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第8章 ナンシー
25 教会2
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目の前に現れた男性はどちらかといえばここでは珍しい黒髪に黒目で、よっぽど外に出ていないのか透き通る様に青白い肌をしていた。決して日本人顔なわけではなく、やけにお人形さんの様な綺麗で冷たい顔。色素の薄い唇が開くと中性的な少し高めの声が響いた。
「おや、教会の生活区に何の御用でしょうか?」
「わ、私達治療院を見に来ただけなんですけど。この先にあるんですよね?」
私は走り去ったビーノ君の謝罪の言葉に戸惑いつつ、まるで何事もなかったように問いかけてきた男性に反射的に答えてしまった。するとその男性は私の言葉を吟味するように小首を傾げてこちらを見つめる。
「そうですが。普通本堂を通って最奥の通路から抜けて頂く様になってます。本来ここは許された者以外入れないはずなんですけどね?」
「え? 別に何も書いてませんでしたけど?」
「そういう事ではないのですよ。どうも困りましたね」
そういった男性は、でもなにか嬉しそうにほほ笑んでこちらを見てる。薄く綺麗な唇がちょっと嫌な感じに吊り上がった。
「えっと、あなたはここの学生さんですか?」
「おや、その質問をされるという事はもしかして転移者でしょうか?」
つい話を逸らそうと聞いてしまった私の言葉が思わぬ反応を引き出してしまったみたいだ。今度は本当に驚いた顔で男性が言葉を返した。黒猫君が隣で「何馬鹿な事やってる」って目で睨んでるけどね。
だってしょうがないじゃない。
だれだって聞きたくなるよ、こんな場違いな場所で学ラン着てる人見ちゃったら。
しかも長ランで色は白。そう、真っ白の長ラン。なんか応援団とかで着てる人いたよね?
暫く私たちの様子を見ていた男性がフッと顔をほころばせて話し始める。
「私はこう見えてもここの聖職者ですよ。教会の聖職者はすべからく始祖様が最初に着ておられたこの式典服を着るのが習わしなのですが。我々のこの式典服を学生と見間違えるのは転移者だけと言い伝えらえてきましたが本当だったんですねぇ」
顔は確かにほほ笑んでるんだけど、男性の蛇のような目つきが今まで以上に輝いてる。
「黒猫君、私なんか言っちゃいけない事言っちゃった?」
「いつもの事だな」
ちょっと呆れた返事が横から返ってきた。
「じゃあ、これもしかして凄くマズい状況だったりする?」
「多分な」
こんな話をしている間に黒猫君が音もなく私のすぐ近くまで寄ってきて流れるような動作で私を抱え上げてる。私も逆らう事なくしっかりと黒猫君の首に掴まった。
「おいお前、どうしてビーノはお前の言う事を聞いてるんだ?」
黒猫君の質問にズキンと心臓が痛んだ。そうだよね。さっき謝りながらこの人の所に行っちゃったって事は。
「ああ、この浮浪児ですか? これは我々の奴隷の一人ですよ。ほらこの通り」
黒猫君の質問に目の前の男性はどうでも良さそうにそういうとビーノ君の片方の腕を引っぱって袖をぎゅっとまくり上げた。そこには確かにテリースさんと同じような入れ墨が入れられてる。
さっきっから黙って立っていたビーノ君は男性に腕を掴まれた途端、ビクンと身を震わせて今まで見た事のない恐怖を目に浮かべた。男性の後ろにいた獣人の子がそれを見て今にも泣きそうになり、エルフの子がその肩を抱いた。
それでも男性はお構いなしにビーノ君の腕をまるで道具の様に吊るし上げたまま言葉を続ける。
「これがお連れしたという事はあなた方がキーロン殿下の見つけ出した新しい秘書官のお二人でしょうか?」
「なんの事だ?」
黒猫君は声に感情を乗せずに聞き返したけど私はなんか寒気がし始めた。
この人、なんか本当に怖いのだ。なにがって上手くいえなんだけど。
「隠される必要はありませんよ。お二人が考えてらっしゃる以上にあなた方には『皆』興味を引かれているのですから。あのキーロン殿下の重い腰を上げさせて『連邦』の一団を一網打尽にして見せた。しかも人と交わらない事で有名な狼人族をあっという間に手懐けたとも聞き及んでいます」
なんでそんな事をこの人が知ってるの!?
