで何も言ってくれない。
しばらくのあと黒猫君が私を抱きすくめていた腕の力を弛めて少し顔を上げて。
部屋の明かりはつけてないけど窓が開いてて月明かりが差し込んでてそれでやっと黒猫君の顔が半分見えて。
私を至近距離でジっと見下ろしてる黒猫君の顔がすごく真摯で真剣ででもどこか目が優しくて。
「あゆみ、好きだ」
「え?」
「好きだ。お前が好きだ。スゲー好きだ。メチャクチャ好きだ」
え? だってそれはナンシーから帰るまで言わないって……
「黒猫君? 酔っ払っちゃったの?」
私が驚いて聞き返すと黒猫君が頭を振る。
「違う。今日は一滴も飲んでねー」
「え、じゃあ……」
今の、ホントのホントに告白だったの?
私が問うべきか考えたその瞬間、黒猫君の顔がくにゃってなった。何かすごく辛いこと我慢してるみたいに。
「ホントバカだったわ俺。まだ覚悟ねーからとか、俺に資格あるのかとか、まだもうちょっととか、ナンシーから帰ったらなんて言ってお前がいなくなったら言えることも言えねえ」
私に言ってるというよりは半分独り言みたいに黒猫君が続ける。
「この前一回やられてんのに学ばなかった俺はホントの大馬鹿だ。お前が時々わけわかんねーことしたり死んじまうかもしれねーって分かってるつもりで全然分かってなかった」
あ、そうだった。この前も黒猫君、私が死んだかもしれないってすごく心配してくれてたんだった。
「居るはずのないお前が突然神殿から飛び出してきて俺の手からすり抜けたガルマが目の前でお前に手を振りかざした時、一瞬目の前が真っ暗になった。世界終わったかと思った」
大袈裟な、って言葉は出てこなかった。黒猫君の瞳の中に一瞬よぎった絶望が、そこに真実があるのを伝えてきたから。
「今お前いなくなったら俺マジで何するか分かんねー」
そう言ってため息をついた黒猫君が突然キッて私を睨んでそれでも言葉を続けた。
「だから頼むから死ぬな。頼むから。いやそれだけじゃだめだな、死ぬ時は俺と一緒に死ね。俺が一緒なら死なないように最後までなんとかするから多分死なねえ。お前も俺殺したくなかったらもっと自分でも死なない努力しろ!」
黒猫君がちょっとバグってる。それがなんだか嬉しいような苦しいようなで。
私は返す言葉がうまく見つからなくて。
「ごめんね黒猫君。私がいつも考えなしで」
私の情けない答えに黒猫君が私から視線を外して悔しそうに吐き出した。
「分かんねー。なんで俺こんなにお前に振り回されてんだよ」
少し困った顔の黒猫君が私を見下ろす。
「そういえばさっき反省会で俺が切れるほど怒ってた時。お前嬉しそうにしてやがったよな」
うわ、バレてた。
「信じらんねーけど俺あれ見てゾクゾクしちまった。お前がすっげーなんか嬉しそうで」
「そ、それは私が言うことじゃないけど、重症?」
「みたいだな」
なんか諦めの入った顔で黒猫君が私を見つめてる。
そんなに見つめられたらどうしていいか分かんないよ。
頭がなんかのぼせてきてボーッとしてる私に黒猫君がボソボソと先を続けた。
「ゴメンな、結局スゲー頭悪い告り方で。もっとちゃんとしたとこでもっといろんな言葉使って言ってやりたかったけどなんかもう今日言わないとだめだって思って」
黒猫君、今更ちょっと照れたように言葉を付け足す。
暗くてよく分かんないけど黒猫くんの顔凄く赤い気がする。さっきっから耳も緊張でピクピクしっぱなしだし。
でも黒猫君、スッと真顔に戻ってまっすぐ目の前の私を見据えて改めて話しだした。
「この際だから全部一緒にちゃんとしとくぞ。あゆみ、俺と付き合ってくれ。俺と結婚してくれ。俺と一緒に暮らしてくれ」
黒猫君がまるで今までの時間を取り戻そうとするように一度に沢山素敵な言葉をくれた。
私はとにかく嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
そして最後に一際甘く微笑んだ黒猫君がとびっきりの言葉をくれた。
