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第6章 森

11 夜のお話し合い3

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 あゆみの部屋を後にした俺はそのままキールの執務室に入った。

「どうだった?」

 俺は盛大にため息を吐き出しながら答えた。

「説明してきたよ。枕投げつける剣幕で怒られたけどなんとか収まった。テリース、あんたが相談出来る女性を連れて来るって言ってあるからよろしくな」

 俺の言葉にキールもテリースも明らかに安堵の表情を浮かべた。

「ちょうど良かったですね。私自身ここをカントリー・ハウスとして整える為に農村で人を集めてましたから。明日には丁度いい方をこちらに呼べます」
「あれはお前だけを俺が贔屓してるとでも思ってたのか?」

 俺がへたりこむように椅子に座るとテリースが暢気な顔で答え、キールが問いかけてくる。

「いや違う。俺達が隠し事をしてあいつを除け者にしてると思ってたみたいだ。特に俺がナンシーに連れていけないって言ったのが悪かったみたいだ」
「いやだって行けないだろう、これからの体調を考えれば……」

 言葉を濁すキールの顔を見ながら俺はため息を付いた。

「どうも本人に自覚が無かったらしい。お陰でいらない事まで白状させられて枕投げつけられそうになった。あ、ついでにあんたらにバラした事も勘づかれた」

 キールがちょっとギョッとしながらも「別にいいが」と口の中で呟いて続ける。

「じゃあ、あゆみはナンシーに行けない事には納得したんだな?」
「ああ。体調の話で爆発してくれたお陰で今朝色々先に話をまとめておいたのも何とか誤魔化せた。あん時せめて俺があいつの匂いの理由に気づいていればここまで拗れなかったんだが」
「今更言っても仕方ない。それに悪いがこういう話は一番近い人間にしてもらうより他にないしな」

 そう言ってキールがまた俺を意味ありげに見やがる。
 確かに一緒にいた時間は俺が一番長いかもしれないが俺が一番近いのかと言えば正直疑問だ。
 最近はどうもトーマスに色々話してるみたいだし、あいつに頼んだ方が良かったんじゃないか?
 バッカスには家族宣言してたしな。まあ俺も家族以下ではないらしいが……今更俺があいつの中でどう思われてるかなんて気にしても仕方ないんだけどな。
 ちょっと情けない気分になりつつある俺にキールがお構いなしに話を続ける。

「それに今回の件であゆみにこれ以上、戦いに関わる話は聞かせたくないと言ったのはお前だしな」
「ああ」

 そうだ。昨日の一件で本気で懲りた。あいつがあそこまで過敏に決闘に嫌悪を抱くとは思わなかった。やっぱり俺は少し日本人の常識からずれているんだろう。
 今日のバッカスとの勝負だってそうだ。俺だっていあいつとは一度本気でやりあってみたかった。
 だけど俺が二つ返事で立ち上がったのを見たあゆみは昨日と変わらないくらい怒ってた。もうあの場で断るなんて選択肢の無かった俺はあゆみの目の前で切りだしたバッカスをちょっと恨みながらもあゆみの杖を持って置き去りにした。
 だが結果からすればバッカスのやり方の方があゆみには正解なのだろう。さっきのやり取りを見てもそうだがあいつに隠れてバッカスと話をつけたり、あいつの体調の話を勝手にキール達に話した俺への怒りの方が間違いなく上だった。

「どうもあいつに隠し事をするのは完全にアウトになるみたいだ。後から気づかれた方がよっぽど手におえない」

 俺の言葉にキールが苦笑いしてる。

「それでも隠したいんだろう?」
「内容によってはな」

 昨日全員の前で宣言した通り、俺は今日は俺個人の休暇として森に行ってくる事になっていた。これなら元々戦闘には直接かかわりが無かった俺はあゆみの付き添いという形であちらの様子を伺って来れると踏んでの事だ。
 ただ、そんな含みをあゆみに話したって全く通じないだろう。あいつはもうどこかもっと深い部分であいつらを信用しちまってる。
 正直言えば俺も昨日の一件でもうバッカスを信用する事にしていた。馬鹿みたいに聞こえるが、俺の場合こういう事は昔っから全てカンで決める。あの時こいつは信じられる、そう思ってしまった。だからそれで十分だった。
 だけどだからって他の奴らまで全部まとめて信用した訳じゃない。
 バッカスの統率力も分からなかったしな。まあ、あゆみの統率力には恐れ入ったが。

「さっきも言ったがあいつらあんたらの砦を使って生活してた。北に置いて来た女子供を呼び寄せてあの辺りで暮らしたいそうだ。それを邪魔されない限り、街の人間に対して特に思う所は無いそうだ」

