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第8章 ナンシー
74 反省会9:ネロ
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「それにしても僕が書いたシナリオであそこまではまっちゃうなんて思いもしませんでしたね」
ケロッとそんな事をいってるのはエミールさん。
「あれが『新兵がよくかかる病気……』」
「あゆみいい加減にしろよ」
黒猫君がドスの効いた声で私に釘を指した。
「それでネロ、実際の所はどうだったんだ?」
新兵さんが連れ出されてやっと黒猫君も落ち着いた所でキールさんが問いかけた。
「あー、実際も何もあいつが言ってたことはあながち間違ってねえんだよ、俺が神の御使いとかいうわけわかんない所を抜かせばな」
そう言ってため息をついた黒猫君はなぜか私を見つめながら連れてかれちゃった新兵さんの代わりに話し始めた。
──降臨数分前、教会付近上空(ネロの回想)──
あー。つくづく、俺が馬鹿だった。
さっきっからもう何度も同じ愚痴が頭の中に浮かんでくる。
昨日あゆみたちがちょっとばかり空に浮かんでたからって信じた俺が馬鹿だった。
何が体重移動で方向転換だ!
あいつら空中でこんなもん背負ってて体重移動ってのがどんなに難しいか分かってて言ってんのか?
下手に身体動かすと後ろのプロペラが動いて思いもしない方向に飛び始めちまう。
数回やって懲りた俺は服の後ろに穴を開けて尻尾を無理やり引き出した。それを左右に振って微かに調節をしてやるとやっと後ろのプロペラに影響を出さずに方向が変わり始めた。
尻尾がプロペラに引き込まれないかヒヤヒヤもんだった。
かろうじて教会に向けて方向転換ができた所ではたと気が付いた。
これさっきっから全然高度下がんねーよな?
目標の教会はどんどん近づいてきてんだけど、これ、どうやって下ろすんだ?
飛び上がるならともかく降りるんじゃ俺の足でも5メートルがいいとこだ。あの教会自体でさえ高さが10メートル以上あるだろ。その倍をはるかに超えた高さに今いる。どう考えたって飛び降りられる高さじゃねえ。
まずは試しに重心を前に移してみた。すると確かに下には向かい始めた。だけどそれに合わせてスピードがスゲー勢いで上がってく。
これ、ゼッテーマズいだろ。このまま教会に突っ込んだら俺、さすがに死ぬよな?
嫌な汗が噴き出る。慌てて重心を戻して平行飛行に戻った。
あ、待てよ、確かこのプロペラ、スイッチが付いてたよな。えっとさっきは右を引っ張って点けたんだから左を引けば──
「うわああぁぁぁぁ!!」
俺が左の紐を引っ張った途端、ズシンと体が重くなってカクンっと身体が真っすぐ下に落ちだした。
一瞬のパニックの後で状況を把握しようと見回してより酷い恐怖に突き落とされた。
上の翼が凄い勢いで弓なりにしなってる!
や、やべ、これ、翼、翼が折れる!
パニクった俺は反射的にもう一度右の紐を引っ張った。
プロペラが動き出せば何とかなるかって考えが一瞬頭を過ったからだと思う。
でも驚いたことにその途端機体は落下を停止して、スイーっと一瞬前にスイングしてから何事もなかったように進みだした。
え!? な、なんだったんだ今のは?
バクバク鳴り響く心臓を押さえながら一生懸命考える。
あの感じは覚えてる。前にセスナに乗せられた時にやられた失速だ。
ってことは要は浮いてられるだけの浮力が突然無くなったって事だよな?
アメリカの農場で乗っけてくれたおっちゃんが話してた説明を頭をフル回転にして記憶のそこから引っ張り出す。
確かあれはエンジンが止まったり風が止まったりして起きるはずだ。おっちゃんは単に俺を脅かすためだけにスロットル引いてスピードを落として無理やりストールさせてたけど。
だけどじゃあ一体何で今そうなった?