「そんでこれからはずっと俺と一緒に生きてくれ」
あれ? 涙で黒猫君の顔が見えないよ。
すっごく近くにあるのによく見えない。よく見えないまんま。
私が返事を返すよりも早く。
私の唇を黒猫君の唇が塞いで。
私は前が見えないまま目を瞑ってそのキスを受け入れた。
黒猫君と初めてのキスは暖かくて幸せでフカフカで、まるで夢のような味がした……
* * * * *
俺、多分一生で一番一生懸命自分の思ってることを言葉にしたと思う。バカな自分にしては出来過ぎなほどよく喋ったと思う。言おうと思ってたこと全部言ったし、あゆみもちゃんと聞いてくれてたし、安心して最後は雰囲気のままこいつの唇を奪った。
あゆみとの初めてのキスは林檎の香りがした。
そんな高校生のガキみたいな事考えてる自分にちょっと笑っちまいそうになって。
でもあゆみが嫌がらないで俺のキスを受け入れてくれてるってだけでもう胸が詰まってきて。
それでやっと俺が顔を上げた時、俺の目の前には薄っすらと微笑みをたたえて嬉しそうな顔で気持ち良さそうに寝入ってるあゆみがいた……。
クソ、やられた。
さっきっからやけに静かだとは思ってたんだよ。
一度先にあゆみの方から言ってくれてたから正直油断してたのもある。
感動して声が出ないんだってちょっと自惚れてたりした。
ここで寝落ちかよ。
もう落胆というか一気に気が抜けてガックリきた。
まあ、俺も流石に今日はもう気力も尽きたな。
でもなんかスゲー悔しい。
このままただ寝ちまうとかありえねーだろ。
ならいっそ。
俺はせめてもの仕返しをじっくり仕込んでから今度こそ安心して眠りについた。
* * * * *
朝起きると動けなかった。
え? 黒猫君に抱きしめられてるから?ってちょっと思って、でも何か変だとすぐに気づいた。
だって黒猫君は目の前に見えるけどちょっと距離あるよ?
ふと自分の姿を見下ろしてびっくり。
布団で巻かれてその上から縛られてる。
「く、黒猫君、ちょっと、起きて。これどうなってるの?」
「んあ? おはよう」
ちょっと寝ぼけ気味に黒猫君が返事をしてごろりと転がって肩ひじついてジロリとこっちを見た。
「おはよう、じゃなくて、ねえ、どうして私こんな事になってるの?」
「お前昨日の夜覚えてるか?」
「えっと、黒猫君の告白なら覚えてる」
「他には?」
「あ、あとキスしてもらったの……」
「それで?」
あ、それで……
「もしかして私寝ちゃった?」
「俺は返事ももらえないで一晩お預け食らってた」
うわー! やっちゃった!
「ごごごご、ごめんなさい」
私は簀巻の状態でどうやっても大して動かない頭を下げて一生懸命謝ったんだけど。
「許さない」
「え?」
「許さないから簀巻にした」
「えっとー黒猫君?」
黒猫君の答えが変だ。ついでにフラフラってベッドから起き上がった黒猫君が何故か私の足の方に向かう。
「昨日も言ったけどな、俺はお前が好きだ。すげー惚れてる。でもな」
うわ、うわ、朝から黒猫君がハイテンションで凄い事言ってくれてるっと頬が緩んだ私を黒猫君がすっごく怖い目で睨みつけた。
え? なんでそんな怒った顔で言ってるの?
「分かってるか? 昨日お前の作ったもんのせいで俺間違いなく2回は死にかけたんだよ」
あ、うー、そうかな?
「本当はもっとちゃんと色々文句も言うつもりだったけどなんかそれスゲー面倒になった」
「ああ、それはうん、いいんじゃない? もう忘れちゃえば」
是非その方向でって思いを隠しつつ適当に相槌を打った私をまたも黒猫君がギリギリとねめつけた。
「なんかな、お前の事はすげー好きだけどそういうとこメチャクチャ頭にくんだよ。だからかわりに最低限の仕返しだけは先にしとくわ」
「え? へうえっ!!!」
く、黒猫君、何してる!?
「まあ、これくらいアリだよな」
「ひゃはははははは! ひやあ、ははく、 黒猫君、く、くるひい、ひゃっははは」
ひ、ひどい、ひどい、黒猫君、布団から出てる私の足の裏を何かでコチョコチョ擽ってる!
