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第6章 森
8 夕食会議
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私が扉をノックしてキールさんの執務室に入ると、そこにはテリースさんと黒猫君が既にいる。
なんだ、皆もう集まってたんならなんで呼んでくれないかな。
でも私が部屋に入った途端、何か3人が慌てた様に居住まいを正したのに気づいてしまった。
あれ、何かここでも私は仲間外れ? 流石にちょっと落ち込みそうだ。
「あゆみ悪い、ちょっと話し込んじまって拾いに行けなかった」
私が文句を言おうと口を開くとそれよりも早く慌てた様に黒猫君が手を合わせて私に謝ってきた。
「トーマスさんと話してたからいいけどね」
そう言いつつも少し不貞腐れながら黒猫君の隣の椅子に座る。杖を折りたたんで膝に乗せるのはすっかり習慣になったな。
「コホン。あゆみも来た事だし本題に入ろう」
なんかわざとらしい咳を一つしてから眉間に少ししわを寄せてキールさんが話しだした。
「今朝も言ったが買取品がかなり溜まってきている」
「それは聞いたが何でそうなったんだ?」
私の横で黒猫君が少し首を傾げた。
「窓口の者に聞いたところによるとどうも市場の価格がかなり安定して現在のこちらが設定した一割増しの買取価格が高くなりすぎている様だ」
「じゃあ時価が大体適正価格まで落ちて来たんだな」
黒猫君がちょっと驚いた顔で返した。キールさんが嬉しそうに頷く。
「ああ。お陰で最近品物がここに結構残っちまってる。食料品は基本的に軍で買い付けてるがそれ以外の木材、麻布、毛織物、鉱石、それから一部日用雑貨なんかが残っちまった」
「ああ、卸が見つかるもんは基本引き取ってたもんな」
黒猫君はちょっと考えてからキールさんに質問した。
「税金の受け取りの方はどうなってる?」
「そちらも大体おさまって最近はもう殆ど来てないそうだ」
「だろうな。じゃあ簡単だ。もう窓口は閉めて後は普通に集まった商人と売り手の競場として引き続き前庭を提供して置けばいいな。ここに残ったものも買い手が付くまで一緒に出しちまえば自然にはけていくだろう」
「お二人ともちょっと待ってください。一つお願いがあるんですが」
黒猫君の言葉に少し安堵を見せながら頷き返していたキールさんにテリースさんが横から慌てて声を掛けた。
「実は農村に連れて行った貧民街の皆さんの事なんですが。半数以上の者がこのまま農村に残って仕事を続けると言っています。ただ、彼らには今まで物を買うような余裕もありませんでしたから皆殆ど生活用品を何も持っていません。今回の様に短い間の仮の生活ならばなんとかなりますが、今後もあそこで生活を続けるならば皆少なからず生活用品が必要になるでしょう。街に戻ろうとしている者も、台帳に名前が載り次第、街で仕事を探すつもりに違いありません。ですから……」
そこまで勢い込んで喋っていたテリースさんがちょっと困った様に言葉を切った。
「融通してあげて欲しいって事ですよね?」
私が代わりに言葉を継いだ。
それにテリースさんが頷いて返す。
それを聞いた黒猫君がちょっと眉根を寄せてキールさんを振り向く。
「キール。……因みにあんたの資金はどうなんだ? 大丈夫なのか?」
ちょっと聞きにくそうにそう尋ねる黒猫君にキールさんが少し苦笑いしながら答える。
「正直きついな。教会の奴らから取り返した資金は銅貨の価値が上がる前に殆ど使い切っちまった。個人的に持ち込んでた資産の内、金貨はウイスキー工房の親父と幾つかの卸の連中に換金させてこれも殆ど底を突いてる。今ここに残っている品物の一部はまだ買掛金を支払っていない。後は個人のコレクションを形にウイスキー工房の親父辺りに金を借りるかナンシーに一度行ければまだ少し引き出せるが」
