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第7章 変動
10 沼トロール
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映画なんかで見た事のあったトロールは大体トロくて、デカイ木の棒をブンブン振り回してた。
実際に見る目の前のトロールは……やはりトロくてデカイ木の棒をブンブン振り回してる。
だけどそこには幾つか大きな違いがあった。
トロいけどデカイ。
もうデカイってだけでかなりの脅威だ。
手を振り上げるのは遅い。振り下げ始めるのも遅い。だけど一度スピードが乗っちまうと凄いスピードになる。
しかも棍棒は重くて長い。フルスイングでこいつら車一台分くらいの土塊を幾つも平気で飛ばしてくる。
これが街なかに入ってたらと思うと確かにゾットする。
それでも俺はまだいい。この体のお陰で今の所全て軽く逃げ切っている。
だけどアルディがマズイ。あいつはそろそろ限界だ。
「アルディ、一度戻れ! こいつ等は俺一人でも引きつけとく」
「無理です! 今僕が街に向かったらこいつら間違いなく追ってきます!」
そうかもしれない。こいつらどうもさっきっから動く物に寄っていく様だ。
「じゃあ俺が2体の前に出て離れるからその後では……?」
「関係ありません!2体いるから必ず一匹は追ってきます」
「チクショウ」
アルディの言う通りこいつ等それほど馬鹿じゃない。俺が何とか2体分の注意を引きつけながら走り回って少しでもアルディの休む時間を稼ごうとしてるのに、ちゃんと一体は戻ってアルディを追いかけ始める。
その時、黒い影が目の前を駆け抜けた。
「おい、これはどうなってんだ? 何が起きた?」
後ろからバッカスの叫び声が飛んできた。続いてもう2つ黒い影が横切る。
「ハビア、アントニー。あんたらも戻ったのか」
「すまないっす、俺達あのままホセの奴を追ってたんすけどあいつ、行った先で切られちまいやがって。慌ててホセの馬鹿を担いで森に飛び込んだら迷いの森に入っちまって。出てくるのに今までかかっちまったっす」
ハビアが狼の姿でトロールの鼻先を掠めながら説明してくれた。
「おい、これどうするんだ? 沼トロールなんてしばらく見てないぞ。何でこんな所に現れてんだよ?」
「ほぼ間違いなくそのホセって奴を切った奴らの仕業だな。大方あんた等に見つかったと思って急いで仕掛けてきたんだろ」
狼の姿のバッカスが後ろから叫ぶのに俺が叫び返すと器用にトロールの回した腕に飛び乗ったハビアが軽く首を傾げながら口を挟む。
「おっかしいですねぇ。俺達が見たのはもっとこう人間ぽいのがわんさと居て、馬車が1つ2つ混じってたんすけど」
「マズイな。まだ兵士も来るのかよ」
「これがその馬車の中身ですよ。さっき街の北門に二人の人間と共に堂々と正面からやって来たんですよ」
追いかけ回していたトロールをアントニーに任せたアルディが少し息を整えながら俺たちの所にやって来て答えた。
「うわ、まさか残りの兵士は……」
「ええ。裏に回ったかもしれませんね。農村が心配です」
俺はバッカスの顔を見る。
「バッカス悪いが一緒に裏を見に行ってくれるか?」
「いいけどよ。その前にこの沼トロールども、何とかしたほうが良いんじゃないのか?」
「そりゃそうだがどうにもならねえぞ」
「いやこっちは俺が何とかする」
突然の声に後ろを振り向けばそこにはキールが立っていた。
「キーロン殿下何やってんですか!? 何で出てくるんです!?」
「おいキール怪我はどうした?」
「大丈夫だ、問題ない。太腿を少し裂かれただけだ。テリースの治療で間に合った。お陰で俺は今日まだ魔法を使っていない。一気に方を付ける」
「そんな簡単に言うが」
「まあ見てろ」
そう言ってキールが片手を突き出した。その手のひらに紫の光が集まってくる。結構な時間を掛けて手を完全に覆い尽くす球体になった紫の光をキールが一体のトロールにブチ当てた。
途端、ぶつけられたトロールの動きがまるで停止ボタンを押したかのようにピタリと完全に停止した。
「おい、何だそれは?」
バッカスの驚いた声にキールがニヤリと笑ってこっちを見る。
「お前ら絶対誰にも言うなよ。これが俺の固有魔法の1つ、時間停止だ。この巨体でも一時間は止められる。直ぐに次は撃てないがな」