「マジ、俺の気が済むまでやるから覚悟しとけ」
く、黒猫君目が全然笑ってない、本気だ、やだ、本気で怒ってる。
「そんな、酷い、助けて、たすああははははは……!」
あれからどのくらい経ったんだろ。
私の腹筋が震えてもう声も出なくなって涙と鼻水だらけの顔になったころ、黒猫君がやっと気が済んだらしく許してくれた。
布団を縛ってた紐も外してくれる。でも布団は取ってくれない。
「く、黒猫君もうだめ、今ので身体動かないから布団もはずして」
「お前、その中裸だから」
「え?」
言うだけ言って私の着替えをポイって投げてよこして自分は着替え始めちゃったけどねえ黒猫君。
今なんておっしゃいました?
「お前昨日着替えないで寝ちまったから後で俺が全部脱がした」
「全部ってひえーーーーー!」
向こうむいて黒猫君が着替え始めたので仕方なく何とかゴロゴロやって布団を外してみて喉から勝手に悲鳴が上がった。
「く、黒猫くんっっっ!!!!」
下着以外すっかり裸にむかれてたのにもびっくりだけど! その体の至るところに赤い斑点がっ!
こ、これもしかしなくてもこれ!
「あの状況で寝落ちされた俺のささやかな仕返しだ」
絶句してる私を他所にそう言って黒猫君が振り返って嬉しそうにニカっと笑った。
──────────────────────────────────────
作者より:
今話でとうとう200話目となりました。
記念のこの日がちょうどこのお話にしたくて、ここ暫く滅茶苦茶増量気味の文字数でお送りしてきました。
ナンシー編まだもうちょっと続きますのでどうぞこれからもよろしくお願いします。
ここは練兵場。の端っこ。
最低限みんなが通れるだけは草刈りを終わらせたスペースに食堂のテーブルと椅子を全部持ち出してズラリと二列に並べてある。私たちの反省会が終わるのを待ってたみんながそれを合図に今日の作業はお終いにして今回の簡単な慰労会を始めちゃったのだ。
長くつなげられたテーブルの左右に置かれた長椅子にみんなきゅうきゅうにくっついて座ってる。参加者はこの兵舎の人たちと今回の作業に関わった貧民街の人たち、王立研究所の所員と色々な工房から手伝いに来てくれていた皆様。教会内の農民の人もチラホラ。領城の中で働いていた人やキールさんに味方してくれた兵士さん。
もちろん一度には入りきらなくて順繰りに食べ終わった人が立ち上がって次の人に席を譲って入れ替わってる。
飲み物は大量にあるそうなので食べ終わった人たちもテーブルの周りでそのまま騒いでる。
「まあ、今回の作戦では僕も先頭に立って攻め入る予定でしたからね。それなりの覚悟が必要だったんですよ」
「え、でもそうやって戦いに行く前に『帰ったら結婚するんだ』とか言っちゃうのって死亡フラグって言って縁起悪いんですよ」
私の言葉にヴィクさんがぎょっとし、アルディさんが笑い飛ばした。
「なに馬鹿な事いってるんですか。そんな縁起担いで本当に言えないまま死んでしまったら僕は死んでも死に切れませんよ」
そういうアルディさんのすぐ横でヴィクさんが真っ赤になった。
そっか、そういう考え方もあるんだね。
「兵士なんてやってればいつ死んだっておかしくないんですよ。実際、あの夜砦でバッカスたちに襲われた時に死んでいても全くおかしくありませんでしたしね」
「俺だってあの時あのまま死んでてもおかしくなかったな」
アルディさんとバッカスがそう言って笑い合ってる。それが凄く変で不思議で。
私がぽけっとそんな事考えてると黒猫君がまた大量に食べ物の乗ったお皿を持ってきて私のすぐ横に陣取った。
「黒猫君まだ食べるの?」
「あのなぁ、俺今日一日全く食う暇なかったんだぞ。これは俺の丸一日分だ」