ビーノ君の様子を気にしつつも黒猫君の顔を見上げたけど黒猫君は無表情のままだった。
「こんな面白い物件、是非我々の物にしたいと思いましてね。情報集めにビーノを送ったんですがスリひとつまともにできない役立たずで。まあ、それでも思いがけずあなた方に気に入って頂けたのはラッキーでしたね。しかも今日はわざわざ教会を見にいらっしゃるというじゃありませんか。これは是非ご挨拶させていただかなければと思いまして。実は本堂の方にちゃんとお出迎えの用意を色々と準備してたんですがまさかこちらに紛れ込まれるとは。結界の担当が私でなければ危うく見過ごしてしまうところでしたよ」
黒猫君は男性の面白がっているような口調の告白を無表情で聞きながしぶっきらぼうに返事をした。
「挨拶っていうならまず名乗ったらどうだ?」
黒猫君の動じない態度に今まで以上に目を輝かせた男性が嬉しそうに自己紹介を始めた。
「なんと肝の座った方だ。突然の裏切りを聞いても眉一つ動かされない。それでこそ始祖の血脈。直々にお目に掛かる光栄を浴すことができますとは小生少なからず興奮してしまいますね。名乗り遅れ大変失礼いたしました、私の名はガルマ。ここの司教長をしております」
ガルマと名乗った男性はそういって軽く会釈して見せる。
「……それは本名か?」
「いいえ、教会に従事した者はその日から教会が指定する崇高な宣誓名に名前を変える栄誉を賜るのですよ」
「マジかよ……」
私を抱える黒猫君の体がちょっと震えた。
これじゃ他の宣誓名も簡単に想像できちゃいそうで嫌だ。
多分間違いないのはどれもあっという間に死んじゃう人たちの名前って事だよね。でもそれって縁起悪くない?
「じゃあガルマ。はっきり言う。俺達にはキールの所から動くつもりはない。ついでにそこのビーノを諦める気もない」
「この者がそんなにお気に召したのですか?」
そう言ったガルマさんはとろける様に私たちに微笑んで掴んでいたビーノ君の腕を引いてまるで荷物のように空中に釣り上げた。無論体重を腕だけで吊り上げられたビーノ君は恐怖と苦痛で顔を歪ませる。
「おかしな事です。これは人間でさえないのですよ? どのような扱いをしようとも誰に憚る事もない。こんなものでよろしいのでしたら供物として喜んで差し上げますが。なんでしたら今お渡ししましょうか? 従属の紋章は消さなくても切り落とせばいいのですから」
そう言って懐からナイフを取り出したガルマさんは躊躇いもなくビーノ君の腕にそのナイフを突きつける。
「あゆみ、悪い」
ガルマさんが動き出したのと黒猫君がそう言ったのが私には同時に思えた。でもその瞬間、衝突事故にでもあったような衝撃と共に黒猫君が信じられないスピードでその男性の懐に飛び込んでた。余りに突然の事に受け身一つできなかった私は体中がそれぞれ違う方向に引っ張られて涙目で周りを見回す。
っと。
呻いた私のすぐ横で黒猫君がガルマさんの手の中のナイフを壁に押し当て、同時に電撃を流し始めた。
「がががっ!」
激しい痙攣と悲鳴と共にガルマさんが目を見開いてその場に倒れ込む。それに気を許す事もなくビーノ君の身体を奪い取った黒猫君は残りの二人を振り返って叫んだ。
「お前ら、今すぐ出口に向かって走れ!」
「む、無理! そこは抜けられないから」
「はぁ?」
「青い線は抜けられないもの」
小さく舌打ちした黒猫君が反対の腕に抱えていたビーノ君を覗き込めば電撃の余波を食らったビーノ君は気絶してしまってる。
「いいからついて来い!」
黒猫君はそれでも先導するように先に歩き始めると二人の子供も後からついてくる。
青い線を私たちを抱えて抜けた黒猫君は二人を振り返って促したけど、二人ともまるでそこに壁がある様に青い線から先に進めない。
「メリッサの魔法の様なもんか」
小さく呟いた黒猫君は試しに二人を抱え上げてその線をまたぐ。するとまるで何もなかったように簡単に二人は線の外に出てこれた。
「え? どうして?」
