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第8章 ナンシー
69 反省会4:ネロとキール
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「確かにあの時点で予定よりは遅れてたがこっちだってあそこまで遅れるはずじゃなかったんだよ」
バッカスや新兵さんの責める様な目に見つめられた黒猫君がため息をつきながらエミールさんを睨む。
「お前らな、責めるならコイツにしろ、全部こいつのせいだから」
そう言って黒猫君が言い訳を始めた。
──その頃城内某所(ネロの回想)──
「さっきの侵入者は見つかったか!?」
「こちらには見当たりません!」
「西棟もくまなく見回りましたが見つかりませんでした!」
「先ほど東側で人影を見た者がいました!」
「東側だ。東棟に向けて順番に部屋をチェックしろ!」
「早く探せ!」
「城下層部をキーロン皇太子の兵が占拠したぞ。キーロン皇太子の兵がここまで上がってくる前に捕まえて盾にする!」
表の廊下を足早に駆けながらお互いに声をかけあう者たちの声がここまで響いてきた。それをまるで世間話を小耳に挟んだって顔でエミールが俺に声をかけてくる。
「ネロ君、なにやら僕たち捕まると盾にされるそうですよ」
「エミールお前な。いい加減覚悟を決めて通路に出て真っ直ぐ下に先導しろよ」
「嫌ですよ、僕は平和主義なんですよ? もし敵兵と鉢合わせになったら困るじゃないですか」
「何言ってんだよ、お前それでも軍隊の副隊長かよ!」
「僕の能力は主に頭脳に集中しているんですよ」
「じゃあその出来のいい頭であいつらを煙に巻いて来い、俺はその間に下に行く」
「君こそ何言ってるんですか!ネロ君がいなかったら僕なんてあっという間に簀巻きにされて川に沈められちゃいます」
「それがどうした、とっととあいつらにボコられて俺だけ先に行かせろ」
「後生ですから置いてかないでください」
こいつは!
まさかこいつがここまで本当に使えないやつだとは思わなかった。これでも本当に副隊長かよ。
このエミール、実はここの領主の息子だって事はキールから聞かされた。しかも内部に結構な数の協力者がいると聞いて、俺たちはこいつにつく兵を使って内側から子どもたちの避難を手伝わせようと考えていた。
俺が謁見の間でグズグズしてたせいで思っていた以上に囲まれてたのは確かにある。だがこいつと一緒じゃ捕まってる子供たちを逃がすどころか俺一人さえ退避出来そうもねえ。
蓋を開けてみればこの領城内にはこいつが思っていたほどの賛同者はいなかったらしい。謁見の間のすぐ下、二階の接待・パーティー用の大広間は普段使われていない。人気のないそこから西棟前の階段を降りて真っ直正面玄関から裏門に走れば俺は外に出れたし、そのまま下に階段を降りればエミールは地下の牢獄に行き着くはずだった。
ところが大広間を出て最初に出くわしたピラピラした服装の優男がエミールの顔を見るなり100年越しの敵にでも会ったというような凄い顔で「侵入者発見! キーロン皇太子の近衛兵エミールが侵入した!」と大声で叫びやがった。
途端何処から湧いて出たのかゴチャゴチャと大量のピラピラ野郎どもが溢れ出てきて……俺は仕方なくエミールを抱えたまま一目散に廊下を反対に向かって走り出した。「そこです、そこを右に曲がって、その使用人通路に入って、そこの扉開けて、二枚目のパネル引いて直ぐ閉めて、ほらあっちに扉が開いた、すぐ入って、後ろ閉めて!」と言った調子で俺の腕の中からエミールが指図ばかりしやがって、気がつけばこの通り壁と壁の間のヘンテコな通路にはまり込んでいた。
どうなってるのか、所々通路と重なっているので外に出なきゃならず、その度にまたエミールを抱えてこいつの指図で兵や貴族らしい連中に追い掛け回される。
近衛兵とか側近って言うなら分かるが何で誰もこいつにつかないんだ?
