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第13章 ヨークとナンシーと

30 思わぬ参加者

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「あとはネイサンに直接話を聞くしかないが、今日はムリだな」
「馬車の修理もまだ時間がかかりますから、出発は明日になります。話は明日馬車でされるのがいいかと」

 行き詰まったこの話を切り上げるようにキールが言うと、白髭のガイアが相槌のように付け加えた。

 そうなれば残るはあゆみの話だけか。
 隣に座るあゆみを見て、俺が口を開こうとした、まさにその時──

『陛下、さっきから僕も会話に参加してること忘れてませんか?』
「!!!」

 ──突然、聞き覚えのある声が響きだした。

「アルディさん!」

 ここにいるはずのないその声に、思わず飛び上がった俺たちの中、ただ一人あゆみがなぜか嬉しそうにその名を呼んでる。

『こんにちはあゆみさん』
「もしかして、ナンシーからですか?」
『はい、あゆみさんたちと入れ替わりでナンシーに戻りました』
「よかった、ドンさんたち間にあったんですね」

 驚く俺たちをよそに、あゆみが一人納得した様子で答えてるのが一番気になる。
 思いついてキールを見れば、キールが口をへの字にして首を振った。

「俺に聞くな。さっきナンシーからの伝令が持ってきたあゆみへの預かりものを手渡されただけだ」

 そう言ってあゆみを見る。

「あゆみ、一体これどうなってんだ???」

 俺の問いかけに一瞬ビクッと肩を躍らせたあゆみが、なぜかそっと俺から視線を外す。
 この時点で、悪い予感しかしなくなった。

「あー、えっとあのね。北の砦でドンさんたちにこれ、お願いしてあったの」

 おどおどと答えながらあゆみが指さしたのは、キールの椅子により掛けるように置かれてる円形の盾だった。
 今更だが、その盾の模様を見てるうちにどっかでいろんなことが繋がって、俺は突然の頭痛に頭を抱えた。

「あゆみまさかお前……」
「だって、ほら、ドラゴンの女王様が言ってたでしょ、これ作ってもいいって。だからついでに一対私たち用にも作ってもらったの」
『僕も驚きました。帰り際、ドンたちが来てこれを持たされまして。まさか一対の板だけでこんなことが可能だとは……』

「二人が納得しているところ悪いが、あゆみ、これが一体どういうものなのか、俺たちがちゃんと理解できるように説明してくれ」

 俺が頭を抱えて尋ねるのをやめてしまったからか、二人で勝手に盛り上がっている話を遮って、キールが静かに問いかける。
 するとあゆみも流石にバツが悪そうに縮こまって、少し声を落として話し始めた。

「えっと北の砦でドワーフのドンさんたちとドラゴンの女王様に出会った話はしたと思います」
「ああ。……それで?」

 まさかそれで終わりじゃなかろうと、キールが怪訝そうにあゆみを見る。
 あゆみも自分の説明が足りてないことに思い至ったのか、慌てて先をつづけた。

「で、ですね、普段一匹では思考がまとまらないドンさんたちは、この盾を使って六匹で一人として思考し、女王様ともお話してたんですよ」
「あ、ああ」

 キールが頷きながらも俺に助けを求めるように視線を寄越すが、俺だって初耳だ。
 あゆみのやつ、勝手にこんなこと断言してるし、動いてるってことは多分あゆみの予想が正しいんだろうが、一体その発想がどこから湧いて出たのか、ずっと一緒にいた俺でさえ全く理解できねー。

「それでこの盾の模様を使えば、他にも同様に通信を行うことが出来るんじゃないかなって。で、女王様がそれならばここの線をここにつなげると私専用に出来るって教えてくださったんです」
「…………」

 俺たちがすでに数十歩理解から遠のいてることなどお構いなしに、自分の得意分野で饒舌になったあゆみが勢いよく先を続けていく。

「あとはこことここの線の繋げられるパターンを解析して、その種類でドンさんたちが使ってないものを教えてもらい、こことここを外してドンさんたちのネットワークからは独立させたんですよ。それでこの一組が繋げられるように調整して型から盾を作ってもらいました。」

 後ろからバッカスの「ねとわってってなんだ?パターンって食いもんか?」って問いかけが聞こえたが、俺にはもうそれに答えるほどの忍耐力が微塵も残ってねー。

「意識でのやり取りはちょっと使いにくいかなって心配してたんですが、魔力供給用に溜め石を提供したら、なぜか女王様の意向で 、出入力は意識じゃなく音声にしてくれたんです」

