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第8章 ナンシー
47 テンサイ
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やっと部屋の水も片付き、あの変な布の包も全て俺たちの部屋から使われていない倉庫へと移動し終えた頃ヴィクがキールからの呼び出しを伝えに来た。
「子どもたちは私が見ていますから急いで向かってください」
どんな緊急な用かと急いであゆみと向かえば何のことはない、シモンについて説明が欲しいということだった。こっちだって今緊急事態だったってのにたまったもんじゃない。
「ヴィクの説明で足りなかったのかよ?」
執務室に入りながら俺が声を掛けるとキールが参ったという顔でこちらを見る。
「いや、説明の途中でヴィクが黙り込んでしまったから話が続かなくてな」
「何やってんだよ」
「彼女たちが処分したはずのテンサイが不思議な事にこちらの畑で沢山育っている件について私が質問した事で彼女のご機嫌を損ねてしまったようですよ」
シモンがまた慇懃な言葉で文句を言う。
「それに対してヴィクが『私たちは決して貧民の食べ物をカツアゲするような真似はしていない。全て切り刻んで裏に捨てた』の一点張りで話が進まなくなってな」
「それにしては裏の畑のテンサイは良く育っているようですがね」
ああ、それでか。
多分ヴィクは俺たちの事を考えて裏の畑の事を細かく説明できなかったんだろうな。それで代わりに俺たちを呼びに来たわけか。
話始める前にあゆみを促してキールの前の空いている椅子に座らせ、俺はその膝の上に陣取った。別にあゆみの膝がよかったっていうんじゃない、他に空いている椅子がなかったんだ。
もちろん言い訳だが。
俺たちが席に着くとすかさずシモンが質問を始めた。
「失礼ですがそこの女性はどなたでしょうか? 今この場で一緒にお話をする必要のあるかたですか?」
それを受けて俺が止める間もなくあゆみが返事を始めてしまった。
「ああ、すみません、ご挨拶もしないで。私、あゆみと申します。キーロン殿下の秘書官を黒猫君と二人で請け負っています」
あ、しまった。あゆみに口止めするのを忘れてた。あゆみの言葉を聞いたシモンが片眉を上げて俺を睨んだ。
「それは初耳ですね。この状況で『黒猫君』というのは無論こちらのネロさんの事だと思うのですが」
「はい、そうですよ。まあ、黒猫君というのはもう私だけが呼んでいる愛称の様な物で基本彼も人間の姿で過ごしてるんですけどね。明日には多分普通に人間の姿でご挨拶出来ると思いますよ」
「あゆみ、お前は一度黙れ」
どこまでも情報を垂れ流すあゆみを遮って俺はそう言いながらあゆみの手を踏みつける。こいつはいつもながらペラペラといらない事まですぐ喋って!
「ほう、では彼が人型に戻るという話は本当なのですね。驚きました」
「そう言っただろう」
俺の言葉は誰も信じなかったくせにシモンはあっさりとあゆみの言葉を信じた様だ。少し不機嫌に答えた俺にシモンが何事もなかったように続けた。
「それではこちらの畑の件も説明していただけるのでしょうか?」
俺ではなくあゆみを見ながらシモンが問いかけるのをもう一度あゆみの手を強く踏みつけながら俺が口を挟んで止める。
「シモン、ヴィクがお前に誤解されるような話しかたをしたのは俺とあゆみに気を使っての事だろう。あの畑の辺りにテンサイが育っちまってたとしたらそれは単にたまたまそこに残っていたテンサイの根が魔力に反応して育っちまっただけだ」
「魔力ですか?」
「ああ。だが、これ以上はあんたらの方針が決まるまで話せない」
必要最低限の情報は与えたがそれ以上はキッパリと断る。
不満そうにこちらを見つめるシモンと俺がにらみ合いをはじめたので、やっと隙が出来たとでもいうようにあゆみが勢い込んで尋ねて来た。
「ちょっと待って黒猫君、さっきっから話に出てきてるテンサイってなに?」
「テンサイってのは砂糖の原料の一つだ。カブの様な野菜でその根に甘みがある。それを抽出すると砂糖を作る事が出来る」