それを聞いた黒猫君が「借金持ちの皇太子かよ」とからかいつつ嬉しそうに笑ってる。
「じゃあ、そろそろ金を作んないとマズいな。じゃあちょっとそのウイスキー工房の親父を連れてこれるか?」
「何をする気だ?」
陽気に答えた黒猫君を怪訝そうな顔で見返したキールさんにニカっと笑って黒猫君が答える。
「別にそいつを脅して金を巻き上げようってんじゃない。どの道ナンシーには一度行かなきゃならないし、その前にその親父を巻き込んで金を作る手立てを仕込もうと思うんだ」
「いいだろう、明日人をやってドンタスの親父を呼び出そう」
黒猫君の言葉を聞いたキールさんが首を傾げながらも了承してくれる。それに頷いた黒猫君は今度はテリースさんに向き直った。
「オッケー、じゃあそいつとの話し合いが上手くいったら日用品は多分格安で融通できる」
「え? タダにするんじゃないの? だって貧民街の皆さん、お金無いんでしょ?」
驚いて聞き返した私に黒猫君がフッと小さく笑いながら答える。
「今は無くとも働けば出来る。台帳に名前を載せながら借金もちゃんと書き込んでおけ」
「黒猫君、結構ケチだね」
呆れてつい言ってしまった私をテリースさんが横から窘める様に口を挟んだ。
「あゆみさん、それは違いますよ。以前も言いましたがタダで物を与えるという事はそれ相応の見返りを期待していることになります。逆に言えば貧民街の皆さんは多分欲しくても手を出さないでしょう。それよりは十分に返金できる金額で売ってあげた方が良いんですよ」
あ、そうなんだ。何となく募金とかを想像してたんだけどそれが良いとは限らないのか。
黒猫君は私にちょっとからかうような目を向けながら「なんだったらお前が肩代わりしてやればいいかもな」っと意地悪を言った。
お互い無一文なのは知ってる癖に。
そこにコンコンと扉を叩く音がしてトーマスさんが夕飯を運んできてくれた。
「今日は昨日の残りのスープと昨日ネロに教わったジャケット・ポテトです」
テーブルに並べてくれたご飯を見て見れば、真っ黒に皮の焼けたジャガイモとスープ、それに一切れのパン。
自分達の皿を見たキールさんとテリースさんが途端眉をしかめる。
それを見たトーマスさんが苦笑いしながらバターの壺と細い緑のねぎを刻んたものを出してくれた。
「俺もネロに聞いた時は半信半疑だったんすけど、半分に割ってこれを入れて中身だけ食うと本当に旨いんです」
トーマスさんが顔をほころばせて説明してくれる。
それでもなお疑いの眼差しを向ける二人を見ながら、黒猫君が実際に自分の芋を四つ割りにして真ん中にバターとねぎを少しパラパラと撒いてスプーンですくって食べ始めた。私も真似して食べてみる。
うん、久々のじゃがバターだ! 醤油が無いのが惜しい。
あ、この世界、醤油なんてきっとどこにも無いよね。
うわ、分かってたけど実際こういう物が目の前に出てきちゃうと余計悲しい。
美味しそうに食べ始めた私たちを見てキールさんとテリースさんも同じようにして口を付けた。
「お、美味しいですね」
「食えるな」
二人とも驚いた様に黒猫君を見たが、黒猫君は黙々と自分の分を食べ続けながら話し始めた。
「この前のニョッキもこのジャケット・ポテトも手軽に作れる。農村では腐るほどジャガイモが出来てるんだ、これからもこの手の料理はどんどん広めればいい。そうすれば麦への依存度も下がるだろ。保存の仕方さえ気を付ければ冬場も持つしな」
「なるほどな。以前中央から回ってきた時は誰がこんなもん食うのかと思ってたがちゃんと食い方があったんだな」
キールさんの言葉に黒猫君がちょっと眉を顰める。
「待て、やっぱりこれも中央から流れて来たのか?」
「ああ、ナンシーで出回り始めたのが3年前、この辺りでも2年前くらいから出回ってる」
