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第13章 ヨークとナンシーと

33 甘やかす夜

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 昼食がてらの話し合いは、結局締まらねぇ終わりを迎えた。
 俺があの物語を説明した結果、なぜかタカシまで俺たちを神だと言って崇めてきやがって。
 最後はキレて暴れだした俺をキールが羽交い締めにして取り押さえ、その間に晴れやかな笑顔のタカシが、見覚えのある立礼をとってテントを出ていきやがった。

 バッカスたちはとうの昔に出てっちまってたし、残ったのはあゆみとキール、テリースに盾ごしのアルディだけ。

 タカシ達がいなくなり、俺が暴れるのをやめたのを確認して、やっとキールが羽交い締めを解いた。だが、そのまま俺の肩をしっかりと掴んで、間近に俺の顔を覗き込む。
 真剣な目でじっと俺の顔を見つめていたキールが、ボソリととんでもねー事を言い出した。

「なあ、ネロ。一度だけ聞いておく。お前らは神なのか?」
「んな訳あるかっ!!!」

 悪いがもう冗談に付き合っちゃいられねぇ!

「こっちは大概忍耐力も擦り切れきって、もう微塵も残っちゃいねーんだよ。二度とそんな馬鹿な質問すんじゃねー!」

 思わずキールの胸ぐら掴んで、頭突きする勢いで怒鳴りちらした。

 それでも数秒、俺とあゆみを見比べてたキールは、ハァっと太いため息をついてさっぱりとした笑顔を返す。

「まあいい。お前がそう言うんだ。それで正しいんだろう。この俺が国王だってんだから、今後何があろうと驚きはしないがな」
「それと一緒にしてくれるなよ……」

 ニヤッと笑って宣言するキールに、俺はもう力なくそう言い返すくらいしか出来なかった。

「まあとにかく、だ。話してくれたことに感謝する。現在の教会の状況からしても非常にデリケートな内容だからアルディ、これは今後俺たち以外には口外禁止だ。テリースもいいな?」
「もちろんです陛下」
『了解です』
「バッカスたちにもあとで話しておこう」

 疲れ切って椅子に身を投げた俺にそう言って、アルディと繋がる盾を手にキールが立ち上がる。

「ネロ、悪いがこのあと近衛兵とともに残った傀儡の確認を終わらせてくれ。あゆみはテリースと一緒に炊事の方を指揮してほしい。俺は一旦残った近衛兵とネイサンの様子を見て、もう少しテントの設営を増やしてくる」

 そう言いおいて、キールがテントを出ていった。
 怒涛の一日の締めくくりに死体確認か。
 マジでひでえ一日だな。

「じゃあ黒猫君、またあとでね」

 苦笑いのあゆみがテリースに抱えられてやはりテントを出ていっちまうと、無音のテントに俺一人が残された。

「俺のことは忘れねーのか……」

 テントの中、ポツンと一人椅子に座って、思わずため息とともにこぼしちまった。

 情けねー。
 あれだけ息巻いたクセに、あゆみに忘れられないってわかった途端、俺、今すげーホッとしてる……。

「マジで情けねぇ。こんなんじゃ全然あゆみ甘やかしてやれてねーじゃん」

 情けなさと安堵がごちゃまぜで、沸いた頭を掻きむしる。
 でも絶対忘れられないって分かった分、さっきよりは幾分か余裕が戻ってきた。

「クソ、次こそもっとちゃんとかまってやりてー」

 でも先ずは目の前の仕事か。

 仕方ない。
 疲れた体に鞭打って立ち上がった俺は、テントを出て近衛兵達がたむろってる方向へと足を向けた。


   *   *   *


「黒猫君、今日はここで寝ていいって言われて置いてかれたんだけど……」
「キールのやつ、俺たちに気を使ってくれたんだな」

 頼まれた仕事を終えて帰ってきた俺は、テントの中であゆみと顔を見合わせていた。

 傀儡の死体確認は結構時間を食った。
 また生き返られたんじゃたまんねー。
 面倒でも埋めたままだった奴まで全部掘り起こし、今度こそ結界石で一人一人チェックして回った。
 本気で嫌になる仕事だった。

 傀儡は体液が減ってるせいか腐敗は遅く、ここの気候もあってそれほど臭わない。
 それでもやはり死臭がこびり付いた気がして、水魔法で桶に水バンバン出して他の近衛兵どもと水浴びし終えた頃には、すっかり初夏の日も暮れていた。
 水を浴びてさっぱりしてから夕飯に行くと、夕飯配ってたテリースにあゆみはもうテントに戻ってると言われ、慌てて飯を済ませてここへきたのだが。

