異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第8章 ナンシー 

12 ビーノの交渉

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「おい、お前名前は何ていうんだ」

 お茶を持ってきた少年は黒猫君に手渡された肉を頬張りながら声を出そうとして喉を詰まらせ、慌ててお茶を飲んでから答えた。

「ビーノだ」
「じゃあビーノ。お前、誰の世話でこの辺に住んでる?」
「……両親の……」
「嘘はいい。スリやるくらいなんだからまとめてる奴が居るだろ。仲間はどこに居る?」

 途端、ビーノと名乗った少年が青くなる。

「別に俺は捕まえるとか突き出すとか言ってるんじゃねぇ。俺達はこの街に来たばかりだから気を付けておきたいだけだ」

 それを聞いたビーノ君は私と黒猫君の顔を見比べてちょっと戸惑いながら黒猫君に返事を返す。

「姉ちゃんはボケッとして見えるのに兄ちゃんはやたら慣れてるな。ここらの仲間は一括で西1区のダンナの世話になってる」
「こいつを見て手を出したんだったら残念だったな。そのダンナってのはどうだ? お前らはやってけてるか?」

 黒猫君の簡素な質問にビーノ君は顔も上げず肉を噛み切りながら答える。

「まあ何とかな。殴る蹴るはするけど俺達に刃物は使わねえし、結構小さい奴らも使ってくれてる。最低限食えてるし寝る所もある」
「そうか……」

 さっきっから。黒猫君とビーノ君の会話は私にはまるっきり現実味が無くて口を挟むこともできない。それはまるでテレビのニュースで見ていた世界で私の周りには無い世界の話だった。
 いや、無かった……だね。
 それでもそれに黒猫君は当たり前の様に相槌を打って話を続けた。

「ビーノ、俺達はここでこれから暫くこの街で商売の下調べなんかをやんなきゃなんねぇんだ。お前をその間雇いたいんだがそのダンナに話しつけられるか?」
「は? 俺を雇うって……あんた馬鹿じゃねえのか? ま、まさか俺の体目当てとかじゃねぇだろうな!?」
「バカ言え、俺にそんな趣味はねぇ!」
「そ、そうだよな。ねえちゃん大事そうに抱えてるくらいだもんな」

 そう言われて私のほうが赤面してしまう。
 実は只今私は黒猫君の膝の上。とにかく心配性な黒猫君は屋台の周りの椅子に座る間も自分の膝から私を降ろしてくれない。それどころか食べてる間も黒猫君の片腕がしっかり私のお腹の周りに回されててすごく落ち着かない。とは言えそれは間違いなく私の事を気遣ってくれているみたいで。さっきも私の分だけ魔物の混じっていない串を渡してくれてるし、色々優しくしてくれてるのも確かだ。
 まあ、今回は黒猫君の言う事を聞く約束で連れ出してもらってるし、黒猫君は私の安全の為にしてくれてるんだから私も文句は言えない。文句は言えないけどね……

「こいつはあゆみ、俺はネロだ。こいつは足に問題があるから知らない街で余り無理させられねえんだよ。俺はまあそこそこ何でも自分で出来るがあんまヤバイところも間違って入りたくない。だからお前みたいにここの裏も表も良く知ってるやつが居ると助かる」

 串焼き肉を食べ終えて手に付いてたソースを舐めとっていたビーノ君は今の黒猫君の言葉に少し顔を緩め、でもすぐにそれを無理やり引き締めて黒猫君を睨んだ。

「1日大銅貨10枚」
「高いぞ。銅貨5枚が良いところだ」

 どうやら給料の交渉に入ったらしい。あれ、ちょっと待った!

「え! それは酷いよ黒猫君、それ私の足の保障金と同じだよ?」

 そう、昨日キールさんに教えてもらったんだが私の保障金、一日銅貨5枚出てたらしい。とはいえランド・スチュワードを始めるまでの短い期間分だけだけど。
 私の上げた声にビーノ君と黒猫君が2人してこちらを振り向いて一瞬ジッと見た後、綺麗に無視して交渉を続けた。

「それじゃあ俺の一時間の稼ぎにもならねえ。大銅貨8枚」
「それは人様の金をくすねて作った金だろ。しかもどうせダンナに上前跳ねられて大して手元には残ってないだろ。銅貨11枚」
「それにしたって一日の稼ぎにもなりゃしない。大銅貨7枚」
「だったら殴られない分割り引け銅貨17枚」
「ケチるなよ、さっき姉ちゃんの財布重かったぞ。大銅貨6枚」
「あいつの持ってるのはあいつの足の保障金だ。たまたま支払いが遅れただけだ。銅貨23枚」
「……兄ちゃん、本当に支払い大丈夫なんだろうな?大銅貨5枚」

 一瞬疑わしそうな顔になったビーノ君が黒猫君を見上げると黒猫君がニヤリと笑って答える。

「心配するな、俺の給料は別にある。銅貨30枚」

 途端、ビーノ君がギロリと黒猫君を睨んだ。

「おい、兄ちゃん、俺を試してるのか? それ大銅貨5枚と同じじゃねぇか」
「気付いたか。上等だ。おまけに俺達と一緒の時は飯もこっちで払ってやる」

 黒猫君がにこりと笑って2人が機嫌よく握手してる。
 パット君の時も思ったけど。なんでこの子、こんな若いのにこんなによく頭が回るの!
 私だって暗算は出来るから一瞬考えれば分かるんだけどこの2人、まるで息をするみたいに掛け合ってた。

「じゃあ早速だが今日はまずまともな店と市場の価格が見たい。お前が知ってるまともな酒屋を何軒か紹介しろ」
「いいぜ、付いてきな」

 黒猫君の言葉にハンッと軽く鼻を鳴らしてビーノ君が歩き出す。
 こうして私たちはビーノ君の先導で街を歩き始めた。
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