「ええ! じゃあ今すぐ作ろう! 私頑張るから」
俺の言葉を聞いたあゆみは俺が膝に乗ってるのも忘れて弾かれたように立ち上がろうとする。
振り落とされそうになった俺は慌ててあゆみの足にしがみつきながら今にも飛び出しそうな勢いのあゆみを止めた。
「ま、待て! お前はこれ以上頑張らなくていい! お前が頑張ると余計問題が大きくなる」
俺の言葉に少なからず不満そうなあゆみを他所にキールが確認する様にこちらに問いかけてくる。
「ネロ、今までの話を総合すると昨日お前が借り出した畑にテンサイが育ってるってのは本当なんだな?」
もう少し状況を確認してからキールと話し合いたかったのだが仕方ない。
「ああ。シモンが見たっていうなら間違いないだろうな。さっきも言ったように不可抗力だ。そこでだキール、ここで……」
「いいぞ」
俺の言葉が終わらないうちにキールがニヤリと笑って口を挟んだ。
「……まだ俺なんにも言ってねえだろ?」
したり顔を向けてくるキールに少し不安になった俺にキールが続けた。
「テンサイを作りたいって言うんだろ。しかも教会に縛られずに」
余りにあっさりと答えるキールに俺のほうが拍子抜けしてしまう。
それでも乗り気なキールに安心して俺も自分の考えを説明する。
「ああ。ここのテンサイは教会だけが作れることになってるって聞いた。だけどそれがもし本当に初代王の意向によりってんなら俺たちでどうとでも出来るだろ?」
「その通りだ。まあ、法的な変更を行うのは俺が戴冠してからになるが、実際の栽培の問題点を確認するためにここで実験的に作っていることにしておけば問題ない」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなに簡単に決めてしまっていいんですか? あなたはまだ『戴冠』されてないでしょう?」
どこまでも先へ先へと決めていく俺たちの様子を見ていたシモンが驚いてキールに声を掛けた。
それを見やってキールが俺に聞いてくる。
「それで結局この男はなぜここに来たんだ?」
ヴィクのやつそれも話してなかったのか。
俺はため息交じりに説明をはじめた。
「シモンはここの貧民街のエルフのまとめ役だそうだ。朝報告したとおり貧民街でこいつらの話を色々聞きながらあんたの事も説明したんだが俺の話だけじゃ信用ならないんだとよ。キール、あんた本人を見て判断したいらしい」
俺の説明を聞いたキールは少し考えてからシモンに向き直った。
「いいだろうシモン、君の質問に答えよう。俺は戴冠する。それはもう決定事項だ。そして俺が戴冠したら教会の悪い慣習に関しては全面的に廃止させるつもりでいる。それは今回の件に留まらない。教会が今後も布教にいそしむ事自体に関しては文句を言うつもりはない。だがそれは一宗教としての範囲でだ」
そこで一旦言葉を切って少し砕けた口調でまた続ける。
「それに別に簡単に決断しているつもりはないぞ。砂糖は嗜好品であるとともに非常に栄養価の高い食品でもある。それを一部の裕福な者が独り占めにしている現在の状況には俺だって常々頭にきていた。これでも貧乏所帯の軍を長く率いて来た身だ。その必要性は誰よりもよく知っている」
キールの答えを聞いて黙り込んだシモンを他所に今度は俺がキールに声をかける。
「そういえばイモは貧民街で結構作られてたがここでも不評みたいだな。食い物にありつけない貧民街の奴らが食ってるだけで他に出荷はしてないようだった。それからいくつか他では見なかった野菜もあったから勝手に仕入れて来た。こっちも裏の畑を広げて栽培したいと思ってる」
「それは構わない。新兵を使え。訓練代わりにいいだろう。イモの件はトーマスが今夜こちらに来るはずだ。あいつに任せろ。お前は他にやる事があるだろう?」
そういってキールがニタリと笑う。
「じゃあトーマスにまた炊き出しでもさせるか」
俺がそう返すと一つ小さく頷いてキールが改めてシモンに向き直りその場を纏める様に口を開いた。
「シモン、君が俺たちの施政を見たいというならこの二人について暫くここに留まる事を許可しよう。また俺に質問があるなら時間が許す限りいつでも受けよう。ただしこれから軍の動きが活発になる。この二人から離れての活動はいらない誤解を生む結果になるだけだから慎んでもらいたい」
