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第8章 ナンシー 

70 反省会5:バッカス、再び

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「えっ? ちょっと待ってください。エミールさんってじゃあナンシー公爵様の息子さん、だったんですか?」

 驚いて声を上げたのはどうやら私だけで。皆さん知ってたってこと?

「そっか。結局お前は聞く機会がなかったんだったよな」

 黒猫君が呑気な返事をしてるけどそれってエミールさん実は偉いってことじゃ……

「ああ、あゆみさん、ご心配なく。僕はもう10年以上前に家を勘当されてますよ。確かにナンシー公と血のつながりはありますがもうあの家とは関係はありません」

 エミールさんはそう言ったけどすぐ横でアルディさんがなぜか複雑そうな顔をしてる。それを見てエミールさんが茶化すように続けた。

「それに息子ってだけならここにももう一人いるしね」

 そう言ってアルディさんの肩を叩く。あ、そっかエミールさんとアルディさん、兄弟だもんね。

「何言ってるんですか。兄さんと僕では立場がまるっきり違う。僕と公の間に血縁関係はありませんから……」
「そこまでにしとけ。話がずれてる」

 少し睨むようにエミールさんを見ながら答えていたアルディさんをキールさんが止めた。
 うん、かなり込み入った話みたいだしこんなところでする話じゃない。これは聞いちゃった私がいけなかったんだよね。

「す、すみません。そんなデリケートなお話だとは思わず……」
「何を言ってるんですか。美しい女性の質問にはいつだって喜んでお答えさせて頂きますよ、僕は」

 うわ、また白い歯が光ってる。

「いい加減にしろエミール」

 流石に呆れ顔のキールさんがエミールさんをたしなめてくれる。でもその時後ろから不機嫌な声が響いてきた。

「ネロ、いくらお前が何と言おうと今回の計画でお前が要なのは最初っから分かっていたはずだ」

 バッカスが壁際から黒猫君を斜に睨んでる。その視線に晒されて黒猫君もぐっと唇を引き結んだ。

「おかげでこっちはいらねえ犠牲まで払って……」

 そう言って小さくため息をついたバッカスはその頃の教会内での出来事を話し始めた。



 ──その頃庄屋前にて(バッカスの回想)──

「おい!!! ネロはどうした!」
「まだ見えてないっすよ」
「こんな膠着状態あいつの予定にはなかったぞ!」

 そこら中に雷が落ち、男達の叫び声と大笑いが響き渡るさなか、俺とハビアは二人して片方の耳栓を外して叫び合う。
 大笑いはネロの考え出した誤魔化しだ。大笑いする事で振動や音を聞こえにくくして我慢できる。
 まあ、俺たち単純だからな。これは結構効果的な気がする。
 教会の壁を壊すところまでは計画通り進んだ。正面から入った新兵は予定通り中で押し問答を繰り返して時間を稼いでくれていた様だ。
 おかげで爆破後もしばらくの間、教会からは誰も出て来る様子がなく、その間にこちらは中に住んでいた農民の退避を無事完了する事ができた。
 最初は俺達の姿を見て逃げまどっていた農民たちもビーノが先頭に立って自分たちは猫神の使いだといって叫んで回るのを聞きつけ、ようやく誘導に従ってくれた。壊れた塀からは貧民街の連中がそれぞれの隠れ家まで誘導してくれてる。そのうちネロの言っていたヒロシという少年がビーノに声をかけてきて、一緒になって一軒一軒回って残った連中を連れ出してくれてた。
 逃げ出した農民たちは今頃トーマスの仕込んだ飯を貧民街の連中と一緒に食ってる頃だろう。

 やっと退避が終わった頃、俺らの動きに気がついた教会の司教共がバラバラと集まってきて「神罰だ!」と叫びながら俺たちに雷魔法を叩きつけてきた。
 最初はまあ良かったんだよ。相手の数も限られてたし、なんつったって俺たちも昨日までの俺たちじゃなかったからな。今日の俺たちは全員あゆみの改良版の『黒い鎧』を纏ってた。
 あゆみが改造した鎧は黒は黒でも以前の漆塗りの艶っとしただけの黒ではなく、黒の中に何か銀の様なものが鈍く光る不思議な黒色になってた。シモンの野郎が『銀黒塗り』っていてったのが悔しいがすげえぴったりだった。
 膠で上塗りしたらしく、あゆみは風魔法と火魔法で無理やり乾かしたって言ってたがまだちょっと柔らかい気がする。ま、今回の戦闘の間だけもちゃあいいんだから大丈夫だろ。