お皿に乗ってるのはトーマスさん達が作った心づくし。っていっても彼らもずっと忙しかったから簡単な物ばっかりだけど文句を言う人なんて誰もいない。
私はもうすでにお腹いっぱいだったけどゴブレットの中のタイザーをチビチビと楽しんでいた。
「お前飲み過ぎるなよ」
「今日くらいはいいだろ」
釘を刺す黒猫君を無視してアルディさんの横に座ってたキールさんがまた並々とタイザーを注いでくれた。私のゴブレット、結構大きくて飲みでがあるんだけどキールさんの方は素焼きのコップで私のよりよっぽど小さい。
「キールさんは何飲んでるんですか?」
「これか? 『白ウイスキー』のオレンジジュース割りっていう新しい『カクテル』だな」
キールさんがそう言ってニヤリと笑う。そう、キールさん、この慰労会の為にあの白ウイスキー全部自分のお金で買い取っちゃって大量放出中なのだ。そこら中でフルーツも育っちゃったから黒猫君指導のもと各種カクテルも流行中。当たり前だけどみんなすごく喜んで一部ベロベロによってる人も見かけてる。
「まあ、これはこれでいい宣伝になったな」
黒猫君もそれを見てニヤニヤしてる。
みんなお酒入ってすごく楽しそうで私もタイザー沢山頂いてすごく気持ちよくて。
人に囲まれて雰囲気にも酔ってお行儀悪いけどテーブルに両肘ついてニコニコが止まらなくて。
そこに突然影が落ちて何かと思ったらひょいって体が持ち上がった。
あれって見上げたら黒猫君に抱き上げられてる。
「じゃあ飯も済んだしそろそろ俺たちは戻るから」
そう言うとさっさとテーブルから離れてく。それをテーブルの皆が当たり前のように手を振って見送ってくれて。いいけど私もっとみんなと飲んでたかったんだけどな。
「あれ、ビーノ君たちは?」
「今日はバッカスたちのところにお泊りだってさ」
え?
「今日は良く働いたからご褒美に森でやるバッカス達の打ち上げに連れてくってさっき一緒に出てった。ダニエラとミッチもついてったぞ」
え、ちょっと待って。それってまさか今夜また私たち二人っきりなの?
って焦ってるの、なんで私だけなの?
「悪いが助かったな。今日はお前にちゃんと話ししたかったし」
そう言った黒猫君はやけに真剣な視線を私に向けた。とたん心臓がドキドキしてきて声が出せなくなって。
そのままスタスタ歩いていっちゃう黒猫君に抱えられて文句も言えないままあっという間に誰もいない私達の部屋に到着しちゃった。
「ほら着いた」
部屋に入ると黒猫君がそう言って私達のベッドに私を乗せ、黒猫君も服も着替えないで一緒にベッドに登ってきた。
そっから流れるようにもうなんの躊躇いもなく私を押し倒して乗り上げてガッシリ抱きしめて。
気がつくと私、ベッドの上で動く隙も無いほど黒猫君に綺麗に覆いかぶさられてます。
「く、黒猫君?」
あまりに唐突で突然過ぎてでもって強引で。しかも私それが嫌じゃなくて嬉しくて。
でもこれどうしちゃったのってパニクって声をかけたんだけど黒猫君はそのままキューっと私を抱きしめるだけで何も言ってくれない。
しばらくのあと黒猫君が私を抱きすくめていた腕の力を弛めて少し顔を上げて。
部屋の明かりはつけてないけど窓が開いてて月明かりが差し込んでてそれでやっと黒猫君の顔が半分見えて。
私を至近距離でジっと見下ろしてる黒猫君の顔がすごく真摯で真剣ででもどこか目が優しくて。
「あゆみ、好きだ」
「え?」
「好きだ。お前が好きだ。スゲー好きだ。メチャクチャ好きだ」
え? だってそれはナンシーから帰るまで言わないって……
「黒猫君? 酔っ払っちゃったの?」
私が驚いて聞き返すと黒猫君が頭を振る。
「違う。今日は一滴も飲んでねー」
「え、じゃあ……」
今の、ホントのホントに告白だったの?
