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第8章 ナンシー
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「明日やっぱり少し自分で街の様子を見てきたいんだけどな」
夕食を食べ終わって部屋に戻りながら私を抱えた黒猫君が話し出した。
「あゆみ、お前まだ俺の固有魔法見てなかったろ。ちょっとお前に歩かせることになるかもしれないが明日の朝一緒に見にくるか?」
「え? いいの? もちろん見る! でもそれが街に行くのとどういう関係があるの?」
「ああ、言ってなかったか? 俺、固有魔法で魔力を使い切ると猫に戻るらしい」
「え!? 猫ってオリジナルの黒猫君?」
「お、オリジナルってお前なぁ」
「うわ! 猫に戻れるんだ。凄い」
そんな話は聞いてない!
猫の黒猫君に会えるのは凄く楽しみだ。って今も猫耳と尻尾はあるけど触らせてくれないし。
ちょっと興奮してる私を黒猫君がため息をつきながら見下ろして注意する。
「あゆみいいか。明日はアルディに頼んでついて来てもらうつもりだから俺が一旦猫になったら大人しく部屋に戻って絶対にどこにも出るなよ」
「うん、まかせて。大丈夫だよ」
「本当に分かってるのか? 明日はヴィクも借りてくつもりだから頼むからお前らは部屋で大人しくしててくれよ」
この前私が誘拐されちゃったのがよっぽどトラウマになってるのか素直に返事してるのにそれでも黒猫君が心配そうに見下ろしてる。
「そんなに繰り返さなくてもやる事もあるし大人しくしてるよ。ミッチちゃんもいるからもし必要なら助けてもらえるし」
「ミッチ?」
「ああ、あのね、ミッチちゃん驚くほど力持ちなんだよ? お風呂でヴィクさんが手伝えない時にミッチちゃんが私を持ちあげて運んでくれたの。もう余裕で」
「ミッチは力持ちぃ」
「ミッチ、力ある」
「お、おお。じゃあ俺がいなくても必要ならミッチに抱えてもらって動き回れるんだな」
黒猫君がちょっと微妙な顔でミッチちゃんを見てる。
「それより黒猫君、本当に街を出歩いて大丈夫なの?」
「猫の姿なら大丈夫だろ。普通道端の黒猫疑う奴なんていねーし」
「兄ちゃん、猫になるのか?」
私達の会話を聞いていたビーノ君が興味深そうに聞いてきた。
「ああ、明日な。多分一日で元に戻る。その間あゆみを頼むぞ」
黒猫君がかなり真剣にビーノ君に頼んでる。
その様子を見て突然思いいたった。最近あれだけ私を置いてくことを忌避してきた黒猫君が今回に限って自分が黒猫に戻ってまで出かけるのって。
もしかして黒猫君、ビーノ君たちが私と一緒にいてくれるから少し安心したのかな。
でも固有魔法を使うと猫に戻っちゃうってのは驚きだ。それは便利なような不便な様な。
部屋に戻るとミッチちゃんとダニエラちゃんが少し眠そうにベッドの上で丸くなる。ビーノ君もそのすぐ横でごろんと転がった。
「お姉ちゃん、なんかお話して?」
「あゆみ、お話、する?」
「こいつら甘え過ぎだ。ほっといていいぞ」
ビーノ君が二人をたしなめてるけど、そんな嬉しいお願いを何で断るはずがある!
