異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第13章 ヨークとナンシーと

26 ネイサン枢機卿の災難2※

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※注意※ 一部軽く残酷な描写が入ります。

────


「ならば仕方ない」
「だとさテッド、あんたの出番だ」

 キールさんに促され、黒猫君の言葉とともに数人の兵士さんたちが縄に繋がれたテッドさんを引き連れてきた。
 縄がきついのか、やけに窮屈そうにあちこち体をうごかしてたテッドさん、それでもネイサンさんの顔を見るなり喜々としてネイサンさんにすり寄っていく。

「おお! 大将ぉ~、探しましたぜ!」

 その勢いには腰紐を持っている兵士さんたちも引っ張られ気味。
 だけどそんなテッドさんを見てもネイサンさんの顔色は全く変わらない。
 それどころか、無遠慮にすり寄ってきたテッドさんに、眉をひそめてキールさんを見た。

「誰だこの男は?」

 でもそんなネイサンさんの様子などお構いなしに、テッドさんが勢い込んで話し続けてる。

「嫌ですよ大将ぉ、この俺様を忘れちまったんですか? 俺ですよ俺、ほらこの前ひっそりお会いしたじゃないですかぁ。こんなところまで大将を追いかけてきた忠実な俺様を忘れるだなんて、ひど過ぎますよぉ」
「なんの話だ。お前など知らんぞ」

 図々しくすり寄るテッドさんとは裏腹に、ネイサンさんは苛立ちも露わにテッドさんとキールさんを見比べた。

 ほらやっぱり!
 テッドさんのあれ全部デタラメだったんだ!

 テッドさんを見るネイサンさんの心底迷惑そうな様子に、私がそう確信した次の瞬間。
 信じられないことが起きた。

「つれないこと言わないでくださいよぉ、大将ぉ」
「一体なんのこと──」

 目前で起きたことがよくわからない。
 テッドさんがさっきみたいにくねくねっと体を揺らしたと思ったら、まるで手品のように縄がスルスルっと地面に滑り落ちて。
 でもテッドさんの挙動にはまるで淀みがなく、あまりに自然すぎて。

「グッ──!」
「──!」

 やっと私が疑問に思ったときには、すでに紐を掴んでいた兵士さんたち二人が突き飛ばされたあとだったみたい。
 だから突然後ろから響いたうめき声と剣が地面を打つ音に驚いた私は、一瞬視線がそちらに引き寄せられちゃって。
 慌てて振り返ったときには、テッドさんがまるで仲の良い友人にするようにネイサンさんに抱きついていた。

 え、今一体なにがどうなったの?!

「ほら、逃げないでくださいよぉ。こうやってわざわざ見ず知らず・・・・・の貴方をお迎えにきたんですから」
「は? よせ、放せ──!!」

 へらへら笑いながら抱きつくテッドさんをネイサンさんが必死に振り払おうと暴れてる。
 なのに、文句の最中、突然なぜかネイサンさんがピタリと動きを止めた。
 そしてテッドさんの場違いに明るい声が響きだす。

「ああ、皆さん動いちゃ駄目ですぜ、でないとこの糸がこの男の首をスパーンして、頭が胴体離れてさよならしちゃいますよ~」

 ギョッとしてテッドさんの手元を見ると、いつの間にか彼の両手から伸びる細い糸がネイサンさんの首に絡まってる!

 すかさず剣を片手にテッドさんを取り囲んでいたキールさんや近衛兵の皆さんが、それを目にして全員その場でピタリと動きを止めた。

「さすが近衛兵、理解が早くていいねぇ!」

 そんな様子を見て、テッドさんが上機嫌に喋りだす。

「いやー、それにしても今回の襲撃は色々大漁だったなぁ。傀儡を数十体無駄にした価値は充分あったわ。そこの猫神って言われてる獣人崩れの戦闘も見れたし、その巫女さんがいかに莫大な魔力持ちで周りから甘やかされまくってるのかも見れたしな」

 嬉し気に声を躍らすテッドさんに、黒猫君たちが一斉に殺気だつ。
 私もこれには少しばかり腹が立った。

 甘やかされてるのはまあ認めるけれどテッドさんには関係ないし、何よりこの人、自分が首謀者だって認めたようなもんだよね!

「テリース、あゆみを頼む」

 でも言い返そうと私が口を開くよりも早く、低く響く黒猫君の声と同時にふわっと体が浮いて、気づけば後ろに立っていたテリースさんに抱えあげられていた。

 そっか、戦闘になったら私邪魔なだけだもんね……。
 むろん文句は言いません。

 その間にも、間合いをじりじりと詰める黒猫君たちに、未だへらへら笑ってるテッドさんがなぜか突然足を振り上げ。

「おっとこいつの首に未練がなけりゃ仕方ないが、さもなきゃ俺を捕まえようなんて考えるなよ」
「うぎゃっ!!!」

 うわ、酷い!