 それはお前の意識が駄々漏れでうるさいからだ……とは流石に口に出さないが。
 出来ることなら今すぐ目の前の盾を殴り潰して見なかったことにしてー。

「まあ出来るかどうかは五分五分だったんですけど、今回は女王様の指示もあったし、ドンさんたちに相談もできたから勝算はあったんですよねぇ。いやほーんと、試してみるのって大事ですよね。この世界の技術って汎用性が高くて、弄るのホントに楽しくて楽しくて~」

 あ、だめだ。これ俺キレるわ──

「『ホントに楽しくて~』じゃねえんだよ!」

 ──と思うのと、文句が口を突いて出るのが同時だった。

 クソ、久しぶりにやられた。
 これ俺たちがオークを燃やしてたほんの数日、目を離した隙にやったんだよな?
 記憶なくして落ち込んでたし、熱心に土魔法やってるのも気を紛らわせたいからだって思ってそっとしておいた俺が馬鹿だった。
 温泉引いてきただけならまだしも、これはいくらなんでも行き過ぎだ。

「なんでそんなお前の思いつきひとつで通信機が出来ちまうんだよ」
「通信機……あ、ホントだ、確かにこれ通信機だね!」

 続く俺の疲れ切った文句をどう受け止めたのか、きょとんとして俺を見たあゆみが今度は嬉しそうに笑って返す。

「え、でも私今回はなにも新しいもの作ってないよ?」
「直接作ったかどうかは問題じゃねーんだよ。この世界にない発想を実現しちまうのが問題だって、何度言えばわかるんだ。しかも現代でも衛星なしじゃゼッテーありえねー長距離通信、こんな板一枚で可能にしやがって!」

 どこまでも呑気なあゆみに、今日俺の中に積み上がってたストレスが一気に吹き出した。
 
 たかが通信、されど通信。
 第二次世界大戦は通信情報戦だったって言われるくらい、通信が戦場の行方を左右したんだぞ。
 それをコイツは!

 いや、でも待てよ。
 ってかこれ、完全にオーバーテクノロジーだな。
 これはあゆみにも一理あるか。
 確かに技術自体は女王が持ち出したんだし、魔法の中には現代科学じゃゼッテー無理なものもあるんだから今回は仕方ないのか……?

 俺の複雑な葛藤などお構いなしに、あゆみが怪訝そうに言い返す。

「でも黒猫君、通信出来ると色々便利だよ?」
『そうですよ。こんな離れていてもキーロン陛下に文句も言えますし』

 そしてそんなあゆみの言葉を追いかけるように続いたアルディの嬉しそうな声が、だが途中からトーンを落として小言に変わる。

『やっと後片付けの目途がついてナンシーに戻ってみれば、こともあろうに陛下が僕の名を騙ってヨークに向かったって言うじゃないですか。それを誰もいない執務室でメイド長から伝言として聞かされた僕の気持ちわかりますか?』

 アルディの小言を聞くうちに、キールの表情が曇りだす。
 まあ流石に伝言をメイド長に頼んだのは俺でもマズいんじゃないかとは思うが、どーせカールに言ったら止められると思ったからだろう。

『しかも今、僕が何やらされてるか分かりますか? 陛下の影武者ですよ? なんで僕がこんな格好で一日中執務部屋にこもらなければ──』

 だがいつまでも続くアルディの小言に、最初のうちは神妙に顔を顰めてたキールがいい加減うんざりした様子で、横に置いていた盾を持ちあげた。

「あゆみ、これは切れないのか?」
「あー、そういえば停止ボタンはありませんでしたね」

 呑気なあゆみの返答をかき消すようにアルディの文句が続く。

『陛下! いい加減自覚を持ってくださいよ。ご自身の立場を分かってらっしゃいます──』
「あーあー、分かった分かった、その文句はもう聞き飽きた」

 終わることのないアルディの小言を遮って、キールが無理やり口を割り込ませた。

「いいかアルディ。俺は別に俺の代わりに執務をしろと言い残した覚えはないぞ。北の遠征で疲れているだろうから、しばらく俺の代わりにそこに座ってろって書いておいたはずだ」
『そんなこと!! 陛下の不在がそれで済むと思いますか!!!』

 アルディの怒鳴り声が響く盾を、キールが耳をふさいで俺に押し付けてくる。
 俺もそのまま右から左へとバッカスに手渡した。
 受け取ったバッカスは顔を顰め、横に控えてたハビアにそれを持たせて、しっしっと遠ざける。
 結局哀れなハビアが、盾を持ってポツンとテントの端に立たされることになった。

 あー。まあオーバーテクノロジーの通信技術も、アルディがキールに愚痴垂れ流すためにしか使われないなら平和なもんだな。

「まあそういうわけで、アルディが会話に参加していることは覚えておいてくれ」

 ボーっと俺がそんなこと考えてる間に、響きつづけるアルディの声を無視してキールが話を締めくくった。
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