上 下
104 / 406
第6章 森

12 夜のお付き合い

しおりを挟む
「ネロ君、遅いですよ」

 城門のところまで行くと、アルディがイライラしながら俺を待っていた。

「すまない、あゆみが拗ねた」
「ばれたんですか?」
「……違うことで怒らせて気をそぐために自分でばらした」
「なに馬鹿なことやってるんですか。そろそろ行きますよ?」

 よく見れば後ろには他に二人ほど見覚えのある兵士が立っている。

 ちょっと待てよ、こいつらあの時砦から俺たちを連れ帰ったメンバーじゃないのか?

 俺の視線に気づいたアルディが「大丈夫です、彼らは僕が一番頼りにしているやつらですから」と保証する。俺は小さく息を吐いて気分を切りかえ、聞き返した。

「あんたらの準備はいいのか?」
「ええ、今回は最低限の人数、最低限の防備でスピード重視ですからね。もし戦闘になったら今回もネロ君は邪魔にならないように大人しく逃げて下さいね」
「俺だって自分の上限は分かってる。ただ無用な争いだけは止めるからな」
「それはよろしくお願いします」

 素直にアルディがそう言って笑う。
 こいつ結構頭いいよな。こういう時に変にこだわらない。やっぱキールが隊長に選ぶだけのことはある。

 俺達は早速城門を薄く開いてアルディを先頭に夜の闇に紛れて走り出した。
 しばらくするとアルディが立ち止まって俺を呼ぶ。

「ネロ君、待ってください、一体どういう体してんですか? そんなスピードじゃとても追いつけませんよ」
「あ、悪い。なんかこの身体やたら性能良くて」
「しかもこの真っ暗な中なんでそんなにためらいなく走れるんですか?」
「そりゃ猫目だから。よく見える」

 アルディのしかめっ面もよく見える。

「……ネロ君、先導してください。スピードはもう少し落として」

 結局俺達は俺の先導でバッカスと打ち合わせた森の端まで走り続けた。


「ヨッ」
「来たか」
「ああ、俺入れて4人だ」
「こっちは俺とあと1人だ。向こうにもう1人待ってる」

 お互い人数だけ確認してそのまま森の中をバッカス達に続いて分け入っていく。
 鬱蒼うっそうと茂る森の中では、同じ夜の暗さがより一層濃くなった気がする。
 それでも俺にはしっかり周りが見えているがアルディ達には無理だろう。アルディは俺の肩を掴み、残りの二人も同様に後ろに繋がってきていた。
 砦を過ぎ、そこから街道に続く裏手の小道に出るすぐ手前でもう一人の狼人族の奴に合流する。バッカス達はそのすぐ横の藪の中にしゃがみ込み、俺達もそれに習って同じようにしゃがんだ。
 そのまましばらく続いた沈黙を、バッカスの微かな囁きが破った。

「あゆみはどうした?」
「おいてきた」
「そりゃそうか。こっちはハビア。そんでこっちはアントニー。二人とも俺の片腕だ」
「宜しく。アルディはこの前会ってるよな」
「ああ。……それより前にもな」
「僕も忘れてはいませんよ」

 俺の言葉に答えたバッカスとアルディの間に微かな緊張が走る。それに続いてハビア達とアルディの兵士達からも殺気が漂った。

 あゆみがいないだけでこんなにも違うのか。文句なんて言わずに連れてくるべきだったか?

 俺は少し後悔しながら小さくため息をついて口を挟む。

「二人共頼む。今夜はとにかく仲良くやってくれ。でないと俺があゆみにまた怒られる」

 俺の言葉にそれぞれちょっと息をつき、無表情を取り繕った。

 あゆみの名前は効果絶大だな。とは言え、あいつが望むような関係になるにはまだまだ時間掛かりそうだぞこれは。

「それでどうしてここで見張ってるんですか」

 気持ちを切り替えたアルディが尋ねると、バッカスが軽く肩を竦めて答える。

「そこにいるネロが言うには渡りを付けるのは街の奴じゃないんだろ? あんたらとやり合った後、ここの道を新しく通った人間は誰もいない。だからここより街がある西側に相手がいることはあり得ない。なんせ、ここより南はあんたらも知っての通り『迷いの森』だし北は俺たちの縄張りだ。だからここからこの街道を東に向かって抜けるしかねえだろ」
「『迷いの森』ってのはなんだ?」
「ああ、ネロさん達を見つけた場所ですよ。あそこは色々方向が変になって迷うんです」 

 あー、地場かなんか狂ってる場所だったのか。
 会話が途切れ、しばらくそのままじっと待っていたが、当たり前だが相手もそんなすぐには出てこない。

「ここであまり話を続けるわけにもいきませんし、お互い一人ずつ残して一度離れませんか?」

 アルディが自分の兵士を指さしながら提案すると、バッカスも頷いてアントニーの肩に手をかけた。アントニーが頷いてそこに残る。俺たちは二人をその場に残して少し離れた岩場まで移動した。

