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第5章 狼人族
22 刈り入れ
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結局夜中まで皿洗いを続けた俺たちは力尽きて泥の様に眠り、夜明けとともに寝ずの番をしていた兵士に起こされた。別に悪い事が起きたわけではなくそう頼んでおいたからだったが、悪い夢にうなされていた俺は前後不覚のままベッドから転がり落ちた。
夢の中で俺は冷たくなったあゆみを抱えてただただ歩き回っていた。あの冷たい身体の感触が余りにリアルでまだ俺の腕の中にあいつの身体が入っているような錯覚を覚える。
俺はどうにか心を落ち着かせて再度自分の心に問いかけた。俺はあゆみが死んだと信じるのか?
どうやってもそうは思えなかった。
昨日キールにも説明しようとしたが言葉には出来ない次元であいつが生きていると確信できる。
なのに胸の内の不安は消せない。
矛盾した二つの感情にさいなまれながら俺は手早く服を着替えてキール達と合流した。
貧民街に向かい兵舎から来た兵士たちとダーレン達率いる貧民街の者達と合流する。
結局キールはかなりの数の兵士を城門の警備に残さざるを得なかった。パットが覚えていた「連邦」の連中がもうすぐ到着する、と言う情報はタッカーによって再確認された。ダンカンが東門から逃げて行ったという話と併せるとどうしても見張りを減らすわけにはいかなかった。それどころかいつも以上に東門に兵を割く結果になってしまった。
貧民街から出てくれる人数が思いの他多かったのはいいが、その半数近くは子供たちだった。乳飲み子こそいないが下は5歳くらいまでいる。それが全員働き手としてついてくるのだそうだ。
その場にはピートルとアリームもいた。それぞれの工房の弟子たちが総出で完成した道具を運んでくれている。
そしてもう一人。アリームに紹介された大工のガッツ親方とその仲間が一緒に来てくれていた。以前キールに約束した通り風車を作るのだ。
俺達は挨拶もそこそこに4組に分かれて農村へと向かう。俺は最初に行ったあの農村に向かいそこから他の農村も見て回る事になっていた。他の農村にはそれぞれキール、テリースとアリームが向かっていた。まずは村長達と貧民の受け入れ条件の確認から始めなければならないからだ。
それぞれが村長の所に行ってキールの準備した正式な執政者としての通達文を手渡す。これには今回の人手の詳しい状況が説明されていた。
そしてそれ以上の事は俺たちがそれぞれの村長に直に説明する。
村長は俺の話をしっかりと聞いて確保した人手にもろ手を挙げて喜んでくれた。
「いや、食糧や寝床は問題ないですじゃ。なんの、毎年手伝いに来る連中だって同じようなもんだったんですじゃ。貧民街へ送る食料も配達のついでに出してきますじゃ」
そう言ってじいさんがその薄い胸を軽く叩いて見せた。
アルディは門の防衛に残り、パットは今度こそ治療院で留守番を言いつけられた。タッカーからあゆみの話を聞いたパットは見るも無残なほど落ち込んでいた。俺は自分が信じていない事もあって掛けてやる言葉さえ見つけられなかった。
麦畑は……ただっ広かった。
いや、見渡す限りって言うけどこの村の畑は見渡せる範囲の畑だけではないのだそうだ。しかも一面全て麦と言うわけではない。区画ごとに麦ばかりが植わっているかと思うと次のブロックは開いている。これは輪作が伝わる前の休畑が必要だったころの畑の使い方だ。非常に無駄が多く、効率も悪い。
それでも実りきった麦が続く畑を風が渡り、金の穂を揺らしていく様は胸の奥の凄く深い所に純粋な喜びを呼び起こす、不思議な高揚感と感動が生まれる光景だった。
『~初夏には真っ黒日焼けした鎌持つ男、畝の端よりこっちらで遊ぼう。
麦わら帽子で農道行けばピカピカのニンフがお待ちかね……』
麦刈りの歌が風に乗って響いてくる。村の者達が既に借り入れを始めていたのだ。皆手を止めることなく刈りながら歌は誰ともなしに始まって誰ともなしに続いていく。
この光景はあゆみにも見せてやりたかった。
すぐに手分けして刈り入れの準備に取り掛かった。だがなんせ今まで麦を刈った事もない連中ばかりなのだ。半日はその長い柄の付いた鎌の使い方や作業手順の説明だけで殆ど終わってしまった。
刈り入れは過酷だった。