そこであの時一瞬すごい勢いで肩に重さがかかったのを思い出した。
再度翼を見上げた俺の背筋をスーッと冷たい物が伝う。
今やっと何であいつらが角材を覆うように軽石つけてたのか分かった。
あれ、配線だ……
あいつら、軽石も含めて全部一つの溜め石から繋げて魔力供給してやがんだ!
すっかり騙されたのはさっき持った時翼が軽かったから。あれは持ちあげた俺から魔力が流れたのか。
ひ、ひでえ。それなのにあいつら俺に何の説明もしないでスイッチ二つ付けてよこしたのかよ。
一体何考えてやがる!
さっき恐怖で排出されてた大量のアドレナリンが即、怒りに変換された。
どこにもやり場のない怒りが体中を駆け巡り滾りまくる。
チクショウ、このやり場のない怒り、どうしてくれる!
誰か思いっきり殴りてー!
あゆみ殴る訳にはいかねえからあそこの若いの一人くらいボコらないと気が済まねー!
そんな事を考えてるうちに教会が半端なく近づいちまった。
しまった、怒りに我を忘れて時間を無駄にしちまった。
状況確認!
さっきの恐怖のダイビングのおかげで多分高度は1/3くらい下がってくれたみたいだが、何もしなけりゃこれ以上は降りてくれそうもない。教会の屋根でさえまだ20メートルくらい下だ。
下に向けるのもダメならスイッチ切るのもダメ。
これ、実は詰んでないか?
その時眼下にちょうどバッカスたちが庄屋の屋敷に追い込まれてるのが目に入った。
ありゃ多勢に無勢だな。庄屋の屋敷の門が狭いからなんとか持ってるけど籠城戦になっちまってる。
しかもあそこに司教どもがあんだけ集まっちまってるって事は下手したらあの新兵がやられちまってるかもしれねえ。
今度は緊張と不安で胃がキュゥっと締め付けられる。
俺はもう一度上を見上げて嫌なことを思い出した。
確か前にアジアの島の間飛んでた軽飛行機の翼、穴開いてるからエンジンふかさないと直ぐ高度が下がるって文句言ってたよな。
じゃあこれも翼をちょいと俺の爪で傷つければ済むことか?
それでいいんだよな?
これはマジで自信ないぞ。
でももう他になんも考えつかねー。教会は刻々と近づいてきてる。
これ壊したらあいつら絶対文句言うだろうな。アイツラ全員滅茶苦茶これには入れ込んでたもんな。特にあゆみは。
でもこれ、元はと言えば全部あいつらのせいだ。こっちは緊急事態だし何がどうなろうとあいつらに文句は言わせねーぞ。
俺は覚悟を決め、ツイっと片方の翼に縦に爪で切れ目を差し込んだ。
あれ?
何の変化もない。
足りなかったのかって思って軽く反対もチョイっと傷つけた頃になてビリって音がした。
え?っと思って振り返るとさっき割いた所からビリリと裂け目が広がった。
スルっと機体がずり落ちる様に下に降りだした。
慌てて機体の前を少し上げたら今度は反対側がビリリっと裂けた。
そっからの恐怖体験は忘れたい。
最初縦に前から後ろまで裂けた布が角材の所までくると後ろの角材に沿って横に裂け始めた。裂け目が広がるたびに機体のバランスが変わって俺はそれを支えるので精一杯で。
俺の見てる目の前でバリバリ音を立てて裂けていく翼を俺は見てるだけなんもできなかった。
さっきスルって落ちだしてた機体が裂け目が広がるにつれてズルって落ちて。
スピードこそ上がってないが確実に高度が落ちてきて。
既に十分近づいていた教会の建物が今はぐんぐんと勢いをつけて迫ってきて。
うわ、今更だけどここまで来て微かに高度が足りねー!
ほんのあとわずか、足りない。
チクショウ、このままだと教会の屋根の裾にぶつかる!
