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第5章 狼人族

15 貧民蜂起

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 あんな啖呵を切って、熱くお互い役目を確認しあったにもかかわらず、俺とキールはどちらもその言葉を守る事が出来なかった。
 なぜなら。

「おい、これどうするつもりだ?」
「…………」

 キールの執務室の窓の外、揺れる松明の林を見ながら発した俺の言葉に、キールが大きなため息で答えた。


 * * * * *


 少し時間を遡って。
 俺たちが話し合いを終えた途端、一人の兵士が執務室に転がり込むようにして入ってきた。

「キ、キーロン殿下! 大変です!」
「どうした?」

 余りの剣幕にキーロンが片眉を上げながら聞きかえす。兵士は戸惑いを隠せぬ様子で報告を始めた。

「外に、人が……ああ、貧民街の奴らが集まってきています」
「あぁ? なんだ、どうしてだ?」

 不審げに尋ねるキーロンに、焦った兵士がどもりながら返事を返す。

「そ、それが良く分からないのですが、その先頭に……その……タッカーの奴が立ってるんです」
「なに!」

 その一言で俺とキールは気色ばんで椅子を蹴って治療院の門に向かった。兵士が報告した人の群れは、彼が俺達に報告してる間に治療院をほぼ取り囲んだようだった。その中程に、まるで人垣を盾にするようにしてタッカーの奴が立っていた。
 治療院から出て来た俺たちを目ざとく見つけたタッカーは、大きく息を吸って、わざとらしい大声で演説を始めた。

「ああ、皆さん、あそこにキーロン殿下がおわしましたぞ! 彼ならば今日一緒に狼人族と戦った我々の同志の行方をご存じでしょう!」

 そう言って、役者のように恭しく頭を下げてキールに向けて大きな礼をする。

「おお、キーロン殿下」
「キーロン殿下、ワシの息子はどうなりましたでしょうか?」

 歳をとったじいさんが、一歩転ぶように前に出ながら俺たちに聞いてくる。

「ウチの息子は? ちゃんと戦えましたか? お役に立ちましたか?」
「ウチの父ちゃんはどうだった? ちゃんと働いたのか? 報奨金持って帰ってくるって自慢してたんだ」

 タッカーの言葉でキールを見つけた人々が口々にキーロンに質問を始めた。
 さっき呑み込んだ重たい石の塊が、胃の中で膨れ上がって岩になったような気がした。
 余りに酷いシナリオしか想像できなくて吐き気がしてくる。
 俺の横でキールも苦虫をかみつぶしたような顔で言葉を失っていた。

「皆さん、ご安心ください。前にも申しました通り、キーロン殿下はわざわざ施政官の私を差し向けて、皆様に救済のチャンスを下さったのです。他の市民を守ってくださったキーロン殿下ならば、例え台帳に名前がなくとも、あなた方を見捨てたりするはずがありません!」

 タッカーの奴が調子に乗って余計煽るように言葉を続ける。この段になって、やっとタッカーのやっていることの意味が間抜けな俺の脳にも到達して、俺は喘ぐように天を見た。

 やられた。
 当前気付くべきだった。
 貧民街の奴らが税金なんて払ってるはずがない。とうの昔に台帳から名前が消されててもなんの不思議もなかった。俺たちは台帳に乗っている人間のことで頭がいっぱいで、こいつらのことを頭数に入れてなかった。
 よく考えればどこの貧民街でもこれは同じだった。出生届や戸籍のないヤツなんてゴロゴロいて、その数は下手したら正規の市民の数を超えることだってある。数の上では下手したらここに詰め寄ってきている奴らのほうが、この街の過半数なのかもしれない。
 なんの得があってタッカーがこいつ等を扇動しているのかはまだ分からねえが、どう考えても俺たちに協力するためじゃないのだけは確かだ。
 まあ俺達だって完全に貧民街の奴らを忘れてたわけじゃない。一部は農村に連れ出して人手として使ってる。だが、この様子を見るにそんなのはほんの一部だったんだろう。

「キール、どうする?」

 答えを期待した訳でもなくそう尋ねれば、キールは目に暗い炎を灯しながら口を引き結ぶ。
 しばらく一人で考えていた末に、一歩前に進み出し、一言一言言葉を切るようにして話し始めた。

「今日街の外で戦闘に参加した者たちは残念ながら一人残らず殉職した」

 ああ、どうしてこう馬鹿正直なんだコイツ。俺も人のことは言えねえが、こいつの立場でそんなに正直に言わなくてもいいだろうに。
 案の定、キールの言葉が静まり返った前庭に響いた途端、どよめきと共に幾つもの悲鳴が上がった。悲鳴は直ぐに泣き声にかき消され、そして幾つもの怒気を含んだ叫び声にとって代わられた。

「どういう事だ!」
「今日の戦闘はなにも心配ないって聞いてたぞ!」
「騙したのか?」
「貧民の命なんか価値がないってことか?」
「やはり俺たちは見捨てられたのか?」
「ウチの息子を返して……!」
「じ、じいさん!」

 叫び続ける人々の前に立っていた一人の老人が、その場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。さっき息子の消息を訪ねていた老人だ。俺は慌ててて駆け寄ろうとしたが、それをキールが後ろから押しとどめてテリースに行かせる。
 テリースは手早く治療を行ったが、既に手遅れだったらしく力なく首を振った。それを見守っていた門の周りの人々は、まるでそれが合図だったとでも言うように雄叫びを上げた。

「うぉぉぉぉ!」
「ちくしょう!」
「息子をかえせぇ!」
「騙しやがったな!」

 数々の罵倒と共に後先考えない者たちが門に向かって突進してきた。門で警戒していた兵士たちが慌ててそれを押し返す。溢れるように押してくる貧民の波と、それを押し返そうとする兵士の間で激しいもみ合いが生じて場は完全に混乱した。

「キーロン殿下。中に入ってください。でないとこの騒動は収まりません。まずは一度中に入って対策を考えてください」

 叫び声が響き渡り怒号が走る最中、ただ一人冷静に場に対応していたアルディの一言でやむなくキールと俺は屋敷の中へと戻った。

 そしてそれから数時間たった今。
 軍が持ち出した松明で前庭は再度昼間のように照らし出され、門の前には彼らが築きあげたバリケードがそそり立ち、その向こう側では大勢の貧民たちが治療院を取り囲むように、ぐるりと隙間なく座り込みを慣行していた。
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