 俺はそこで一旦言葉を切って複雑な気持ちで続けた。

「このままあそこをあいつらに任せても大丈夫だと思うぞ。あいつらあゆみには絶対の信頼をおいてる。っていうかあれはもう崇拝の域だな。あゆみがやれって言えばあいつらあゆみの為に絶対やる」
「じゃあ最善の形で俺たちの要求通りになわけだな。あゆみの為って部分を除けばだが」

 俺の言葉にキールが複雑な顔をした。実は俺はキールから前もって色々と交渉の足しになる材料も渡されてはいたんだが、あいつらが興味を示したのは砦の所有権と「次はいつあゆみが来れるか」だけだった。
 あの砦は元々冬の緊急用貯蔵庫とナンシーの街から人を迎える為の仮の歩哨場所だったらしい。それを狼人族との抗争がひどくなった時点で改装したんだそうだ。だから狼人族があの場所を欲しがるならそれは別に問題無かった。

「それにしてもあゆみのお陰で一気に話が進んだな」
「ああ、こんな話し合い、普通に交渉を始めたらお互いのわだかまりでどんだけ無駄な時間を費やすところだったか。あゆみ繋がりで俺も完全に受け入れられたみたいだった。なんかあいつの召使程度に見られてる気はするが。実はバッカスとは一回本気で勝負したぞ。お陰でその後は腹を割って話せた」
「そうか。どっちが勝った?」

 キールの質問にバツの悪い思いで答える。

「俺の負けだ。あいつ、変身もしないし最後まで手加減してやがった。俺がどこまで本気か遊ばれてたみたいだな。だがお陰で気兼ねなくあいつらの内心も聞き出せた」

 ナンシーの街との行き来が出来るただ一本の道はあの砦のすぐ裏側を通っている。あいつ等の事が信用できないとそこを通行する事も出来ない。荷馬車がやっと1台通れるほどの細い道らしいんだが既にこの半年人が殆ど通らなかったから木々が生い茂ってるのも早く片付けなければならない。
 もし狼人族が今後わだかまり無く付き合える連中で信用することが出来るならいっそ彼らと手を組んで街の外の防衛や森の管理を色々交渉したいというのがこちらの現状だった。

 だがもし。もしも狼人族の中に街への恨みが根強く残っているとしたら。あゆみには悪いが俺たちはやはりそれなりに軍事的な対応も考える必要があった。それは決して彼らと戦うという事ではなく、お互いをそこにある脅威と認めてお互い不干渉の元に住み分ける、と言う事だ。決してこれだって悪い選択ではない。ただ間違いなくあゆみは気に入らないだろうが。

「俺の見たところあゆみが望んでいるような形での共存もいずれ可能だろうな。あいつらほんとに裏表ねぇし喧嘩の後もサッパリしたもんだった。俺が自分達の族長を傷付けたのに俺の傷の心配までしてやがった」

 そう、結果から言えば、俺たちが思っていた以上にあいつらの中に俺達への敵対心は無かった。いや違いう、もっと厳密にいえば、あいつらは戦闘という行動にその時の一時的な感情以外を関与させていない様だった。終わっちまえばそれまで。多分戦闘はあいつ等にとって本能の一部なのだろう。かといって意味もなく争いを仕掛けてくるような戦闘馬鹿でもない。理由があれば戦う事をいとわないが無闇やたらに戦いを好むわけではないのだ。

 この辺りは俺の知っている元軍人の奴らとは大きく違っていた。彼らは国によってヘイトを刻み込まれていた。例え軍を辞めてもそれは簡単には消え去らない。そしてこれは多分アルディやこの街の兵士の方が近い気がする。
 キールだってこいつ、綺麗に隠してるが狼人族にわだかまりが全く無いはず無いだろう。あゆみは見ていないが、あの最初の敵襲があった夜コイツは自分の部下を死なせ、その屍と狼人族の屍の上で踏ん張っていたんだ。

 今朝こいつに話を持ちかけた時、こいつもあゆみにこの話を聞かせたくないといった。その時のこいつの顔には微かに自分を恥じらう様子が見て取れた。
 俺にもそれは少しだけ分かる。あんなに真っ白で素直に戦いなんていらないと見つめてくる奴が相手だと俺達のこんな物騒な感情はやけに汚い物の様な気にさせられる。
 まあ、そうやって隠していたのがばれてまた余計あゆみを怒らせたわけだが。

「キール、お前も一度ちゃんとあゆみと話した方が良い気がするぞ」
「考えておく。アルディにくれぐれも余計なごたごたを引き起こさない様注意しろと言っておいてくれ」

 俺の言葉を曖昧に聞き流しながらキールが手を振った。

「あ、ああ。じゃあ行ってくるわ」
「お前も気を付けろよ。ランド・スチュワードの代わりも簡単には見つからないんだからな」
「分かってる」

 俺はもう目の前の書類に目を移したキール達を後にして城門へと向かった。
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