ここの領主が傀儡になっててそれに仕える主だった大臣たちまで全員ゾンビ状態なのを考えればもっとこいつにつく奴がいてもいいと思うんだが……
「あのエミール坊っちゃんはどっちへ逃げた?」
「今こそは積年の恨みを晴らしてやる!」
「僕の初恋の相手を奪いやがって!」
「ウチなんか俺の恋女房だぞっ!」
「俺なんて俺のお袋だ……」
「俺の可愛い妹をよくも!!」
「今日は晴れて領主の名であいつを引きずり出せるぞ」
「あんな野郎、いっそ引き裂いてやれ」
「いや、再起不能にして牢にでも放り込んでおいたほうが長く痛めつけられる!」
この辺で俺たちを探し回ってるのはどうやら上流貴族の坊ちゃんたちらしい。今の状況を冷静に判断すれば絶対キーロン陛下に付いた方が得策に決まってるのに、それを忘れさせるほど何かしら強い私怨が皆の心の中にはあるらしい。
「……なあ、お前一体何人の女を寝取ったんだ?」
間違いなく原因はこいつだ。全部こいつのせいだ。俺が思いっきり嫌な顔で聞いてるのにエミールは心外そうな顔でこちらを見返してくる。
「何を言います。僕は単に僕に惹かれてくる社交界の美しい蝶の申し出を断ったことがないだけですよ。美しい蝶が結婚だの家庭だのという陳腐な檻に大人しく収まらないのも、僕のような美しい花に群れるのも、所詮は自然の摂理です」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった」
何が悲しくてこんなところまできてこいつの痴情の縺れに足引っ張られなきゃなんねんだよ!
大きなため息を一つ、俺は外の様子を伺うために石の窓から外を覗いた。ここはまだ領城の上部だ。いくら俺でもこっから飛び降りたらただじゃ済まない。あゆみにもらった最終手段もできれば使いたくない。こんな目立つもん、何度も使ったら後片付けが大変だ。どうにかして周りの目をかいくぐって下の階へ降りたいんだが。
謁見室から逃げ出したまでは良かったんだが、二階から下へ行くはずの階段は既にすべて兵士にみはられてる。いくらこいつの知ってる抜け道を使って逃げ隠れしたところでこれだって外に出られるものは一つもない。
「なんで外に抜ける抜け道を作らねえんだ?」
俺が聞くと呆れた顔でエミールが答える。
「そんなのあるに決まってるじゃないですか。ただ、ここは僕の居城でしたからね。この中にお泊りになられる令嬢のお部屋にさえ行ければ僕には問題ありませんでしたから」
「……まさか知らないだけなのか?」
「何故僕が知ってるなんて思うんですか?」
つ、使えなすぎるこいつ!
下の騒ぎは段々激しくなっていくのにもかかわらずこっちにはまるっきり抜け出す手立てなし。
それどころか外の連中の検索の輪がだんだんここに向かって狭まってきてる気がする。
バッカス済まねえ。こっちはどうにも遅れちまいそうだ。
──その頃領城一階(キールの回想)──
「ネロのやつはまだ見つからないのか!?」
俺のイラつきのこもった怒声に若い兵士は硬直し、横に控えていた新政府代表の老人が一瞬心臓が止まったというように胸を押さえた。カールが慌てて爺さんの面倒を後援の連中に任せるために一旦後ろに下がる。それを見て俺の口から勝手にため息が漏れちまう。今のはあまり大将に相応しくない行動だった。
結局エントランスのあった地下一階を自力制圧し一階もあらかたこちらの勢力下に収めたにも関わらず、本来すでに逃げ出しているはずのネロが見つからない。
まさか謁見室から抜け出せなかったなんてことはないと思いたいが今回ばかりはなんとも言えん。
何よりあのエミールのバカが予想以上に使えなかった事が判明した。こちらに寝返ると踏んでいた上流貴族どもが何故か上階を占拠して動かない。上で何が起きてるのかと対応した兵に詳しい話を聞けば視線を泳がせながら「あの野郎よくも俺の姉ちゃんを~! 今日こそは遠慮なく切り落としてやる!」という雄叫びが響いていたのを聞いたと報告してきた。
もしネロがあいつを頼りに上階を回ってるんだとしたら自力では降りてこられない可能性も考える必要がある。