それを聞いた黒猫君はトーマスさんが部屋を出ていくのを待ってキールさんに話し始めた。
「あのなキール。このジャガイモだけどな、単に食料としてだけじゃなくて実は非常に重要な意味があるんだ」
あっという間にジャガイモを2つも食べ終わってスープを飲んでたキールさんが黒猫君の言葉に手を止めた。
「どうせこれは今年どうしょも無い事なんだがな。来年から先、ここの収穫をかなり増やせるはずなんだ」
「どういう事だ? いや、何でそんな重要な話、農村にいた時にしなかったんだ?」
キールさんの顔つきが変わった。それを横目で見ながらスープを冷まし冷まし黒猫君が答える。
あ、黒猫君、人型でも猫舌か。
「それはこの情報の影響を考えたからだ。俺たちが以前いた場所ではこれが引き金になって時代が動いた。だからそれを知った上でこの情報をあんたに上手く使ってほしかったんだ」
キールさんはちょっと目を見開いて、すぐ顔を顰めた。
「お前がそこまで言うなら確かにここで先に聞けるのはありがたいな」
「貧民が農村に移って人手が出来た今、この情報は多分、一気にここの状況を変えてくれる。あんたの事は信用してるが頼むから貧民が割を食うような使い方をしないで欲しい」
黒猫君が真剣なまなざしでそう言いおいてから始めた説明は、私にはちょっと良く分からなかった。
だって、今農地の半分を休ませて半分で作ってる麦を、農地の4分の1にだけ麦を植えて他の場所は別の物を作ると言うのだ。なんでそれで収穫量が上がるのか良く分からない。それって結果的には現在の半分の面積しか麦を作らない事になるよね?
でも黒猫君曰く、その半分の農地だけでも収穫量は変わらなくなるんだそうだ。そればかりか、残りの3つの畑ではジャガイモや飼葉、クローバーなんかが作れるんだって。
「でもクローバーなんて作ってもしょうがなくない?」
「いや、これはもうここでも一部やってるな。クローバーは牛の乳の出が良くなるんだ。農地にクローバーが広がっている間にそこを放牧に使う。牛や羊がそこに居るだけでその糞が土地をまた豊かにしてくれる。逆に今放牧にしか使っていない土地も開墾して畑に出来る」
なんかよく出来過ぎてる気がするんだけど大丈夫なのかな? 首を傾げている私を同様に首を傾げて黒猫君が見てくる。
「お前、これって高校で習うって日本人の観光客が言ってたぞ? お前本当に高校行ったのかよ?」
「し、失礼な。産業革命って言葉くらいは聞いたことあるよ」
「産業革命じゃなくて農業革命」
「…………」
言葉に詰まった私を少し偉そうに見下ろした黒猫君が再度キールさんに向き直って言葉を続けた。
「正直この知識は俺たちがいた世界のここに近い地域の話であってそれがそのままここでもちゃんと出来るのかまだ分からない。だから何年か試さないと収穫や切り替えの時期が最高の状態にはならないだろうけど、今回の収穫の仕組みと併せれば今までよりは収穫全体が上がるはずだ」
話を聞いていたキールさんが何か一人で腕組んで「確かにこれは影響が馬鹿にならない話だな」っと唸ってる。
私にはそれがなんで大きな影響なのかサッパリ分からない。まあ、もっと食べるものが出来て美味しくなるのはもちろん大歓迎だけどさ。出来るのが麦と芋ばっかじゃあんまり嬉しくない。醤油とかお米なら嬉しいけど。
ふと気づいて黒猫君に聞いてみる。
「ねえ黒猫君、ジャガイモはどうするの? そんなに作っても今ここの人たちあんまり食べないんだよね?」
私が米が食べたいのと同じでここの人たちはパンが食べたい。いや、森にいた時はもう芋団子でも十分貴重だったけど。
「ああ。ジャガイモはむこうでも元々は家畜の冬の間の飼料のにされてたんだが、徐々に食用に変わったはずだ。食用の需要が上がればここでも十分金になる」