私が問うべきか考えたその瞬間、黒猫君の顔がくにゃってなった。何かすごく辛いこと我慢してるみたいに。
「ホントバカだったわ俺。まだ覚悟ねーからとか、俺に資格あるのかとか、まだもうちょっととか、ナンシーから帰ったらなんて言ってお前がいなくなったら言えることも言えねえ」
私に言ってるというよりは半分独り言みたいに黒猫君が続ける。
「この前一回やられてんのに学ばなかった俺はホントの大馬鹿だ。お前が時々わけわかんねーことしたり死んじまうかもしれねーって分かってるつもりで全然分かってなかった」
あ、そうだった。この前も黒猫君、私が死んだかもしれないってすごく心配してくれてたんだった。
「居るはずのないお前が突然神殿から飛び出してきて俺の手からすり抜けたガルマが目の前でお前に手を振りかざした時、一瞬目の前が真っ暗になった。世界終わったかと思った」
大袈裟な、って言葉は出てこなかった。黒猫君の瞳の中に一瞬よぎった絶望が、そこに真実があるのを伝えてきたから。
「今お前いなくなったら俺マジで何するか分かんねー」
そう言ってため息をついた黒猫君が突然キッて私を睨んでそれでも言葉を続けた。
「だから頼むから死ぬな。頼むから。いやそれだけじゃだめだな、死ぬ時は俺と一緒に死ね。俺が一緒なら死なないように最後までなんとかするから多分死なねえ。お前も俺殺したくなかったらもっと自分でも死なない努力しろ!」
黒猫君がちょっとバグってる。それがなんだか嬉しいような苦しいようなで。
私は返す言葉がうまく見つからなくて。
「ごめんね黒猫君。私がいつも考えなしで」
私の情けない答えに黒猫君が私から視線を外して悔しそうに吐き出した。
「分かんねー。なんで俺こんなにお前に振り回されてんだよ」
少し困った顔の黒猫君が私を見下ろす。
「そういえばさっき反省会で俺が切れるほど怒ってた時。お前嬉しそうにしてやがったよな」
うわ、バレてた。
「信じらんねーけど俺あれ見てゾクゾクしちまった。お前がすっげーなんか嬉しそうで」
「そ、それは私が言うことじゃないけど、重症?」
「みたいだな」
なんか諦めの入った顔で黒猫君が私を見つめてる。
そんなに見つめられたらどうしていいか分かんないよ。
頭がなんかのぼせてきてボーッとしてる私に黒猫君がボソボソと先を続けた。
「ゴメンな、結局スゲー頭悪い告り方で。もっとちゃんとしたとこでもっといろんな言葉使って言ってやりたかったけどなんかもう今日言わないとだめだって思って」
黒猫君、今更ちょっと照れたように言葉を付け足す。
暗くてよく分かんないけど黒猫くんの顔凄く赤い気がする。さっきっから耳も緊張でピクピクしっぱなしだし。
でも黒猫君、スッと真顔に戻ってまっすぐ目の前の私を見据えて改めて話しだした。
「この際だから全部一緒にちゃんとしとくぞ。あゆみ、俺と付き合ってくれ。俺と結婚してくれ。俺と一緒に暮らしてくれ」
黒猫君がまるで今までの時間を取り戻そうとするように一度に沢山素敵な言葉をくれた。
私はとにかく嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
そして最後に一際甘く微笑んだ黒猫君がとびっきりの言葉をくれた。
「そんでこれからはずっと俺と一緒に生きてくれ」
あれ? 涙で黒猫君の顔が見えないよ。
すっごく近くにあるのによく見えない。よく見えないまんま。
私が返事を返すよりも早く。
私の唇を黒猫君の唇が塞いで。
私は前が見えないまま目を瞑ってそのキスを受け入れた。
黒猫君と初めてのキスは暖かくて幸せでフカフカで、まるで夢のような味がした……
* * * * *
俺、多分一生で一番一生懸命自分の思ってることを言葉にしたと思う。バカな自分にしては出来過ぎなほどよく喋ったと思う。言おうと思ってたこと全部言ったし、あゆみもちゃんと聞いてくれてたし、安心して最後は雰囲気のままこいつの唇を奪った。
あゆみとの初めてのキスは林檎の香りがした。
そんな高校生のガキみたいな事考えてる自分にちょっと笑っちまいそうになって。
でもあゆみが嫌がらないで俺のキスを受け入れてくれてるってだけでもう胸が詰まってきて。
それでやっと俺が顔を上げた時、俺の目の前には薄っすらと微笑みをたたえて嬉しそうな顔で気持ち良さそうに寝入ってるあゆみがいた……。
クソ、やられた。
さっきっからやけに静かだとは思ってたんだよ。
一度先にあゆみの方から言ってくれてたから正直油断してたのもある。
感動して声が出ないんだってちょっと自惚れてたりした。
ここで寝落ちかよ。
もう落胆というか一気に気が抜けてガックリきた。
まあ、俺も流石に今日はもう気力も尽きたな。
でもなんかスゲー悔しい。
このままただ寝ちまうとかありえねーだろ。
ならいっそ。
俺はせめてもの仕返しをじっくり仕込んでから今度こそ安心して眠りについた。
* * * * *
朝起きると動けなかった。
え? 黒猫君に抱きしめられてるから?ってちょっと思って、でも何か変だとすぐに気づいた。
だって黒猫君は目の前に見えるけどちょっと距離あるよ?