なんであのバカはこうも上級貴族に敵が多いんだ? 普段の行いがこういう時に邪魔をする。
まあ、実際にはエミールにつき従う者は階下の兵士や領城に勤める者たちの中にこそ多く、おがげで階下の制圧は思いのほか早く進んでいる。
城の裏側からも大きな音が響いてきているのはアルディ隊の陽動だろう。おかげで半数以上の兵士があちらに回ってくれたようだ。なんせこちらは一応正式な立場を持って開城を迫っている分、通常の兵士では勝手に手が出せまい。
攻城戦のネックになる城外からの侵入はあゆみの包弾(改2号)のお陰ですんなり片付いた。
俺のこの出で立ちとあの爆発音に気圧されて一階辺りを守備していた兵士どもの半数以上はすぐに投降してきた。
古老の中にはまだエミールを覚えている者や味方する者も多く、最初から一隊を引き連れてこちらについてくれている連中もいる。残りの反抗分子どもは上流貴族や領主から何かしらの恩恵を確約されていた連中だろう。そんな奴らも多勢に無勢で潮が引く様に投降していく。
「2階中央広間制圧完了しました」
「北回廊制圧完了!」
「最上階謁見の間の制圧完了しましたが大臣らしき者の遺体が大量に見つかりました」
やはり死んでたか。大方ネロとのやり取りで操るのを諦めたかネロにやられたか……
「二階から東棟に上がる階段付近に反抗勢力が集結しつつあるようです。このままですとあそこを拠点に籠城されかねません」
次から次へと上げられてくる完了報告に混じってきた最後の報告に神経を尖らす。
たった一つ残った問題がこの東棟だ。
「確か西の端にも上階に上がる階段があったはずだろう」
俺の質問に戻ってきたカールが答える。
「はい、そちらから最上階に上がって謁見の間を制圧したようですが、二階の中央広間の先の辺りにバリケードが築かれていて通り抜けが不可能となっています」
まずいな、確かここの領城は東棟の地下に抜け道が作られていたはずだ。多分その勢力は領主をそこから逃がすつもりだろう。
「なぜ東階段からの制圧にそんなに時間をかけてる?」
「そ、それは。どうも相手はナンシー公の側近とこの街の高位貴族のご子息たちらしく、こちらの兵が手を出しにくいようです」
「そんなもの力で落とせ!」
長く同じ領主が続くのは考え物だ。領民が全て自然と彼に従うようになってしまう。俺がそう叫びながら本隊を引き連れて一階の廊下を東に進み始めたその時、予期していなかった第三の爆発音が少し先の方で響いた。下にいた兵士たちが慌ててこちらに避難してくる。それは予定ではよっぽどの緊急事態以外では発火しない予定だったネロの手持ちのものだ。
チッ、ネロが危ないのか。
今回もそうだが、大将に祭り上げられちまったせいで最近はこの通り自分じゃ何も手が出せない。俺は号令をかけ、部隊を指示し、ここで最終的には結果を待つだけの身になってしまった。ジリジリと待つだけの時間に胃が痛くなる。
ここでネロに何かあったらあゆみになんていえばいいんだ?
そんな俺の心配を他所に、東棟のすぐ手前の天井が突然膨張を始め、光とともにストンと溶け落ちた。
「何事だ!」
数人の兵士が今の攻撃で視界を奪われてのたうってる。俺は前もって可能性を考えていたからギリギリ視力を奪われないうちに目を腕で覆うことが出来た。視界が晴れるとその向こう側から聞き慣れた声が響いてくる。
「悪い、遅れた。こいつが思っていた以上に本当に使えなくて結局自力で道を切り開くしかなくなっちまった」
床を切り抜いた衝撃とその向こうの砂埃の向こうからネロがエミールを俵のように担いで歩み出てきた。
「無事で何よりだ。その荷物はこちらで預かろう」
「おう、キーロン陛下。残念ながらあんたの予想はほぼ全部当たりだった。詳しくはこいつから聞いてくれ。ついでに反逆罪は十分適用できるだけの事を領主と大臣共にされてきてやったぞ。これで言い訳は十分だろ、あとは任せた」
ネロは気絶してるらしいエミールを俺のすぐ横に荷物の様に容赦なく放り出して最低限の報告を終わらせた。