それを聞いたバッカスが鼻を鳴らす。
「何で俺らに撃たなかったんだ?」
「お前らチョロチョロと動き過ぎなんだよ。しかも数が多くてとても止めきれねぇ」
ああ、組み合わせが最悪だったのか。納得だ。
「今のうちに首を落とすぞ。ネロ、お前はバッカスと一緒に裏を見てこい。あ、ついでにこれを持ってけ」
そう言って袋をこちらに投げてよこす。ピチャリと中で音がしたそれは水筒だった。
「こんなもんどうするんだよ」
「最終手段だ。他に方法が無かったら使え。神に祈りながらな」
「教会の神なんか信じられるか!」
「違う。俺達の本当の神は──」
そこでまだ動いてる方のトロールの棍棒が俺たちの間に降ってきた。
あっぶねぇ。ついちょっと気を許した隙きに近寄ってきてたようだ。
「すんません、そっち行きましたぁ」
「遅ーんだよお前の報告は!」
ハビアの暢気な声に怒鳴り散らしたバッカスが俺の肩を掴んだ。
「行くぞ」
そう言って駆け出したバッカスを追って俺も一気に走り出した。
以前あゆみが連れ去られた時キールが「草原で走る狼には追いつけはしない」と言っていたのは本当だった。この変に強化された体でさえバッカスの走るスピードには追いつけなかった。
「トロクセぇな」
そう吐き捨てたバッカスは走ってる俺を咥えて宙に放り投げた。何かと思えばそのまま落ちてきた俺を背中に乗っけて走り出す。
「おい、荷物扱いするな!」
「うるせえ。時間がねぇんだろ? 我慢しろ」
俺の文句に文句で返したバッカスは今まで以上にスピードを上げた。なるほど今まで俺に合わせてスピードを落としてたのか。
もう文句も言えなくて俺はバッカスの背中に跨って毛を掴んでしっかりと捕まりバッカスの加速に耐えた。
東門の前を通って一番東の農村を過ぎ、刈取りの終わった畑を駆け抜けた辺りで兵士の一段が遠くに見えてきた。
装備もバラバラでちょっと見には盗賊の一団にしか見えない。ああ、連邦の事を考えればあながち間違ってないのか。
どうやら一団は南門を目指しているらしい。危ないところだ、あの辺りは農村との行き来しかしない為ほとんど兵がいない。
だが良く見ると彼等の後方には引き倒された麦畑が森から延々と続いていた。
こいつら、麦を踏み倒して来やがったのか!
良い悪いはともかくそれで行軍に時間を取られたのだろう。刈り取りが終わった地域に入った兵士達は勢い良く北門を目指して走り出していた。
「おいバッカス、あいつらの前に回り込めるか」
「イヤだ。」
「はぁ?!」
「こういう時はこのままバッチリ格好良く真ん中に突進だ!」
「な、何言ってやがるこの脳筋アホ狼が! 少しは頭も使え!」
「やなこった。あれは俺の獲物でいいんだろ? だったら力いっぱいぶっ飛ばす!」
「いい加減にしろーー!」
俺の叫びも虚しくバッカスは思いっ切り真横から丸見えの状態でそこに隊列を組んでいた500人程の集団に飛び込んで行った。
そこからは酷かった。バッカスはゲラゲラ笑いながら狼のまま周りの兵士を咥えては投げ、踏み潰し、蹴り飛ばし、噛み切っていった。
兵士達は突然現れた脅威に統制を崩してこちらに雪崩のように襲いかかる。
バッカスは熱に浮かされた様に暴れ回り、バッカスに喰い千切られた手足が時々血を撒き散らしながら宙を舞う。
こっちはまだ血に慣れてないんだ。そんな光景を前に吐き気を我慢して俺はなるべく殺さないように相手の手足を切り裂いていく。
さっき従者のやつとやり合ったせいか、今朝より身体が軽い。間合いも剣に合ってきて切られることもほとんど無くなった。
大体こいつらの動きはすごく雑だ。隙きだらけで数人で掛られても簡単に避けて回れる。
だけどいくら俺とバッカスが二人で暴れても人数が違いすぎる。いつまで経っても終わりが無く、俺達の存在に馴れてきた敵は少しずつ俺達の間合いに入り始めた。
途中で気づいたが、どうも何人かに一人、さっきの従者と同様に手応えのない奴がいる。どういう事かを考えると手が止まりそうで無心で戦い続けた。
「バッカス大丈夫か?」
「ああ、でも流石にウゼエな」
「だから言ったろ、頭使えって」
「それじゃ面白くねぇだろ」
全く。舌打ちしながらキールが投げて寄越した水の事を考える。
これってあれだよな。
でも本気か? 何が出るか分かんねぇんだぞ? ここでやっちまうのか?
