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第13章 ヨークとナンシーと

24 情けないない男たち

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「あゆみ、襲撃のあとまだテリースに診てもらってないだろう。あれだけ一気に魔力を放出したんだ、一度診てもらえ」

 作戦会議が終わり、タカシやじいさん、それにバッカスに続いてテントを出ようと立ち上がった俺とあゆみをキールが呼び止めて、そう言って外で手が空いていたテリースを呼びつけた。

「そうですね。では私があゆみさんをお預かりしますね」

 すぐにやってきて笑顔で手を伸ばしたテリースに、あゆみが慌てたように返事を返す。

「い、いえ、私自分で歩きますから」
「いけません。診察が終わるまでは私がお連れします」
「診察に行くんだ、我慢しとけ」

 キールにそう言われ、大人しくなったあゆみを勝手にテリースが俺の腕から引き取っていっちまった。

「待てあゆみ」

 そのまま今にもテントから出ていきそうなあゆみとテリースを慌てて呼び止めた俺は、

「お前、この制服をどう思う?」

 そう言ってあゆみに今着てる軍服を指差した。

 戦闘と蔦にやられて、せっかくあゆみと揃いで新調してもらった俺の私服はボロボロになっちまった。
 だから仕方なく、今はいつものあの・・軍服を着せられてるんだが……。

「いつも通り似合うよねそれ」

 少し照れたようにそう言うと、テリースに抱えられて出ていっちまった。
 代わりに俺の腕の中には重い虚無が現れて、正直持て余す。

「ネロ座れ。お前にはまだ話がある」

 キールにそう言われても、すぐに動けない。

 今俺はどうしようもなく動揺していた。

「何があった?」

 衝動的な動揺が過ぎ去り、脱力するように俺が椅子に座るのを待って、キールがやや心配気に尋ねてくる。

「とっととネイサンの所に行かなくていいのかよ」

 でもその心配が恥ずかしいのとありがたいので、どうにも気まずくて視線を合わせずに尋ねると、キールが大きなため息をついて続けた。

「テッドはあの通り全く信用ならん。なのに、お前がそんな状態で行けるわけがないだろう」
「悪い、そうだよな」

 拗ねた俺に真っ直ぐに、だがはっきりと答えてくれるキールの言葉に素直に謝罪の言葉がこぼれでる。
 そして視線を上げれば、優しい目で少し心配気にこちらを見るキールと目があった。

「で? 何があった? 俺には言えないことか?」

 全く。
 つくづくコイツは嫌味なほどにいいやつだ。
 たとえ二人きりとは言え、自分は国王なんだからいくらでも命令出来るんだし、「話せないこと」なんて俺に作らせなけりゃいいいだろうに。

 いい加減、コイツが正式に国王になってからも結構時間が経っている。
 そろそろ偉そうにふんぞり返って、俺達に命令してきたって全然おかしくないし、むしろ周りはそうしろって思ってるだろうに。

 頑なに約束を守って、俺たちを対等な友人として扱い続けてくれやがる。
 だから俺も、いい加減、自分が抱えてるもん全部コイツに吐き出したくなっちまった。

「あゆみのことだ」

 そうだろうよって顔で先を待つキールにぶちまける。

「あいつ、また記憶なくしちまいやがった」

 そこでついたため息は、自分で思う以上に深くて重かった。

「今回、あいつがなくしたのは、俺にも関わる記憶だ。以前、俺たちがテリースに聞くまでもなく、お前が王族だろうって気づいたの覚えてるか?」
「ああ」
「あれは、俺やあゆみが知ってる共通のあちら側の記憶が理由だった。それに関わることを、あゆみが忘れてるようなんだ」

 そこで俺が言葉を切ったのは、決して言いづらいとか苦しいからではなく、ただ自分の覚悟を決めるのに手間取ったためだった。

「下手をしたら、俺とそれを話した記憶も消えてる可能性がある」

 それでもなんとか口にしたその事実に、一気に胸が締め付けられた。
 たとえ頭で理解したつもりでいても、実際に声に出したことでより現実味を帯びて俺に再度降りかかる。
 重い一拍をおいて、キールが尋ねてくる。

「だとしたら、自分の記憶も忘れられそうで不安か」
「……ああ」

 俺の目前に座るこの男は、多分他の誰よりも正確に俺の重い不安を察してくれちまった……。

 コイツには、いつも弱ってるところを見られっぱなしだな。
 あゆみが死んだと思って泣きまくった時も、結婚を申し込めなくてやけ酒に溺れてた時も、シモンにあゆみを取られそうになって諦めかけた時も。
 いつもいつも情けねーところをしっかり見られちまってる。
 なのに、未だに俺を見限らない。