って所で俺はやけくそで教会の屋根の端に爪をたて掴み、懸垂の要領で思いっきり体を上に引っ張り上げた。
持ち直した様に一瞬翼が浮力を得て体勢を助けてくれる。
だけど背中のプロペラはまだ回ってるし今までの勢いもそのままだ。おかげで俺の体は跳び箱を飛んだ後のように前に押されて止まりたくても止まれない。
さっきの恐怖体験のせいでスイッチを切るなんて考えられなくて。
すぐ上では翼が最後の悲鳴を上げて布切れの様になり、それを全部引きずりながらそれでも勢いが止まらなくて。
教会の瓦屋根の天辺をほぼ全速で駆け抜け、アッと思った時には目の前に鐘楼があって。
ヤバって思った瞬間スライディングに変えて鐘楼の窓枠破っって。
鐘楼が激突した勢いで吹っ飛んで逆に弾かれて俺の勢いは止まって、ホッとする間もなく足下は空っぽで。
そっからは自由落下でそのまま一直線に下に落ちた。
そこでまるでこれが最後の仕事、とでも言うように背中に背負ってたプロペラと翼の残りが窓枠に数回引っかかって俺の落下スピードを落としてくれて。
降り注ぐ窓枠と鐘楼と翼とプロペラの破片の中、教会のど真ん中に降り立った俺は奇跡的にも無傷だった。
「うわ!」
「ぐへぇ!」
「ぎゃっ!」
「ネ、ネロ少佐ぁああああ!」
着地してほぼ5秒くらい。俺は完全に放心してた。
で、最初に頭に浮かんだのがあゆみの顔だった。
センチメンタルとかロマンスとかそんなんじゃ全然ねえ。
あいつのニタアって笑い。
うわ、あいつマジで一度縛り上げて思いっきり……やめとこ。
で次に思ったのが「生きてるよ俺」。
情けねーがほんとに生きてるのが不思議だった。生死を分けたのはあれ、最後の1分くらいか?
あの1分の間に俺がやった行動全部の結果がここだ。
どれ一つ違ってても多分ここに立ってない。
膝がガクガクしてきた。
「ネロ少佐? あの?」
いつの間にか俺に縋りついていた新兵が涙を浮かべながら情けない声で話しかけてきてやっと現実に戻ってきた。
ついでに一人下敷きにして立ってることにも気が付いた。
なんかスゲー気持ちよく着地したと思ったら一人巻き込んで下敷きにしてたみたいだ。体格のいい奴だったからいいクッションになった。
さっさと周りを見回して何とか状況を把握した。
ま、悪くねえな。俺が来れなかったからこの新兵一人じゃ司教たちを引き留めきれなくてこの3人にリンチにされるとこだったって所か。
司教たちを引き留められなかったのは計算外だがこいつが生きてただけめっけもんだ。ついでにこの二人くらい簡単に片付く。
「ネロ少佐!」
ッてな事を考えてる間にも勝手に手が出て二人の司教を叩きのめしてた。
「反抗するとぶちのめすぞ、っていうの忘れたな」
「ネロ少佐ぁぁぁ、ありがとうございます、助けに来て下さって本当にありがとうござ……!!」
やっぱさっきの恐怖のダイビングのせいでかなり気が立ってるらしい。
いつまでも泣きついてくるからなんかつい、新兵君も顎にも一発決めちまった。
「で結局その場にいた連中は全員伸びちまったから、俺はバッカスたちを囲んでる司教の数を減らそうと思ったんだよ」
そう言ってから黒猫君がちょっと視線を斜め上にずらす。
「あいつらにとって教会は大切だろうから人手が少しこっちに向けば、って程度の軽い考えだった。でもまさかあいつらがあそこまで過剰な反応するなんて思わなくてな」
「お前、一体何した?」
「火を点けたんだよ、教会に」
キールさんの眉根がぎゅっと寄った。
「お前、この乾燥してる時期に火を点けたらどうなるか考えたのか?」
「まあ緊急事態だったんだから許せよ。ちゃんと自分の魔力で消せるつもりで始めたんだから」
「それで消えたのか?」
「まあ、消えた事は消えたんだけどな、思っていた以上に延焼しちまってさ」
「最初中に並んでた椅子を数客燃やして火を消しに戻ってきた奴気絶させようってその程度の考えだったんだよな。ところがほら、さっき言った通り俺の乗ってきた乗り物が壊れて天井から引っかかってたろ、あれに引火した」
