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第5章 狼人族
5 税率
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工房からの帰り道、黒猫君はとても無口だった。多分さっき見た物のことを考えてるんだろうけど、ちょっと心配だ。
「黒猫君、さっき見た物ってそんなに問題があるの?」
私の質問に黒猫君が心ここにあらずって感じで答えてくれる。
「ああ、かなり問題だろうな」
そう言ってまた黙り込む。
今私たちはテリースさんを含む二人と一匹で歩いてる。
あの後、アリームさんとピートルさんはどうしてももう少し工房の弟子たちに説明が必要だと言い張って残ってしまった。そのまま二人だけで残すわけにはいかないのでトーマスさんが一緒に残ってくれてる。
必ず連れ帰るのでキーロン殿下に報告しておいて欲しい、とトーマスさんが二人を横目に見ながら困った顔で話してた。その間も黒猫君はずっと黙り込んでて。
「ねえ、本当にあの二人を置いてきちゃってよかったのかな」
「ん?」
「ほら、帰りがけにピートルさんとアリームさんが残るって言った時も黒猫君、相槌打つばかりで一言もしゃべらずに出てきちゃったじゃん」
「……そうだったか?」
「え? もしかして聞いてなかったの?」
「悪い、考え事してた。どうしても凄く嫌な予感がする。すぐにキールと相談したほうが良い気がする」
「急いだほうがいいのでしたらあゆみさん抱えさせていただきますが」
「え? また?」
「そうしてもらえ、時間の無駄だ」
こうして私はまたもテリースさんに抱えられて治療院に向かったのだった。
一旦キールさんの執務室に顔を出して、またもや私たちの執務室に移動する。
もう、ここを会議室にして私たち以外入れなくしちゃっえばいいんじゃないだろうか?
「お帰りなさい」
私達の執務室に戻ると机で書き物をしていたパット君が元気よく迎えてくれた。結局私たちはパット君のための書きもの机を入り口の横に置いたのだ。
「パット、買い取りのほうは大丈夫なのか?」
「はい、タッカーさんが居なくなってしまわれたのは辛いですが、申請ももうそれ程多くありませんからなんとかこなせています。それよりちょっとお話したいことがあって資料をまとめていたんです」
そう言って今机の上で書き込んでたわら半紙を見せてくれる。それは産業ごとの税金の一覧だった。部屋に来ていたキールさんも一緒になって覗き込む。
「パット、お前これどうやって作ったんだ?」
驚いて聞いた黒猫君にパット君が嬉しそうににっこりと笑って返事をする。
「この3日間の買取の時に聞いている収支と合わせておおよその額を出してみたんです。一部大きな取引は直接問屋さんに行ってあちらの台帳を確認してきました」
「パット君すごい……」
「いえ、それがそうじゃないんです。半分もやらないうちに大体分かってきて。見てください」
言われるままに見てみれば。
「確かにこれはあまりに分かりやすいな」
「そうなんです。っていうか今まで気づくのに時間がかかったのは自己申告制にして税率をちゃんと確かめなかったからだったんです」
「ああ、確かに。俺たちにはこんな常識なかったしそんなことを確認している時間もなかったからな」
ちょっと気を付けて見れば書き出された税率には明らかな法則があった。
どうやら農産、畜産、林業などの原材料を扱う第一次産業は全て軒並み一割なのに対して、それ以外の産業はほぼ一律十五パーセント。その横に追記の様な形で寄付一割となっている。
「商売をしている人に聞けばもう当たり前の常識だったんですよ。お金は全く扱わせてもらえてなかった僕はともかく、なんでタッカーさんが話してくれなかったのかちょっと疑問ですが」
「いや、俺も知らなかった。俺は普段ナンシーにいるし、軍は税金払わないからな」
「私は知っていましたよ?」
キールさんの答えはともかく、テリースさんの返事に全員でバッとテリースさんの顔を見てしまった。居心地悪そうにテリースさんが答える。
「いえ、まさか皆さんが知らないなんて思いもしなくて」
私と黒猫君ががっくりと肩を落とす。