一日中長い柄の付いた鎌を振って麦を刈る。一人が刈ったらもう一人が拾って束にし、更にもう一人が藁で括ってまとめて小さな山に積んでいく。
俺の計算違いはテリースだった。
俺はテリースが家畜の解体を一人でやったという話からこいつの風魔法で刈り取りは楽できると考えていたのだが、なんとテリースの風魔法の刃は指先10cmしか届かないのだそうだ。思ったほど役に立たない。しかも長い柄の鎌で麦を刈ってしまうと刈られた穂は畑にねてしまう。それを拾って歩くのも大変だし、束にしないと運ぶことも出来ない。だからこれを三人一組で手分けして行うのだが時間がかかる割に効率が悪い。しかも刈った麦に押し倒された麦を結構刈りそこなっている。
急いでアリームの所に行って村にあった材料で俺が昔アメリカの博物館で見たやつを作ってもらう事になった。『麦のゆりかご』と呼ばれるそれはまるで大きくカーブを描いた熊手が鎌の刃の上部に巻き付いたようなものだ。決して切る範囲を増やしてくれるわけではないが、刈った後の麦を刈った時点でひとまとめにして運びやすくしてくれる。しかも刈った麦が倒れないのでそれに押し倒されて倒れた麦の穂が刈れなくなってしまうと言う事もない。
流石に俺もこれは使っている所を見た事は無かったが、博物館で見た時はその真価がまるっきり分かっていなかった。実際に使ってみればこれが思っていた以上に作業の効率を上げてくれた。
だが、アリーム達がどんなに焦って作ったってしょせん手作業。その数は中々増えなかった。
それでも出来た物から支給すれば『刈る』・『まとめる』・『束にする』で3人必要だった作業が『刈り取り』と『まとめる』が一人になったお陰でその場で一人手が空く。これは思いの他大きかった。
作業はきついが文句は出ない。子供たちは子供たちで束に結うのを手伝ったり、束を積み上げるのを手伝ったりと自分たちで出来る事を続けている。
驚いた事に日が暮れても農村の奴らは交代制でかがり火の下、麦刈りを続けている。俺は俺で夜の内に連れてきていたガッツと細かい計画を立てていった。
日中、目ぼしい場所を探ってくれていたガッツが出してきた数か所の候補地の中から一番村に近い場所を選んで明日からの着工を決めた。
俺たちは結局寝る間もなく計画を詰め、朝を迎えた。
ちょっと時間が空くたびに心に痛みが走る。
あゆみの奴、どうしてるだろう。
結局あいつを救いに行く時間も人手もないままこの収穫の目処が立つまでここを動けなくなってしまった。
もし生きていたら……あいつはこんな俺を許してくれるだろうか。
結局それから一週間、俺たちは寝る間も惜しんで麦の刈り入れを続けた。
昼の間は総出で刈り入れを続け、夜は手馴れた物だけが刈り入れを続け、残りの者は乾燥した麦を村の中心にあるでかい納屋に積み上げたり、テリース他風魔法の出来る者が中心になって乾燥した麦から順に脱穀を始めた。
その間もアリームの工房の奴らは『麦のゆりかご』を作り続け、俺とガッツ親方のチームは一緒に風車の建設にかかっていた。
農作業はキールとテリースに任せて俺は連れてきていた兵士にも手伝わせて風車の建設の方に勤しんだ。
俺達がいる間に何としても一台終わらせておきたかったのだ。
設計は今回あゆみが居ないのでガッツ親方が俺の話を元に描きおこしてくれた。
難しい事はせず、1台の風車に2個の搗き臼だ。
俺だって歯車なんかを使えばもっと効率のいいものが作れるのは分かっているが、今そんな物を研究している時間はない。
単純に回る軸についている木の杭が杵の上に付いている長い木の棒を引っ掛けてあげたり下げたりを繰り返す仕組みの臼だ。
だから小さい風車で2つの臼。それを1つ作れれば、今後俺がいなくても続けてもっと作れるだろう。まあ、これで出来るのはもみ殻を外す程度で製粉はまだ今まで通り石挽の臼を使ってもらうしかないが。
ピートルとアリームがせがむので歯車の仕組みも教えて置いた。かなり興奮気味に聞いてたから後で勝手に改良してくれそうだ。
それにしても。
村のじいさんの話ではやはり例年より刈り入れに時間が掛かっているとの事だった。そりゃ毎年これの為だけにやってくる出稼ぎの者達の様に作業を知らない普通の貧民街の奴らが作業をしているのだから仕方ない。
そうは言っても彼らはみな良く働いた。一緒に働いている間に話を聞くと今まで貧民街で燻っていたのにはそれぞれ違った理由があった。