 「族長2組と3組がそろそろヤバいっス」
 「5組、6組と交代させろ!」

 俺の指示でバッと布陣が動いた。
 ネロの作戦通り俺たちは今回5人一組に分かれて戦っていた。五人に一人は長い鉄柱を片手にはめた真っ黒のグローブごしに掴んで、それを地面に突き刺しながら進んでる。
 組になって進んでいる俺たちに叩きつけられる電撃のほとんどはネロたちの思わく通り鉄柱に吸い取られるように落ちてくれている。それでもたまに外れて俺たちに落ちる雷もあゆみに強化してもらった鎧で受けられれば一発目はなんとか防げていた。ただし二発目はしばらく時間を置かないと防げない。この辺はハビアを使って散々テストしたからよくわかってる。だから盾役として数人が入れ替わりで前面防御をやりながらジリジリと進んでいた。
 これで最初の頃は前の組が勢いに物言わせて相手をぶっ飛ばし、後ろの組が倒れたやつを縛り上げる余裕もあった。どうもあちらさんも一度電撃を打つとしばらくは出せねえみたいで、同時に同じ人間が何度も打って来ることはねえ。だから俺たちも打った直後を狙ってやり返せたんだが。
 途中から敵の人数がどんどん増えてきやがった。あいつら、人数にあかして距離を置いたまま間隙なく攻撃をし始めた。
 奴らが遠距離攻撃に移ってからは奴らの攻撃も簡単には当らなくなったが、代わりにこっちも奴らを倒せない。結局同じ距離を保ちながらじりじりと進むしかかなくなった。

 それでもやっとネロが言ってた塀に囲まれた大きな屋敷までたどり着き、先頭の組が門を破って中に入った途端、すぐ内側で待ち伏せしていた黒髪・黒服のガキどもが一斉に攻撃を始めた。
 癪なことにこんなガキのくせに魔法は一人前だ。俺達が雷に弱いのはすでに知られているらしく、大人が雷を打つ合間を縫って当たればめっけもんといった盲目打ちでこちらに電撃を送ってくる。
 ここで完全に膠着しちまった。
 これでも最初に何人かは叩きのめしたから敵の数は減ってるはずなのになんかこいつら予定より人数が全然多くないか?
 結局ほぼ全員こっちに回ってきちまってる気がする。どうも中の兄ちゃんが失敗したらしい。
 ネロも全然来ねーし全く。
 あいつらやたら予定予定って頑張ってたが、予定なんて所詮こんなもんだ。だから正面からガッといっときゃよかったんだ、ガッと。
 さて、マズいな。
 この膠着状態が始まってかなり立つからそろそろこっちの奴に鎧の効果がないまま突っ込むやつが出てきそうだ。
 イライラしながら一進一退を指揮していた俺の横でハビアが突然棒立ちになった。ぎょっとして見上げるといつもの気の抜ける様な間抜けな笑顔で俺を見てやがる。

「族長、自分、一番ネロさんにいじめられてたんで多分少しくらいの電撃は大丈夫だと思うんスよ。だからとりあえず飛び込んでみますわ、あとはよろしく頼んます!」
「おい、ハビア待て!」