ふと自分の姿を見下ろしてびっくり。
布団で巻かれてその上から縛られてる。
「く、黒猫君、ちょっと、起きて。これどうなってるの?」
「んあ? おはよう」
ちょっと寝ぼけ気味に黒猫君が返事をしてごろりと転がって肩ひじついてジロリとこっちを見た。
「おはよう、じゃなくて、ねえ、どうして私こんな事になってるの?」
「お前昨日の夜覚えてるか?」
「えっと、黒猫君の告白なら覚えてる」
「他には?」
「あ、あとキスしてもらったの……」
「それで?」
あ、それで……
「もしかして私寝ちゃった?」
「俺は返事ももらえないで一晩お預け食らってた」
うわー! やっちゃった!
「ごごごご、ごめんなさい」
私は簀巻の状態でどうやっても大して動かない頭を下げて一生懸命謝ったんだけど。
「許さない」
「え?」
「許さないから簀巻にした」
「えっとー黒猫君?」
黒猫君の答えが変だ。ついでにフラフラってベッドから起き上がった黒猫君が何故か私の足の方に向かう。
「昨日も言ったけどな、俺はお前が好きだ。すげー惚れてる。でもな」
うわ、うわ、朝から黒猫君がハイテンションで凄い事言ってくれてるっと頬が緩んだ私を黒猫君がすっごく怖い目で睨みつけた。
え? なんでそんな怒った顔で言ってるの?
「分かってるか? 昨日お前の作ったもんのせいで俺間違いなく2回は死にかけたんだよ」
あ、うー、そうかな?
「本当はもっとちゃんと色々文句も言うつもりだったけどなんかそれスゲー面倒になった」
「ああ、それはうん、いいんじゃない? もう忘れちゃえば」
是非その方向でって思いを隠しつつ適当に相槌を打った私をまたも黒猫君がギリギリとねめつけた。
「なんかな、お前の事はすげー好きだけどそういうとこメチャクチャ頭にくんだよ。だからかわりに最低限の仕返しだけは先にしとくわ」
「え? へうえっ!!!」
く、黒猫君、何してる!?
「まあ、これくらいアリだよな」
「ひゃはははははは! ひやあ、ははく、 黒猫君、く、くるひい、ひゃっははは」
ひ、ひどい、ひどい、黒猫君、布団から出てる私の足の裏を何かでコチョコチョ擽ってる!
「マジ、俺の気が済むまでやるから覚悟しとけ」
く、黒猫君目が全然笑ってない、本気だ、やだ、本気で怒ってる。
「そんな、酷い、助けて、たすああははははは……!」
あれからどのくらい経ったんだろ。
私の腹筋が震えてもう声も出なくなって涙と鼻水だらけの顔になったころ、黒猫君がやっと気が済んだらしく許してくれた。
布団を縛ってた紐も外してくれる。でも布団は取ってくれない。
「く、黒猫君もうだめ、今ので身体動かないから布団もはずして」
「お前、その中裸だから」
「え?」
言うだけ言って私の着替えをポイって投げてよこして自分は着替え始めちゃったけどねえ黒猫君。
今なんておっしゃいました?
「お前昨日着替えないで寝ちまったから後で俺が全部脱がした」
「全部ってひえーーーーー!」
向こうむいて黒猫君が着替え始めたので仕方なく何とかゴロゴロやって布団を外してみて喉から勝手に悲鳴が上がった。
「く、黒猫くんっっっ!!!!」
下着以外すっかり裸にむかれてたのにもびっくりだけど! その体の至るところに赤い斑点がっ!
こ、これもしかしなくてもこれ!
「あの状況で寝落ちされた俺のささやかな仕返しだ」
絶句してる私を他所にそう言って黒猫君が振り返って嬉しそうにニカっと笑った。
──────────────────────────────────────
作者より:
今話でとうとう200話目となりました。
記念のこの日がちょうどこのお話にしたくて、ここ暫く滅茶苦茶増量気味の文字数でお送りしてきました。
ナンシー編まだもうちょっと続きますのでどうぞこれからもよろしくお願いします。
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