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第8章 ナンシー
55 設立
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「さて、それじゃあ何からやりましょうか」
武器倉庫の片付けが終わり、十分なスペースの部屋に落ち着いた私にアリームさんが尋ねて来た。
ここは兵舎の一番端っこにある元武器倉庫。中に積み上げられてた武具が全部運び出し終わったのでみんな出て行っちゃって今建物の中には私たちしかいない。
ヴィクさんは外で新兵さんたちに武具の移動を指示してる。
「明日取り合えず俺の親父とその仲間の連中集めて農具の作成を依頼するけどな、どうもさっきのキーロン殿下の話じゃあゆみに何か他の物も作らせたいらしかったからな」
そう言ってピートルさんが端に寄せられていた椅子を引っ張ってきて広々とした部屋にぽつんと残されたテーブルに私たちの座る場所を作ってくれる。
「はい、えっと、ここに来て色々試したい事が出来ちゃったのと、黒猫君たちの戦闘の防具が作りたいんです」
私の言葉にピートルさんが顔をしかめる。
「それは俺じゃ余り役に立たないな。アリームだってやれる事は少ないだろ」
「ええ、木工では武具は作りませんからね」
そりゃそうだよね。でも。
「多分お二人にもお願いする事がたくさんあるんですけど、確かにまずはどんな職業の方の協力が必要なのか、協力をお願いできるのか考えて頂けると助かるんですが、どうでしょうか?」
私が今一つ自信なくそういうとピートルさんが破顔して答えてくれる。
「ああ、そういう事か。だったら大丈夫だ。俺もアリームもこの街には色々伝手がある。まずはじゃあ嬢ちゃんの説明を聞こう」
ピートルさんがそう言うとアリームさんも優しく微笑みながら頷いてくれた。
それに背を押されて私は今まで考えていた物を一つ一つ説明し始めた。
「ヴィクさん、申し訳ないんですけど私の部屋からわら半紙とペンとインクをこっちに持ってきてもらえますか?」
「後なんか食いもん頼む。当分かかるぞこれは」
「あ、僕も手伝います」
説明が進むにつれて言葉だけじゃ説明できなくなり、とうとう手の空いていたヴィクさんにお手伝いをお願いする。
「あ、今のうちにキーロン殿下から資金を貰ってきておかないと。明日は朝から買い出しでしょうし」
「そうだな、後は人を雇うにも金がかかる」
「そちらは殿下に直接請求を出してもらうといいだろう」
それだけ言ってヴィクさんがアリームさんと出て行ってしまった。
「それにしても嬢ちゃん、前に図面貰った時も思ったが、あんた結構こういう事できるんだな」
ピートルさんにそんな事をいわれてしまうと胸が痛い。
「ええっと私のは本当にかじった程度で実際には余りやった事はないんです。ですからピートルさんが見ておかしかったら教えてください」
私の答えを聞いたピートルさんが少し恥ずかしそうに笑う。
「嬢ちゃんは素直だな。あのネロの野郎も少しは見習えばいい」
黒猫君、言われてるよ。
「でも黒猫君のおかげで私もいま人並みに生活できてますから私はすごく感謝してるんですよ」
「そうかい。ならいいがな」
そう言ってまた軽く微笑んだ。
紙が届いて一気に話が進んだ。やっぱり紙に描いて見せるのって効果的だな。でもいくらわら半紙でもちょっともったいないって私が言うと、「このまま残して教本にするから勿体ないなんてことはないぞ」とピートルさんが背中を叩いてくれた。
ようやく明日買わなければならない物のリストが出来て、ピートルさんたちも連絡をつける人たちが決まって。そこでピートルさんが突然とんでもない事をいいだした。
「嬢ちゃん。思うんだけどな。ネロは正しいよ。あんたの知識はあんまり誰にでも広めねえほうがいいな」
黒猫君ならともかく、まさかピートルさんにそう言われるとは思っていなかった私はびっくりして聞き返した。