私も三人のベッドに一緒に座らせてとお願いしたのに「それじゃこいつらが寝れない」といって黒猫君が私を抱えたままベッドの横に座り込んだ。
「黒猫君、なんかこれじゃあ私君を椅子代わりにしてるみたいで申し訳ないよ」
「気にするな、お前全く重くないし」
一応断ってみるけど軽くいなされてしまった。私は諦めて黒猫君の膝の上からみんなに話しかける。
「じゃあ桃太郎さんのお話でもいい?」
「モモたろう?」
「うん、桃から生まれた桃太郎」
「桃ってなに?」
「え? ここ桃はないの? えっとね、大きなスモモ、であってるのかな?」
「スモモがどんなに大きくたって人は入んねえぞ?」
「……プッ」
「ビーノ君、夢が無さすぎ。黒猫君も笑わない! これはおとぎ話なんだから」
「おとぎ話?」
「えっと、空想のお話。いいから聞いてみて。むかーしむかし。ある所にお爺さんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは森に柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしてると川上から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきました」
私が得意そうにお話を始めるとすぐにビーノ君がぼそりと呟く。
「ある所ってじいさんとばあさんだけで住んでんのか? 街の外に年寄り二人で住んでたらあっという間に飢え死んじまうぞ。しかもじいさん一人で森に入るなんて危ないだろ」
「……ビーノ君。君は暫く発言禁止」
「プククッ…ハハハ」
後ろで黒猫君が我慢しきれないって感じで笑いだした。
「ひどいよ黒猫君。こっちは一生懸命なのに」
「クハハ、あ……あ、悪い。だけどここで日本昔話は無理あるだろ」
「う、うるさいなぁ。私それしか思い出せないんだもん」
「仕方ねえ。じゃあ俺が代わってやるよ。お前ら人魚って知ってるか?」
そういって黒猫君が私の背中に寄りかかって肩越しにみんなに話しかける。
えっと、確かにそうしないと話しづらいと思うけどなんか近いよ、黒猫君。
「人魚?」
「ああ、遠い海にいる人と魚がくっついた生き物だ」
「ああ、魚人な。東の方の海を船で旅するといるらしいな。ワカメみたいな髪に息が生臭くてダミ声だって聞いた」
あ。いるんだ。黒猫君が固まった。
どうも下手な昔話は駄目っぽい。
私が考えあぐねてるとミッチちゃんが私の袖を引っ張った。
「ねえ、お姉ちゃんが子供のときのお話ききたい。お姉ちゃん、ほんとうに犬と猫とお話してたの?」
ああ。昼間の話を思い出したんだね。
「うん。毎日一緒にいて毎日お話ししてたよ。あの子たちは言葉では答えてはくれなかったけどちゃんといいたいことはお互い通じてたよ」
「どんなお話してたの?」
「え? えっとねぇ、今日は雨だから外に出れないねっとか、じゃあお家の中で遊ぼっとか。今日の夕食何だろうっとか。あと寒いから一緒に丸まろうっとか」
「ミッチたちと一緒?」
「そうだね。ミッチちゃんたちと話してるのと同じだね。たとえばね。前に私のいた所はよく雨が降るところだったんだけどね、雨の日は雨雲が厚くてお日様がかげって少し周りが薄暗くなるの。うちの縁側はお天気の日にはみんなで寝転ぶのに最高なんだけど、雨の日には雨が吹き込んでビチョビチョになっちゃうの。だけどそんな日はその縁側で跳ねる雨の音が部屋の中に響いてくるのが凄く幻想的でね。窓と障子ごしに雨の音と窓についた雨の影が部屋の中の様子を変えてね、みんなでいっしょに床に丸まってるといつもよりぼんやりとした光とちょっと鈍い水音に包まれてみんなで水の中に浮いてるみたいな変な気分になれるの……」
私のとりとめもない思い出話は多分ミッチちゃん達には半分くらい分からないはず。だけどみんな幸せそうに静かに聞きいっていた。
でもしばらくするとお話を聞きながらみんなの瞼が落ちていって。気が付けば3人とも寝息を立てていた。
「いいな。お前んち。凄く居心地が良さそうだ」
それまで静かに子供たちと私の話を聞いていた黒猫君がぼそりと後ろで呟いた。私も話ながら久しぶりに昔のお家を思い出してた。
「うん。凄く居心地のいい場所だったの。だから失いたくなかった。でもね、もうないんだよ。みんないなくなっちゃった」
「?」
無言で横から私の顔を覗き込んで黒猫君が問いかけてくる。
「言ったでしょ。私の両親が来て私も学校に行き始めたって。しばらくして気がついたの。もうおばあちゃんもいないし私一人じゃこの子たちとずっと一緒にいられる保証なんてないんだって。学校にいる間は家にはお手伝いさんしかいないしそれ以来両親もたまに勝手に上がり込んで家でなんかしてたし。正直いつあの場所を追い出されるか分からないって感じてたから」
黒猫君が私を抱えたまま後のベッドに寄りかかる。私も黒猫君に引っ張られて黒猫君に寄りかかる。
私はやけに居心地のいい黒猫君の腕の中で少し安心して言葉を続けた。