まあ、朝一番からずっと混乱状態でお互いまともに話す暇もないほどだったから仕方ないのかな。
どっと疲れた私たちのその横で、パット君がちょっと遠くを見るような目になりながら言葉を続けた。
「ええ、どうもこれは常識過ぎて、だから皆さんごまかしきれないと思って正しい税率で自己申請してくださっていたんです」
「それはまあ、よかったと言うべきか……。そうすると俺のほうの方針も立てやすくなるな」
キールさんがちょっと思案顔でそう呟く。
「こっちは自家販売の対応に困ってたんだ。販売価格も量も個々で大幅に違うから変な優遇が出来なくてな。出回っている原材料の値段が下がってきているから嫌でも売り上げが出るはずなんだが、農産物や鉱石等を扱う奴らばかり優遇するのかっと文句を言う奴らが多くて辟易してた。しかも買い取れと言われても買取りようのない物も多い。武具なんかはこの機会に軍の装備を一部買い替えたがな」
「ああ、それは良かった。あんたらの武具はやたら年季が入っててちょっと心配だったんだ」
「そう言うな。この街自体は長い事安全で軍の予算も小さかったんだ。今回はまあ俺の個人資産をつぎ込んでるからな」
やっぱりキールさんは結構使い込みをしているらしい。それがいつまで持つのかちょっと心配なんだけど。
「これが分かればやりようがある。まずは街の連中を呼んで税率の一時軽減で交渉してみよう」
「おい、この『寄付』ってのはなんだ?」
まだパット君の作った一覧を見てた黒猫君が横から声を掛ける。
「それ私も気になってた」
「ああ、それは教会が取り立てるんですよ」
パット君の代わりにテリースさんが答えてくれた。
「寄付なのに取り立てるのか?」
「ええ。1割」
「凄い暴利だな」
そこでふと気が付いて聞いてみる。
「そう言えばお隣の教会ってまだだれかいるんですか?」
「ああ、アルディによると何人か見習いだった奴らがいるらしいぞ」
「この一割って今も取り立てているんでしょうか?」
「…………」
どうやら誰も知らないらしい。
「トーマス……はまだ戻ってないか。誰かひとり教会に行って現在寄付がどうなってるか聞いて来てくれ」
キールさんが扉の外に叫ぶと一人の兵士さんが立ち上がって飛んで行った。
「それでこれが俺と話し合いたかったことなのか?」
「いや、別件だ。まずは座ろう」
「あ、僕がお茶煎れてきますね」
「いえ、私が行きましょう」
立ち上がったパット君を笑顔で押し戻してテリースさんが素早く席を立つ。すぐにお茶を煎れるためのヤカンみたいな物とお茶の入ったポット、それから人数分のカップを手に戻ってくる。
ああ、今回は人数が多いからお湯を沸かす小さなヤカンも持ってきてたんだ。
テリースさんはまたもヤカンに手をかざしてお湯を温め始めた。
「テリースさん、それってどんな魔法なんですか?」
私の質問にテリースさんがにっこり笑って教えてくれる。
「これは熱の魔法です。ただ、これは生活の中で出来た魔術ですので系統だった魔術ではありませんが。あゆみさんも試してみますか?」
「はい、是非!」
これも簡単にコピーは出来た。早速ヤカンを渡してもらって自分で温める。
「黒猫君が言った通りだね。魔法が使えるか使えないかで生活が全然変わっちゃうよ」
一人感動に浸る私の肩に黒猫君が肉球の手を置いてくれた。うん、きっとこれは黒猫君以外には分かってもらえない。
でもこの魔術ってすごい! 手を当ててるだけなのに結構熱くなる。なのに当ててる手には火傷も出来ないし、ちゃんとシュウシュウと湯気の出るお湯になるまで温まった。
ってことは……
私はちょっと周りを見回した。えっとストローは無いから。わら半紙でいいか。
ゴソゴソやっている私を放っておいて湧いたお湯でテリースさんがお茶を用意する。
「煎れるなら茶葉をケチるなよ。どうせ俺の経費だし、このまま行きゃ茶葉なんか切れる前に餓死しちまうんだから」
キールさんの言いようにテリースさんが苦笑いをしながら煎れたお茶を配ってくれた。
黒猫君には……ソーサーに少し注いでくれた。
それを見た黒猫君が肩を落としてる。
うん、これも猫扱いだけど、少なくとも今回は忘れられなかったね。どの道黒猫君は猫舌だから折角の煎れたてのお茶も冷めなきゃ飲めないし。