生まれつき台帳に載っていなかったから働けなかったものもいたし、どこかで教会と反目してしまった人たちもいた。中には実は獣人の血が混じっている者までいた。
理由は違えど皆普通の仕事にありつく事が出来ず、その多くは日雇いに出たり、物乞いをしたりごみを漁ったりして生活してたそうだ。無論口には出さなかったが盗みをしていた者もいたのだろう。
だが、誰に聞いても働きたくなかったというものは居なかった。皆ここで毎日働いて食べるものがあって寝る所がある生活が今までとは比べ物にならない程幸せだと断言していた。その言葉に偽りはないようで、ここに来てから人々の顔つきが変わり、笑顔が増えた。
それでも刈り入れには時間が掛かる。初日の進み具合を見ていたじいさんの予想では短くても5週間掛かるとの事だった。一つの村に付き100人近い人間が昼夜なく働いての話だ。ふと、あっちの世界ではトラクター1台で数日で終わっていた作業だったのを思い出して気が遠くなった。
5日目の朝辺りから風向きが変わった。村長のじいさん曰くこの調子だと今年は例年より早く雨が来るという。
「ネロ様、今更思うんですじゃが。よくよく考えてみればこれだけ早く麦が実っていなければこの人数で雨の前に全て刈り入れるのは無理だったですじゃが。やっぱりあれは奇跡だったのですじゃが」
「……もし奇跡だったとしてもここの教会が崇めてる神様のお陰なんかじゃない事だけは確かだぞ」
じいさんの言葉についポロリと俺がそう言うと、じいさんがニヤリと笑ってこっちを見た。
「ネロ様も教会嫌いですじゃか。わしもですじゃが。実りの為に祈りもせずに実りだけを取っていく連中なんぞ信じるに足らんですじゃが」
「じいさん、そんな事堂々と言ってていいのかよ」
「猫耳のネロ様に言って何を恐れる事がありますじゃか?」
じいさんがカラカラと笑った。
じいさんの言う事は正しいのだろう。通年より長く麦を刈る事が出来たのは間違いなくあの1週間早い実りのお陰だった。俺の見た夢と麦を実らせた風。あれは一体何だったんだろう。
ふと気付くとすぐ近くでキールが周りの貧民たちと一緒に泥だらけになって麦を刈っていた。
キールあんたやっぱカッコいいわ。そこまで出来るのはマジ尊敬する。
7日目の朝。俺たちがやっとの事で最初の風車の試運転を終えた頃に麦の刈り入れもやっと目処がついた。貧民街の奴らもかなり手馴れて来たし着実に刈り取られた畑が増え続けている。脱穀も着々と続いていて、袋詰めにされた麦が次々と風車に運び込まれ引きつぶされていく。
この風車の建設の費用も殆どが材料費でガッツ親方たちは俺から手に入れた知識だけで充分釣りが出ると言ってくれた。材料費も半分はキールの個人資産、残りの半分は村の借金になった。ただし、その借金も次の数年で十分に払いきれる金額だそうだ。
じいさん曰く、このままいけば今年は大幅な豊作だそうだ。何より作付けに対する収穫量が格段に増えているという。それこそは俺が持ち込んだ道具の本領だったのだろう。
麦畑に残っていた落ち穂をキールが拾おうとして村のじいさんに叱られていた。
全く。どこの世界に落ち穂を拾う皇太子がいるんだ? 落ち穂拾いってのはどこの国でも本来最も貧乏な貧民の為に残しておくもんだ。こいつもしかして落ち穂拾いの意味知らねーのか?
まだ刈り入れは続くが俺たちが必要とされる仕事ももうここにはない。
思えば無茶苦茶なスケジュールだった。これで5日間、俺達全員殆ど寝ていない。
それでも俺達は毎晩、夜の作業の合間に時間を作って集まっては話し合ってきたのだ。そう、この刈り入れに目途がついた後の狼人族との交渉再開の計画を。
睡眠不足にもかかわらず、頭はやけにはっきりとしていた。疲れの溜まった体はあちこちが農作業の疲労でバリバリで、神経がそこら中ビリビリと痺れ痛んだ。
だがあと一息。待ちに待った機会がやってくる。何としてもあゆみを取り返してやる。
村の中心に戻った俺を迎えたキールとテリースは俺と同じ目でしっかりと見返してきた。
「行くぞ」
「ああ」
「はい」
城門ではアルディが既に準備を整えて待っているはずだ。
俺たちは刈り取られた畑を駆け抜ける風に背を押されながら、もう後ろを振ることなく城門へと向かった。
夢の中で俺は冷たくなったあゆみを抱えてただただ歩き回っていた。あの冷たい身体の感触が余りにリアルでまだ俺の腕の中にあいつの身体が入っているような錯覚を覚える。
俺はどうにか心を落ち着かせて再度自分の心に問いかけた。俺はあゆみが死んだと信じるのか?