「任されてやろう。あ、待てネロ。新中央政府庁舎前にあゆみから頼まれてたものが届いてたぞ」
「……マジでか」
一瞬たじろいだネロはだけど直ぐに気を取り直して門へ向かう。それを目の端に捉えながら俺は最後の仕上げに取り掛かった。
「ネロの報告は聞いたな。現時点を持ってナンシー公に帝国反逆罪を適用する。遠慮なく東棟を占拠してる者どもを落とせ!」
俺の掛け声を背にネロが人間離れしたスピードで俺の横を駆け抜けていった。
バッカスや新兵さんの責める様な目に見つめられた黒猫君がため息をつきながらエミールさんを睨む。
「お前らな、責めるならコイツにしろ、全部こいつのせいだから」
そう言って黒猫君が言い訳を始めた。
──その頃城内某所(ネロの回想)──
「さっきの侵入者は見つかったか!?」
「こちらには見当たりません!」
「西棟もくまなく見回りましたが見つかりませんでした!」
「先ほど東側で人影を見た者がいました!」
「東側だ。東棟に向けて順番に部屋をチェックしろ!」
「早く探せ!」
「城下層部をキーロン皇太子の兵が占拠したぞ。キーロン皇太子の兵がここまで上がってくる前に捕まえて盾にする!」
表の廊下を足早に駆けながらお互いに声をかけあう者たちの声がここまで響いてきた。それをまるで世間話を小耳に挟んだって顔でエミールが俺に声をかけてくる。
「ネロ君、なにやら僕たち捕まると盾にされるそうですよ」
「エミールお前な。いい加減覚悟を決めて通路に出て真っ直ぐ下に先導しろよ」
「嫌ですよ、僕は平和主義なんですよ? もし敵兵と鉢合わせになったら困るじゃないですか」
「何言ってんだよ、お前それでも軍隊の副隊長かよ!」
「僕の能力は主に頭脳に集中しているんですよ」
「じゃあその出来のいい頭であいつらを煙に巻いて来い、俺はその間に下に行く」
「君こそ何言ってるんですか!ネロ君がいなかったら僕なんてあっという間に簀巻きにされて川に沈められちゃいます」
「それがどうした、とっととあいつらにボコられて俺だけ先に行かせろ」
「後生ですから置いてかないでください」
こいつは!
まさかこいつがここまで本当に使えないやつだとは思わなかった。これでも本当に副隊長かよ。
このエミール、実はここの領主の息子だって事はキールから聞かされた。しかも内部に結構な数の協力者がいると聞いて、俺たちはこいつにつく兵を使って内側から子どもたちの避難を手伝わせようと考えていた。
俺が謁見の間でグズグズしてたせいで思っていた以上に囲まれてたのは確かにある。だがこいつと一緒じゃ捕まってる子供たちを逃がすどころか俺一人さえ退避出来そうもねえ。
蓋を開けてみればこの領城内にはこいつが思っていたほどの賛同者はいなかったらしい。謁見の間のすぐ下、二階の接待・パーティー用の大広間は普段使われていない。人気のないそこから西棟前の階段を降りて真っ直正面玄関から裏門に走れば俺は外に出れたし、そのまま下に階段を降りればエミールは地下の牢獄に行き着くはずだった。
ところが大広間を出て最初に出くわしたピラピラした服装の優男がエミールの顔を見るなり100年越しの敵にでも会ったというような凄い顔で「侵入者発見! キーロン皇太子の近衛兵エミールが侵入した!」と大声で叫びやがった。
途端何処から湧いて出たのかゴチャゴチャと大量のピラピラ野郎どもが溢れ出てきて……俺は仕方なくエミールを抱えたまま一目散に廊下を反対に向かって走り出した。「そこです、そこを右に曲がって、その使用人通路に入って、そこの扉開けて、二枚目のパネル引いて直ぐ閉めて、ほらあっちに扉が開いた、すぐ入って、後ろ閉めて!」と言った調子で俺の腕の中からエミールが指図ばかりしやがって、気がつけばこの通り壁と壁の間のヘンテコな通路にはまり込んでいた。
どうなってるのか、所々通路と重なっているので外に出なきゃならず、その度にまたエミールを抱えてこいつの指図で兵や貴族らしい連中に追い掛け回される。
近衛兵とか側近って言うなら分かるが何で誰もこいつにつかないんだ?