「それは構いません。元々私が興味があるのはこちらの軍ではなくあなた自身なのですから」
先ほどのやり取りを反芻している様子のシモンはまだ少し心ここにあらずの様子で静かに俺たちに答えた。
「子どもたちは私が見ていますから急いで向かってください」
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「ヴィクの説明で足りなかったのかよ?」
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「何やってんだよ」
「彼女たちが処分したはずのテンサイが不思議な事にこちらの畑で沢山育っている件について私が質問した事で彼女のご機嫌を損ねてしまったようですよ」
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ああ、それでか。
多分ヴィクは俺たちの事を考えて裏の畑の事を細かく説明できなかったんだろうな。それで代わりに俺たちを呼びに来たわけか。
話始める前にあゆみを促してキールの前の空いている椅子に座らせ、俺はその膝の上に陣取った。別にあゆみの膝がよかったっていうんじゃない、他に空いている椅子がなかったんだ。
もちろん言い訳だが。
俺たちが席に着くとすかさずシモンが質問を始めた。
「失礼ですがそこの女性はどなたでしょうか? 今この場で一緒にお話をする必要のあるかたですか?」
それを受けて俺が止める間もなくあゆみが返事を始めてしまった。
「ああ、すみません、ご挨拶もしないで。私、あゆみと申します。キーロン殿下の秘書官を黒猫君と二人で請け負っています」
あ、しまった。あゆみに口止めするのを忘れてた。あゆみの言葉を聞いたシモンが片眉を上げて俺を睨んだ。
「それは初耳ですね。この状況で『黒猫君』というのは無論こちらのネロさんの事だと思うのですが」
「はい、そうですよ。まあ、黒猫君というのはもう私だけが呼んでいる愛称の様な物で基本彼も人間の姿で過ごしてるんですけどね。明日には多分普通に人間の姿でご挨拶出来ると思いますよ」
「あゆみ、お前は一度黙れ」
どこまでも情報を垂れ流すあゆみを遮って俺はそう言いながらあゆみの手を踏みつける。こいつはいつもながらペラペラといらない事まですぐ喋って!
「ほう、では彼が人型に戻るという話は本当なのですね。驚きました」
「そう言っただろう」
俺の言葉は誰も信じなかったくせにシモンはあっさりとあゆみの言葉を信じた様だ。少し不機嫌に答えた俺にシモンが何事もなかったように続けた。
「それではこちらの畑の件も説明していただけるのでしょうか?」
俺ではなくあゆみを見ながらシモンが問いかけるのをもう一度あゆみの手を強く踏みつけながら俺が口を挟んで止める。
「シモン、ヴィクがお前に誤解されるような話しかたをしたのは俺とあゆみに気を使っての事だろう。あの畑の辺りにテンサイが育っちまってたとしたらそれは単にたまたまそこに残っていたテンサイの根が魔力に反応して育っちまっただけだ」
「魔力ですか?」
「ああ。だが、これ以上はあんたらの方針が決まるまで話せない」
必要最低限の情報は与えたがそれ以上はキッパリと断る。
不満そうにこちらを見つめるシモンと俺がにらみ合いをはじめたので、やっと隙が出来たとでもいうようにあゆみが勢い込んで尋ねて来た。
「ちょっと待って黒猫君、さっきっから話に出てきてるテンサイってなに?」
「テンサイってのは砂糖の原料の一つだ。カブの様な野菜でその根に甘みがある。それを抽出すると砂糖を作る事が出来る」
「ええ! じゃあ今すぐ作ろう! 私頑張るから」
俺の言葉を聞いたあゆみは俺が膝に乗ってるのも忘れて弾かれたように立ち上がろうとする。
振り落とされそうになった俺は慌ててあゆみの足にしがみつきながら今にも飛び出しそうな勢いのあゆみを止めた。
「ま、待て! お前はこれ以上頑張らなくていい! お前が頑張ると余計問題が大きくなる」