「本当に今日来るのか?」
「さあな。もちろん来てくれる可能性が高いと思うからこそ罠を張ってんだけどさ」
「まあ、他に手立てもありませんしね。無駄になっても試さないよりはましです」
「バッカス、分かってると思うけどお前んとこの誰が出てきても絶対手を出すなよ」
「分かってる。だがこの後はどうするんだ?」
「まあ、『連邦』の者に渡りを付けるのを確認したあとは、内通者に関してはあなた方にお任せします。僕たちは『連邦』側の追跡にかかりますから」

 アルディが肩をすくめて返事をする。

「そっちも手伝うか?」
「……お願いできるんですか?」
「今回の件であゆみを攫わせたのもそいつらの仕業なんだろ。今後のことも考えて早く捕まえたほうがいいんじゃないのか?」
「ああ、あゆみさんの為ですか。そうですね、あなた方のほうがスピードもあるでしょうしお願い出来るなら助かります」

 アルディが複雑な表情でバッカスに答えた。そしてちょっと顔を歪め、小さく喘いでから言いにくそうに話し始める。

「ネロ君、申し訳ない。本当はこんな事を今持ち出すべきじゃないのは分かってるんだが。バッカスさん、一つ伺いたい」

 バッカスが少し警戒しながらアルディを見る。

「あの時……我々がこの砦を引き払った時、ここで死んだ兵士の遺体はどうなった?」

 苦しそうにそう言ったアルディの身体から僅かに殺気が漏れ出した。
 やっぱりこうなるか。俺はアルディと彼の兵士から漂い出した緊張を感じ取って身構えた。
 それを見たバッカスとハビアは同じく少し身構えながらも「ついて来い」と短く答え背中を見せて歩き出した。
 一瞬顔を見合わせたアルディとその兵士だが、それでもバッカス達の後についていく。俺もなるべく間に入るように気を付けながら歩き出した。


 そこはさっき話していた『迷いの森』の直ぐ入り口になるそうだ。街道に続く道を超えてしばらく行った場所にある小さな丘だった。
 そこにはまるで計算したように等間隔で幾つもの剣が地面に突き刺さっていた。そのすぐ横には幾つもの刀が同じ様に丘を囲む様に並んで突き刺さっている。

「これは……」
「俺達で勝手に埋葬した。葬送の曲は奏でられるものがここにはいないので出来なかったがな」

 その場所を見たアルディと兵士は剣の前まで行って崩れ落ちて涙を流しだした。
 俺には……その気持ちが痛い程分かってしまった。昨日あゆみが死んだと思った時、俺も全く同じことをしたのだから。

 俺もバッカス達も、そのままアルディ達の気が済むまで後ろで待つことにした。
 アルディ達の邪魔をしないようにバッカスが俺にだけ聞こえる小さな声で問いかけてきた。

「あのちっこいのはどうした? 俺が爪を引っ掛けちまった」
「ああ、パットのことか。大丈夫だ、あいつは持ち直した」
「そうか。あれは俺の手違いだ。戦意のない奴に手を出す気はなかったんだが。本当に済まない」
「……お前もホントひとのこと言えないぐらい生きづらい生き方してんな。そんなの一々謝ってたら族長やってらんないだろ」
「いや、これは俺のプライドの問題だ。戦意のない女子供に手を出して謝らないなんてのは駄目だ」
「じゃあ、なんであゆみを攫ったんだ?」
「それは、あゆみにも怒られた。意地でつい攫っちまった」
「ああ、そりゃあゆみも怒るわな。俺も怒る」

 バッカスがしゅんと耳を垂れている。
 どうも調子が狂う。これじゃまるでいたずら盛りの子供を叱ってるみたいだ。

 しばらくして男泣きに泣いていたアルディ達が落ち着きを取り戻して立ち上がった。そのままバッカスに真っすぐ歩いてきたアルディがその場で腕を胸に当てる。

「あなた方の誠意に感謝する。僕は現在そこの街の隊長を務めている。今後僕が隊長を続ける限り、我々があなた方に敵対することはないだろう」

 はっきりとそう言った顔は真剣で、目の辺りが少し赤いままだった。
 それを見たバッカスも口を引き結んで頷いた。

「俺たちもあゆみの名に掛けて二度と街の連中に手を出すことはないと誓おう」

 あ、あゆみなのか、やっぱり。
 俺とアルディは顔を見合わせて苦笑いした。


 結局それから一時間ほどした頃。暗闇から現れ、街道に向かって歩きだした狼人族の男をアントニーとハビアがつけていった。狼人族のスピードと勘を誤魔化すには、やはり狼人族でなければ無理だった。

 俺達はそれを見送ってその場でバッカスと別れ、俺はそのままアルディ達と共に兵舎の空き部屋を借りて休ませてもらうことにした。

 これで明日あゆみを喜ばせられるな。そう思うと心が軽く、俺は気分良く眠りについた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」  パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。  彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。  彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。  あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。  元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。  孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。 「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」  アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。  しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。  誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。  そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。  モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。  拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。  ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。  どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。  彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。 ※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。 ※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。 ※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...