どうやってもそうは思えなかった。
昨日キールにも説明しようとしたが言葉には出来ない次元であいつが生きていると確信できる。
なのに胸の内の不安は消せない。
矛盾した二つの感情にさいなまれながら俺は手早く服を着替えてキール達と合流した。
貧民街に向かい兵舎から来た兵士たちとダーレン達率いる貧民街の者達と合流する。
結局キールはかなりの数の兵士を城門の警備に残さざるを得なかった。パットが覚えていた「連邦」の連中がもうすぐ到着する、と言う情報はタッカーによって再確認された。ダンカンが東門から逃げて行ったという話と併せるとどうしても見張りを減らすわけにはいかなかった。それどころかいつも以上に東門に兵を割く結果になってしまった。
貧民街から出てくれる人数が思いの他多かったのはいいが、その半数近くは子供たちだった。乳飲み子こそいないが下は5歳くらいまでいる。それが全員働き手としてついてくるのだそうだ。
その場にはピートルとアリームもいた。それぞれの工房の弟子たちが総出で完成した道具を運んでくれている。
そしてもう一人。アリームに紹介された大工のガッツ親方とその仲間が一緒に来てくれていた。以前キールに約束した通り風車を作るのだ。
俺達は挨拶もそこそこに4組に分かれて農村へと向かう。俺は最初に行ったあの農村に向かいそこから他の農村も見て回る事になっていた。他の農村にはそれぞれキール、テリースとアリームが向かっていた。まずは村長達と貧民の受け入れ条件の確認から始めなければならないからだ。
それぞれが村長の所に行ってキールの準備した正式な執政者としての通達文を手渡す。これには今回の人手の詳しい状況が説明されていた。
そしてそれ以上の事は俺たちがそれぞれの村長に直に説明する。
村長は俺の話をしっかりと聞いて確保した人手にもろ手を挙げて喜んでくれた。
「いや、食糧や寝床は問題ないですじゃ。なんの、毎年手伝いに来る連中だって同じようなもんだったんですじゃ。貧民街へ送る食料も配達のついでに出してきますじゃ」
そう言ってじいさんがその薄い胸を軽く叩いて見せた。
アルディは門の防衛に残り、パットは今度こそ治療院で留守番を言いつけられた。タッカーからあゆみの話を聞いたパットは見るも無残なほど落ち込んでいた。俺は自分が信じていない事もあって掛けてやる言葉さえ見つけられなかった。
麦畑は……ただっ広かった。
いや、見渡す限りって言うけどこの村の畑は見渡せる範囲の畑だけではないのだそうだ。しかも一面全て麦と言うわけではない。区画ごとに麦ばかりが植わっているかと思うと次のブロックは開いている。これは輪作が伝わる前の休畑が必要だったころの畑の使い方だ。非常に無駄が多く、効率も悪い。
それでも実りきった麦が続く畑を風が渡り、金の穂を揺らしていく様は胸の奥の凄く深い所に純粋な喜びを呼び起こす、不思議な高揚感と感動が生まれる光景だった。
『~初夏には真っ黒日焼けした鎌持つ男、畝の端よりこっちらで遊ぼう。
麦わら帽子で農道行けばピカピカのニンフがお待ちかね……』
麦刈りの歌が風に乗って響いてくる。村の者達が既に借り入れを始めていたのだ。皆手を止めることなく刈りながら歌は誰ともなしに始まって誰ともなしに続いていく。
この光景はあゆみにも見せてやりたかった。
すぐに手分けして刈り入れの準備に取り掛かった。だがなんせ今まで麦を刈った事もない連中ばかりなのだ。半日はその長い柄の付いた鎌の使い方や作業手順の説明だけで殆ど終わってしまった。
刈り入れは過酷だった。
一日中長い柄の付いた鎌を振って麦を刈る。一人が刈ったらもう一人が拾って束にし、更にもう一人が藁で括ってまとめて小さな山に積んでいく。
俺の計算違いはテリースだった。
俺はテリースが家畜の解体を一人でやったという話からこいつの風魔法で刈り取りは楽できると考えていたのだが、なんとテリースの風魔法の刃は指先10cmしか届かないのだそうだ。思ったほど役に立たない。しかも長い柄の鎌で麦を刈ってしまうと刈られた穂は畑にねてしまう。それを拾って歩くのも大変だし、束にしないと運ぶことも出来ない。だからこれを三人一組で手分けして行うのだが時間がかかる割に効率が悪い。しかも刈った麦に押し倒された麦を結構刈りそこなっている。