「ああ、それで黒猫君色々なジャガイモのレシピを作るんだ」
「ま、それもあるし、ここの食料事情ではそれしか全員で冬を越す方法が無かったのもある」
「え? そこまでマズかったの?」
「いや、最初はどうにかなるかと思ってたんっだがキール達が俺達に言っていた街の人間の数には貧民街の奴らが入ってなかった。まあ、台帳にも載ってないから予測のしようもなかったんだがな。それが数えてみたら貧民の数が予想してた全体数を倍に押し上げたんだ。お陰で実は今年の麦の刈り入れを全て街で消費したとしても足りそうもなかった」
キールさんもどうやら同じことを考えてたみたいで頷いてる。そんな事思いもよらなかった私は、今知らされた爆弾情報にヒッと声が上がりそうになった。
ジャガイモ大事だ! 米なんて後回しだ。大切にしなきゃ。
「そう言えばバッカス達は冬の間どうするんだ?」
ふと思い出した様に黒猫君が聞いてきた。
「ああ、冬眠はしないみたいだよ、冬に向けてもう干し肉作り出してた」
「あいつら干し肉作れるのか。だったらそれも仕事としてありかもな」
黒猫君がまたちょっと考え込んだ。そのすきにテリースさんが立ち上がって皆の食事を下げてくれた。
「ネロ、近いうちに農村に一緒に行って村長たちと話し合おう。俺達だけで話してても仕方ない。ただ、お前の言ってた通り本当にこれが上手くいくんだとしたら、長い目で見た時色々話が変わってくる。下手したらこの街を襲う連中も出かねない」
「やっぱりそうだよな」
黒猫君がため息を付いた。
「不幸中の幸いだな。いまの所この街は完全に隔離されちまってるし人も限られてる。お前が今これを持ち出したのもそれもあるんだろう。このままここを試験場にして情報を制限したいんだな?」
黒猫君がチラリとこちらを見てから意を決したように話し始めた。
「ああ。あの砦、今日もう一度見て来たけどアレを通らないとナンシーにはいけない様になってるんだろ? バッカス達があそこを住処にしてくれたのは非常に都合がいい。あいつらを街の防衛に組み込んじまえばいいだろ」
「え?」
「ああ、ついでだからここの軍と連携させよう。なるべく早く正式に合意しておきたい」
「バッカスにはそれとなく話しておいた。あいつらもあそこの砦を使いながら北に残してきた女子供を迎え入れたいそうだ」
「え? え?」
「中に入っている中央の子飼いの話はどうなった?」
「今日あぶり出しをする事になった。手はず通りアルディの隊が合流して見つけ出した『連邦』の奴らに見張りを付ける予定だ」
「え? え? えええ? ちょっと待てそれ何にも聞いてない」
さっきっからチョロチョロ人の顔色伺っていた黒猫君が私の声に困った顔でこちらを見返した。
「あゆみごめん。お前、隠し事出来ねぇだろ。だから今朝キールと俺で先に話合ってたんだ」
何か凄く嫌だ。バッカスもバッカスだ。何で私に言ってくれないんだ。
私が顔を赤くして思いっきり拗ねたのを見て取ったキールさんが目を細めてこちらを見た。
「あゆみ、勘違いするな。これは俺がネロに頼んだ仕事だ。仕事の内容がお前に合わないからネロを選んだ。それだけの事だ。別にお前に隠し事をする事が目的だった訳じゃない」
キールさんの言った事は正しい。私は確かに自分の信頼できる人達に囲まれてると思った事が次の瞬間には口に出る。分かってはいるけど何かやっぱり納得がいかない。
そんな私を困り顔で見ていた黒猫君がはぁっと小さくため息を付いて立ち上がった。
「悪い、ちょっとそろそろこいつにちゃんと話付けて来るわ。今日はここで解散な。明日もう少し話を詰めよう」
何勝手に一人で決めてるんだ、っと文句を言おうと思った時にはまたも勝手に抱き上げられていた。
「ちょっと自分で歩けるからもういいよ!」