「「「「「ひぃぃぃぃ……!!!」」」」」
私以下研究員全員、声のない悲鳴を上げてる。
黒猫君はそれにはまるっきり無反応で先を続けた。
「あっという間に天井まで火が回って俺が鐘楼壊しちまってたから煙がバンバン外に流れ出して」
「…………」
「結果その煙を見た司教たちがほぼ全員泡食って教会に戻ってきてたと思う」
「お前、よくそれで生き残れたな」
「あー、ちょっとズルした」
「?」
「あそこで倒した司教の一人をむいて服取り上げてバレないように頭に布被ってあいつらに混じって火消し手伝ってたんだ。ああ、新兵と眠ってる司教たちはちゃんと奥の控室みたいな部屋に転がしといたぞ」
「ああ、それで僕たちがあそこに着いた時彼が下着一枚で出てきたんですね」
アルディがそう言うとキールさんがニヤッと笑った。
「お陰で俺たちは司教服がマズそうだって話を先にあの新兵から聞き出せた」
納得したキールさん達を横に黒猫君が続ける。
「結局あっという間に教会が司教だらけになって、どうやらもう増えなくなったところで一気に水魔法天井にぶちまけて火消ししながら水がかかった連中を片っ端から電撃魔法で倒した。こっちに反撃しようとした連中は自分の雷で自滅しちまった。結果教会に気絶した司教の山が出来上がったってわけだ」
「エグいな」
「あー、エグかった。俺自身誰かさんに一回やられたお陰で加減もよく分かってたしマジ切れてたから全然躊躇なかったし」
そう言って黒猫君がこっちをじろりと睨んだ。
まだ根に持ってるのかな、酔っぱらった時のこと。
とりなすようにキールさんが付け加える。
「まあどうやらそれでバッカスたちも無駄な戦闘しないで済んだみたいだったし良かったな」
そこでバッカスがパンっと手を打って続けた。
「ああ、それでネロお前白服着て現れたんか!」
「似合ってたろ?」
あ。黒猫君、あの長ラン気に入ってたのか。
ニカっと笑った黒猫君がちょっと嬉しそうだったことは私の心の中だけに留めておこう。
ケロッとそんな事をいってるのはエミールさん。
「あれが『新兵がよくかかる病気……』」
「あゆみいい加減にしろよ」
黒猫君がドスの効いた声で私に釘を指した。
「それでネロ、実際の所はどうだったんだ?」
新兵さんが連れ出されてやっと黒猫君も落ち着いた所でキールさんが問いかけた。
「あー、実際も何もあいつが言ってたことはあながち間違ってねえんだよ、俺が神の御使いとかいうわけわかんない所を抜かせばな」
そう言ってため息をついた黒猫君はなぜか私を見つめながら連れてかれちゃった新兵さんの代わりに話し始めた。
──降臨数分前、教会付近上空(ネロの回想)──
あー。つくづく、俺が馬鹿だった。
さっきっからもう何度も同じ愚痴が頭の中に浮かんでくる。
昨日あゆみたちがちょっとばかり空に浮かんでたからって信じた俺が馬鹿だった。
何が体重移動で方向転換だ!
あいつら空中でこんなもん背負ってて体重移動ってのがどんなに難しいか分かってて言ってんのか?
下手に身体動かすと後ろのプロペラが動いて思いもしない方向に飛び始めちまう。
数回やって懲りた俺は服の後ろに穴を開けて尻尾を無理やり引き出した。それを左右に振って微かに調節をしてやるとやっと後ろのプロペラに影響を出さずに方向が変わり始めた。
尻尾がプロペラに引き込まれないかヒヤヒヤもんだった。
かろうじて教会に向けて方向転換ができた所ではたと気が付いた。
これさっきっから全然高度下がんねーよな?
目標の教会はどんどん近づいてきてんだけど、これ、どうやって下ろすんだ?
飛び上がるならともかく降りるんじゃ俺の足でも5メートルがいいとこだ。あの教会自体でさえ高さが10メートル以上あるだろ。その倍をはるかに超えた高さに今いる。どう考えたって飛び降りられる高さじゃねえ。
まずは試しに重心を前に移してみた。すると確かに下には向かい始めた。だけどそれに合わせてスピードがスゲー勢いで上がってく。
これ、ゼッテーマズいだろ。このまま教会に突っ込んだら俺、さすがに死ぬよな?