急いでアリームの所に行って村にあった材料で俺が昔アメリカの博物館で見たやつを作ってもらう事になった。『麦のゆりかご』と呼ばれるそれはまるで大きくカーブを描いた熊手が鎌の刃の上部に巻き付いたようなものだ。決して切る範囲を増やしてくれるわけではないが、刈った後の麦を刈った時点でひとまとめにして運びやすくしてくれる。しかも刈った麦が倒れないのでそれに押し倒されて倒れた麦の穂が刈れなくなってしまうと言う事もない。
流石に俺もこれは使っている所を見た事は無かったが、博物館で見た時はその真価がまるっきり分かっていなかった。実際に使ってみればこれが思っていた以上に作業の効率を上げてくれた。
だが、アリーム達がどんなに焦って作ったってしょせん手作業。その数は中々増えなかった。
それでも出来た物から支給すれば『刈る』・『まとめる』・『束にする』で3人必要だった作業が『刈り取り』と『まとめる』が一人になったお陰でその場で一人手が空く。これは思いの他大きかった。
作業はきついが文句は出ない。子供たちは子供たちで束に結うのを手伝ったり、束を積み上げるのを手伝ったりと自分たちで出来る事を続けている。
驚いた事に日が暮れても農村の奴らは交代制でかがり火の下、麦刈りを続けている。俺は俺で夜の内に連れてきていたガッツと細かい計画を立てていった。
日中、目ぼしい場所を探ってくれていたガッツが出してきた数か所の候補地の中から一番村に近い場所を選んで明日からの着工を決めた。
俺たちは結局寝る間もなく計画を詰め、朝を迎えた。
ちょっと時間が空くたびに心に痛みが走る。
あゆみの奴、どうしてるだろう。
結局あいつを救いに行く時間も人手もないままこの収穫の目処が立つまでここを動けなくなってしまった。
もし生きていたら……あいつはこんな俺を許してくれるだろうか。
結局それから一週間、俺たちは寝る間も惜しんで麦の刈り入れを続けた。
昼の間は総出で刈り入れを続け、夜は手馴れた物だけが刈り入れを続け、残りの者は乾燥した麦を村の中心にあるでかい納屋に積み上げたり、テリース他風魔法の出来る者が中心になって乾燥した麦から順に脱穀を始めた。
その間もアリームの工房の奴らは『麦のゆりかご』を作り続け、俺とガッツ親方のチームは一緒に風車の建設にかかっていた。
農作業はキールとテリースに任せて俺は連れてきていた兵士にも手伝わせて風車の建設の方に勤しんだ。
俺達がいる間に何としても一台終わらせておきたかったのだ。
設計は今回あゆみが居ないのでガッツ親方が俺の話を元に描きおこしてくれた。
難しい事はせず、1台の風車に2個の搗き臼だ。
俺だって歯車なんかを使えばもっと効率のいいものが作れるのは分かっているが、今そんな物を研究している時間はない。
単純に回る軸についている木の杭が杵の上に付いている長い木の棒を引っ掛けてあげたり下げたりを繰り返す仕組みの臼だ。
だから小さい風車で2つの臼。それを1つ作れれば、今後俺がいなくても続けてもっと作れるだろう。まあ、これで出来るのはもみ殻を外す程度で製粉はまだ今まで通り石挽の臼を使ってもらうしかないが。
ピートルとアリームがせがむので歯車の仕組みも教えて置いた。かなり興奮気味に聞いてたから後で勝手に改良してくれそうだ。
それにしても。
村のじいさんの話ではやはり例年より刈り入れに時間が掛かっているとの事だった。そりゃ毎年これの為だけにやってくる出稼ぎの者達の様に作業を知らない普通の貧民街の奴らが作業をしているのだから仕方ない。
そうは言っても彼らはみな良く働いた。一緒に働いている間に話を聞くと今まで貧民街で燻っていたのにはそれぞれ違った理由があった。
生まれつき台帳に載っていなかったから働けなかったものもいたし、どこかで教会と反目してしまった人たちもいた。中には実は獣人の血が混じっている者までいた。