少し不機嫌に睨みあげる私を黒猫君は完全に無視する。キールさん達も困った顔で私を見返すばかりだった。ため息をついて顔を見合わせているキールさん達に見送られながら私たちは部屋を後にした。
なんだ、皆もう集まってたんならなんで呼んでくれないかな。
でも私が部屋に入った途端、何か3人が慌てた様に居住まいを正したのに気づいてしまった。
あれ、何かここでも私は仲間外れ? 流石にちょっと落ち込みそうだ。
「あゆみ悪い、ちょっと話し込んじまって拾いに行けなかった」
私が文句を言おうと口を開くとそれよりも早く慌てた様に黒猫君が手を合わせて私に謝ってきた。
「トーマスさんと話してたからいいけどね」
そう言いつつも少し不貞腐れながら黒猫君の隣の椅子に座る。杖を折りたたんで膝に乗せるのはすっかり習慣になったな。
「コホン。あゆみも来た事だし本題に入ろう」
なんかわざとらしい咳を一つしてから眉間に少ししわを寄せてキールさんが話しだした。
「今朝も言ったが買取品がかなり溜まってきている」
「それは聞いたが何でそうなったんだ?」
私の横で黒猫君が少し首を傾げた。
「窓口の者に聞いたところによるとどうも市場の価格がかなり安定して現在のこちらが設定した一割増しの買取価格が高くなりすぎている様だ」
「じゃあ時価が大体適正価格まで落ちて来たんだな」
黒猫君がちょっと驚いた顔で返した。キールさんが嬉しそうに頷く。
「ああ。お陰で最近品物がここに結構残っちまってる。食料品は基本的に軍で買い付けてるがそれ以外の木材、麻布、毛織物、鉱石、それから一部日用雑貨なんかが残っちまった」
「ああ、卸が見つかるもんは基本引き取ってたもんな」
黒猫君はちょっと考えてからキールさんに質問した。
「税金の受け取りの方はどうなってる?」
「そちらも大体おさまって最近はもう殆ど来てないそうだ」
「だろうな。じゃあ簡単だ。もう窓口は閉めて後は普通に集まった商人と売り手の競場として引き続き前庭を提供して置けばいいな。ここに残ったものも買い手が付くまで一緒に出しちまえば自然にはけていくだろう」
「お二人ともちょっと待ってください。一つお願いがあるんですが」
黒猫君の言葉に少し安堵を見せながら頷き返していたキールさんにテリースさんが横から慌てて声を掛けた。
「実は農村に連れて行った貧民街の皆さんの事なんですが。半数以上の者がこのまま農村に残って仕事を続けると言っています。ただ、彼らには今まで物を買うような余裕もありませんでしたから皆殆ど生活用品を何も持っていません。今回の様に短い間の仮の生活ならばなんとかなりますが、今後もあそこで生活を続けるならば皆少なからず生活用品が必要になるでしょう。街に戻ろうとしている者も、台帳に名前が載り次第、街で仕事を探すつもりに違いありません。ですから……」
そこまで勢い込んで喋っていたテリースさんがちょっと困った様に言葉を切った。
「融通してあげて欲しいって事ですよね?」
私が代わりに言葉を継いだ。
それにテリースさんが頷いて返す。
それを聞いた黒猫君がちょっと眉根を寄せてキールさんを振り向く。
「キール。……因みにあんたの資金はどうなんだ? 大丈夫なのか?」
ちょっと聞きにくそうにそう尋ねる黒猫君にキールさんが少し苦笑いしながら答える。
「正直きついな。教会の奴らから取り返した資金は銅貨の価値が上がる前に殆ど使い切っちまった。個人的に持ち込んでた資産の内、金貨はウイスキー工房の親父と幾つかの卸の連中に換金させてこれも殆ど底を突いてる。今ここに残っている品物の一部はまだ買掛金を支払っていない。後は個人のコレクションを形にウイスキー工房の親父辺りに金を借りるかナンシーに一度行ければまだ少し引き出せるが」
それを聞いた黒猫君が「借金持ちの皇太子かよ」とからかいつつ嬉しそうに笑ってる。
「じゃあ、そろそろ金を作んないとマズいな。じゃあちょっとそのウイスキー工房の親父を連れてこれるか?」