 あゆみもそうだが、こいつもまた、俺の暴力や能力関係なしに、俺みたいな奴と真っ直ぐ関わろうとしてくれる珍しい人間の一人だ。
 必要とあれば、俺を使うことに躊躇はないが、かと言って俺のどーしようもなく弱いところを知っても見捨てない。
 正直キールは俺にとって、初めて素で頼っても許される気がする相手になっちまってる……。

 だから続く俺の独白は、もうどーしようもなく情けない。

「情けねーよな。今一番不安なのはゼッテーあいつ自身のはずなのに、俺はあいつにしがみつかずにいられない。あいつの記憶がなくなるのが、忘れられるのが怖くてたまんねぇんだよ」
「ああ、情けないな」

 そんな俺に、キールが深くうなずいて繰り返す。

「情けない。情けないついでにもっと言え」

 そんなキールが、フッと笑って俺を睨む。

「俺にあゆみがどこまで記憶なくしたか確認するのに立ち会わせたいんだろ」
「ああ」

 キールに乗せられるままに、涙と一緒に勝手に声が滲みだした。

「俺、あゆみの記憶がどれくらいなくなったのか確認するのが怖くてたまんねぇ。それで、あいつが落ち込んでも、あいつになにをどうしてやればいいのか分からねぇんだ」

 一度口を開けば、あとは止めようもなく情けねー本音がボロボロこぼれ続ける。

「北の砦ではヴィクもいたし、他にも大勢いて、俺は先にほかの奴らにしっかりあゆみを甘やかしてやってもらってから、偉そうに残った最後の避けようがない辛さだけを受け止めた。だけど正直に言えば、俺にはつらい人間をどうやって甘やかしていいのか、まるっきり分からねーんだよ」

 情けねー。
 マジ情けねー。
 こんな情けねーこと、ホントは誰にも言いたくねえ。

 でもだからこそ、それを聞いても見限られない、そう思えるキールには、もう今更積み上がっていた不安やら嫉妬やらを隠す事が出来なかった。

「今回はヴィクがいねぇ。バッカスがいても、あいつ一人に任せられるとは思えねぇ。俺は、俺は一体どうしたら……」

 不安に胸が押しつぶされ、情けねーことに声が詰まって先が続かねー。
 
「情けないな、それは確かに」

 そんな俺に、自分の膝に片ひじついてたキールがニヤニヤしながら同意した。

「お前は本当に不器用なやつだ。さっきのあれは、あゆみを甘やかしてるんじゃない。あれじゃあお前があいつに甘えてるだけだ」

 ……それは分かってる。
 分かってた。
 分かってて、でも不安過ぎて抱きしめずにはいられなかった。

 自分でも自覚があった俺は、ニヤケながらズバリ指摘してきたキールに怒る気も起きないし、ただ情けなくて顔が俯いちまう。

 そんな俺をジッと見たまま、キールが笑みを消して淡々と先を続ける。

「お前を見てると、昔の自分を思い出すんだよ。お前、よっぽど今まで周りを信用せずに生きてきただろう。信用できないから頼れない。頼れないから甘えられない。甘やかされるはずがない。そう思ってるんじゃないか?」
「信用出来ない、というよりも俺はただ俺なんかを誰かが本気で相手するわけねーって思ってただけだ」

 キールの言葉になんか無性に腹が立ち、反射的に答えが口から飛び出した。
 つい斜に睨んじまったが、そんな俺をキールはただジッと見つめてくる。

「それは同じだ。信用されないと思うのは、同時に自分が相手を信頼してないからだ。信用できない相手が下す自分の評価など信用しない。だから結果自分を高く評価されようが信頼されようが、自分にはその価値がないと思い込んでるだろ」

 キールの言葉には飾りも何もなく、ただ真っ直ぐに俺の弱いところを切りつけてくる。
 決して簡単に受け止められるような柔な言葉じゃないのに、それでも俺はキールの言葉に耳を貸さずにはいられない。

「だがもういい加減自覚しろ。お前を見てれば分かる。お前は結構色んな人間に甘やかされて来たんだろうってな」

 そこで口元を綻ばせたキールは、突然俺に向かって腕を伸ばし、

「今だってお前、俺にちゃんと甘えてきたじゃないか」

 そう言って、俺の頭を抱え込んで、やけに嬉しそうにグシャグシャと俺の頭をかきまわした。

「お前はな、お前だってだけで充分価値のある奴なんだよ。俺はお前が使えるから一緒にいるんじゃない。お前って男を知って、好きになったからだ。バッカスだってあゆみだって、他の連中だって同じだろう。その上で、お前は頼れる仲間なんだよ」

 頭抱えられてるせいでキールの声がすげー近くで響いてきやがる。

「それは多分、いや間違いなく、俺たちに出会う前も同じだったんだろうよ。ただお前はお前に向けられる人の好意にあまりにも無頓着だっただけだ。周りを信用して来なかったお前は、周りがお前に向けてた好意を無自覚に受け流しちまってたんだよ」

