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第8章 ナンシー 

40 お風呂

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「なあ、なんで俺らここに立ってんだ?」

 あゆみ達を送って風呂場まで来た俺はビーノと一緒に風呂場の前に立っている。

「なんでってここの風呂場には鍵がないだろう。念のため見張っとかないと」
「兄ちゃん本当に心配性だな。そんなにあの姉ちゃんが好きなのか?」
「はぁ? え? な、なんで?」

 ビーノの突然の質問にひっくり返りそうになってる俺をビーノが呆れた顔で見返してる。

「そんなの兄ちゃんの様子をしばらく見てれば一目瞭然だろ」

 ……俺、そんなに分かりやすいんだろうか。

「でもヴィクさんが言ってたけど兄ちゃんたち新婚なんだってな。それじゃあ俺達すごい邪魔じゃねえのか?」
「いや、都合いい。すごく助かってる」

 訳がわからないって顔で俺を見上げるビーノにどう説明したもんかと頭をひねる。

「あのな。俺たちは訳あって結婚しちまったが実はまだ付き合ってもいない。それなのに夫婦のフリしなきゃならねえんだがお前らがいるおかげで俺は普通にあゆみに接してられるし間違った方向に突っ走らないで済んでる。だからお前らに感謝こそすれ邪魔だなんてことはないんだ」
「……それ、兄ちゃんがすげえヘタレだってことじゃねえのか? そんなんで大丈夫なのかよ?」

 こ、コイツ。
 あゆみのボッチ宣言もそうだが人の気にしてる事を遠慮なくついてきやがって。

「うるせえ、ほっとけ。ここを離れて『ウイスキーの街』に戻ったらちゃんとする約束になってるからいいんだよ」

 俺の言葉になぜかビーノが黙り込んだ。

「おい、まさか俺たちがお前らを置いてくとか思ってないよな?」
「…………」

 少しうつむくビーノをそのままに俺は風呂場の前の壁に寄りかかりながら話し始めた。

「俺な、親いねえんだわ。お前らより小さい頃死んじまった。あるジジイに拾われるまで邪魔者扱いで親戚をたらい回しにされてた。でもな。ジジイは俺を手放さなかった。俺が自立して自分の意志で旅立つまでずっと一緒だった」

 そこまでいってなんか照れくさくなった。

「だからお前も自立できる目処がつくまで俺らに迷惑かけとけ。んでもってその迷惑はもう前払いされてるから気にするな」

 しばらく静かだったビーノの方から小さく鼻をすする音が聞こえてきた。
 こいつ、よく考えるとパットよりまた一回り小さいんだよな。多分日本だったらまだ小学生だ。
 俺はビーノの頭をガシガシと掻きまわして言葉を続けた。

「とはいえ落ち着いたら出来ることはしてもらうからな。あゆみが言ってた通り俺らマジで忙しい。やる事は山積みだし人手はねえし。俺が猫の時でさえ人手に数えられてたんだ。子供だろうとそこは容赦ないぞ」
「働くのは苦じゃねえ」

 ボツリとビーノが答えた。



「あ、黒猫君たち待ってたの? 時間かかっちゃってごめんね」

 お風呂を出ると黒猫君とビーノ君が揃って腕組んで壁に寄りかかってた。
 もちろん本当の親子じゃないのにやってる事がすごく似てて笑っちゃう。

「ああ、お前ら綺麗になったじゃねえか」

 黒猫君がミッチちゃんとダニエラちゃんを見てニカッと笑った。
 あ……私、黒猫君の笑顔すごく好きだ。
 突然、胸がキュウッと苦しくなった。

「お前ら先に夕食食いに食堂に行けよ。俺たちは風呂入ってから合流するから」
「オッケイ。じゃあみんな一度部屋に戻ってから行こっか」
「ご飯だ~!」
「夕食。」
「あゆみ、上の部屋まで抱えていってあげようか?」
「いいよヴィクさん、大丈夫。ちゃんと軽石持ってるから」 