「何をする気だ?」
陽気に答えた黒猫君を怪訝そうな顔で見返したキールさんにニカっと笑って黒猫君が答える。
「別にそいつを脅して金を巻き上げようってんじゃない。どの道ナンシーには一度行かなきゃならないし、その前にその親父を巻き込んで金を作る手立てを仕込もうと思うんだ」
「いいだろう、明日人をやってドンタスの親父を呼び出そう」
黒猫君の言葉を聞いたキールさんが首を傾げながらも了承してくれる。それに頷いた黒猫君は今度はテリースさんに向き直った。
「オッケー、じゃあそいつとの話し合いが上手くいったら日用品は多分格安で融通できる」
「え? タダにするんじゃないの? だって貧民街の皆さん、お金無いんでしょ?」
驚いて聞き返した私に黒猫君がフッと小さく笑いながら答える。
「今は無くとも働けば出来る。台帳に名前を載せながら借金もちゃんと書き込んでおけ」
「黒猫君、結構ケチだね」
呆れてつい言ってしまった私をテリースさんが横から窘める様に口を挟んだ。
「あゆみさん、それは違いますよ。以前も言いましたがタダで物を与えるという事はそれ相応の見返りを期待していることになります。逆に言えば貧民街の皆さんは多分欲しくても手を出さないでしょう。それよりは十分に返金できる金額で売ってあげた方が良いんですよ」
あ、そうなんだ。何となく募金とかを想像してたんだけどそれが良いとは限らないのか。
黒猫君は私にちょっとからかうような目を向けながら「なんだったらお前が肩代わりしてやればいいかもな」っと意地悪を言った。
お互い無一文なのは知ってる癖に。
そこにコンコンと扉を叩く音がしてトーマスさんが夕飯を運んできてくれた。
「今日は昨日の残りのスープと昨日ネロに教わったジャケット・ポテトです」
テーブルに並べてくれたご飯を見て見れば、真っ黒に皮の焼けたジャガイモとスープ、それに一切れのパン。
自分達の皿を見たキールさんとテリースさんが途端眉をしかめる。
それを見たトーマスさんが苦笑いしながらバターの壺と細い緑のねぎを刻んたものを出してくれた。
「俺もネロに聞いた時は半信半疑だったんすけど、半分に割ってこれを入れて中身だけ食うと本当に旨いんです」
トーマスさんが顔をほころばせて説明してくれる。
それでもなお疑いの眼差しを向ける二人を見ながら、黒猫君が実際に自分の芋を四つ割りにして真ん中にバターとねぎを少しパラパラと撒いてスプーンですくって食べ始めた。私も真似して食べてみる。
うん、久々のじゃがバターだ! 醤油が無いのが惜しい。
あ、この世界、醤油なんてきっとどこにも無いよね。
うわ、分かってたけど実際こういう物が目の前に出てきちゃうと余計悲しい。
美味しそうに食べ始めた私たちを見てキールさんとテリースさんも同じようにして口を付けた。
「お、美味しいですね」
「食えるな」
二人とも驚いた様に黒猫君を見たが、黒猫君は黙々と自分の分を食べ続けながら話し始めた。
「この前のニョッキもこのジャケット・ポテトも手軽に作れる。農村では腐るほどジャガイモが出来てるんだ、これからもこの手の料理はどんどん広めればいい。そうすれば麦への依存度も下がるだろ。保存の仕方さえ気を付ければ冬場も持つしな」
「なるほどな。以前中央から回ってきた時は誰がこんなもん食うのかと思ってたがちゃんと食い方があったんだな」
キールさんの言葉に黒猫君がちょっと眉を顰める。
「待て、やっぱりこれも中央から流れて来たのか?」
「ああ、ナンシーで出回り始めたのが3年前、この辺りでも2年前くらいから出回ってる」
それを聞いた黒猫君はトーマスさんが部屋を出ていくのを待ってキールさんに話し始めた。
「あのなキール。このジャガイモだけどな、単に食料としてだけじゃなくて実は非常に重要な意味があるんだ」