ここの領主が傀儡になっててそれに仕える主だった大臣たちまで全員ゾンビ状態なのを考えればもっとこいつにつく奴がいてもいいと思うんだが……
「あのエミール坊っちゃんはどっちへ逃げた?」
「今こそは積年の恨みを晴らしてやる!」
「僕の初恋の相手を奪いやがって!」
「ウチなんか俺の恋女房だぞっ!」
「俺なんて俺のお袋だ……」
「俺の可愛い妹をよくも!!」
「今日は晴れて領主の名であいつを引きずり出せるぞ」
「あんな野郎、いっそ引き裂いてやれ」
「いや、再起不能にして牢にでも放り込んでおいたほうが長く痛めつけられる!」
この辺で俺たちを探し回ってるのはどうやら上流貴族の坊ちゃんたちらしい。今の状況を冷静に判断すれば絶対キーロン陛下に付いた方が得策に決まってるのに、それを忘れさせるほど何かしら強い私怨が皆の心の中にはあるらしい。
「……なあ、お前一体何人の女を寝取ったんだ?」
間違いなく原因はこいつだ。全部こいつのせいだ。俺が思いっきり嫌な顔で聞いてるのにエミールは心外そうな顔でこちらを見返してくる。
「何を言います。僕は単に僕に惹かれてくる社交界の美しい蝶の申し出を断ったことがないだけですよ。美しい蝶が結婚だの家庭だのという陳腐な檻に大人しく収まらないのも、僕のような美しい花に群れるのも、所詮は自然の摂理です」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった」
何が悲しくてこんなところまできてこいつの痴情の縺れに足引っ張られなきゃなんねんだよ!
大きなため息を一つ、俺は外の様子を伺うために石の窓から外を覗いた。ここはまだ領城の上部だ。いくら俺でもこっから飛び降りたらただじゃ済まない。あゆみにもらった最終手段もできれば使いたくない。こんな目立つもん、何度も使ったら後片付けが大変だ。どうにかして周りの目をかいくぐって下の階へ降りたいんだが。
謁見室から逃げ出したまでは良かったんだが、二階から下へ行くはずの階段は既にすべて兵士にみはられてる。いくらこいつの知ってる抜け道を使って逃げ隠れしたところでこれだって外に出られるものは一つもない。
「なんで外に抜ける抜け道を作らねえんだ?」
俺が聞くと呆れた顔でエミールが答える。
「そんなのあるに決まってるじゃないですか。ただ、ここは僕の居城でしたからね。この中にお泊りになられる令嬢のお部屋にさえ行ければ僕には問題ありませんでしたから」
「……まさか知らないだけなのか?」
「何故僕が知ってるなんて思うんですか?」
つ、使えなすぎるこいつ!
下の騒ぎは段々激しくなっていくのにもかかわらずこっちにはまるっきり抜け出す手立てなし。
それどころか外の連中の検索の輪がだんだんここに向かって狭まってきてる気がする。
バッカス済まねえ。こっちはどうにも遅れちまいそうだ。
──その頃領城一階(キールの回想)──
「ネロのやつはまだ見つからないのか!?」
俺のイラつきのこもった怒声に若い兵士は硬直し、横に控えていた新政府代表の老人が一瞬心臓が止まったというように胸を押さえた。カールが慌てて爺さんの面倒を後援の連中に任せるために一旦後ろに下がる。それを見て俺の口から勝手にため息が漏れちまう。今のはあまり大将に相応しくない行動だった。
結局エントランスのあった地下一階を自力制圧し一階もあらかたこちらの勢力下に収めたにも関わらず、本来すでに逃げ出しているはずのネロが見つからない。
まさか謁見室から抜け出せなかったなんてことはないと思いたいが今回ばかりはなんとも言えん。
何よりあのエミールのバカが予想以上に使えなかった事が判明した。こちらに寝返ると踏んでいた上流貴族どもが何故か上階を占拠して動かない。上で何が起きてるのかと対応した兵に詳しい話を聞けば視線を泳がせながら「あの野郎よくも俺の姉ちゃんを~! 今日こそは遠慮なく切り落としてやる!」という雄叫びが響いていたのを聞いたと報告してきた。
もしネロがあいつを頼りに上階を回ってるんだとしたら自力では降りてこられない可能性も考える必要がある。
なんであのバカはこうも上級貴族に敵が多いんだ? 普段の行いがこういう時に邪魔をする。
まあ、実際にはエミールにつき従う者は階下の兵士や領城に勤める者たちの中にこそ多く、おがげで階下の制圧は思いのほか早く進んでいる。
城の裏側からも大きな音が響いてきているのはアルディ隊の陽動だろう。おかげで半数以上の兵士があちらに回ってくれたようだ。なんせこちらは一応正式な立場を持って開城を迫っている分、通常の兵士では勝手に手が出せまい。
攻城戦のネックになる城外からの侵入はあゆみの包弾(改2号)のお陰ですんなり片付いた。
俺のこの出で立ちとあの爆発音に気圧されて一階辺りを守備していた兵士どもの半数以上はすぐに投降してきた。