「保健所の事も学校のみんなから聞いて。連れていかれたり追い出されないうちにって、一生懸命みんなの引き取り手を探したの。小さい子たちは学校の友達の家とかですぐに貰い手が付いてちゃんと相手の人にもあって手渡してきた。犬はいつも散歩に行く近所のお寺さんが欲しいって言ってくれて。逞しい猫達は私の気配を察したのかいつの間にか自分たちで近所の他の家をねぐらに変えてた。結局年取った猫が一匹最後まで家に残って。その子も私が大学に入る前に死んじゃった」
黒猫君の胸が背中に当たってる。でもドキドキするより今は安心してしまう。温かくて。
「こっちに来た頃にはもう家に帰っても誰もいなくなっててね。何となくちゃんと生きてるようでいて、なんで生きてるのかちょっと分からなくなってきてた」
「寂しかったんだな」
ぼそりと黒猫君が頭の後ろで呟いた。
「え?」
「違うのか?」
「そ、そうだったのか。私寂しかったんだ」
そうか。あれは寂しいって気持ちだったんだ。
ああ、だから今日泣いちゃったんだ私。久しぶりにあの頃みたいに寂しくなかったから。
黒猫君の言葉が凄く素直に胸にしみ込んだ。
しばらく無言でいたら黒猫君がその大きな手で私の頭を撫でまわしはじめた。
折角ヴィクさんが仕上げてくれた編み込みが崩れて凄い事になる。すぐに黒猫君が結ってあった紐を外して髪をほぐし始めた。
私はちょっと胸が痛くなって急いで言葉を続けた。
「でもね、もう寂しくないみたい。みんなのおかげかな」
「そうだな」
私の髪をほぐし終えた黒猫君が私を抱えて立ち上がった。そのままベッドに移してくれる。
寝巻に着替えながら話し続けた。どうせ黒猫君はこっちを見ないから安心して着替える。
「黒猫君?」
「なんだ」
「明日もしかして貧民街に行く?」
「よく分かったな」
「バッカスに頼むだけじゃ駄目だもんね」
「そういう事だ」
着替え終わって布団に入って。黒猫君も隣で寝てる。
「気を付けてね」
「んあ?」
「待ってるからね」
「ああ。お前も出歩くなよ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
静かな部屋に沢山の寝息。それが雨の日の縁側に跳ねる水音みたいで。なんかすごく心が落ち着いた。
夕食を食べ終わって部屋に戻りながら私を抱えた黒猫君が話し出した。
「あゆみ、お前まだ俺の固有魔法見てなかったろ。ちょっとお前に歩かせることになるかもしれないが明日の朝一緒に見にくるか?」
「え? いいの? もちろん見る! でもそれが街に行くのとどういう関係があるの?」
「ああ、言ってなかったか? 俺、固有魔法で魔力を使い切ると猫に戻るらしい」
「え!? 猫ってオリジナルの黒猫君?」
「お、オリジナルってお前なぁ」
「うわ! 猫に戻れるんだ。凄い」
そんな話は聞いてない!
猫の黒猫君に会えるのは凄く楽しみだ。って今も猫耳と尻尾はあるけど触らせてくれないし。
ちょっと興奮してる私を黒猫君がため息をつきながら見下ろして注意する。
「あゆみいいか。明日はアルディに頼んでついて来てもらうつもりだから俺が一旦猫になったら大人しく部屋に戻って絶対にどこにも出るなよ」
「うん、まかせて。大丈夫だよ」
「本当に分かってるのか? 明日はヴィクも借りてくつもりだから頼むからお前らは部屋で大人しくしててくれよ」
この前私が誘拐されちゃったのがよっぽどトラウマになってるのか素直に返事してるのにそれでも黒猫君が心配そうに見下ろしてる。
「そんなに繰り返さなくてもやる事もあるし大人しくしてるよ。ミッチちゃんもいるからもし必要なら助けてもらえるし」
「ミッチ?」
「ああ、あのね、ミッチちゃん驚くほど力持ちなんだよ? お風呂でヴィクさんが手伝えない時にミッチちゃんが私を持ちあげて運んでくれたの。もう余裕で」
「ミッチは力持ちぃ」
「ミッチ、力ある」
「お、おお。じゃあ俺がいなくても必要ならミッチに抱えてもらって動き回れるんだな」
黒猫君がちょっと微妙な顔でミッチちゃんを見てる。
「それより黒猫君、本当に街を出歩いて大丈夫なの?」
「猫の姿なら大丈夫だろ。普通道端の黒猫疑う奴なんていねーし」
「兄ちゃん、猫になるのか?」
私達の会話を聞いていたビーノ君が興味深そうに聞いてきた。
「ああ、明日な。多分一日で元に戻る。その間あゆみを頼むぞ」
黒猫君がかなり真剣にビーノ君に頼んでる。
その様子を見て突然思いいたった。最近あれだけ私を置いてくことを忌避してきた黒猫君が今回に限って自分が黒猫に戻ってまで出かけるのって。
もしかして黒猫君、ビーノ君たちが私と一緒にいてくれるから少し安心したのかな。
でも固有魔法を使うと猫に戻っちゃうってのは驚きだ。それは便利なような不便な様な。
部屋に戻るとミッチちゃんとダニエラちゃんが少し眠そうにベッドの上で丸くなる。ビーノ君もそのすぐ横でごろんと転がった。
「お姉ちゃん、なんかお話して?」
「あゆみ、お話、する?」
「こいつら甘え過ぎだ。ほっといていいぞ」
ビーノ君が二人をたしなめてるけど、そんな嬉しいお願いを何で断るはずがある!