あっという間にジャガイモを2つも食べ終わってスープを飲んでたキールさんが黒猫君の言葉に手を止めた。
「どうせこれは今年どうしょも無い事なんだがな。来年から先、ここの収穫をかなり増やせるはずなんだ」
「どういう事だ? いや、何でそんな重要な話、農村にいた時にしなかったんだ?」
キールさんの顔つきが変わった。それを横目で見ながらスープを冷まし冷まし黒猫君が答える。
あ、黒猫君、人型でも猫舌か。
「それはこの情報の影響を考えたからだ。俺たちが以前いた場所ではこれが引き金になって時代が動いた。だからそれを知った上でこの情報をあんたに上手く使ってほしかったんだ」
キールさんはちょっと目を見開いて、すぐ顔を顰めた。
「お前がそこまで言うなら確かにここで先に聞けるのはありがたいな」
「貧民が農村に移って人手が出来た今、この情報は多分、一気にここの状況を変えてくれる。あんたの事は信用してるが頼むから貧民が割を食うような使い方をしないで欲しい」
黒猫君が真剣なまなざしでそう言いおいてから始めた説明は、私にはちょっと良く分からなかった。
だって、今農地の半分を休ませて半分で作ってる麦を、農地の4分の1にだけ麦を植えて他の場所は別の物を作ると言うのだ。なんでそれで収穫量が上がるのか良く分からない。それって結果的には現在の半分の面積しか麦を作らない事になるよね?
でも黒猫君曰く、その半分の農地だけでも収穫量は変わらなくなるんだそうだ。そればかりか、残りの3つの畑ではジャガイモや飼葉、クローバーなんかが作れるんだって。
「でもクローバーなんて作ってもしょうがなくない?」
「いや、これはもうここでも一部やってるな。クローバーは牛の乳の出が良くなるんだ。農地にクローバーが広がっている間にそこを放牧に使う。牛や羊がそこに居るだけでその糞が土地をまた豊かにしてくれる。逆に今放牧にしか使っていない土地も開墾して畑に出来る」
なんかよく出来過ぎてる気がするんだけど大丈夫なのかな? 首を傾げている私を同様に首を傾げて黒猫君が見てくる。
「お前、これって高校で習うって日本人の観光客が言ってたぞ? お前本当に高校行ったのかよ?」
「し、失礼な。産業革命って言葉くらいは聞いたことあるよ」
「産業革命じゃなくて農業革命」
「…………」
言葉に詰まった私を少し偉そうに見下ろした黒猫君が再度キールさんに向き直って言葉を続けた。
「正直この知識は俺たちがいた世界のここに近い地域の話であってそれがそのままここでもちゃんと出来るのかまだ分からない。だから何年か試さないと収穫や切り替えの時期が最高の状態にはならないだろうけど、今回の収穫の仕組みと併せれば今までよりは収穫全体が上がるはずだ」
話を聞いていたキールさんが何か一人で腕組んで「確かにこれは影響が馬鹿にならない話だな」っと唸ってる。
私にはそれがなんで大きな影響なのかサッパリ分からない。まあ、もっと食べるものが出来て美味しくなるのはもちろん大歓迎だけどさ。出来るのが麦と芋ばっかじゃあんまり嬉しくない。醤油とかお米なら嬉しいけど。
ふと気づいて黒猫君に聞いてみる。
「ねえ黒猫君、ジャガイモはどうするの? そんなに作っても今ここの人たちあんまり食べないんだよね?」
私が米が食べたいのと同じでここの人たちはパンが食べたい。いや、森にいた時はもう芋団子でも十分貴重だったけど。
「ああ。ジャガイモはむこうでも元々は家畜の冬の間の飼料のにされてたんだが、徐々に食用に変わったはずだ。食用の需要が上がればここでも十分金になる」
「ああ、それで黒猫君色々なジャガイモのレシピを作るんだ」
「ま、それもあるし、ここの食料事情ではそれしか全員で冬を越す方法が無かったのもある」
「え? そこまでマズかったの?」