「な、なんでですか?」
「正直言って金になりすぎるぞ」
「僕もそう思います」
ピートルさんの返事に即座にアリームさんが同意する。
「確かに嬢ちゃんは自分では大したもん作ったことなかったんだろうな、言ってることは突拍子もないしやるには金がかかりそうだ。だが俺には分かる。多分ちょっとわかってるやつが工夫してやれば全部物になるし出来ちまったらとんでもなく価値が出る」
そこでピートルさんの目がちょっとだけ怖い色に染まった。
「でもって出てきたもんを見ちまったらそう思うのは俺だけじゃないだろうよ。そうすっとな、お前さんをさらってでもその知識を絞り出そうって連中が出てくるぞ」
ピートルさんの言葉にアリームさんがうんうんと頷いてる。少し離れた所で私たちの様子を伺っていたヴィクさんが顔をしかめた。
「だからな、いっそここで作るものは誰が作ったのか分からなくしちまおう」
「へ?」
「これからココで作ったもんは『王立研究機関作成』って張り付けて名前はなしだ」
「いいですね。それなら必要な技術がある者を誰でも参加させられるし信用も付けられる。本人たちも自分が関わった部分以外知らぬ存ぜぬで通せる」
アリームさんが両手を上げて賛成する。
「そんな私達に都合のいい条件で皆さん働いてくれますかね?」
「嬢ちゃん、あんたが持ってる知識ってのはそれを押しても学びたいと思うようなものばかりだ。間違いなく集まるぞ」
私の不安そうな質問にピートルさんが私のさっき書きつけたわら半紙の束をパラパラやりながら笑って答えてくれた。
そっか、そんな事も出来るのか。私はちょっと嬉しくなって返事をした。
「それ凄いです。それならバンバン新しいもの作っちゃっても大丈夫ですよね」
「待てあゆみ、それはネロ殿に私が怒られる。少なくとも私が見張ってるからちゃんと私を通してくれ」
すかさずヴィクさんがそう言った。
「ああ、ネロじゃないがあゆみの知識や案を研究・記録するのと何かを作るのは別だ。何を作るかは必ずこの4人で話し合ってからにしてくれ」
ピートルさんはどうやら私より良識人のようだ。これなら私が少しくらい暴走してもきっとなんとかしてくれる。
私が期待でドキドキと高鳴る胸を押さえているとピートルさんが窓の外に顔を向けた。
「じゃあ、今日はこれくらいであっちのパーティーに加わるか」
言われて気づいたがどうやら授与式が終わったみたいで遠くから大声で笑う声が響いて来ていた。
「でも私たち兵士じゃないのにいいんですかね?」
「キーロン殿下がそんなケチな事言うわけないだろ」
そう言ってピートルさんはそのまま立ち上がった。
食堂は既に人の山だった。キールさんたちもいてすぐに目ざとく私たちを見つけて手招きしてくれる。
「そっちは終わったのか?」
「はい、大体予定が立ちました。明日は買い出しに行ってもらって作業を始めます」
私の答えに満足そうに頷いたキールさんの横でエミールさんがすかさず立ち上がって私の席を自分の横に準備し始める。それを見たヴィクさんがさりげなくキールさんの目の前に座っていた男性に声をかけて私たちの席を確保してくれた。エミールさんの横の開いた椅子には自分が行って座ってくれる。どうもエミールさんはヴィクさんが少し苦手みたいだ。さっきもそうだったけど、ヴィクさんにはまるっきり手を出そうとしない。
「ほら嬢ちゃん、飲みもんだ」
「あ、ありがとうございます」
ヴィクさんとエミールさんを見てる間にピートルさんが回ってきたゴブレットを私の分も確保して渡してくれた。一口口をつけてびっくり。甘くて美味しい!
「こ、これすごい美味しい!」
「ああ、ここの街の定番だからな。北から送られてくるリンゴを使って作ってんだ」
訳知り顔にピートルさんが教えてくれる。リンゴの自然な甘みなんだけど、かなり味が濃くて癖になりそう。気のせいじゃなくちょっとだけ発泡してる。うわ、炭酸なんてあったんだ!