嫌な汗が噴き出る。慌てて重心を戻して平行飛行に戻った。
あ、待てよ、確かこのプロペラ、スイッチが付いてたよな。えっとさっきは右を引っ張って点けたんだから左を引けば──
「うわああぁぁぁぁ!!」
俺が左の紐を引っ張った途端、ズシンと体が重くなってカクンっと身体が真っすぐ下に落ちだした。
一瞬のパニックの後で状況を把握しようと見回してより酷い恐怖に突き落とされた。
上の翼が凄い勢いで弓なりにしなってる!
や、やべ、これ、翼、翼が折れる!
パニクった俺は反射的にもう一度右の紐を引っ張った。
プロペラが動き出せば何とかなるかって考えが一瞬頭を過ったからだと思う。
でも驚いたことにその途端機体は落下を停止して、スイーっと一瞬前にスイングしてから何事もなかったように進みだした。
え!? な、なんだったんだ今のは?
バクバク鳴り響く心臓を押さえながら一生懸命考える。
あの感じは覚えてる。前にセスナに乗せられた時にやられた失速だ。
ってことは要は浮いてられるだけの浮力が突然無くなったって事だよな?
アメリカの農場で乗っけてくれたおっちゃんが話してた説明を頭をフル回転にして記憶のそこから引っ張り出す。
確かあれはエンジンが止まったり風が止まったりして起きるはずだ。おっちゃんは単に俺を脅かすためだけにスロットル引いてスピードを落として無理やりストールさせてたけど。
だけどじゃあ一体何で今そうなった?
そこであの時一瞬すごい勢いで肩に重さがかかったのを思い出した。
再度翼を見上げた俺の背筋をスーッと冷たい物が伝う。
今やっと何であいつらが角材を覆うように軽石つけてたのか分かった。
あれ、配線だ……
あいつら、軽石も含めて全部一つの溜め石から繋げて魔力供給してやがんだ!
すっかり騙されたのはさっき持った時翼が軽かったから。あれは持ちあげた俺から魔力が流れたのか。
ひ、ひでえ。それなのにあいつら俺に何の説明もしないでスイッチ二つ付けてよこしたのかよ。
一体何考えてやがる!
さっき恐怖で排出されてた大量のアドレナリンが即、怒りに変換された。
どこにもやり場のない怒りが体中を駆け巡り滾りまくる。
チクショウ、このやり場のない怒り、どうしてくれる!
誰か思いっきり殴りてー!
あゆみ殴る訳にはいかねえからあそこの若いの一人くらいボコらないと気が済まねー!
そんな事を考えてるうちに教会が半端なく近づいちまった。
しまった、怒りに我を忘れて時間を無駄にしちまった。
状況確認!
さっきの恐怖のダイビングのおかげで多分高度は1/3くらい下がってくれたみたいだが、何もしなけりゃこれ以上は降りてくれそうもない。教会の屋根でさえまだ20メートルくらい下だ。
下に向けるのもダメならスイッチ切るのもダメ。
これ、実は詰んでないか?
その時眼下にちょうどバッカスたちが庄屋の屋敷に追い込まれてるのが目に入った。
ありゃ多勢に無勢だな。庄屋の屋敷の門が狭いからなんとか持ってるけど籠城戦になっちまってる。
しかもあそこに司教どもがあんだけ集まっちまってるって事は下手したらあの新兵がやられちまってるかもしれねえ。
今度は緊張と不安で胃がキュゥっと締め付けられる。
俺はもう一度上を見上げて嫌なことを思い出した。
確か前にアジアの島の間飛んでた軽飛行機の翼、穴開いてるからエンジンふかさないと直ぐ高度が下がるって文句言ってたよな。
じゃあこれも翼をちょいと俺の爪で傷つければ済むことか?
それでいいんだよな?