迷っている間にも何度となく鎧に刺さって絡めとられた爪が数本折れちまった。そろそろこっちも限界だな。兵士は……まだ半数以上残ってる。どう考えてもこのままじゃいずれ詰んじまう。
俺は覚悟を決め一歩前に踏み出し、拾った剣を片手に周りを一閃した。途端、俺に群がっていた目の前の兵士たちがひるんだように一歩下がる。
慣れない剣でこいつらに挑む気はない。単に牽制して時間を稼いだだけだ。
「バッカス、ちょっと頼む」
すかさず一歩下がった俺は真後ろで俺と背中合わせに暴れていたバッカスに背中越しに声を掛けながらキールがくれた水筒を取り出した。
「おい、なんだ?」
こちらを振り向いたバッカスには構わず、水筒の飲み口を爪で切り裂いて拡げそのまま手を突っ込んで思いっきり魔力を放射した。
頼む! 何か来てくれ!
……なんて願ったのが良くなかったのかもしれない。
「おいネロ! お前何やった!」
バッカスが空を仰いで叫んだ。周りの兵士も呆然と空を仰いでる。
嫌な予感はしてたんだ。
麦が育つとか人化するとかマズイ感じはあったんだ。
でもこれは想像以上だ。
俺も一緒になって見上げちまった。
何故なら。
雲一つない晴天の空に、なぜか俺達の頭上だけ一点にわかに暗雲が広がったかと思うといくつもの稲妻が走りだした。
続いて天が割れたかと思う程の雷鳴と共に地響きが鳴り響き始める。
地響きに合わせて足元がグラグラと揺れ、やがて足の下の地面がもう耐えきれないとでも言うようにガクンと突き上げられると、すさまじい轟音と共にクモの巣の様に亀裂が走り、俺の身体を支点に深い地割れが広がった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「ぎぃゃぁぁ……!」
俺が茫然と見守る中、周りには深いクレパスがいくつもその口を開き、阿鼻叫喚の地獄絵図の中突然足元を失った敵兵士たちがボロボロと地割れの中に落ちていく。
俺の固有魔法、天変地異系統だったのかよ!
水筒は地面に転がり魔力もとっくに流すのをやめたはずなのに走り出した現象は止まらない。俺の中の魔力も壊れた蛇口みたいにドバドバ勝手に流れ出していく。自分の引き起こした事態に頭が追い付かず、だからバッカスの事を思い出すまでに一瞬の間が開いた。
危ない!
振り返った俺がそう思った時にはバッカスは地割れに片足突っ込んでずり落ちてく所だった。
身体が勝手に動いた。
俺は地割れのすぐ横の地面に五体投地で寝転んでバッカスの片腕に自分の腕を絡ませてその巨体を何とか捕まえた。
「グァッ!」
いっぺんにバッカスの巨体の重量が俺の腕に掛かって筋肉が引き攣って筋がビチビチと音を立ててる。
関節が外れそうなヤバイ音がする。
このバカ、何故か狼のまま身を竦ませて身動き取れなくなってやがる。一体どうしちまったんだ?