久しぶりの贅沢な甘味に喜びが抑えきれず、私はグビグビと煽ってしまう。うう、幸せだぁ。
今日は色々あったけど結局好きな研究もしてよくなったし、これからもっと色んな人とこれを続けられるらしいし、資金は潤沢でやりたい放題。
「キールさん、私、もしかすると凄く幸せかもしれません」
思わず私がそう言うと、キールさんが驚いた様にこちらを見返した。
「あゆみ、そういうことはネロに言ってやれ」
「え? 黒猫君ですか? うーん、言っても笑われるだけなきもしますけどね」
私はちょっと照れてそう返してしまう。
「それならぜひ僕にその微笑みを分けてください」
「お前は黙ってろ」
すかさず横から口を挟んだエミールさんをキールさんが叩く。
ああ、でも本当に幸せだな。私が何をいってもちゃんと聞いてくれる人たちがいる。私が笑うと喜んでくれる人がいる。
黒猫君も早く帰ってくればいいのにな。
武器倉庫の片付けが終わり、十分なスペースの部屋に落ち着いた私にアリームさんが尋ねて来た。
ここは兵舎の一番端っこにある元武器倉庫。中に積み上げられてた武具が全部運び出し終わったのでみんな出て行っちゃって今建物の中には私たちしかいない。
ヴィクさんは外で新兵さんたちに武具の移動を指示してる。
「明日取り合えず俺の親父とその仲間の連中集めて農具の作成を依頼するけどな、どうもさっきのキーロン殿下の話じゃあゆみに何か他の物も作らせたいらしかったからな」
そう言ってピートルさんが端に寄せられていた椅子を引っ張ってきて広々とした部屋にぽつんと残されたテーブルに私たちの座る場所を作ってくれる。
「はい、えっと、ここに来て色々試したい事が出来ちゃったのと、黒猫君たちの戦闘の防具が作りたいんです」
私の言葉にピートルさんが顔をしかめる。
「それは俺じゃ余り役に立たないな。アリームだってやれる事は少ないだろ」
「ええ、木工では武具は作りませんからね」
そりゃそうだよね。でも。
「多分お二人にもお願いする事がたくさんあるんですけど、確かにまずはどんな職業の方の協力が必要なのか、協力をお願いできるのか考えて頂けると助かるんですが、どうでしょうか?」
私が今一つ自信なくそういうとピートルさんが破顔して答えてくれる。
「ああ、そういう事か。だったら大丈夫だ。俺もアリームもこの街には色々伝手がある。まずはじゃあ嬢ちゃんの説明を聞こう」
ピートルさんがそう言うとアリームさんも優しく微笑みながら頷いてくれた。
それに背を押されて私は今まで考えていた物を一つ一つ説明し始めた。
「ヴィクさん、申し訳ないんですけど私の部屋からわら半紙とペンとインクをこっちに持ってきてもらえますか?」
「後なんか食いもん頼む。当分かかるぞこれは」
「あ、僕も手伝います」
説明が進むにつれて言葉だけじゃ説明できなくなり、とうとう手の空いていたヴィクさんにお手伝いをお願いする。
「あ、今のうちにキーロン殿下から資金を貰ってきておかないと。明日は朝から買い出しでしょうし」
「そうだな、後は人を雇うにも金がかかる」
「そちらは殿下に直接請求を出してもらうといいだろう」
それだけ言ってヴィクさんがアリームさんと出て行ってしまった。
「それにしても嬢ちゃん、前に図面貰った時も思ったが、あんた結構こういう事できるんだな」
ピートルさんにそんな事をいわれてしまうと胸が痛い。
「ええっと私のは本当にかじった程度で実際には余りやった事はないんです。ですからピートルさんが見ておかしかったら教えてください」
私の答えを聞いたピートルさんが少し恥ずかしそうに笑う。
「嬢ちゃんは素直だな。あのネロの野郎も少しは見習えばいい」
黒猫君、言われてるよ。
「でも黒猫君のおかげで私もいま人並みに生活できてますから私はすごく感謝してるんですよ」
「そうかい。ならいいがな」
そう言ってまた軽く微笑んだ。
紙が届いて一気に話が進んだ。やっぱり紙に描いて見せるのって効果的だな。でもいくらわら半紙でもちょっともったいないって私が言うと、「このまま残して教本にするから勿体ないなんてことはないぞ」とピートルさんが背中を叩いてくれた。
ようやく明日買わなければならない物のリストが出来て、ピートルさんたちも連絡をつける人たちが決まって。そこでピートルさんが突然とんでもない事をいいだした。
「嬢ちゃん。思うんだけどな。ネロは正しいよ。あんたの知識はあんまり誰にでも広めねえほうがいいな」
黒猫君ならともかく、まさかピートルさんにそう言われるとは思っていなかった私はびっくりして聞き返した。
「な、なんでですか?」
「正直言って金になりすぎるぞ」
「僕もそう思います」
ピートルさんの返事に即座にアリームさんが同意する。