俺の言葉に少なからず不満そうなあゆみを他所にキールが確認する様にこちらに問いかけてくる。
「ネロ、今までの話を総合すると昨日お前が借り出した畑にテンサイが育ってるってのは本当なんだな?」
もう少し状況を確認してからキールと話し合いたかったのだが仕方ない。
「ああ。シモンが見たっていうなら間違いないだろうな。さっきも言ったように不可抗力だ。そこでだキール、ここで……」
「いいぞ」
俺の言葉が終わらないうちにキールがニヤリと笑って口を挟んだ。
「……まだ俺なんにも言ってねえだろ?」
したり顔を向けてくるキールに少し不安になった俺にキールが続けた。
「テンサイを作りたいって言うんだろ。しかも教会に縛られずに」
余りにあっさりと答えるキールに俺のほうが拍子抜けしてしまう。
それでも乗り気なキールに安心して俺も自分の考えを説明する。
「ああ。ここのテンサイは教会だけが作れることになってるって聞いた。だけどそれがもし本当に初代王の意向によりってんなら俺たちでどうとでも出来るだろ?」
「その通りだ。まあ、法的な変更を行うのは俺が戴冠してからになるが、実際の栽培の問題点を確認するためにここで実験的に作っていることにしておけば問題ない」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなに簡単に決めてしまっていいんですか? あなたはまだ『戴冠』されてないでしょう?」
どこまでも先へ先へと決めていく俺たちの様子を見ていたシモンが驚いてキールに声を掛けた。
それを見やってキールが俺に聞いてくる。
「それで結局この男はなぜここに来たんだ?」
ヴィクのやつそれも話してなかったのか。
俺はため息交じりに説明をはじめた。
「シモンはここの貧民街のエルフのまとめ役だそうだ。朝報告したとおり貧民街でこいつらの話を色々聞きながらあんたの事も説明したんだが俺の話だけじゃ信用ならないんだとよ。キール、あんた本人を見て判断したいらしい」
俺の説明を聞いたキールは少し考えてからシモンに向き直った。
「いいだろうシモン、君の質問に答えよう。俺は戴冠する。それはもう決定事項だ。そして俺が戴冠したら教会の悪い慣習に関しては全面的に廃止させるつもりでいる。それは今回の件に留まらない。教会が今後も布教にいそしむ事自体に関しては文句を言うつもりはない。だがそれは一宗教としての範囲でだ」
そこで一旦言葉を切って少し砕けた口調でまた続ける。
「それに別に簡単に決断しているつもりはないぞ。砂糖は嗜好品であるとともに非常に栄養価の高い食品でもある。それを一部の裕福な者が独り占めにしている現在の状況には俺だって常々頭にきていた。これでも貧乏所帯の軍を長く率いて来た身だ。その必要性は誰よりもよく知っている」
キールの答えを聞いて黙り込んだシモンを他所に今度は俺がキールに声をかける。
「そういえばイモは貧民街で結構作られてたがここでも不評みたいだな。食い物にありつけない貧民街の奴らが食ってるだけで他に出荷はしてないようだった。それからいくつか他では見なかった野菜もあったから勝手に仕入れて来た。こっちも裏の畑を広げて栽培したいと思ってる」
「それは構わない。新兵を使え。訓練代わりにいいだろう。イモの件はトーマスが今夜こちらに来るはずだ。あいつに任せろ。お前は他にやる事があるだろう?」
そういってキールがニタリと笑う。
「じゃあトーマスにまた炊き出しでもさせるか」
俺がそう返すと一つ小さく頷いてキールが改めてシモンに向き直りその場を纏める様に口を開いた。
「シモン、君が俺たちの施政を見たいというならこの二人について暫くここに留まる事を許可しよう。また俺に質問があるなら時間が許す限りいつでも受けよう。ただしこれから軍の動きが活発になる。この二人から離れての活動はいらない誤解を生む結果になるだけだから慎んでもらいたい」
「それは構いません。元々私が興味があるのはこちらの軍ではなくあなた自身なのですから」
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