驚く二人を制して黒猫君が再度私とビーノ君を抱えなおし、出口に向かって2人を促しながら走り出す。
「うっ、獣人……?……な、なぜだ……なぜ魔法が……」
出口まで来たところで後ろからガルマさんの呻き声が聞こえて来た。それを無視して私たちは教会を後にした。
「おや、教会の生活区に何の御用でしょうか?」
「わ、私達治療院を見に来ただけなんですけど。この先にあるんですよね?」
私は走り去ったビーノ君の謝罪の言葉に戸惑いつつ、まるで何事もなかったように問いかけてきた男性に反射的に答えてしまった。するとその男性は私の言葉を吟味するように小首を傾げてこちらを見つめる。
「そうですが。普通本堂を通って最奥の通路から抜けて頂く様になってます。本来ここは許された者以外入れないはずなんですけどね?」
「え? 別に何も書いてませんでしたけど?」
「そういう事ではないのですよ。どうも困りましたね」
そういった男性は、でもなにか嬉しそうにほほ笑んでこちらを見てる。薄く綺麗な唇がちょっと嫌な感じに吊り上がった。
「えっと、あなたはここの学生さんですか?」
「おや、その質問をされるという事はもしかして転移者でしょうか?」
つい話を逸らそうと聞いてしまった私の言葉が思わぬ反応を引き出してしまったみたいだ。今度は本当に驚いた顔で男性が言葉を返した。黒猫君が隣で「何馬鹿な事やってる」って目で睨んでるけどね。
だってしょうがないじゃない。
だれだって聞きたくなるよ、こんな場違いな場所で学ラン着てる人見ちゃったら。
しかも長ランで色は白。そう、真っ白の長ラン。なんか応援団とかで着てる人いたよね?
暫く私たちの様子を見ていた男性がフッと顔をほころばせて話し始める。
「私はこう見えてもここの聖職者ですよ。教会の聖職者はすべからく始祖様が最初に着ておられたこの式典服を着るのが習わしなのですが。我々のこの式典服を学生と見間違えるのは転移者だけと言い伝えらえてきましたが本当だったんですねぇ」
顔は確かにほほ笑んでるんだけど、男性の蛇のような目つきが今まで以上に輝いてる。
「黒猫君、私なんか言っちゃいけない事言っちゃった?」
「いつもの事だな」
ちょっと呆れた返事が横から返ってきた。
「じゃあ、これもしかして凄くマズい状況だったりする?」
「多分な」
こんな話をしている間に黒猫君が音もなく私のすぐ近くまで寄ってきて流れるような動作で私を抱え上げてる。私も逆らう事なくしっかりと黒猫君の首に掴まった。
「おいお前、どうしてビーノはお前の言う事を聞いてるんだ?」
黒猫君の質問にズキンと心臓が痛んだ。そうだよね。さっき謝りながらこの人の所に行っちゃったって事は。
「ああ、この浮浪児ですか? これは我々の奴隷の一人ですよ。ほらこの通り」
黒猫君の質問に目の前の男性はどうでも良さそうにそういうとビーノ君の片方の腕を引っぱって袖をぎゅっとまくり上げた。そこには確かにテリースさんと同じような入れ墨が入れられてる。
さっきっから黙って立っていたビーノ君は男性に腕を掴まれた途端、ビクンと身を震わせて今まで見た事のない恐怖を目に浮かべた。男性の後ろにいた獣人の子がそれを見て今にも泣きそうになり、エルフの子がその肩を抱いた。
それでも男性はお構いなしにビーノ君の腕をまるで道具の様に吊るし上げたまま言葉を続ける。
「これがお連れしたという事はあなた方がキーロン殿下の見つけ出した新しい秘書官のお二人でしょうか?」
「なんの事だ?」
黒猫君は声に感情を乗せずに聞き返したけど私はなんか寒気がし始めた。
この人、なんか本当に怖いのだ。なにがって上手くいえなんだけど。
「隠される必要はありませんよ。お二人が考えてらっしゃる以上にあなた方には『皆』興味を引かれているのですから。あのキーロン殿下の重い腰を上げさせて『連邦』の一団を一網打尽にして見せた。しかも人と交わらない事で有名な狼人族をあっという間に手懐けたとも聞き及んでいます」
なんでそんな事をこの人が知ってるの!?