 テッドさん、喋りながらネイサンさんの腿に膝蹴りを沈めてる。それにふらついたネイサンさんの首筋から、ツツツっと真っ赤な血液が首筋に糸を引いて滴り落ちた。

 やめて、首が切れちゃう、切れちゃうよ!

「おいそこ、魔法なんて撃ってきても俺が指一本動かせばそれでこいつは終わりだぜ。いいのか? この大将がヨークにつかなけりゃそこの二人を待ってるのは裁判じゃなくて絞首台だろ?」

 そう言って、密かに手を上げ狙いをつけていた白髭のおじいさんに顎をしゃくって答えを促した。
 それを苦々し気に睨み返したおじいさんが、ゆっくりと手を下ろしつつ絞り出すように教えてくれる。

「……残念ながらあの男の言うとおりだ。仮にも貴族出の枢機卿が容疑者の護送中に殺されたとなれば、確かに貴族派の者が放っておかんだろうて。貴族権限による即時処刑を言い出す可能性は高い」

 無念そうなおじいさんの説明を聞いたテッドさん、ほら見ろとばかりに今度はキールさんに向かって口を開いた。

「だってよ隊長さん。せっかくヨークまでの道行きを楽しみにしてくれてたみてーなのに残念だが、さっきの話はなしだ。俺はここでこのおっさんを人質に先き抜けさせてもらうぜ」
「この包囲から逃げられると思うのか?」

 剣先を真っ直ぐテッドさんに向けたまま、キールさんがドスの効いた声で威嚇する。
 それでもテッドさんの態度はさっきと全く変わらず、それどころか野卑な笑顔を浮かべて声を張り上げ──

「そこの猫獣人の出来損ない……ネロつったか? あんたよっぽど自分の身軽さに自信があるみてーだが、身が軽いのはあんただけじゃないんだぜ」

 ──次の瞬間、どこかでボコボコッと変な音がして、なにか異様なものが宙を飛んできた。
 反射的に兵士の皆さんが剣を向けて応戦してるけど、私の処理能力は断然トロくて。

 だから、土だらけで、赤黒くて、ゴチャっとしたそれが、人間の成れの果てだって気づくまで、たっぷり数秒間見つめてしまった。

「うううう゛っっ!!」

 理解が追いついた途端、止める間もなくしゃがみ込んでその場で吐いちゃった。

「おいおい、自分が壊したうちのかわいい傀儡ちゃん達にそれは失礼だろ、あゆみちゃん。あんたらも、詰めが甘いんだよ。コイツらが首の骨折られたくらいで動かねえって思うなよ」

 地面と向き合って吐いてた私は、降ってきたテッドさんの言葉に愕然とした。

 待ってこれ、さっきの襲撃者さん達なの!?
 だって暗がりだったけどみんなもっと普通で、普通に襲ってきてて……

 そこまで考えて、やっと思考が考えたくもない結論を導き出す。

 え、まさか……
 まさか私の蔦のせい……?

 でも黒猫君もおじいさんたちも、御者さんやネイサンさんだって無傷で救出されたのに、なんで……

「え、まさかあんた自分がやったこと分かってねえのかよ。キッモ、どこまであんたらこの女を甘やかしてるんだよ」
「やめろ!!!」

 バカにしたようなテッドさんの声を遮るように、飛んできた襲撃者さんの成れの果てを相手にしてた黒猫君が叫んだ。

 でもそれを聞いたテッドさんが余計嬉しげに先を続ける。

「ちょっと考えりゃすぐに分かることだろ。あんたの蔦がくびり潰したんだよ。コイツら、痛みなんてわかんねーからな。骨が折れようが、内臓が飛び出そうが、動けるうちは動くんだよ」

「う゛う゛ッッッッ……!」

 一度治まった吐き気がまた一気に押し寄せてくる。
 吐きたいけど、昨日からあまり食べてないからもう胃液しか出ない。
 喉を焼く胃酸の味に涙が滲んできちゃう。

 それを見てキャッキャと嬉しそうに笑ったテッドさんが、笑いを堪えてまた話し出した。

「クククッ、その様子じゃあんた、他の──」

 でもテッドさんがなにかを言い切るよりも早く、キールさんが跳ねるように前に飛び出して、掲げあげた大剣でテッドさんを真っ向から切り捨てたように見えたのに。
 刹那、テッドさんがネイサンさんを抱えて飛びさすり、そのまま人間技とは思えない跳躍力で、ゴムまりのようにテントの向こう側まで飛んでっちゃった。

「バッカス!」
「呼ぶのがおせーんだよ!」

 ほぼ時を同じくして上がった黒猫君の呼びかけに、すでに大きな狼の姿になってたバッカスが叫びかえし、黒猫君を咥えて宙に放り投げてる。
 慣れたもので、空中で姿勢を整えた黒猫君、そのままバッカスの背に綺麗にまたがった。
 そして次の瞬間、バッカスの大きな跳躍とともに、二人の姿はテントの向こう側へと消えていった。
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