これはマジで自信ないぞ。
でももう他になんも考えつかねー。教会は刻々と近づいてきてる。
これ壊したらあいつら絶対文句言うだろうな。アイツラ全員滅茶苦茶これには入れ込んでたもんな。特にあゆみは。
でもこれ、元はと言えば全部あいつらのせいだ。こっちは緊急事態だし何がどうなろうとあいつらに文句は言わせねーぞ。
俺は覚悟を決め、ツイっと片方の翼に縦に爪で切れ目を差し込んだ。
あれ?
何の変化もない。
足りなかったのかって思って軽く反対もチョイっと傷つけた頃になてビリって音がした。
え?っと思って振り返るとさっき割いた所からビリリと裂け目が広がった。
スルっと機体がずり落ちる様に下に降りだした。
慌てて機体の前を少し上げたら今度は反対側がビリリっと裂けた。
そっからの恐怖体験は忘れたい。
最初縦に前から後ろまで裂けた布が角材の所までくると後ろの角材に沿って横に裂け始めた。裂け目が広がるたびに機体のバランスが変わって俺はそれを支えるので精一杯で。
俺の見てる目の前でバリバリ音を立てて裂けていく翼を俺は見てるだけなんもできなかった。
さっきスルって落ちだしてた機体が裂け目が広がるにつれてズルって落ちて。
スピードこそ上がってないが確実に高度が落ちてきて。
既に十分近づいていた教会の建物が今はぐんぐんと勢いをつけて迫ってきて。
うわ、今更だけどここまで来て微かに高度が足りねー!
ほんのあとわずか、足りない。
チクショウ、このままだと教会の屋根の裾にぶつかる!
って所で俺はやけくそで教会の屋根の端に爪をたて掴み、懸垂の要領で思いっきり体を上に引っ張り上げた。
持ち直した様に一瞬翼が浮力を得て体勢を助けてくれる。
だけど背中のプロペラはまだ回ってるし今までの勢いもそのままだ。おかげで俺の体は跳び箱を飛んだ後のように前に押されて止まりたくても止まれない。
さっきの恐怖体験のせいでスイッチを切るなんて考えられなくて。
すぐ上では翼が最後の悲鳴を上げて布切れの様になり、それを全部引きずりながらそれでも勢いが止まらなくて。
教会の瓦屋根の天辺をほぼ全速で駆け抜け、アッと思った時には目の前に鐘楼があって。
ヤバって思った瞬間スライディングに変えて鐘楼の窓枠破っって。
鐘楼が激突した勢いで吹っ飛んで逆に弾かれて俺の勢いは止まって、ホッとする間もなく足下は空っぽで。
そっからは自由落下でそのまま一直線に下に落ちた。
そこでまるでこれが最後の仕事、とでも言うように背中に背負ってたプロペラと翼の残りが窓枠に数回引っかかって俺の落下スピードを落としてくれて。
降り注ぐ窓枠と鐘楼と翼とプロペラの破片の中、教会のど真ん中に降り立った俺は奇跡的にも無傷だった。
「うわ!」
「ぐへぇ!」
「ぎゃっ!」
「ネ、ネロ少佐ぁああああ!」
着地してほぼ5秒くらい。俺は完全に放心してた。
で、最初に頭に浮かんだのがあゆみの顔だった。
センチメンタルとかロマンスとかそんなんじゃ全然ねえ。
あいつのニタアって笑い。
うわ、あいつマジで一度縛り上げて思いっきり……やめとこ。
で次に思ったのが「生きてるよ俺」。
情けねーがほんとに生きてるのが不思議だった。生死を分けたのはあれ、最後の1分くらいか?
