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第8章 ナンシー 

26 逃走

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 教会から飛び出した私たちをすぐ目の前で待ちかねていた人が居た。

「ネロ君、こちらへ。早く!」

 突然かけられた声に驚く私を他所に黒猫君がまっすぐアルディさんに駆け寄った。アルディさんはすぐに自分の懐から手拭いを一枚出して黒猫君に手渡して、残りの二人の子供を抱え上げながら黒猫君に話しかけた。
 軍服じゃないアルディさん、初めて見た。なんか普通の街の人の様な格好をしても姿勢が良すぎてちょっと変。

「ネロ君、耳が出てます。すぐに隠して」

 言われて黒猫君を見上げると確かにさっきまで耳を隠していた手拭いが外れて耳が出ちゃってる。

「悪い、ちょっと中でごたごたして手拭いを取られちまったみたいだ」
「では見られたのですか!?」
「多分な。それより早く行こう」

 アルディさんと応対をしつつ一旦私とビーノ君を下ろした黒猫君はサッと手拭いを頭に巻きなおして私たちを抱え上げ、アルディさんを促して走り始めた。すぐに地理に明るいアルディさんが先導に代わって教会沿いの道を外れて町中の細い道を走り始める。
 グネグネと蛇行する細い道やいくつもの曲がり角とささくれの様なY字路が続く中をアルディさんはなんの迷いもなく駆け抜けていく。
 黒猫君のスピードも凄いけどアルディさんも凄い。
 私達が最初の角を曲がった辺りで後ろに沢山の足音とざわめきがした気がするけど、あっという間にそれを置き去りにして結局一度も人影を見ないままかなり遠くまで走りきった。
 結構な距離を走りきったアルディさんは突然裏道に面した一件のお店に飛び込んだ。

「上を借りる」

 アルディさんのその短い一言で中にいたオジサンがコクリと頷くとコンッと横の壁を叩いた。
 すると全く何もなかった塗り壁にスッと切れ目が入って一角が扉の様に手前に開く。後ろも見ずに飛び込んだアルディさんに続いて私達を抱えた黒猫君もその扉を抜けた。黒猫君が入った途端後ろで壁が元通りに閉まってしまう。
 扉の辺りは真っ暗だったけどすぐ目の前に階段があって、その上から少しだけ明かりが漏れてる。それに従ってアルディさんが上に駆けあがっていく。

「ここに来ればもう大丈夫です。まずは二人を下ろして落ち着きましょう」

 アルディさんがそう言って自分の抱えていた二人を床に降ろした。
 そこは板張りの小さな小部屋で全体に煤けていた。部屋の中には古くなった椅子が数客と小さなテーブル、それに人ひとりがかろうじて寝れるような寝台が一つ置かれてる。窓と言えるような窓はない代わりに、壁と天井に小さな穴がいくつも開いてて外の光を取り入れていた。
 黒猫君は意識の無いビーノ君を寝台に寝かせて、でも私のことは下ろしてくれない。

「ここは軍の管理する見張り場の一つです。例えこの店の近くまで辿ってくるものがいたとしてもここを見透かす事が出来る者はいないでしょう」

 まだ心配そうに階段の方を見ていた黒猫君と私にそういってアルディさんが微笑んでくれた。アルディさんにそういわれてやっと少し安心する。

「それでどうしてお前はあそこにいたんだ?」

 黒猫君が別に責める風でもなくアルディさんに尋ねるとアルディさんが軽く肩を竦めて答えた。

「お二人の素性を探っている者がいるようでしたからいっそこのままお二人に自由に動いて頂いてあぶりだそうと思いまして」
「お前、しれっと俺たちを餌にするなよ」
「大丈夫でしょう、ネロ君がついてるんですから」
「よく言うよ、全然信用してないから自分が付いてたんだろ」
「とんでもない。だから教会にも入らなかったでしょう?」
「大方、軍が教会に入ると面倒な事でもあるんだろ?」
「まあ、そんな事もありますけどね。別にネロ君は最初から尾行には気づいてたんですからいいじゃないですか」
「え?」

 私が驚いて黒猫君を見上げると黒猫君はフンッと小さく鼻を鳴らして答える。

「こっちが必要としてる時には助けに来ないくせに巻こうとすればしっかりついてきやがって。まあ今日は本当に助かったけどな」

 アルディさんが「どういたしまして」と小さく頷いた。

「それでネロ君、中で一体何があったんですか? それにこの子たちは?」

 さっきっから私たちが話している間も獣人の子とエルフの子は二人で抱き合って静かにこちらを見ていた。ビーノ君はまだ気絶したまま。

「ビーノはどうやら教会の所有の奴隷だったらしい。そこの二人もだ。司教長と名乗った男が俺たちの『ウイスキーの街』での動向をやたら詳しく知っていて、あいつらの所に迎え入れたいっていってきやがった」

 そこでのびてるビーノ君を見ながら黒猫君が続ける。

「適当に流して逃げだしゃよかったんだが、その司教長のビーノの扱いに俺がカッときちまって。つい無理やりこいつらを連れて逃げ出しちまった」

 それを聞いたアルディさんが小さくため息をつく。

「それはマズいですね。それですとネロ君が教会所有の奴隷を盗んだことになってしまいます」

 言われてみればそういう事になるのか。
 起きた状況と結果の乖離に少なからず怒りが湧いてきた。それを見て取ったアルディさんが緩く首を振って私を安心させるように続ける。

「まあ、起きてしまった事は仕方ありません。取り合えずこの3人はこちらで保護しましょう。ネロ君とあゆみさんの顔は完全に知られているようですしここから馬車で兵舎に戻っていただいてお二人とも暫くは兵舎で大人しくしていて頂くしかありませんね」
「悪い。そうしてもらうしかないだろうな」

 黒猫君も素直に謝ってる。でも本当にマズイのはもしかして私が簡単に転移者であることをばらしてしまった方じゃないだろうか?

「それにしてもネロ君の耳を見られたのは痛いですね。これでは下手をすると教会が君の所有権まで言い出すかもしれません。軍としても教会の教義に真っ向から立ち向かうのは得策じゃないですし。その司教長は名乗りましたか?」
「ああ、ガルマって言ってた」
「それはまた厄介な。教会の中でも暗躍を続けている強力な勢力のトップじゃないですか」

 今度こそアルディさんがはっきりとため息をついた。

「そいつがビーノを使って俺たちを待ち伏せしてたらしい。なんか俺たちが思っていたのとは違う通路で進んだのを怪しんでたみたいだったけどな」
「違う通路ってどこですか?」
「いや、あゆみも俺も訳あって本堂って呼ばれてた真ん中の部屋は入りたくなかったんだよ。だから横の回廊を抜けて裏に出ようとしたら中にこの二人の子供が現れて、ですぐにガルマがその後ろから現れた」
「あ、黒猫君、その前に私達なんか青い線を超えちゃったじゃん。しかもこの子達その線を超えられないっていてたし。あれやっぱり入っちゃいけないってサインだったんじゃない?」

 私の言葉にアルディさんが驚いて目を見張る。

「いえ、それは入ってはいけないというより出入り出来なくする為の結界ですよ。一体どうやってそれを抜けちゃったんですか?」
「え? 別に普通に抜けられちゃいましたけど」
「……どうにもお二人の魔力は一筋縄ではいかないようですね」

 またもアルディさんがため息をついた。あんまりため息ついてると幸せが逃げてっちゃうよっていおうかとも思ったけど原因の私に言われたくないよね。きっと。
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