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第6章 森
3 勝負
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杖無しでは歩けないあゆみが追いかけてくる事は無いとは思いつつも俺達は砦から結構距離がある森の中の小高い丘までわざわざ足を運んできた。ここならば周りも見渡せるし、お互い邪魔も入らないだろう。
「お前ひでーな。あゆみの杖持ってきちまったのかよ」
俺がすぐ近くの地面に杖を置くとバッカスが顔をしかめながらもニヤリと笑う。
「邪魔は入んないほうがいいだろう?」
指を鳴らしながら間合いを取る俺にバッカスは鼻を鳴らして答えた。
「手加減しねぇぞ」
「それはお互い様だ」
俺はジリジリと距離を詰めながら二人で円を書くようにあゆみを進める
「狼に変身しなくていいのかよ」
「こっちの方がお前とはより楽しめるだろ」
バッカスがニヤッと口元を引き上げた。
話しながらもお互い目線だけは外さずに、一瞬の隙きも見逃すまいと見つめ合う。お互いの目線が外れる事なく交差してどんどん熱を帯びてくる。久しぶりに味わう暴力的な衝動と解放感に心が勝手に躍り上がり始めた。
お互い、緊張が高まりすぎてどうしようもない所までヒートアップした瞬間、視線が弾け、俺達は同時に飛びかかった。
バッカスは体格に大きなハンデのある俺がまさか飛び出してくるとは思っていなかったのだろう、俺を飛び越えそうな勢いでこちらに飛び込んで来た。
その空中を舞う体の下をかいくぐってその勢いのまま後ろに伸びていたバッカスの尻尾を掴んで思いっきり引っ張る。
それを見て取ったバッカスはそのまま反復するように俺が尻尾を引いた方向に飛び退った。俺の手を超える瞬間にきっちり俺の手首をはたき落としていきやがった。
すげぇ痛い。
こいつ、軽く叩いたように見せてちゃんと関節を狙って外そうとしてやがった。
それでもすかさず反対の手で振り下ろされたバッカスの手の甲に一線、猫爪で傷を入れるくらいは出来た。
この身体、やっぱり滅茶苦茶反応がいい。今まで見えなかった相手の細かい筋肉の動きまで見て次の動きを予想できるし、相手との距離も感だけじゃなくてなんかもっと具体的な感触で感じられる。無論、反射能力やスピードもけた違いだ。
「やっぱりお前めちゃくちゃ戦い慣れてるな」
そのまま俺から間合いを取ったバッカスが、今引っ掻かれた手を舐めつつ目をギラつかせながら声を掛けてくる。
俺は俺で今叩き落とされた右手首を摩りながら同じように凶暴な目で睨み返しながら答えた。
「まあ、こんな取っ組み合いだったらな。正直剣や魔法なんかはまるっきりどうにもならねぇ」
「俺らも魔法は使えねーな。刀は男なら生まれてすぐに必ず一本作る」
「そいつは羨ましいな。……さて、行くぞ!」
「ああ!」
話しながらもさっきとは反対方向に半周ほどお互いの距離を保ちながら弧を描いて歩いていた俺達はお互い、頃合いを感じてまたも飛び掛かった。
今度はバッカスの方が低空に飛び出してきた。それを見て取った俺は一歩引いてから横に飛び退って最初のバッカスの肩からのタックルを掠められながらも何とか避けて、クルリと身体を反転させながら足払いを掛ける。
俺の足払いに気付きながらもバッカスの野郎、思いっきりそれを蹴り飛ばして弾き飛ばしやがった。
