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第13章 ヨークとナンシーと

34話 いたたまれない馬車の中

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 ガタゴト、ガタゴトと、どこまでも同じ眠たくなるような音を繰り返し、今日も馬車が荒野を走ってく。
 景色は相変わらずどこまでも平坦で、なに一つ変わり映えせず。

 結局昨日は黒猫君の愛情が深すぎて、夜更かしというか朝寝になっちゃった。
 だから実は私達二人とも朝全然起きられなくて、一番最後にテントから出てきた所をキールさんたちに見つかり、冷やかされて、恥ずかしくて顔もあげられないまま馬車に飛び乗って。
 それからずっと私は居眠りしてた。
 黒猫君も私を抱えたままずっと居眠りしてる。器用なことに黒猫君、寝ていてもちゃんと私を支えて離さない。

 それでもいつしか馬車が停まり、寝ぼけながらお昼の休憩を取ってるうちに、私も黒猫君もやっと目が覚めてきた。
 でも、目が覚めたら覚めたで、今度は色々いたたまれない問題がある……。

 安全を理由にキールさんが扮するアルディ隊長の隊が同行してくれることになり、一気に質が改善されたお昼を食べた私達は、またも狭い馬車に乗り込んで、気まずい沈黙とともに旅を続けているところなんだけど……。

「結局あんたらは皆、福音推進省の所属だったんだな」

 とうとう沈黙に耐えきれなくなったのか、黒猫君が確認するように口火を切った。

 襲撃時、私と黒猫君をかばってくれた皆さんが、私達の護送役ではなく、実は私達の護衛役だったというのは、昨日ガイアさんに聞いて知ったのだけれど。
 お爺さん達はあのあと、全員タカシ君とじっくりお話をしたらしい。
 一体何を話し合ったのやら、あれから皆さんの様子が少しおかしいのだ。

 黒猫君が切りだした問いかけに、六人中五人が困ったように顔を見合わせた。

「いやそうなんだが、な」

 テリースさんの隣に座るガイアさんの歯切れが悪い。
 すぐに前に座る固太りのおじいさんがチロチロと横を気にしながら口を挟む。

「あ、ああ、そうは言っても儂らも実は今回の任務に向かうまでお互い知らされておらんかった」

 そっか、そういえば末端の人たちは普段教会内で別の仕事をしてて、自分以外誰が同じ福音推進省の所属なのか知らされていないってタカシ君も言ってたもんね。

 私が納得して相槌を打っていると、馬車の一番端からブスッとした低い声が響いてきた。

「私は初耳だった。福音推進省には所属しておらんかったし、無論、皆が所属してることも知らんかった」

 それは道中ずっと無口だったおじいさん。
 あのとき死にかけたこのおじいさんがただ一人、非常に不機嫌そうに他の五人を睨んでる。
 そう、さっきからこの馬車の中が気まずい理由の一つは、この一番無口で一番若いおじいさんが、独り不機嫌に黙り込んでたからだ。

 昨日のガイアさんの説明では、このおじいさんだけ福音推進省の所属じゃなかったらしいもんね。
 それだと、まるで結託して自分だけハブられてたみたいで気分悪いよね。
 それを宥めるように、私の向かいのおじいさんが困ったような笑みを浮かべて口を開いた。