 俺が叫ぶより先にハビアが飛び出して逝きやがった……




「ま、待って下さいよ族長! 俺のことそんな簡単に殺さないで欲しいっス!」

 なんか湿っぽい感じで話を纏めようとしてたバッカスのすぐ横でハビアさんが抗議の声を上げた。

「だってお前、ほんとに死にかけたろうが」
「死にかけはしたっスが死んじゃいませんよ、生きてるっス!」

 フンっと鼻息荒くそう返事をしたハビアさんが今度は自分で話し始めた。



 ──その頃庄屋前にて(ハビアの回想)──

 あー、ども。ハビアっス。
 これでもこの族の三番手張ってます。得意技は特攻っス。
 まあ俺の話も聞いてくれってんですよ。

 このヘンテコな建てモンまで来たのはいいんすけどね。白服の野郎どもの邪魔が増えちまったんスよ。
 白服のせいでそこら中雷だらけなんでして。
 おかげでここで立ち往生してかなりたっちまいました。
 もーそろそろあの気の毒な新兵君がヤバい気がするんスよね、俺。
 しかも俺の横で族長が渋い顔でイライラし始めてる!
 これはヤバいっス。
 これほっとくとまた「族長の責任だ!」っつって無茶な事始めちまうんスよ、この人は。
 でも特攻は本来俺の十八番っス。だからここは俺が行く!
 俺、アントニーと違って馬鹿っスからこれしか見せられるとこないんっスよね。
 とはいえこれでも俺、この族の三番手っスから闇雲に飛び込むわけじゃねーんスよ。
 さっきから雷落としてるボウズたちは丁度あのヘンテコな建てもんの門の下にたむろってんで。
 だから──

「族長、自分、一番ネロさんにいじめられてたんで多分少しくらいの電撃は大丈夫だと思うんスよ。なんでとりあえず飛び込んでみますわ、あとはよろしく頼んます!」
「おい、ハビア待て!」

 そう言って俺らの前に陣取ってた二組の前衛の後ろを借りていっちゃん前まで飛び出た俺はそこから精いっぱいのジャンプで門の上に飛び乗ったっス!

「チクショウ、この馬鹿野郎!」

 あ、やっぱり族長の叱咤が飛んじまった。ま、いつもの事っス。問題ねーっスね。
 でもまあ今回は俺もちょっと甘く見てたっスかね。まさか門の一番近くに陣取ってた白服の兄ーちゃんがそんな機敏に振り返ってい~タイミングで雷飛ばして来るなんて思わねーじゃねースか。ガン飛ばすより雷が先っスか!?
 それでも俺、なんとか門の上で踏ん張って危うい所でそれを鎧ではじいたんスけど、そっちに気い取られ過ぎて足元が狂っちまったんス。まー、ぶっちゃけ一瞬こけたんスよ。
 げ、ヤベ!
 ってなってバッて体勢整えなおした時にゃ手遅れもいーとこで。
 門の下から数人のボウズたちが飛び出してきて俺に狙いつけてやがるのが見えて。
 それでも一発目をギリで避けたつもりが尻尾かすっちまってギャッてなって痺れて動けね~とこに次の奴がこっち見て。
 「あ~あ、とうとう下手やっちまった、済まねえ母ちゃん」ってちょっとまあこう、目なんか瞑って覚悟してたその時。

「お前ら俺の守りを固めろ! 一気に行くぞ!」

 突然上がった族長の声にギョッとしてみると、族長がその場で潔く鎧を脱ぎ捨てて狼に戻ってたんス。
 周りの連中に守りを固めさせ、電撃を紙一重でかわしながら正面から突っ込んでくる族長の漢気に、俺、マジで惚れ直したっス!
 門の辺りにいたボウズどもは族長のでっけー身体の体当たりに押し出されて門の中に毛毬みたいにゴロゴロと転がっていったっス。そんでもって残りの族の奴らが皆でザッて徒党組んでバッて族長のケツ守って門を囲むように守りを固めたっス。その体張った肉壁の後ろから族長が狼の巨体で思いっきり雄叫びあげて、それに気圧された全員ガチーンってその場に凍りついたっス。
 ほらね、俺が突っ込めばなんかしてくれんすよ。それが俺らの族長ッス。信頼してんスよ。

 まあ、今の話は半分くらい後から他のやつに聞いたんスけどね。
 俺は白服たちの意識が族長に向いたとこで族長の怒声を背に一気に瓦屋根の上を走ってって目標の離れの前に飛び降りたっス。
 でそしたら、俺が離れの前に着地するの待ってたみてーに離れの扉が開いてですね、ヤベこっちにもまだ敵がいたんかよって驚いた俺がこう一歩下がって身構えると中から出てきたのがやけにキレーな顔した少年一人だけだったんスよ。しかも最初っからこう両手上げてて。いやー黒服だしどーすっかって考えたんスけどね。
 俺が身構えてんのにその少年、まるっきり邪気のねえキレーな顔でニコーっつて俺に笑ったんス。

「あの、投降しますからここにいる人たちを皆安全に連れ出してくれますか?」

 俺、時間ないっつーのについぽけーっとそれに見とれちまいまして。
 あ、それがちょうど族長が門の内側から吠えてた頃っス。
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