勢いを落とさないバッカスにヤバイもんを感じて俺も咄嗟に足払いの足を引き上げて蹴られる方向に自分で蹴り上げるがバッカスの勢いのほうが強過ぎてしっかりと一発受けてしまう。折れちゃいねぇが結構なダメージを受けて一瞬足が痺れた俺をその場で踏ん張ったバッカスが容赦なく一発殴り飛ばすように繰り出してきた拳がスライディングをかましていた俺の腹目がけて伸びてくる。
「グォォォ!」
俺がギリギリで身体をよじって拳を避け、そのまま腕に絡みつくようにして両手の爪をめり込ませ腕にしがみつくとバッカスは地面に拳を打ち付ける前に腕を振り上げ、俺を引きずり上げて大きく開いた口から唸り声を上げながら俺の肩口に噛みつこうと牙を伸ばした。
「おっと!」
バッカスの大きな口が迫る中俺は自分の爪をスッと引っ込めてスルリと落ちる様に下に抜け、バッカスの左腕が俺を掴もうと回ってくるより早く脇腹を爪で引っ掛けながらそれを軸にグルリと身体を反対側に回し、爪を思いっきり引いた。
その過程で爪に肉を切り裂く手応えがあって、たじろいだ俺は脇を切り裂いただけで瞬間的に爪をひっこめてしまった。
再度お互い距離が開いた所でバッカスが脇腹を抑えながら俺を馬鹿にするように鼻を鳴らしながらこっちを見やった。
「何だよ今のは。何で爪を引っ込めた? 十分俺の腹を切り裂けるだけの隙があっただろ?」
バッカスは正しい。あのまま一直線に爪を引いていればバッカスの腹をバッサリ割れたかもしれなかった。だが、数センチ切り裂いちまった時点で俺は爪を引っ込めちまっていた。
情けないがこれが俺の上限だったらしい。自分の手に付いたバッカスの血を見つめながらため息を付いた。
俺は体に残っていた戦意を一気に緩めて頭を掻きながらバッカスを見返した。
「ワリイ。俺ボコり合いは結構経験あるんだけどここまで相手を切り裂くような戦い方はした事ねぇんだわ。この爪がここまでの凶器になるって理解してなかった。あんたの肉が裂ける感触に思わず躊躇しちまった」
俺の告白に驚いた様に目を見開いたバッカスが直ぐに笑いだした。
「グハ、ハ、ハ、お、お前、猫の時は躊躇なく俺の目に爪突き刺したくせに今更それかよ」
「笑ってろ。どの道これで俺の負けだ。俺にはこれ以上出来ねぇ」
俺の言葉にバッカスがスッと笑いを消してこちらを見た。
「俺も人の事言えねぇがお前かなり生きにくい生き方してんな。そんな事で簡単に勝負投げてるといつか後悔するぞ」
「そうかもな。だが出来ねぇもんは出来ねぇ」
不貞腐れながらもそうハッキリと応えた俺の顔を面白そうに眺めていたバッカスが大きく深呼吸して俺同様自分の中の殺気を振り落としてからスタスタと俺の目の前まで歩いてきた。
両手を頭の後ろで組んでもうやる気のない俺の目の前まできたバッカスはスッと拳を俺の腹に突き付ける。
「……俺は今のがお前の勝ちだったなんて絶対言ってやらねぇ。必要な時に必要な血を流す度胸が無けりゃそいつはそれまでだ。お前、これからそんなんであゆみを守れるのか?」
バッカスの言葉がズサリと心に刺さった。
一瞬殺気が戻りそうになって自分でも驚く。
途端バッカスは俺の腹に充てていた拳を引きながら首を傾けてニヤリと笑う。
「なんてな。どうせあゆみがいたら手を抜かねえだろ、お前」
バッカスの指摘にはたと考えた。
そうなのだろうか? 言われてみれば確かにあの夜襲の時は何の躊躇いもなく爪を沈められた。じゃあ何故それがいま出来なかった? あゆみが居ないからか?