「いや、最初はどうにかなるかと思ってたんっだがキール達が俺達に言っていた街の人間の数には貧民街の奴らが入ってなかった。まあ、台帳にも載ってないから予測のしようもなかったんだがな。それが数えてみたら貧民の数が予想してた全体数を倍に押し上げたんだ。お陰で実は今年の麦の刈り入れを全て街で消費したとしても足りそうもなかった」
キールさんもどうやら同じことを考えてたみたいで頷いてる。そんな事思いもよらなかった私は、今知らされた爆弾情報にヒッと声が上がりそうになった。
ジャガイモ大事だ! 米なんて後回しだ。大切にしなきゃ。
「そう言えばバッカス達は冬の間どうするんだ?」
ふと思い出した様に黒猫君が聞いてきた。
「ああ、冬眠はしないみたいだよ、冬に向けてもう干し肉作り出してた」
「あいつら干し肉作れるのか。だったらそれも仕事としてありかもな」
黒猫君がまたちょっと考え込んだ。そのすきにテリースさんが立ち上がって皆の食事を下げてくれた。
「ネロ、近いうちに農村に一緒に行って村長たちと話し合おう。俺達だけで話してても仕方ない。ただ、お前の言ってた通り本当にこれが上手くいくんだとしたら、長い目で見た時色々話が変わってくる。下手したらこの街を襲う連中も出かねない」
「やっぱりそうだよな」
黒猫君がため息を付いた。
「不幸中の幸いだな。いまの所この街は完全に隔離されちまってるし人も限られてる。お前が今これを持ち出したのもそれもあるんだろう。このままここを試験場にして情報を制限したいんだな?」
黒猫君がチラリとこちらを見てから意を決したように話し始めた。
「ああ。あの砦、今日もう一度見て来たけどアレを通らないとナンシーにはいけない様になってるんだろ? バッカス達があそこを住処にしてくれたのは非常に都合がいい。あいつらを街の防衛に組み込んじまえばいいだろ」
「え?」
「ああ、ついでだからここの軍と連携させよう。なるべく早く正式に合意しておきたい」
「バッカスにはそれとなく話しておいた。あいつらもあそこの砦を使いながら北に残してきた女子供を迎え入れたいそうだ」
「え? え?」
「中に入っている中央の子飼いの話はどうなった?」
「今日あぶり出しをする事になった。手はず通りアルディの隊が合流して見つけ出した『連邦』の奴らに見張りを付ける予定だ」
「え? え? えええ? ちょっと待てそれ何にも聞いてない」
さっきっからチョロチョロ人の顔色伺っていた黒猫君が私の声に困った顔でこちらを見返した。
「あゆみごめん。お前、隠し事出来ねぇだろ。だから今朝キールと俺で先に話合ってたんだ」
何か凄く嫌だ。バッカスもバッカスだ。何で私に言ってくれないんだ。
私が顔を赤くして思いっきり拗ねたのを見て取ったキールさんが目を細めてこちらを見た。
「あゆみ、勘違いするな。これは俺がネロに頼んだ仕事だ。仕事の内容がお前に合わないからネロを選んだ。それだけの事だ。別にお前に隠し事をする事が目的だった訳じゃない」
キールさんの言った事は正しい。私は確かに自分の信頼できる人達に囲まれてると思った事が次の瞬間には口に出る。分かってはいるけど何かやっぱり納得がいかない。
そんな私を困り顔で見ていた黒猫君がはぁっと小さくため息を付いて立ち上がった。
「悪い、ちょっとそろそろこいつにちゃんと話付けて来るわ。今日はここで解散な。明日もう少し話を詰めよう」
何勝手に一人で決めてるんだ、っと文句を言おうと思った時にはまたも勝手に抱き上げられていた。
「ちょっと自分で歩けるからもういいよ!」
少し不機嫌に睨みあげる私を黒猫君は完全に無視する。キールさん達も困った顔で私を見返すばかりだった。ため息をついて顔を見合わせているキールさん達に見送られながら私たちは部屋を後にした。
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