「おい! 早く人化して自分で捕まれ!」
「あ、そ、そうか」
俺の叫びに我を取り戻し、やっと縮み始めたバッカスの腕が俺を掴み返したところで最後の力を振り絞って一気に引き上げる。
ここにあゆみがいたら間違いなく「ファイト一ォ・イッパァー●」とか言って俺に突っ込まれるとこだよな。
度重なる緊張の連続に頭が勝手に馬鹿なことを考え始める。引き上げたバッカスと一緒に地面に転がり、肩で息をついているうちに雷鳴も地響きもその勢いを下げていく。
気がつけば連邦の殆どの奴らは地割れの底へと消えていた。
見回せばまるで何も無かったかのように地面は綺麗に塞がって、後には刈取りの終わった畑が続くばかりだった。点々と残された半分地面にめり込む兵士の遺骸と寝転んで全身で息をついているバッカスを除けば。
ああ、もう何も残ってねぇ。カラカラだ。
魔力も体力もとことんまで使い果たした俺は隣にひっくり返ってるバッカスに声を掛けようとして、だけどそのまま力尽きあえなく意識を手放した。
実際に見る目の前のトロールは……やはりトロくてデカイ木の棒をブンブン振り回してる。
だけどそこには幾つか大きな違いがあった。
トロいけどデカイ。
もうデカイってだけでかなりの脅威だ。
手を振り上げるのは遅い。振り下げ始めるのも遅い。だけど一度スピードが乗っちまうと凄いスピードになる。
しかも棍棒は重くて長い。フルスイングでこいつら車一台分くらいの土塊を幾つも平気で飛ばしてくる。
これが街なかに入ってたらと思うと確かにゾットする。
それでも俺はまだいい。この体のお陰で今の所全て軽く逃げ切っている。
だけどアルディがマズイ。あいつはそろそろ限界だ。
「アルディ、一度戻れ! こいつ等は俺一人でも引きつけとく」
「無理です! 今僕が街に向かったらこいつら間違いなく追ってきます!」
そうかもしれない。こいつらどうもさっきっから動く物に寄っていく様だ。
「じゃあ俺が2体の前に出て離れるからその後では……?」
「関係ありません!2体いるから必ず一匹は追ってきます」
「チクショウ」
アルディの言う通りこいつ等それほど馬鹿じゃない。俺が何とか2体分の注意を引きつけながら走り回って少しでもアルディの休む時間を稼ごうとしてるのに、ちゃんと一体は戻ってアルディを追いかけ始める。
その時、黒い影が目の前を駆け抜けた。
「おい、これはどうなってんだ? 何が起きた?」
後ろからバッカスの叫び声が飛んできた。続いてもう2つ黒い影が横切る。
「ハビア、アントニー。あんたらも戻ったのか」
「すまないっす、俺達あのままホセの奴を追ってたんすけどあいつ、行った先で切られちまいやがって。慌ててホセの馬鹿を担いで森に飛び込んだら迷いの森に入っちまって。出てくるのに今までかかっちまったっす」
ハビアが狼の姿でトロールの鼻先を掠めながら説明してくれた。
「おい、これどうするんだ? 沼トロールなんてしばらく見てないぞ。何でこんな所に現れてんだよ?」
「ほぼ間違いなくそのホセって奴を切った奴らの仕業だな。大方あんた等に見つかったと思って急いで仕掛けてきたんだろ」
狼の姿のバッカスが後ろから叫ぶのに俺が叫び返すと器用にトロールの回した腕に飛び乗ったハビアが軽く首を傾げながら口を挟む。
「おっかしいですねぇ。俺達が見たのはもっとこう人間ぽいのがわんさと居て、馬車が1つ2つ混じってたんすけど」
「マズイな。まだ兵士も来るのかよ」
「これがその馬車の中身ですよ。さっき街の北門に二人の人間と共に堂々と正面からやって来たんですよ」
追いかけ回していたトロールをアントニーに任せたアルディが少し息を整えながら俺たちの所にやって来て答えた。
「うわ、まさか残りの兵士は……」
「ええ。裏に回ったかもしれませんね。農村が心配です」
俺はバッカスの顔を見る。
「バッカス悪いが一緒に裏を見に行ってくれるか?」
「いいけどよ。その前にこの沼トロールども、何とかしたほうが良いんじゃないのか?」
「そりゃそうだがどうにもならねえぞ」
「いやこっちは俺が何とかする」
突然の声に後ろを振り向けばそこにはキールが立っていた。
「キーロン殿下何やってんですか!? 何で出てくるんです!?」
「おいキール怪我はどうした?」
「大丈夫だ、問題ない。太腿を少し裂かれただけだ。テリースの治療で間に合った。お陰で俺は今日まだ魔法を使っていない。一気に方を付ける」
「そんな簡単に言うが」
「まあ見てろ」
そう言ってキールが片手を突き出した。その手のひらに紫の光が集まってくる。結構な時間を掛けて手を完全に覆い尽くす球体になった紫の光をキールが一体のトロールにブチ当てた。