理由は違えど皆普通の仕事にありつく事が出来ず、その多くは日雇いに出たり、物乞いをしたりごみを漁ったりして生活してたそうだ。無論口には出さなかったが盗みをしていた者もいたのだろう。
だが、誰に聞いても働きたくなかったというものは居なかった。皆ここで毎日働いて食べるものがあって寝る所がある生活が今までとは比べ物にならない程幸せだと断言していた。その言葉に偽りはないようで、ここに来てから人々の顔つきが変わり、笑顔が増えた。
それでも刈り入れには時間が掛かる。初日の進み具合を見ていたじいさんの予想では短くても5週間掛かるとの事だった。一つの村に付き100人近い人間が昼夜なく働いての話だ。ふと、あっちの世界ではトラクター1台で数日で終わっていた作業だったのを思い出して気が遠くなった。
5日目の朝辺りから風向きが変わった。村長のじいさん曰くこの調子だと今年は例年より早く雨が来るという。
「ネロ様、今更思うんですじゃが。よくよく考えてみればこれだけ早く麦が実っていなければこの人数で雨の前に全て刈り入れるのは無理だったですじゃが。やっぱりあれは奇跡だったのですじゃが」
「……もし奇跡だったとしてもここの教会が崇めてる神様のお陰なんかじゃない事だけは確かだぞ」
じいさんの言葉についポロリと俺がそう言うと、じいさんがニヤリと笑ってこっちを見た。
「ネロ様も教会嫌いですじゃか。わしもですじゃが。実りの為に祈りもせずに実りだけを取っていく連中なんぞ信じるに足らんですじゃが」
「じいさん、そんな事堂々と言ってていいのかよ」
「猫耳のネロ様に言って何を恐れる事がありますじゃか?」
じいさんがカラカラと笑った。
じいさんの言う事は正しいのだろう。通年より長く麦を刈る事が出来たのは間違いなくあの1週間早い実りのお陰だった。俺の見た夢と麦を実らせた風。あれは一体何だったんだろう。
ふと気付くとすぐ近くでキールが周りの貧民たちと一緒に泥だらけになって麦を刈っていた。
キールあんたやっぱカッコいいわ。そこまで出来るのはマジ尊敬する。
7日目の朝。俺たちがやっとの事で最初の風車の試運転を終えた頃に麦の刈り入れもやっと目処がついた。貧民街の奴らもかなり手馴れて来たし着実に刈り取られた畑が増え続けている。脱穀も着々と続いていて、袋詰めにされた麦が次々と風車に運び込まれ引きつぶされていく。
この風車の建設の費用も殆どが材料費でガッツ親方たちは俺から手に入れた知識だけで充分釣りが出ると言ってくれた。材料費も半分はキールの個人資産、残りの半分は村の借金になった。ただし、その借金も次の数年で十分に払いきれる金額だそうだ。
じいさん曰く、このままいけば今年は大幅な豊作だそうだ。何より作付けに対する収穫量が格段に増えているという。それこそは俺が持ち込んだ道具の本領だったのだろう。
麦畑に残っていた落ち穂をキールが拾おうとして村のじいさんに叱られていた。
全く。どこの世界に落ち穂を拾う皇太子がいるんだ? 落ち穂拾いってのはどこの国でも本来最も貧乏な貧民の為に残しておくもんだ。こいつもしかして落ち穂拾いの意味知らねーのか?
まだ刈り入れは続くが俺たちが必要とされる仕事ももうここにはない。
思えば無茶苦茶なスケジュールだった。これで5日間、俺達全員殆ど寝ていない。
それでも俺達は毎晩、夜の作業の合間に時間を作って集まっては話し合ってきたのだ。そう、この刈り入れに目途がついた後の狼人族との交渉再開の計画を。
睡眠不足にもかかわらず、頭はやけにはっきりとしていた。疲れの溜まった体はあちこちが農作業の疲労でバリバリで、神経がそこら中ビリビリと痺れ痛んだ。
だがあと一息。待ちに待った機会がやってくる。何としてもあゆみを取り返してやる。
村の中心に戻った俺を迎えたキールとテリースは俺と同じ目でしっかりと見返してきた。
「行くぞ」
「ああ」
「はい」
城門ではアルディが既に準備を整えて待っているはずだ。
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