私も三人のベッドに一緒に座らせてとお願いしたのに「それじゃこいつらが寝れない」といって黒猫君が私を抱えたままベッドの横に座り込んだ。
「黒猫君、なんかこれじゃあ私君を椅子代わりにしてるみたいで申し訳ないよ」
「気にするな、お前全く重くないし」
一応断ってみるけど軽くいなされてしまった。私は諦めて黒猫君の膝の上からみんなに話しかける。
「じゃあ桃太郎さんのお話でもいい?」
「モモたろう?」
「うん、桃から生まれた桃太郎」
「桃ってなに?」
「え? ここ桃はないの? えっとね、大きなスモモ、であってるのかな?」
「スモモがどんなに大きくたって人は入んねえぞ?」
「……プッ」
「ビーノ君、夢が無さすぎ。黒猫君も笑わない! これはおとぎ話なんだから」
「おとぎ話?」
「えっと、空想のお話。いいから聞いてみて。むかーしむかし。ある所にお爺さんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは森に柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしてると川上から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきました」
私が得意そうにお話を始めるとすぐにビーノ君がぼそりと呟く。
「ある所ってじいさんとばあさんだけで住んでんのか? 街の外に年寄り二人で住んでたらあっという間に飢え死んじまうぞ。しかもじいさん一人で森に入るなんて危ないだろ」
「……ビーノ君。君は暫く発言禁止」
「プククッ…ハハハ」
後ろで黒猫君が我慢しきれないって感じで笑いだした。
「ひどいよ黒猫君。こっちは一生懸命なのに」
「クハハ、あ……あ、悪い。だけどここで日本昔話は無理あるだろ」
「う、うるさいなぁ。私それしか思い出せないんだもん」
「仕方ねえ。じゃあ俺が代わってやるよ。お前ら人魚って知ってるか?」
そういって黒猫君が私の背中に寄りかかって肩越しにみんなに話しかける。
えっと、確かにそうしないと話しづらいと思うけどなんか近いよ、黒猫君。
「人魚?」
「ああ、遠い海にいる人と魚がくっついた生き物だ」
「ああ、魚人な。東の方の海を船で旅するといるらしいな。ワカメみたいな髪に息が生臭くてダミ声だって聞いた」
あ。いるんだ。黒猫君が固まった。
どうも下手な昔話は駄目っぽい。
私が考えあぐねてるとミッチちゃんが私の袖を引っ張った。
「ねえ、お姉ちゃんが子供のときのお話ききたい。お姉ちゃん、ほんとうに犬と猫とお話してたの?」
ああ。昼間の話を思い出したんだね。
「うん。毎日一緒にいて毎日お話ししてたよ。あの子たちは言葉では答えてはくれなかったけどちゃんといいたいことはお互い通じてたよ」
「どんなお話してたの?」
「え? えっとねぇ、今日は雨だから外に出れないねっとか、じゃあお家の中で遊ぼっとか。今日の夕食何だろうっとか。あと寒いから一緒に丸まろうっとか」
「ミッチたちと一緒?」
「そうだね。ミッチちゃんたちと話してるのと同じだね。たとえばね。前に私のいた所はよく雨が降るところだったんだけどね、雨の日は雨雲が厚くてお日様がかげって少し周りが薄暗くなるの。うちの縁側はお天気の日にはみんなで寝転ぶのに最高なんだけど、雨の日には雨が吹き込んでビチョビチョになっちゃうの。だけどそんな日はその縁側で跳ねる雨の音が部屋の中に響いてくるのが凄く幻想的でね。窓と障子ごしに雨の音と窓についた雨の影が部屋の中の様子を変えてね、みんなでいっしょに床に丸まってるといつもよりぼんやりとした光とちょっと鈍い水音に包まれてみんなで水の中に浮いてるみたいな変な気分になれるの……」