テリースさんの差し出したお茶を一口飲んだキールさん、それでもやっぱり眉をひそめてため息をついた。
「黒猫君、さっき見た物ってそんなに問題があるの?」
私の質問に黒猫君が心ここにあらずって感じで答えてくれる。
「ああ、かなり問題だろうな」
そう言ってまた黙り込む。
今私たちはテリースさんを含む二人と一匹で歩いてる。
あの後、アリームさんとピートルさんはどうしてももう少し工房の弟子たちに説明が必要だと言い張って残ってしまった。そのまま二人だけで残すわけにはいかないのでトーマスさんが一緒に残ってくれてる。
必ず連れ帰るのでキーロン殿下に報告しておいて欲しい、とトーマスさんが二人を横目に見ながら困った顔で話してた。その間も黒猫君はずっと黙り込んでて。
「ねえ、本当にあの二人を置いてきちゃってよかったのかな」
「ん?」
「ほら、帰りがけにピートルさんとアリームさんが残るって言った時も黒猫君、相槌打つばかりで一言もしゃべらずに出てきちゃったじゃん」
「……そうだったか?」
「え? もしかして聞いてなかったの?」
「悪い、考え事してた。どうしても凄く嫌な予感がする。すぐにキールと相談したほうが良い気がする」
「急いだほうがいいのでしたらあゆみさん抱えさせていただきますが」
「え? また?」
「そうしてもらえ、時間の無駄だ」
こうして私はまたもテリースさんに抱えられて治療院に向かったのだった。
一旦キールさんの執務室に顔を出して、またもや私たちの執務室に移動する。
もう、ここを会議室にして私たち以外入れなくしちゃっえばいいんじゃないだろうか?
「お帰りなさい」
私達の執務室に戻ると机で書き物をしていたパット君が元気よく迎えてくれた。結局私たちはパット君のための書きもの机を入り口の横に置いたのだ。
「パット、買い取りのほうは大丈夫なのか?」
「はい、タッカーさんが居なくなってしまわれたのは辛いですが、申請ももうそれ程多くありませんからなんとかこなせています。それよりちょっとお話したいことがあって資料をまとめていたんです」
そう言って今机の上で書き込んでたわら半紙を見せてくれる。それは産業ごとの税金の一覧だった。部屋に来ていたキールさんも一緒になって覗き込む。
「パット、お前これどうやって作ったんだ?」
驚いて聞いた黒猫君にパット君が嬉しそうににっこりと笑って返事をする。
「この3日間の買取の時に聞いている収支と合わせておおよその額を出してみたんです。一部大きな取引は直接問屋さんに行ってあちらの台帳を確認してきました」
「パット君すごい……」
「いえ、それがそうじゃないんです。半分もやらないうちに大体分かってきて。見てください」
言われるままに見てみれば。
「確かにこれはあまりに分かりやすいな」
「そうなんです。っていうか今まで気づくのに時間がかかったのは自己申告制にして税率をちゃんと確かめなかったからだったんです」
「ああ、確かに。俺たちにはこんな常識なかったしそんなことを確認している時間もなかったからな」
ちょっと気を付けて見れば書き出された税率には明らかな法則があった。
どうやら農産、畜産、林業などの原材料を扱う第一次産業は全て軒並み一割なのに対して、それ以外の産業はほぼ一律十五パーセント。その横に追記の様な形で寄付一割となっている。
「商売をしている人に聞けばもう当たり前の常識だったんですよ。お金は全く扱わせてもらえてなかった僕はともかく、なんでタッカーさんが話してくれなかったのかちょっと疑問ですが」
「いや、俺も知らなかった。俺は普段ナンシーにいるし、軍は税金払わないからな」
「私は知っていましたよ?」
キールさんの答えはともかく、テリースさんの返事に全員でバッとテリースさんの顔を見てしまった。居心地悪そうにテリースさんが答える。
「いえ、まさか皆さんが知らないなんて思いもしなくて」
私と黒猫君ががっくりと肩を落とす。
まあ、朝一番からずっと混乱状態でお互いまともに話す暇もないほどだったから仕方ないのかな。
どっと疲れた私たちのその横で、パット君がちょっと遠くを見るような目になりながら言葉を続けた。