いや違う。
「いや、あゆみが居る居ないはカンケーねーわ。俺はあんたが嫌いじゃないから出来なかったんだな」
自分で自分の感情を考察しながら俺が真っすぐにそう答えると、またもやバッカスが大きく目を見開いて驚きながら崩れ落ちる様にガハハハっと盛大に笑いだした。
「それじゃあ仕方ねぇな。俺も正直何処まで本気で噛み切れたか分かんねえしな」
笑いが落ち着いて最後にニヤリと唇をゆがめるバッカスを俺も晴れ晴れとした気分で見返した。
「戻るか」
「ああ」
俺達はどちらともなく笑いながら砦へと走り出した。
「お前ひでーな。あゆみの杖持ってきちまったのかよ」
俺がすぐ近くの地面に杖を置くとバッカスが顔をしかめながらもニヤリと笑う。
「邪魔は入んないほうがいいだろう?」
指を鳴らしながら間合いを取る俺にバッカスは鼻を鳴らして答えた。
「手加減しねぇぞ」
「それはお互い様だ」
俺はジリジリと距離を詰めながら二人で円を書くようにあゆみを進める
「狼に変身しなくていいのかよ」
「こっちの方がお前とはより楽しめるだろ」
バッカスがニヤッと口元を引き上げた。
話しながらもお互い目線だけは外さずに、一瞬の隙きも見逃すまいと見つめ合う。お互いの目線が外れる事なく交差してどんどん熱を帯びてくる。久しぶりに味わう暴力的な衝動と解放感に心が勝手に躍り上がり始めた。
お互い、緊張が高まりすぎてどうしようもない所までヒートアップした瞬間、視線が弾け、俺達は同時に飛びかかった。
バッカスは体格に大きなハンデのある俺がまさか飛び出してくるとは思っていなかったのだろう、俺を飛び越えそうな勢いでこちらに飛び込んで来た。
その空中を舞う体の下をかいくぐってその勢いのまま後ろに伸びていたバッカスの尻尾を掴んで思いっきり引っ張る。
それを見て取ったバッカスはそのまま反復するように俺が尻尾を引いた方向に飛び退った。俺の手を超える瞬間にきっちり俺の手首をはたき落としていきやがった。
すげぇ痛い。
こいつ、軽く叩いたように見せてちゃんと関節を狙って外そうとしてやがった。
それでもすかさず反対の手で振り下ろされたバッカスの手の甲に一線、猫爪で傷を入れるくらいは出来た。
この身体、やっぱり滅茶苦茶反応がいい。今まで見えなかった相手の細かい筋肉の動きまで見て次の動きを予想できるし、相手との距離も感だけじゃなくてなんかもっと具体的な感触で感じられる。無論、反射能力やスピードもけた違いだ。
「やっぱりお前めちゃくちゃ戦い慣れてるな」
そのまま俺から間合いを取ったバッカスが、今引っ掻かれた手を舐めつつ目をギラつかせながら声を掛けてくる。
俺は俺で今叩き落とされた右手首を摩りながら同じように凶暴な目で睨み返しながら答えた。
「まあ、こんな取っ組み合いだったらな。正直剣や魔法なんかはまるっきりどうにもならねぇ」
「俺らも魔法は使えねーな。刀は男なら生まれてすぐに必ず一本作る」
「そいつは羨ましいな。……さて、行くぞ!」
「ああ!」
話しながらもさっきとは反対方向に半周ほどお互いの距離を保ちながら弧を描いて歩いていた俺達はお互い、頃合いを感じてまたも飛び掛かった。
今度はバッカスの方が低空に飛び出してきた。それを見て取った俺は一歩引いてから横に飛び退って最初のバッカスの肩からのタックルを掠められながらも何とか避けて、クルリと身体を反転させながら足払いを掛ける。
俺の足払いに気付きながらもバッカスの野郎、思いっきりそれを蹴り飛ばして弾き飛ばしやがった。
勢いを落とさないバッカスにヤバイもんを感じて俺も咄嗟に足払いの足を引き上げて蹴られる方向に自分で蹴り上げるがバッカスの勢いのほうが強過ぎてしっかりと一発受けてしまう。折れちゃいねぇが結構なダメージを受けて一瞬足が痺れた俺をその場で踏ん張ったバッカスが容赦なく一発殴り飛ばすように繰り出してきた拳がスライディングをかましていた俺の腹目がけて伸びてくる。