 キールのやつ。
 確かにそんな話はしてたけど、これじゃああまりに露骨過ぎんだろ。

 今日話し合いをしてたテントは十人くらい余裕で入れるデカいやつだ。
 今はその真ん中に、ただシーツのかかった藁束だけがポツンと置かれてやがる。
 テントの中には他に俺たちの私物以外、ほぼ何もない。

 これじゃあもう、ここでやれって言わんばかりのセッティングじゃねーか……。

「ラブホテル入るのってこんな気分なのかな」

 そっぽ向いてぼそっと呟いたあゆみの言葉が気になった。

「ラブホ行ったことねーの?」
「ないよ」

 あゆみの即答にちょっとだけ胸がざわつく。

「そっか」

 ぶっきらぼうに答えつつ、あゆみの座る藁のベッドに腰掛ける。
 こんなわざとらしいセッティングされちまうと、どうにもハイそうですかってそーいう気にはなれねーんだよ。
 なんか緊張してる様子のあゆみを放っておいて、俺はそのままベッドに寝転がった。

「なあ、今日の話、どう思った?」

 頭の後ろで手を組んで、あゆみの背中に話しかける。

「それってあのSFっぽいお話のこと?」
「それもだけど、俺たちが神だって話」

 あゆみの答えを待たずに先を続ける。

「キールが言う通り、結局これは俺たちがそう考える考えない関係なく、周りがそう信じちまうかどうかなのかもしれねーな」
「初代王の時みたいに?」

 振り返ったあゆみが少し困り顔で問い返す。

「ああ。結局初代王は魔力は強くても別に神ってほどのことをしたようには思えねーし。だから、認識としての神なのかもな」

 そう口では言いつつも、実は少し不安が残る。
 タカシの言っていた、強制力の話だ。
 確かにキールの髪の色も、バッカスの魔力のことも。どちらも魔力が強いというのとは違う気がする。

 それでもこれ以上考えるのが嫌で、俺はあゆみの手首を掴んで引っぱって、バランス崩したあゆみの体をそのまま腕の中に受け止めた。

「黒猫君?」

 ほんのり頬を染めて俺を見上げるあゆみの身体を抱きしめて、顔の見えない状態で口を開く。

「悪いあゆみ。結局俺、いつも自分のことで精一杯で、お前のことをもっと上手く気遣ってやれなくて……。俺、ヴィクやアルディみたいに上手くお前を甘やかしてやる方法がわかんねーんだよ」

 このまま有耶無耶に身体を重ねちまう前に、こいつにはやっぱちゃんと気持ちを伝えてやりたくて。
 
 情けねえけど、結局今の俺にはこうやって自分の胸の内を隠さず伝えるくらいしかやり方が分からない。
 それでもあゆみの顔を見て話すほどの勇気も今はなくて。

 いまいちキまらない俺の謝罪に、 だけどあゆみは応えるようにしっかりと抱きついてきてくれた。 

「黒猫くん、でも私、さっきとっても嬉しかったよ。黒猫君がどれだけ私のために色々考えて、……好きでいてくれてるのかよく分かって」

 尻尾が一瞬で総毛立った。
 愛おしさが溢れ出て、あゆみを抱きしめてる腕に力がこもる。
 腕の中のあゆみは、それでも伝えたいことを言い切ろうと俺の腕をこじ開けて、俺の両肩に手を置いて続けた。

「私本当にみんなにいっぱい甘やかされてるよね。キールさん達にも 、ヴィクさん達にも、バッカス達にも」

 俺の顔をジッと覗き込んでたあゆみが、そこで俯き気味に視線を外した。

「だけどね、黒猫君は少し私を甘やかしすぎだよ。これじゃあ私、黒猫君にどこまでも頼らずにいられないじゃん」

 思いもよらないあゆみの言葉に一瞬気を抜いた途端。

「ねえ、さっきテッドさんが言ってた、傀儡のことだけど。あれ、またキールさんと一緒に私から隠してくれてたんでしょ」

 最後に残ってた一番触れづらい話題を、あゆみが自分から持ち出しちまった。

 クソッ、俺だって今夜この話を避けて通るつもりはなかった。言い方だって色々考えてたのに。
 予想外のタイミングであゆみ自身に言わせちまった俺は、少し焦ってあゆみの身体を守るように抱きしめる。