途端、ぶつけられたトロールの動きがまるで停止ボタンを押したかのようにピタリと完全に停止した。
「おい、何だそれは?」
バッカスの驚いた声にキールがニヤリと笑ってこっちを見る。
「お前ら絶対誰にも言うなよ。これが俺の固有魔法の1つ、時間停止だ。この巨体でも一時間は止められる。直ぐに次は撃てないがな」
それを聞いたバッカスが鼻を鳴らす。
「何で俺らに撃たなかったんだ?」
「お前らチョロチョロと動き過ぎなんだよ。しかも数が多くてとても止めきれねぇ」
ああ、組み合わせが最悪だったのか。納得だ。
「今のうちに首を落とすぞ。ネロ、お前はバッカスと一緒に裏を見てこい。あ、ついでにこれを持ってけ」
そう言って袋をこちらに投げてよこす。ピチャリと中で音がしたそれは水筒だった。
「こんなもんどうするんだよ」
「最終手段だ。他に方法が無かったら使え。神に祈りながらな」
「教会の神なんか信じられるか!」
「違う。俺達の本当の神は──」
そこでまだ動いてる方のトロールの棍棒が俺たちの間に降ってきた。
あっぶねぇ。ついちょっと気を許した隙きに近寄ってきてたようだ。
「すんません、そっち行きましたぁ」
「遅ーんだよお前の報告は!」
ハビアの暢気な声に怒鳴り散らしたバッカスが俺の肩を掴んだ。
「行くぞ」
そう言って駆け出したバッカスを追って俺も一気に走り出した。
以前あゆみが連れ去られた時キールが「草原で走る狼には追いつけはしない」と言っていたのは本当だった。この変に強化された体でさえバッカスの走るスピードには追いつけなかった。
「トロクセぇな」
そう吐き捨てたバッカスは走ってる俺を咥えて宙に放り投げた。何かと思えばそのまま落ちてきた俺を背中に乗っけて走り出す。
「おい、荷物扱いするな!」
「うるせえ。時間がねぇんだろ? 我慢しろ」
俺の文句に文句で返したバッカスは今まで以上にスピードを上げた。なるほど今まで俺に合わせてスピードを落としてたのか。
もう文句も言えなくて俺はバッカスの背中に跨って毛を掴んでしっかりと捕まりバッカスの加速に耐えた。
東門の前を通って一番東の農村を過ぎ、刈取りの終わった畑を駆け抜けた辺りで兵士の一段が遠くに見えてきた。
装備もバラバラでちょっと見には盗賊の一団にしか見えない。ああ、連邦の事を考えればあながち間違ってないのか。
どうやら一団は南門を目指しているらしい。危ないところだ、あの辺りは農村との行き来しかしない為ほとんど兵がいない。
だが良く見ると彼等の後方には引き倒された麦畑が森から延々と続いていた。
こいつら、麦を踏み倒して来やがったのか!
良い悪いはともかくそれで行軍に時間を取られたのだろう。刈り取りが終わった地域に入った兵士達は勢い良く北門を目指して走り出していた。
「おいバッカス、あいつらの前に回り込めるか」
「イヤだ。」
「はぁ?!」
「こういう時はこのままバッチリ格好良く真ん中に突進だ!」
「な、何言ってやがるこの脳筋アホ狼が! 少しは頭も使え!」
「やなこった。あれは俺の獲物でいいんだろ? だったら力いっぱいぶっ飛ばす!」
「いい加減にしろーー!」
俺の叫びも虚しくバッカスは思いっ切り真横から丸見えの状態でそこに隊列を組んでいた500人程の集団に飛び込んで行った。
そこからは酷かった。バッカスはゲラゲラ笑いながら狼のまま周りの兵士を咥えては投げ、踏み潰し、蹴り飛ばし、噛み切っていった。
兵士達は突然現れた脅威に統制を崩してこちらに雪崩のように襲いかかる。
バッカスは熱に浮かされた様に暴れ回り、バッカスに喰い千切られた手足が時々血を撒き散らしながら宙を舞う。
こっちはまだ血に慣れてないんだ。そんな光景を前に吐き気を我慢して俺はなるべく殺さないように相手の手足を切り裂いていく。
さっき従者のやつとやり合ったせいか、今朝より身体が軽い。間合いも剣に合ってきて切られることもほとんど無くなった。
大体こいつらの動きはすごく雑だ。隙きだらけで数人で掛られても簡単に避けて回れる。
だけどいくら俺とバッカスが二人で暴れても人数が違いすぎる。いつまで経っても終わりが無く、俺達の存在に馴れてきた敵は少しずつ俺達の間合いに入り始めた。
途中で気づいたが、どうも何人かに一人、さっきの従者と同様に手応えのない奴がいる。どういう事かを考えると手が止まりそうで無心で戦い続けた。
「バッカス大丈夫か?」
「ああ、でも流石にウゼエな」
「だから言ったろ、頭使えって」
「それじゃ面白くねぇだろ」
全く。舌打ちしながらキールが投げて寄越した水の事を考える。
これってあれだよな。
でも本気か? 何が出るか分かんねぇんだぞ? ここでやっちまうのか?