「ええ、どうもこれは常識過ぎて、だから皆さんごまかしきれないと思って正しい税率で自己申請してくださっていたんです」
「それはまあ、よかったと言うべきか……。そうすると俺のほうの方針も立てやすくなるな」
キールさんがちょっと思案顔でそう呟く。
「こっちは自家販売の対応に困ってたんだ。販売価格も量も個々で大幅に違うから変な優遇が出来なくてな。出回っている原材料の値段が下がってきているから嫌でも売り上げが出るはずなんだが、農産物や鉱石等を扱う奴らばかり優遇するのかっと文句を言う奴らが多くて辟易してた。しかも買い取れと言われても買取りようのない物も多い。武具なんかはこの機会に軍の装備を一部買い替えたがな」
「ああ、それは良かった。あんたらの武具はやたら年季が入っててちょっと心配だったんだ」
「そう言うな。この街自体は長い事安全で軍の予算も小さかったんだ。今回はまあ俺の個人資産をつぎ込んでるからな」
やっぱりキールさんは結構使い込みをしているらしい。それがいつまで持つのかちょっと心配なんだけど。
「これが分かればやりようがある。まずは街の連中を呼んで税率の一時軽減で交渉してみよう」
「おい、この『寄付』ってのはなんだ?」
まだパット君の作った一覧を見てた黒猫君が横から声を掛ける。
「それ私も気になってた」
「ああ、それは教会が取り立てるんですよ」
パット君の代わりにテリースさんが答えてくれた。
「寄付なのに取り立てるのか?」
「ええ。1割」
「凄い暴利だな」
そこでふと気が付いて聞いてみる。
「そう言えばお隣の教会ってまだだれかいるんですか?」
「ああ、アルディによると何人か見習いだった奴らがいるらしいぞ」
「この一割って今も取り立てているんでしょうか?」
「…………」
どうやら誰も知らないらしい。
「トーマス……はまだ戻ってないか。誰かひとり教会に行って現在寄付がどうなってるか聞いて来てくれ」
キールさんが扉の外に叫ぶと一人の兵士さんが立ち上がって飛んで行った。
「それでこれが俺と話し合いたかったことなのか?」
「いや、別件だ。まずは座ろう」
「あ、僕がお茶煎れてきますね」
「いえ、私が行きましょう」
立ち上がったパット君を笑顔で押し戻してテリースさんが素早く席を立つ。すぐにお茶を煎れるためのヤカンみたいな物とお茶の入ったポット、それから人数分のカップを手に戻ってくる。
ああ、今回は人数が多いからお湯を沸かす小さなヤカンも持ってきてたんだ。
テリースさんはまたもヤカンに手をかざしてお湯を温め始めた。
「テリースさん、それってどんな魔法なんですか?」
私の質問にテリースさんがにっこり笑って教えてくれる。
「これは熱の魔法です。ただ、これは生活の中で出来た魔術ですので系統だった魔術ではありませんが。あゆみさんも試してみますか?」
「はい、是非!」
これも簡単にコピーは出来た。早速ヤカンを渡してもらって自分で温める。
「黒猫君が言った通りだね。魔法が使えるか使えないかで生活が全然変わっちゃうよ」
一人感動に浸る私の肩に黒猫君が肉球の手を置いてくれた。うん、きっとこれは黒猫君以外には分かってもらえない。
でもこの魔術ってすごい! 手を当ててるだけなのに結構熱くなる。なのに当ててる手には火傷も出来ないし、ちゃんとシュウシュウと湯気の出るお湯になるまで温まった。
ってことは……
私はちょっと周りを見回した。えっとストローは無いから。わら半紙でいいか。
ゴソゴソやっている私を放っておいて湧いたお湯でテリースさんがお茶を用意する。
「煎れるなら茶葉をケチるなよ。どうせ俺の経費だし、このまま行きゃ茶葉なんか切れる前に餓死しちまうんだから」
キールさんの言いようにテリースさんが苦笑いをしながら煎れたお茶を配ってくれた。
黒猫君には……ソーサーに少し注いでくれた。
それを見た黒猫君が肩を落としてる。
うん、これも猫扱いだけど、少なくとも今回は忘れられなかったね。どの道黒猫君は猫舌だから折角の煎れたてのお茶も冷めなきゃ飲めないし。
テリースさんの差し出したお茶を一口飲んだキールさん、それでもやっぱり眉をひそめてため息をついた。
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