「あー、そうだとしても、だな、まあ、これでお前もめでたく俺たち黒い連星の仲間入りだ」

 「連星まだ増えるのかよ」って黒猫君がブツブツ言ってるけどこれ、多分またあのお話かな。

「ああ……。だがあまり喜ばしい結果ではないかもしれん。なんせヨークに到着次第、儂ら六人全員、幽閉されるやもしれんからなぁ」

 向かいのおじいさんの言葉を引き取って、ガイアさんがそう言ってため息をついた。

「え、幽閉って……?」
「ああ、タカシと直接会っちまったせいか」

 驚いた私と違って、黒猫くんにはその理由に思い当たるところがあったみたい。
 私が口を開いたからか、黒猫君が私の顔を覗き込んできた。

 でも実は今、黒猫君とはちょっと話したくない。
 と言うか話せない……。
 これがもう一つの、いたたまれない理由だったりする。

 なんか凄く話したそうな空気が黒猫君から流れててくるのを私はわざと無視して、視線を避けてテリースさんの隣のガイアさんをみた。

「ああ。貴方がた……あんたがたと違って、我々は本当に本当の末端にすぎない。本来、一生サロス長官に直接お声掛けいただけるような立場の者ではないのだからな」

 ガイアさんが一瞬あの時みたいなかしこまった口調になりそうになって、慌ててもとに戻してる。

 タカシ君、一体何を皆さんに話してくれたんだか、今朝は会った途端、六人の私達を見る目が半端なく泳いでた。
 でも今はもう昨日までと変わらない口調で私達と会話してくれてる。
 多分、他の人の耳を気にしてくれてるのかな。

「私達の立場でこの事実を知ってしまったとなれば、下手をすれば秘密裏に処分されても仕方ない」
「流石にそれはねーだろ。あんたらが俺たちの命を救ったのもまた事実なんだし」
「そうだな。だからこそ、命はなくならずとも、幽閉ぐらいはあって当然だ」

 そう言って無口なおじいさんを見ながら、ガイアさんがため息をついた。

「すまんな、我らはもう引退目前の老兵だしそれでもまあ諦めがつくが、若いお前さんまで巻き込んじまって」
「私はそんなことで怒っているわけじゃない」

 それを聞いた無口なおじいさんが、ガイアさんを恨みがましい目で睨む。

「もともと私だって皆が歳の割に優秀で、経験も豊かなのにも関わらず、普段昼行灯のような仕事ばかりしていることに疑問はあったんだ。なのに、今回に限り、貴方がたが揃ってこの出向に向かうことになったと言うじゃないか。口では心配だからと言い訳したが、本当は貴方がたと一緒に任務につけるのが楽しみで無理やり同行を願い出たんだ」

 そう言う無口なおじいさんの膝に置かれた手が、少し震えてる。

「私の実力が足りず、貴方がたのように福音推進省の一員に選ばれていなかったのは仕方もないことだ。だがそれを差し引いても、ネイサン枢機卿の現状や、この二人の扱いについて、せめてもう少し情報を与えてくれていてもよかったんじゃないのか?」

 勢い任せに一気に言った無口なおじいさんは、そこで突然大きく息を吐いて力なく先を続けた。

「と、実力の足りていない自分がそれを愚痴るのが一番醜くてやるせない」

 無口なおじいさんの言葉を静かに聞いていたガイアさんが、最後はうーんと唸って先を行く馬車をみてる。

「お前さんが思うほど、我々とて現状が分かっている訳ではない。いや、ヨークで一体何が待ち受けているのか、サロス長官とてどこまで理解されているのやら」

 結局今日、ネイサンさんの乗る前方の馬車には『護衛』と言う建前でキールさんたちが一緒に乗ってる。
 無論タカシ君も一緒に乗っていった。

 ネイサンさんは今朝がたやっと体調が戻ったみたい。
 キールさんは無論すぐに襲撃や義姉様の話を問い詰めようとしたんだけど、ネイサンさん、護衛の二人に隠れるようにして逃げ回っていたのだ。

 だから今頃あの馬車の中ではキールさんがネイサンさんが知っていることを問いただしてるはずなんだけど。
 本当に大丈夫なんだろうか?

 まあまだヨークまでは距離があるから、あちらはあちら、こちらはこちらで話し合って、今夜の野営時に情報のすり合わせをすることになってたりする。

「私と黒猫君を救ってくれたせいで皆さんが幽閉されるなんて絶対嫌ですよ。あとでちゃんと話し合えばきっとわかってくれると思います」

 黒猫君の視線から身を避けるようにして、私も前の馬車を見ながらそう答えた。
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