ビーノ君の様子を気にしつつも黒猫君の顔を見上げたけど黒猫君は無表情のままだった。
「こんな面白い物件、是非我々の物にしたいと思いましてね。情報集めにビーノを送ったんですがスリひとつまともにできない役立たずで。まあ、それでも思いがけずあなた方に気に入って頂けたのはラッキーでしたね。しかも今日はわざわざ教会を見にいらっしゃるというじゃありませんか。これは是非ご挨拶させていただかなければと思いまして。実は本堂の方にちゃんとお出迎えの用意を色々と準備してたんですがまさかこちらに紛れ込まれるとは。結界の担当が私でなければ危うく見過ごしてしまうところでしたよ」
黒猫君は男性の面白がっているような口調の告白を無表情で聞きながしぶっきらぼうに返事をした。
「挨拶っていうならまず名乗ったらどうだ?」
黒猫君の動じない態度に今まで以上に目を輝かせた男性が嬉しそうに自己紹介を始めた。
「なんと肝の座った方だ。突然の裏切りを聞いても眉一つ動かされない。それでこそ始祖の血脈。直々にお目に掛かる光栄を浴すことができますとは小生少なからず興奮してしまいますね。名乗り遅れ大変失礼いたしました、私の名はガルマ。ここの司教長をしております」
ガルマと名乗った男性はそういって軽く会釈して見せる。
「……それは本名か?」
「いいえ、教会に従事した者はその日から教会が指定する崇高な宣誓名に名前を変える栄誉を賜るのですよ」
「マジかよ……」
私を抱える黒猫君の体がちょっと震えた。
これじゃ他の宣誓名も簡単に想像できちゃいそうで嫌だ。
多分間違いないのはどれもあっという間に死んじゃう人たちの名前って事だよね。でもそれって縁起悪くない?
「じゃあガルマ。はっきり言う。俺達にはキールの所から動くつもりはない。ついでにそこのビーノを諦める気もない」
「この者がそんなにお気に召したのですか?」
そう言ったガルマさんはとろける様に私たちに微笑んで掴んでいたビーノ君の腕を引いてまるで荷物のように空中に釣り上げた。無論体重を腕だけで吊り上げられたビーノ君は恐怖と苦痛で顔を歪ませる。
「おかしな事です。これは人間でさえないのですよ? どのような扱いをしようとも誰に憚る事もない。こんなものでよろしいのでしたら供物として喜んで差し上げますが。なんでしたら今お渡ししましょうか? 従属の紋章は消さなくても切り落とせばいいのですから」
そう言って懐からナイフを取り出したガルマさんは躊躇いもなくビーノ君の腕にそのナイフを突きつける。
「あゆみ、悪い」
ガルマさんが動き出したのと黒猫君がそう言ったのが私には同時に思えた。でもその瞬間、衝突事故にでもあったような衝撃と共に黒猫君が信じられないスピードでその男性の懐に飛び込んでた。余りに突然の事に受け身一つできなかった私は体中がそれぞれ違う方向に引っ張られて涙目で周りを見回す。
っと。
呻いた私のすぐ横で黒猫君がガルマさんの手の中のナイフを壁に押し当て、同時に電撃を流し始めた。
「がががっ!」
激しい痙攣と悲鳴と共にガルマさんが目を見開いてその場に倒れ込む。それに気を許す事もなくビーノ君の身体を奪い取った黒猫君は残りの二人を振り返って叫んだ。
「お前ら、今すぐ出口に向かって走れ!」
「む、無理! そこは抜けられないから」
「はぁ?」
「青い線は抜けられないもの」
小さく舌打ちした黒猫君が反対の腕に抱えていたビーノ君を覗き込めば電撃の余波を食らったビーノ君は気絶してしまってる。
「いいからついて来い!」
黒猫君はそれでも先導するように先に歩き始めると二人の子供も後からついてくる。
青い線を私たちを抱えて抜けた黒猫君は二人を振り返って促したけど、二人ともまるでそこに壁がある様に青い線から先に進めない。
「メリッサの魔法の様なもんか」
小さく呟いた黒猫君は試しに二人を抱え上げてその線をまたぐ。するとまるで何もなかったように簡単に二人は線の外に出てこれた。
「え? どうして?」
驚く二人を制して黒猫君が再度私とビーノ君を抱えなおし、出口に向かって2人を促しながら走り出す。
「うっ、獣人……?……な、なぜだ……なぜ魔法が……」
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