あの1分の間に俺がやった行動全部の結果がここだ。
どれ一つ違ってても多分ここに立ってない。
膝がガクガクしてきた。
「ネロ少佐? あの?」
いつの間にか俺に縋りついていた新兵が涙を浮かべながら情けない声で話しかけてきてやっと現実に戻ってきた。
ついでに一人下敷きにして立ってることにも気が付いた。
なんかスゲー気持ちよく着地したと思ったら一人巻き込んで下敷きにしてたみたいだ。体格のいい奴だったからいいクッションになった。
さっさと周りを見回して何とか状況を把握した。
ま、悪くねえな。俺が来れなかったからこの新兵一人じゃ司教たちを引き留めきれなくてこの3人にリンチにされるとこだったって所か。
司教たちを引き留められなかったのは計算外だがこいつが生きてただけめっけもんだ。ついでにこの二人くらい簡単に片付く。
「ネロ少佐!」
ッてな事を考えてる間にも勝手に手が出て二人の司教を叩きのめしてた。
「反抗するとぶちのめすぞ、っていうの忘れたな」
「ネロ少佐ぁぁぁ、ありがとうございます、助けに来て下さって本当にありがとうござ……!!」
やっぱさっきの恐怖のダイビングのせいでかなり気が立ってるらしい。
いつまでも泣きついてくるからなんかつい、新兵君も顎にも一発決めちまった。
「で結局その場にいた連中は全員伸びちまったから、俺はバッカスたちを囲んでる司教の数を減らそうと思ったんだよ」
そう言ってから黒猫君がちょっと視線を斜め上にずらす。
「あいつらにとって教会は大切だろうから人手が少しこっちに向けば、って程度の軽い考えだった。でもまさかあいつらがあそこまで過剰な反応するなんて思わなくてな」
「お前、一体何した?」
「火を点けたんだよ、教会に」
キールさんの眉根がぎゅっと寄った。
「お前、この乾燥してる時期に火を点けたらどうなるか考えたのか?」
「まあ緊急事態だったんだから許せよ。ちゃんと自分の魔力で消せるつもりで始めたんだから」
「それで消えたのか?」
「まあ、消えた事は消えたんだけどな、思っていた以上に延焼しちまってさ」
「最初中に並んでた椅子を数客燃やして火を消しに戻ってきた奴気絶させようってその程度の考えだったんだよな。ところがほら、さっき言った通り俺の乗ってきた乗り物が壊れて天井から引っかかってたろ、あれに引火した」
「「「「「ひぃぃぃぃ……!!!」」」」」
私以下研究員全員、声のない悲鳴を上げてる。
黒猫君はそれにはまるっきり無反応で先を続けた。
「あっという間に天井まで火が回って俺が鐘楼壊しちまってたから煙がバンバン外に流れ出して」
「…………」
「結果その煙を見た司教たちがほぼ全員泡食って教会に戻ってきてたと思う」
「お前、よくそれで生き残れたな」
「あー、ちょっとズルした」
「?」
「あそこで倒した司教の一人をむいて服取り上げてバレないように頭に布被ってあいつらに混じって火消し手伝ってたんだ。ああ、新兵と眠ってる司教たちはちゃんと奥の控室みたいな部屋に転がしといたぞ」
「ああ、それで僕たちがあそこに着いた時彼が下着一枚で出てきたんですね」
アルディがそう言うとキールさんがニヤッと笑った。
「お陰で俺たちは司教服がマズそうだって話を先にあの新兵から聞き出せた」
納得したキールさん達を横に黒猫君が続ける。
「結局あっという間に教会が司教だらけになって、どうやらもう増えなくなったところで一気に水魔法天井にぶちまけて火消ししながら水がかかった連中を片っ端から電撃魔法で倒した。こっちに反撃しようとした連中は自分の雷で自滅しちまった。結果教会に気絶した司教の山が出来上がったってわけだ」
「エグいな」
「あー、エグかった。俺自身誰かさんに一回やられたお陰で加減もよく分かってたしマジ切れてたから全然躊躇なかったし」
そう言って黒猫君がこっちをじろりと睨んだ。
まだ根に持ってるのかな、酔っぱらった時のこと。
とりなすようにキールさんが付け加える。
「まあどうやらそれでバッカスたちも無駄な戦闘しないで済んだみたいだったし良かったな」
そこでバッカスがパンっと手を打って続けた。
「ああ、それでネロお前白服着て現れたんか!」
「似合ってたろ?」
あ。黒猫君、あの長ラン気に入ってたのか。
ニカっと笑った黒猫君がちょっと嬉しそうだったことは私の心の中だけに留めておこう。
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が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
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