 一瞬なにをされてるのか分からなくて振り払おうとしたが、キールの腕は力強く簡単には抜け出せない。

 だが、それが頭を撫でられてるんだと自覚した途端、恥ずかしさと一緒に、今キールに言われたことの意味がストンと自分の中に納まっちまった。

「安心しろ。お前はいつもちゃんとあゆみを甘やかしてるよ。甘やかすってのは、別に特別なことをすることじゃない。こうやって必要とされた時に相手を気づかい、向き合って、ちゃんと話をして手を差し伸べることだ。今までも、お前は何度もあゆみにそうしてきただろう」

 そう言いながら、やっとキールが頭を撫でるのをやめて解放してくれた。

 無闇やたらと撫でまわされたせいで頭がクラクラする。
 ついでになんか知らねーが、視界がぼやけて歪んでた。

 キールの言葉に納得して、なんか色々自分でも見えてきちまって、そんでキールにはっきりと認めてもらえて。

 多分、俺は嬉しかったんだと思う。
 嬉しくて、恥ずかしくて、情けなくて。
 でもやっぱり嬉しくて。
 だから、フツリと糸が切れたように、俺はいつの間にかボロボロと泣き出しちまっていた。

 恥ずかしいから声は我慢した。
 でも多分漏れてた。
 ……このテントが防音で助かった。

 暫くどうやっても涙が止まんなかった。
 キールが俺の手ぬぐいを濡らして渡してくれた。
 それ以外、俺が泣き止むまでただずっと待っててくれた。

 ようやく俺が泣き止んだ頃、ボソボソとキールが話し出す。

「まあ今回は、お前の意気地のほうが引けちまってるわけだが、あゆみの記憶の問題は俺だって心配だ。いくらあゆみが苦しむのが怖いからって、カッコつけていつまでも後回しにする訳にはいかないぞ」
「……ぞうだよな゛」

 返事はしたが、声が誤魔化しようもなく掠れてて恥ずかしい。

「とはいえ、俺もあまりお前のことを言えん」

 だがそれを笑うでもなく、キールは軽く肩をすくめてみせる。

「お前、俺がテッドを使うのが不満だろう」
「ああ」
「だがな、俺もあれしか手が思いつかなかったんだ」

 即答した俺に苦笑いを返して、キールが情けなさそうにため息をついた。

「さっきも言った通り、あれは口を割るような人間じゃない。なにをどうやったって、百害あって一利なしだ。本来なら間違いなくここで斬り捨てておくべき男だな。だが、それが出来なかった」

 キールの言い方でピンときた。

「あゆみか」
「ああ。お前じゃないが、あいつの前だと俺でさえ冷酷になりきれん。本来ならあの場で即刻処刑するべき男と分かりつつ、俺はあゆみの前で血を流す気になれなかった。下手につついて、蔦の件を持ち出されるのも怖かったしな」

 クソ、そういえばそれもあった。

 蔦に絡まれた襲撃兵の中には、傀儡じゃない者も実は混じってた。
 だがあのテッドを抜かし、他は全員蔦の中で暴れまくり、結局蔦に締め殺されちまってた。

 傀儡は逆に苦しさを感じないせいか、首がほぼ落ちるまで締められ損傷が激しく、途中から生死を確認するまでもなかった。

 なんとなく予想がついてたのもあって、キールにあゆみを預け、近衛兵をせっついて先に襲撃兵だけせっせと開いて死体を埋めまくってたなんて、とてもじゃないがあゆみにはゼッテー言えねえ。

「ああ。途中で伝令で送った通り近衛兵だけで全部片付けたし口止めも終わってる」

 俺の報告に、キールも少し安心したようにため息をつく。
 報告したこちらも思わずため息がこぼれた。
 お互い、ついたため息が重なって、苦笑いしながら顔を見合わせた。

「つくづく俺たち、あゆみの前だと格好つけずにはいられねーんだよな」

 俺の言葉にキールがやはり苦笑してやがる。

 だけど俺もキールもそこに後悔はない。

 それに多分、これは俺やキールみたいな人間にとって、結構大事なブレーキなのかもしれないと思えた。

「まあ今すぐは何もしてやれんが、今夜全てが落ち着いたら一度また集まって話すとしよう」

 話は終わりというように立ち上がり、真っ直ぐに俺を見据え、肩に手を置いて口を開いたキールの声はなんとも頼もしい。

「その後はお前らにこのテントを譲ってやるから、ちゃんとゆっくり慰めてやれ」

 続けて見透かしたようにウィンクなんかしてくるから、余計頭にくるほどカッコいい。

「さて、テッドは結局『切り捨てない』理由をつけて生かすことにしたんだ、せいぜい働かせるとしよう」

 そう言って、昔通りの粗野な笑みを浮かべたキールは、テントの幕をめくりすっかり日の昇った表へと足を向けた。
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