私のとりとめもない思い出話は多分ミッチちゃん達には半分くらい分からないはず。だけどみんな幸せそうに静かに聞きいっていた。
でもしばらくするとお話を聞きながらみんなの瞼が落ちていって。気が付けば3人とも寝息を立てていた。
「いいな。お前んち。凄く居心地が良さそうだ」
それまで静かに子供たちと私の話を聞いていた黒猫君がぼそりと後ろで呟いた。私も話ながら久しぶりに昔のお家を思い出してた。
「うん。凄く居心地のいい場所だったの。だから失いたくなかった。でもね、もうないんだよ。みんないなくなっちゃった」
「?」
無言で横から私の顔を覗き込んで黒猫君が問いかけてくる。
「言ったでしょ。私の両親が来て私も学校に行き始めたって。しばらくして気がついたの。もうおばあちゃんもいないし私一人じゃこの子たちとずっと一緒にいられる保証なんてないんだって。学校にいる間は家にはお手伝いさんしかいないしそれ以来両親もたまに勝手に上がり込んで家でなんかしてたし。正直いつあの場所を追い出されるか分からないって感じてたから」
黒猫君が私を抱えたまま後のベッドに寄りかかる。私も黒猫君に引っ張られて黒猫君に寄りかかる。
私はやけに居心地のいい黒猫君の腕の中で少し安心して言葉を続けた。
「保健所の事も学校のみんなから聞いて。連れていかれたり追い出されないうちにって、一生懸命みんなの引き取り手を探したの。小さい子たちは学校の友達の家とかですぐに貰い手が付いてちゃんと相手の人にもあって手渡してきた。犬はいつも散歩に行く近所のお寺さんが欲しいって言ってくれて。逞しい猫達は私の気配を察したのかいつの間にか自分たちで近所の他の家をねぐらに変えてた。結局年取った猫が一匹最後まで家に残って。その子も私が大学に入る前に死んじゃった」
黒猫君の胸が背中に当たってる。でもドキドキするより今は安心してしまう。温かくて。
「こっちに来た頃にはもう家に帰っても誰もいなくなっててね。何となくちゃんと生きてるようでいて、なんで生きてるのかちょっと分からなくなってきてた」
「寂しかったんだな」
ぼそりと黒猫君が頭の後ろで呟いた。
「え?」
「違うのか?」
「そ、そうだったのか。私寂しかったんだ」
そうか。あれは寂しいって気持ちだったんだ。
ああ、だから今日泣いちゃったんだ私。久しぶりにあの頃みたいに寂しくなかったから。
黒猫君の言葉が凄く素直に胸にしみ込んだ。
しばらく無言でいたら黒猫君がその大きな手で私の頭を撫でまわしはじめた。
折角ヴィクさんが仕上げてくれた編み込みが崩れて凄い事になる。すぐに黒猫君が結ってあった紐を外して髪をほぐし始めた。
私はちょっと胸が痛くなって急いで言葉を続けた。
「でもね、もう寂しくないみたい。みんなのおかげかな」
「そうだな」
私の髪をほぐし終えた黒猫君が私を抱えて立ち上がった。そのままベッドに移してくれる。
寝巻に着替えながら話し続けた。どうせ黒猫君はこっちを見ないから安心して着替える。
「黒猫君?」
「なんだ」
「明日もしかして貧民街に行く?」
「よく分かったな」
「バッカスに頼むだけじゃ駄目だもんね」
「そういう事だ」
着替え終わって布団に入って。黒猫君も隣で寝てる。
「気を付けてね」
「んあ?」
「待ってるからね」
「ああ。お前も出歩くなよ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
静かな部屋に沢山の寝息。それが雨の日の縁側に跳ねる水音みたいで。なんかすごく心が落ち着いた。
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