 俯いたままのあゆみが心配で、その顔を無理やりにでも上げさせたくなる衝動を、なんとか抑えて口を開く。

「言っとくがあれはお前がやったんじゃない。あれは魔力で育った蔦が勝手に──」
「違うでしょ?」

 だけど俺の言葉を遮って、また俺の肩を掴む手に力を込めたあゆみが顔を上げた。

「あの蔦で私、『襲ってきた人たち』だけを壊しちゃったんでしょ?」

 ジッと俺を見つめてたあゆみが、答えられない俺の顔から勝手に答えを読み取って、辛そうに顔を歪めて先を続ける。

「やっぱりそうだったんだね。もうね、そのこと自体は変えようがない事実だし、間接的とはいえ私がやったのを私は誤魔化さないよ。でもね──」
「待てよそれは──」
「いいから聞いて黒猫君!」

 慌てて何か言おうと遮った俺を、あゆみの強い声が無理やり押し切った。

「私あのあと黒猫君とバッカスが二人でテッドさん追いかけて行っちゃって、死ぬほど怖かったの。その前に傀儡とみんなが戦ってるときだって凄く怖かった。今朝だって……」

 強くしっかりとした口調とは裏腹に、俺の肩を掴むあゆみの震える指に力がこもる。
 そして強い意志のこもった目で俺を見返して。

「だっていざあんな戦闘になったら、私本当になんの役にも立たないし見てるしかできないんだよ? 誰も死なないで、傷つかないでって、祈るくらいしかできないんだよ。私だって力があるならみんなを守りたい!」

 慟哭するあゆみの二つの瞳には、怯えや恐怖なんかじゃなく、はっきりとした悔しさと闘志が燃えていて。
 今目前にいるのは、ただ俺が守ってやりたいか弱い女の子なんかじゃなかった。

「だからね私、傀儡と戦う黒猫君や、キールさんたち見てて、自分のやったことに後悔出来ないって思ったの。黒猫君達と同じで、私だって大切な人達を傷つけようとする存在には無抵抗でいられないんだって」

 自分の口にする言葉を自分で噛みしめるように、あゆみが唇を引き結ぶ。

「それにね、実は私ホッとしてるんだよ。私の魔力は本当の本当にノーコンじゃなかったんだって」

 そして一瞬皮肉気な笑みを浮かべてから、俺に微笑んだ。

「結局私の魔力、私が傷つけたくないと思った人は誰も傷つけてないんだもの」

 そう言って俺を見てるあゆみは、今までで一番誇らしげで。
 あーもう、こいつの言う通りだわ。
 だってこいつ、俺いらねーほど全部自分で解決しちまってんじゃん。

「悪い。俺お前を見くびってたわ。守ることばっか考えて、お前に見せたくないもんいっぱいで」

 今度こそ俺、本当に情けねー。
 結局なんの役にもたってねーじゃん。

「お前って、肝心なとこではいっつも俺が思うより男前だよな」

 思わず半分愚痴のような褒め言葉が出ちまった。
 なのに、あゆみが顔を赤らめてる。
 こんなこと言われてんのに、どうやらこいつは照れてるらしい……。
 そんなちょっと抜けた様子にホッとした。

「まあとにかく、お前が思ったよりショック受けてなくてよかった」
「んー。それは多分、黒猫君が私の分もいっぱい考えて、いっぱい落ち込んで、いっぱい言葉をくれたからだと思う」
「そういうものか?」
「少なくとも、私はそうみたい」

 そうなのか……。

 ふと、キールの言葉を思い出す。

『甘やかすってのは、別に特別なことをすることじゃない。こうやって必要とされた時に相手を気づかい、向き合って、ちゃんと話をして手を差し伸べることだ。今までも、お前は何度もあゆみにそうしてきただろう』

 そっか。
 これでもよかったのか……。

 想いにふけってた俺の意識を引き戻すように、あゆみが真っ赤な顔で俺の頭に腕を回す。

「私もいっぱいいっぱい黒猫君のこと、考えてるけどね」

 あゆみのこそばゆい言葉を、誤魔化すようにキスで受け止めた。

「俺も最近お前のことばっか考えてる……」

 あゆみの耳に囁いた自分の恥ずかしいセリフも、やっぱりキスで誤魔化した。

 そして俺たちは何度もキスを繰り返し、広いテントに二人きり、久しぶりに邪魔の入らない長い夜を堪能した。
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