「グォォォ!」
俺がギリギリで身体をよじって拳を避け、そのまま腕に絡みつくようにして両手の爪をめり込ませ腕にしがみつくとバッカスは地面に拳を打ち付ける前に腕を振り上げ、俺を引きずり上げて大きく開いた口から唸り声を上げながら俺の肩口に噛みつこうと牙を伸ばした。
「おっと!」
バッカスの大きな口が迫る中俺は自分の爪をスッと引っ込めてスルリと落ちる様に下に抜け、バッカスの左腕が俺を掴もうと回ってくるより早く脇腹を爪で引っ掛けながらそれを軸にグルリと身体を反対側に回し、爪を思いっきり引いた。
その過程で爪に肉を切り裂く手応えがあって、たじろいだ俺は脇を切り裂いただけで瞬間的に爪をひっこめてしまった。
再度お互い距離が開いた所でバッカスが脇腹を抑えながら俺を馬鹿にするように鼻を鳴らしながらこっちを見やった。
「何だよ今のは。何で爪を引っ込めた? 十分俺の腹を切り裂けるだけの隙があっただろ?」
バッカスは正しい。あのまま一直線に爪を引いていればバッカスの腹をバッサリ割れたかもしれなかった。だが、数センチ切り裂いちまった時点で俺は爪を引っ込めちまっていた。
情けないがこれが俺の上限だったらしい。自分の手に付いたバッカスの血を見つめながらため息を付いた。
俺は体に残っていた戦意を一気に緩めて頭を掻きながらバッカスを見返した。
「ワリイ。俺ボコり合いは結構経験あるんだけどここまで相手を切り裂くような戦い方はした事ねぇんだわ。この爪がここまでの凶器になるって理解してなかった。あんたの肉が裂ける感触に思わず躊躇しちまった」
俺の告白に驚いた様に目を見開いたバッカスが直ぐに笑いだした。
「グハ、ハ、ハ、お、お前、猫の時は躊躇なく俺の目に爪突き刺したくせに今更それかよ」
「笑ってろ。どの道これで俺の負けだ。俺にはこれ以上出来ねぇ」
俺の言葉にバッカスがスッと笑いを消してこちらを見た。
「俺も人の事言えねぇがお前かなり生きにくい生き方してんな。そんな事で簡単に勝負投げてるといつか後悔するぞ」
「そうかもな。だが出来ねぇもんは出来ねぇ」
不貞腐れながらもそうハッキリと応えた俺の顔を面白そうに眺めていたバッカスが大きく深呼吸して俺同様自分の中の殺気を振り落としてからスタスタと俺の目の前まで歩いてきた。
両手を頭の後ろで組んでもうやる気のない俺の目の前まできたバッカスはスッと拳を俺の腹に突き付ける。
「……俺は今のがお前の勝ちだったなんて絶対言ってやらねぇ。必要な時に必要な血を流す度胸が無けりゃそいつはそれまでだ。お前、これからそんなんであゆみを守れるのか?」
バッカスの言葉がズサリと心に刺さった。
一瞬殺気が戻りそうになって自分でも驚く。
途端バッカスは俺の腹に充てていた拳を引きながら首を傾けてニヤリと笑う。
「なんてな。どうせあゆみがいたら手を抜かねえだろ、お前」
バッカスの指摘にはたと考えた。
そうなのだろうか? 言われてみれば確かにあの夜襲の時は何の躊躇いもなく爪を沈められた。じゃあ何故それがいま出来なかった? あゆみが居ないからか?
いや違う。
「いや、あゆみが居る居ないはカンケーねーわ。俺はあんたが嫌いじゃないから出来なかったんだな」
自分で自分の感情を考察しながら俺が真っすぐにそう答えると、またもやバッカスが大きく目を見開いて驚きながら崩れ落ちる様にガハハハっと盛大に笑いだした。
「それじゃあ仕方ねぇな。俺も正直何処まで本気で噛み切れたか分かんねえしな」
笑いが落ち着いて最後にニヤリと唇をゆがめるバッカスを俺も晴れ晴れとした気分で見返した。
「戻るか」
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