「確かに嬢ちゃんは自分では大したもん作ったことなかったんだろうな、言ってることは突拍子もないしやるには金がかかりそうだ。だが俺には分かる。多分ちょっとわかってるやつが工夫してやれば全部物になるし出来ちまったらとんでもなく価値が出る」
そこでピートルさんの目がちょっとだけ怖い色に染まった。
「でもって出てきたもんを見ちまったらそう思うのは俺だけじゃないだろうよ。そうすっとな、お前さんをさらってでもその知識を絞り出そうって連中が出てくるぞ」
ピートルさんの言葉にアリームさんがうんうんと頷いてる。少し離れた所で私たちの様子を伺っていたヴィクさんが顔をしかめた。
「だからな、いっそここで作るものは誰が作ったのか分からなくしちまおう」
「へ?」
「これからココで作ったもんは『王立研究機関作成』って張り付けて名前はなしだ」
「いいですね。それなら必要な技術がある者を誰でも参加させられるし信用も付けられる。本人たちも自分が関わった部分以外知らぬ存ぜぬで通せる」
アリームさんが両手を上げて賛成する。
「そんな私達に都合のいい条件で皆さん働いてくれますかね?」
「嬢ちゃん、あんたが持ってる知識ってのはそれを押しても学びたいと思うようなものばかりだ。間違いなく集まるぞ」
私の不安そうな質問にピートルさんが私のさっき書きつけたわら半紙の束をパラパラやりながら笑って答えてくれた。
そっか、そんな事も出来るのか。私はちょっと嬉しくなって返事をした。
「それ凄いです。それならバンバン新しいもの作っちゃっても大丈夫ですよね」
「待てあゆみ、それはネロ殿に私が怒られる。少なくとも私が見張ってるからちゃんと私を通してくれ」
すかさずヴィクさんがそう言った。
「ああ、ネロじゃないがあゆみの知識や案を研究・記録するのと何かを作るのは別だ。何を作るかは必ずこの4人で話し合ってからにしてくれ」
ピートルさんはどうやら私より良識人のようだ。これなら私が少しくらい暴走してもきっとなんとかしてくれる。
私が期待でドキドキと高鳴る胸を押さえているとピートルさんが窓の外に顔を向けた。
「じゃあ、今日はこれくらいであっちのパーティーに加わるか」
言われて気づいたがどうやら授与式が終わったみたいで遠くから大声で笑う声が響いて来ていた。
「でも私たち兵士じゃないのにいいんですかね?」
「キーロン殿下がそんなケチな事言うわけないだろ」
そう言ってピートルさんはそのまま立ち上がった。
食堂は既に人の山だった。キールさんたちもいてすぐに目ざとく私たちを見つけて手招きしてくれる。
「そっちは終わったのか?」
「はい、大体予定が立ちました。明日は買い出しに行ってもらって作業を始めます」
私の答えに満足そうに頷いたキールさんの横でエミールさんがすかさず立ち上がって私の席を自分の横に準備し始める。それを見たヴィクさんがさりげなくキールさんの目の前に座っていた男性に声をかけて私たちの席を確保してくれた。エミールさんの横の開いた椅子には自分が行って座ってくれる。どうもエミールさんはヴィクさんが少し苦手みたいだ。さっきもそうだったけど、ヴィクさんにはまるっきり手を出そうとしない。
「ほら嬢ちゃん、飲みもんだ」
「あ、ありがとうございます」
ヴィクさんとエミールさんを見てる間にピートルさんが回ってきたゴブレットを私の分も確保して渡してくれた。一口口をつけてびっくり。甘くて美味しい!
「こ、これすごい美味しい!」
「ああ、ここの街の定番だからな。北から送られてくるリンゴを使って作ってんだ」
訳知り顔にピートルさんが教えてくれる。リンゴの自然な甘みなんだけど、かなり味が濃くて癖になりそう。気のせいじゃなくちょっとだけ発泡してる。うわ、炭酸なんてあったんだ!
久しぶりの贅沢な甘味に喜びが抑えきれず、私はグビグビと煽ってしまう。うう、幸せだぁ。
今日は色々あったけど結局好きな研究もしてよくなったし、これからもっと色んな人とこれを続けられるらしいし、資金は潤沢でやりたい放題。
「キールさん、私、もしかすると凄く幸せかもしれません」
思わず私がそう言うと、キールさんが驚いた様にこちらを見返した。
「あゆみ、そういうことはネロに言ってやれ」
「え? 黒猫君ですか? うーん、言っても笑われるだけなきもしますけどね」
私はちょっと照れてそう返してしまう。
「それならぜひ僕にその微笑みを分けてください」
「お前は黙ってろ」
すかさず横から口を挟んだエミールさんをキールさんが叩く。
ああ、でも本当に幸せだな。私が何をいってもちゃんと聞いてくれる人たちがいる。私が笑うと喜んでくれる人がいる。
黒猫君も早く帰ってくればいいのにな。
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