迷っている間にも何度となく鎧に刺さって絡めとられた爪が数本折れちまった。そろそろこっちも限界だな。兵士は……まだ半数以上残ってる。どう考えてもこのままじゃいずれ詰んじまう。
俺は覚悟を決め一歩前に踏み出し、拾った剣を片手に周りを一閃した。途端、俺に群がっていた目の前の兵士たちがひるんだように一歩下がる。
慣れない剣でこいつらに挑む気はない。単に牽制して時間を稼いだだけだ。
「バッカス、ちょっと頼む」
すかさず一歩下がった俺は真後ろで俺と背中合わせに暴れていたバッカスに背中越しに声を掛けながらキールがくれた水筒を取り出した。
「おい、なんだ?」
こちらを振り向いたバッカスには構わず、水筒の飲み口を爪で切り裂いて拡げそのまま手を突っ込んで思いっきり魔力を放射した。
頼む! 何か来てくれ!
……なんて願ったのが良くなかったのかもしれない。
「おいネロ! お前何やった!」
バッカスが空を仰いで叫んだ。周りの兵士も呆然と空を仰いでる。
嫌な予感はしてたんだ。
麦が育つとか人化するとかマズイ感じはあったんだ。
でもこれは想像以上だ。
俺も一緒になって見上げちまった。
何故なら。
雲一つない晴天の空に、なぜか俺達の頭上だけ一点にわかに暗雲が広がったかと思うといくつもの稲妻が走りだした。
続いて天が割れたかと思う程の雷鳴と共に地響きが鳴り響き始める。
地響きに合わせて足元がグラグラと揺れ、やがて足の下の地面がもう耐えきれないとでも言うようにガクンと突き上げられると、すさまじい轟音と共にクモの巣の様に亀裂が走り、俺の身体を支点に深い地割れが広がった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「ぎぃゃぁぁ……!」
俺が茫然と見守る中、周りには深いクレパスがいくつもその口を開き、阿鼻叫喚の地獄絵図の中突然足元を失った敵兵士たちがボロボロと地割れの中に落ちていく。
俺の固有魔法、天変地異系統だったのかよ!
水筒は地面に転がり魔力もとっくに流すのをやめたはずなのに走り出した現象は止まらない。俺の中の魔力も壊れた蛇口みたいにドバドバ勝手に流れ出していく。自分の引き起こした事態に頭が追い付かず、だからバッカスの事を思い出すまでに一瞬の間が開いた。
危ない!
振り返った俺がそう思った時にはバッカスは地割れに片足突っ込んでずり落ちてく所だった。
身体が勝手に動いた。
俺は地割れのすぐ横の地面に五体投地で寝転んでバッカスの片腕に自分の腕を絡ませてその巨体を何とか捕まえた。
「グァッ!」
いっぺんにバッカスの巨体の重量が俺の腕に掛かって筋肉が引き攣って筋がビチビチと音を立ててる。
関節が外れそうなヤバイ音がする。
このバカ、何故か狼のまま身を竦ませて身動き取れなくなってやがる。一体どうしちまったんだ?
「おい! 早く人化して自分で捕まれ!」
「あ、そ、そうか」
俺の叫びに我を取り戻し、やっと縮み始めたバッカスの腕が俺を掴み返したところで最後の力を振り絞って一気に引き上げる。
ここにあゆみがいたら間違いなく「ファイト一ォ・イッパァー●」とか言って俺に突っ込まれるとこだよな。
度重なる緊張の連続に頭が勝手に馬鹿なことを考え始める。引き上げたバッカスと一緒に地面に転がり、肩で息をついているうちに雷鳴も地響きもその勢いを下げていく。
気がつけば連邦の殆どの奴らは地割れの底へと消えていた。
見回せばまるで何も無かったかのように地面は綺麗に塞がって、後には刈取りの終わった畑が続くばかりだった。点々と残された半分地面にめり込む兵士の遺骸と寝転んで全身で息をついているバッカスを除けば。
ああ、もう何も残ってねぇ。カラカラだ。
魔力も体力もとことんまで使い果たした俺は隣にひっくり返ってるバッカスに声を掛けようとして、だけどそのまま力尽きあえなく意識を手放した。
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次々の襲い来る霊獣達にリオルは絶望しどん底に突き落とされるが、生き残るため戦うことを決意する。だが、現実は最弱のネズミの霊獣にすら敗北して……。
サバイバル生活の中、霊獣によって殺されかけたリオルは理解する。
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生きるためリオルはやがて力を求め始める。
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転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
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ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
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