古老の中にはまだエミールを覚えている者や味方する者も多く、最初から一隊を引き連れてこちらについてくれている連中もいる。残りの反抗分子どもは上流貴族や領主から何かしらの恩恵を確約されていた連中だろう。そんな奴らも多勢に無勢で潮が引く様に投降していく。
「2階中央広間制圧完了しました」
「北回廊制圧完了!」
「最上階謁見の間の制圧完了しましたが大臣らしき者の遺体が大量に見つかりました」
やはり死んでたか。大方ネロとのやり取りで操るのを諦めたかネロにやられたか……
「二階から東棟に上がる階段付近に反抗勢力が集結しつつあるようです。このままですとあそこを拠点に籠城されかねません」
次から次へと上げられてくる完了報告に混じってきた最後の報告に神経を尖らす。
たった一つ残った問題がこの東棟だ。
「確か西の端にも上階に上がる階段があったはずだろう」
俺の質問に戻ってきたカールが答える。
「はい、そちらから最上階に上がって謁見の間を制圧したようですが、二階の中央広間の先の辺りにバリケードが築かれていて通り抜けが不可能となっています」
まずいな、確かここの領城は東棟の地下に抜け道が作られていたはずだ。多分その勢力は領主をそこから逃がすつもりだろう。
「なぜ東階段からの制圧にそんなに時間をかけてる?」
「そ、それは。どうも相手はナンシー公の側近とこの街の高位貴族のご子息たちらしく、こちらの兵が手を出しにくいようです」
「そんなもの力で落とせ!」
長く同じ領主が続くのは考え物だ。領民が全て自然と彼に従うようになってしまう。俺がそう叫びながら本隊を引き連れて一階の廊下を東に進み始めたその時、予期していなかった第三の爆発音が少し先の方で響いた。下にいた兵士たちが慌ててこちらに避難してくる。それは予定ではよっぽどの緊急事態以外では発火しない予定だったネロの手持ちのものだ。
チッ、ネロが危ないのか。
今回もそうだが、大将に祭り上げられちまったせいで最近はこの通り自分じゃ何も手が出せない。俺は号令をかけ、部隊を指示し、ここで最終的には結果を待つだけの身になってしまった。ジリジリと待つだけの時間に胃が痛くなる。
ここでネロに何かあったらあゆみになんていえばいいんだ?
そんな俺の心配を他所に、東棟のすぐ手前の天井が突然膨張を始め、光とともにストンと溶け落ちた。
「何事だ!」
数人の兵士が今の攻撃で視界を奪われてのたうってる。俺は前もって可能性を考えていたからギリギリ視力を奪われないうちに目を腕で覆うことが出来た。視界が晴れるとその向こう側から聞き慣れた声が響いてくる。
「悪い、遅れた。こいつが思っていた以上に本当に使えなくて結局自力で道を切り開くしかなくなっちまった」
床を切り抜いた衝撃とその向こうの砂埃の向こうからネロがエミールを俵のように担いで歩み出てきた。
「無事で何よりだ。その荷物はこちらで預かろう」
「おう、キーロン陛下。残念ながらあんたの予想はほぼ全部当たりだった。詳しくはこいつから聞いてくれ。ついでに反逆罪は十分適用できるだけの事を領主と大臣共にされてきてやったぞ。これで言い訳は十分だろ、あとは任せた」
ネロは気絶してるらしいエミールを俺のすぐ横に荷物の様に容赦なく放り出して最低限の報告を終わらせた。
「任されてやろう。あ、待てネロ。新中央政府庁舎前にあゆみから頼まれてたものが届いてたぞ」
「……マジでか」
一瞬たじろいだネロはだけど直ぐに気を取り直して門へ向かう。それを目の端に捉えながら俺は最後の仕上げに取り掛かった。
「ネロの報告は聞いたな。現時点を持ってナンシー公に帝国反逆罪を適用する。遠慮なく東棟を占拠してる者どもを落とせ!」
俺の掛け声を背にネロが人間離れしたスピードで俺の横を駆け抜けていった。
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私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む
めぐめぐ
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魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。
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婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を――
※終わりは読者の想像にお任せする形です
※頭からっぽで
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