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第13章 ヨークとナンシーと

25 ネイサン枢機卿の災難1

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「信じられん!!」

 私たちの顔を見て開口一番、ネイサンさんが大声で怒鳴りだした。

「どういうつもりだ、アルディー隊長!」

 ここは偽サロスさんことネイサンさん専用テントの前。
 私の検診も無事終わり、黒猫君に見つからないうちにここまで自分で歩いてきてた。だって先に来てないとまた黒猫君に抱え上げられちゃうし。
 せっかく手枷足枷がないんだし、私だって少しは自分で歩きたいんだよ。

 でもすぐあとから追いついた黒猫君、なぜかそっぽを向いて視線を合わせてくれない。
 声をかけようとしたところで、名乗りを上げたキールさんを前にネイサンさんが怒鳴りだしたのだ。

 ようやく最後の小山から救い出されたネイサンさんは、非常にご立腹らしい。
 まあ、急いで作戦会議を終えたけど、それでも結構待たせちゃったもんね。

 それでも小山を崩して救出した時点では言葉も出ないほど憔悴しきっていて、すぐにテリースさんが椅子に座らせて回復魔法を使ってたんだけど。

 やっと一息ついたと思ったら、その直後にこれなのだ。
 どうやら、自分を最後まで後回しにされたのが、よっぽど気にくわないみたい。
 甲冑をつけっぱなしで「近衛隊のアルディ隊長だ」と名乗ったキールさんにもなんの疑問も抱いてない様子。
 ネイサンさんを囲うように立つキールさんや近衛隊の兵士さんたちを前に、偉そうにふんぞり返ってる。

「何か不満でも?」

 だけどキールさんはキールさんで、甲冑で顔が見えないのをいいことに、ネイサンさんの扱いがとっても雑だ。
 それが余計気に障ったみたいで、偽サロスさんがその顔色を一気に赤く染めあげた。

「不満にきまっているだろう! なんで他の連中が先に助け出されてのうのうと茶など飲んでるのに、私を最後まで放置した! なぜ私を優先しなかった! 一体私を誰だと思っている!?」

 あーあ。
 まあ、文句言われるだろうとは思ってたけどね。

 でも助けてもらっておいて、助けてくれた皆様にこの態度は流石にないんじゃない?
 ほら、近衛兵の皆さんも表情をなくしちゃってる。

「大体、なんでキーロン殿下の近衛兵がこんなところにいる? ナンシーからはとっくに遠く離れてるだろう」

 不審そうにめつけるネイサンさんに、キールさんがわざとらしく腕を広げて声を張り上げた。

「なんだ、俺たちが助けに駆けつけたのがそんなに不満か? たまたまキーロン陛下の先触れに来てたついでに見つけて救助に入ってやったんだがな。蔦の中のほうが居心地いいならもう一度俺たちで埋めてやっても構わないぞ?」

 ネイサンさんの文句は八つ当たりにしか聞こえないけど、キールさんがまたすっとぼけた声でそんなこと言うから、もうネイサンさんの顔色が赤を通り越して黒っぽい。

 これ以上煽ったらこの人、倒れちゃうんじゃないだろうか?

「そんなわけがあるか! あの襲撃はそこの囚人たちを狙っていたのだろう? どうせなら殺されるまで放っておけばいいものを。あの護送人どももなんと使えない。大体あの蔦はなんだ!? あんなものどこから湧いて出た!?」

 キールさんの皮肉も聞き流して、ネイサンさんが眦を吊り上げて怒声を上げた。

 その疑問は最もだよね……。
 幸い、ネイサンさんたちのテントは私たちから一番離れた所にあったから、私たちのやり取りは聞こえてなかったみたい。
 なのに兵士の皆さん、なんでそこで一斉に私を見ちゃうの?

「まて、なぜその囚人たちの手枷足枷が外れてる?」

 ほらー、偽サロスさんが余計なことに気づいちゃったじゃないか。

 でも慌てた私が言い訳をするよりも早く、一緒に来てくれていた白髭のおじいさんことガイアさんが一歩前に出てその場で頭を下げた。

「恐れながら『魔封じの枷』は長らく使い込まれて疲弊していたようで……。どちらも襲撃時に武器に当たって壊れてしまいましてな。代わりもなく、こうして私どもが見張っております。……教会で所持している『魔封じ』の枷はこの二組で最後だったというのに」

 報告という形で答えつつも、白髭のおじいさんがチロチロ私のほうを見て、恨めしそうなため息をこぼしてる。

 うーん、壊しちゃったのは申し訳ないと思うけど、もういい加減諦めてくれないかな……。

 あ、いっそ自分で作れないかやってみようかな。
 多分だけどあれ、結晶石の欠片と溜め石を組み合わせて使ってるんじゃないかと思うんだよね。シアンさんに聞けば知ってるかも……?

「まあ、その件はともかく、サロス長官には昨夜ここで起きた襲撃について尋ねたい件がある」

 話が逸れたのをいいことに、キールさんが割って入って今度は逆に偽サロス長官に追及の矛先を向けた。

「襲撃の際、襲撃者に追われていた御者の二人を長官の護衛が剣を振って威嚇した、と訴えているんだが。他にも長官の護衛が一度も襲撃者と戦闘をしなかったという者もいる。これは一体どういうことだ?」
「そ、そんなことをいちいち私に聞くな。直接あれらに聞けばよかろう」

 キールさんの厳しい声音に一瞬ひるんだネイサンさん、辺りをきょろきょろと見回して、自分の護衛の人たちを探してるみたい。

「あいにく、貴殿の護衛の二人はよっぽど蔦の中で暴れたらしく、救い出した時点で意識がなかった。……今もテリースが検診中で、まだ話が聞ける状態ではない」

 これ、護衛の二人が気絶してたのは本当らしいけど、残りの半分は嘘。

 あのあと黒猫君から報告を受けたキールさんの命令で、絶対安静を盾にテントに寝かしつけられているだけみたい。

 でもそんなこと知らないネイサンさんは、キールさんの言葉にギョッとして顔色を失った。
 それでもまだ震える声で言い返す。

「そ、それならばあいつらが戻るのを待てばよい。私は何も知らん、知らんからな!」

 このネイサンさんの態度だけみれば、挙動不審だしなにか隠してるようにしかみえないんだけど。
 でもそれだけじゃ襲撃してきた人たちと繋がってた証拠にはならないよね。

「なあ、あんたそれ本気で言ってるのか。あいつら、あんたを守ろうとしてたんだろう? そんなやつらに知らねーはねえんじゃねえの?」

 黒猫君が呆れたように尋ねれば、ネイサンさんが鼻を鳴らして返してくる。

「フン、自分の従僕をどのように扱おうと私の勝手だ。大体が、あの襲撃はどう見てもお前ら囚人を狙って襲ってきてただろう。そんなくだらぬゴタゴタに福音推進省長官である私が巻き込まれないよう配慮したのは、護衛として至極当前のことだ」

 あれ、なんか黒猫君に指摘されたのが癪だったのか、ネイサンさんが落ち着きを取り戻しちゃったみたい。
 さっきまであんなに焦ってたのに、一旦開き直ったネイサンさんはしぶとかった。

 うーん、結局キールさんの言うとおりテッドさんに会わせるしかないのかなぁ。

 同じように思ったのか、キールさんと黒猫君が視線を交わし、後ろに控えていた兵士さんたちに声をかけた。
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