 お風呂に入ってる間にヴィクさんとはかなり仲良くなれた。やっぱり裸の付き合いっていいよね。

 ヴィクさんが実は北の出身で向こうにまだ家族がいっぱい残ってることやヴィクさんが稼ぎがしらで仕送りしてることなんかも聞いた。洋服の仕立てはそれもあって副業にしてるらしい。
 お水嫌だとわがままをいうミッチちゃんを上手くなだめすかして洗ってくれたのもヴィクさんだった。
 私もダニエラちゃんを洗ってあげようとしたら自分でできるといってお断りされてしまった。ショボン。

「ヴィクさんの髪の毛綺麗だから伸ばせばいいのに」

 部屋に戻って自分とみんなの髪を風魔法で乾かしながら私がそう言うとヴィクさんが皮肉そうに笑う。

「こんな職業では長い髪は邪魔だからね」
「え? でもキールさんもアルディさんもエミールさんも髪長いよね?」
「あの人達は別格だよ。彼らにとって髪なんて短ろうが長かろうが関係ない」
「ヴィクさんには違うの? 長いと動きにくい?」
「い、いやそんな事はないが」
「え? じゃあ伸ばしなよ。アルディさんの動くの見て思ったけど戦ってるときに髪がブワンブワンって振れるのカッコイイよ?」
「か、カッコイイのか?」
「うん! 黒猫君の髪は多分伸びても重みがないから残念だけど、ヴィクさんのは重みあるんだし絶対綺麗だよ」
「カッコよくて綺麗か。あゆみは変わってるな」

 ヴィクさんがニッコリ素直な笑顔をくれた。それが嬉しくて胸が少しときめく。やっぱりヴィクさん綺麗だな。

「そういえばヴィクさんはなんであの剣にこだわってたの?」
「あん?」
「ほら今朝の訓練の時。アルディさんが剣があってないって言ってたのにヴィクさん変えたくなかったんでしょ?」
「ああ、あれか。あの剣は……あの形の剣は以前アルディ隊長が私に見立てて下さった物だったんだ」
「え? でもアルディさん、合わないって……」
「あれはまだ私が新兵で入隊してすぐの頃。アルディ隊長に稽古をつけてもらう機会があってね。当時まだ成人したての幼かった私をアルディ隊長は男の子だと思っていたようだ。身長も高かったからこのまま体をしっかり作ればこういう剣が使えるいい剣士になるだろうって」

 あ、そっか。アルディさん、ヴィクさんを男の子だと思ってあの剣を勧めちゃったのか。

「でも私が女性であるのは別に秘密でも何でもなかったからアルディ隊長もどっかで聞きつけたんだろう。次の訓練であの話は忘れて体にあった剣を探せって言ってきてね。カチンときた」

 あちゃあ。

「いつか絶対自分の体を剣に合わせてやるって頑張ってきたんだけどね。残念ながらある所で筋力が他の兵士に比べて成長しなくなった。どんなに頑張ってもアルディ隊長にあんな組太刀でさえ追いつけない」
「組太刀?」
「ああ、今朝のは組太刀といって決められた形を辿っていく稽古の始まりなんだよ」
「ああ、だから踊ってるみたいに見えたんだ」
「そう。優雅そうに見えてあれほど実力の差が顕著に出るやり方はないんだよ」
「黒猫君には無理そうですね」
「まあこれは我が軍特有のやり方だからな。彼が真似する必要は無いだろうね」

 ヴィクさんが苦笑いしながら小さくため息をつく。

「逆に私にはあんなに自由に切り込む勇気はない」
「みんな得手不得手があるんですねぇ。で、ちなみにヴィクさん、一体今私の頭はどんなことになっちゃってるんでしょうか?」
「え? あ、す、すまない。つい昔の癖で」

 さっきからヴィクさん、話しながら私の髪をいじってたんだけどどうもなんかされるがままにしてたらすごく凝ったことになってる気がする。

「お姉ちゃんすごい!」
「姫」
「え、え? 見たい見たい!」

 ヴィクさんははしゃぐ私たちを苦笑いしながら見返して立ち上がった。

「では食堂にある鏡で見るといいよ。さあそれじゃあ下に行こう」
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