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第4章 執務
13 メリッサ
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「結果として、今日これ以上の魔術鍛錬は無理だな」
落ち込み気味の私と元・黒猫君を見ていたキールさんが締めくくるように呟いた。
「さて、俺はそろそろ自分の執務に戻る。今の所、こっちで自家販売の奴らの対応と買掛金の支払いを続けてるがそっちは大丈夫なのか?」
のっそりと顔を上げた元・黒猫君が軽く頷く。
「さっきあゆみが言った方法で台帳づくりを始めよう。まずは充分な数のわら半紙を持ってきてくれるか……て、もう俺が自分で取りに行けるんだったな」
ハッと気づいたみたいに元・黒猫君が顔を輝かした。
「ああ。これで色々使い勝手が良くなった」
容赦ないキールさんのコメントにまたも元・黒猫君が顔を顰める。
「キール、褒賞に関してはまあここを出るまで待ってやれるが、この姿になったからには人間らしい服を一式もらえないか」
「ああ、それは仕方ないな」
「あと、今後あゆみと同じ部屋と言うわけにもいかないだろう。あゆみの隣の部屋でも貰えないか」
「それは私からもお願いします!」
私の勢いにキールさんがちょっと苦笑いしながらテリースさんと相談してる。
2階の部屋はすでに全部人が入ってるのだ。
「あゆみの身体のこともあるし、いっそ下の診療室を二部屋提供したらどうだ?」
「え? でも診療室は決して安全ではありませんよ?」
え? どういう意味?
「それはどういうことだ?」
元・黒猫君がすぐに私の考えを代弁して口を挟んだ。
「ああ、本来この辺だって治安はそれほど良くない。まあ、俺が締めたから今は裏社会も大人しくしてるが、一階の部屋ってのは人が入りやすいからな。身体の自由に制限がある人間にあまり勧められる環境じゃない。だが、ここはもう俺のカントリー・ハウスだ。今後ここの門には兵士が立つことになる。しかもネロが隣の部屋に入るなら一階でも大丈夫だろう」
キールさんの言葉を聞いたテリースさんが、なぜかちょっと残念そうな目でこちらを見た。
「そうですね。では裏庭に面した診療室を2つ片付けましょう。ああ、ここの部屋の片づけをしている彼女にあゆみさんを紹介しておきましょ──」
「テリース様! 一体何が起きたんですか!!」
突然、部屋に甲高い声が響いた。
「ああメリッサ、心配ありません。あゆみさんの固有魔法がちょっと暴走しただけです」
「あれでちょっとか?」
元・黒猫君がぼそりと突っ込んだ。
「だ、だって、窓が! 折角拭いたのに! 酷いです~!」
又も声が響いてくるのに、どこから響いてるのかわからない。
きょろきょろと周りを見回す私を見て、テリースさんが楽しそうに小さく笑って声を掛けた。
「メリッサ、皆さんに紹介しましょう。ここに出ていらっしゃい」
テリースさんの言葉に応えるように、部屋の周りからふわりと光が集まってきて、それが形をとるように一人の女性が部屋の隅に現れた。
「こちらがこの治療院の精霊、メリッサです」
そう言ってテリースさんが紹介してくれたのは……真っ白な髪に真っ白いワンピース。背中に綺麗な虹色の羽をはばたかせている大きな妖精だった。
大きいって言うと語弊があるかもしれないけど。だって妖精って小指みたいなサイズを想像するでしょ。なのにメリッサさん、多分私と同じくらいの身長がある。
メリッサさん、お話の中の妖精さんらしくとっても綺麗なその顔を歪めてキッと私を睨めつけた。
「あの蔦はあなたの仕業ですか? 部屋の中まで広がってきてて凄いことになってるんですよ!? これ以上私にどうしろって……」
「やめなさいメリッサ、あゆみさんだって悪気があってやった訳じゃないんですから」
「……やけに綺麗なブラウニーだな」
元・黒猫君がぼそりと呟くと、メリッサさんが今度はキッと元・黒猫君を睨む。
「そこのあなた! 私をブラウニー風情と一緒にしないで欲しいわ!」
「違うのか?」
「当たり前でしょ! あんなへそ曲がりども。私は素直に一緒に暮らす人間のお手伝いをして一緒に家を守るラーレよ」
「その割にはここはボロボロだな」
「仕方ないでしょ! 私が守れるのは家の中だけなんだから。外から崩れてきてるのまで直せないの!」
どうでもいいけどこのメリッサさん、顔に似合わずかなりきつい性格みたいだ。
「メリッサ、蔦に関してはキーロン殿下が兵隊を貸して下さるでしょう。あなたは先にあゆみさんとネロ君の部屋の準備をしてもらえますか?」
「えー? この娘の部屋ですかぁ?」
じろりと嫌そうに睨まれちゃった。
「あの、メリッサさん。お仕事増やしちゃってごめんなさい。いつもお部屋のお掃除や洗濯をしてくださっててありがとうございます。出来ることがあれば手伝いますから言ってください」
私がまずは今までずっと言いたかったお礼を述べると、メリッサさんがパッと頬を赤らめて唇を引き結んだ。
「ああ、あゆみさん、駄目です。メリッサにお礼を言ってはいけません。彼女たちはお礼を言われるのを凄く恥ずかしがるのです。ですからお礼ではなく、お願いをしてあげてください」
へ、お礼をしちゃいけないってそれはまたおかしな話。
「わ、分かりました。ではメリッサさん、すみませんが私とネロ君の部屋を整えるお手伝いをお願いできますか?」
今度はパッと顔を輝かせてでもツンっとそっぽを向きながら答えてくれる。
「い、いいわよ。そんなに頼まれちゃったら仕方ないわね。ついてらっしゃい」
「じゃあ、俺たちも自分たちの部屋に戻るぞ。テリースも一旦兵舎に行って明日の朝の引継ぎを終わらせて来い」
「分かりました」
ばだばたとキールさん、アルディさんとテリースさんが部屋を出ていき、私も元・黒猫君と一緒にメリッサさんのあとに続く。パット君は今のうちに他の3人の仕事と夕食の準備を見て来てくれるそうだ。
「こことこっちの部屋が空いてるわ。もう長らく誰も診療に使ってないの」
そう言ってメリッサさんが部屋に入るとパンっと手を叩いた。途端部屋の鎧戸が開き、裏庭から風が注ぎ込む。
「ほらね。あなたのせいで風が全然入って来ない」
確かに。部屋の前を覆った蔦に邪魔されて風が入りにくい。でもすぐに元・黒猫君がスッと前に出てブチブチと手で蔦を引きちぎってく。
「これでいいか?」
「そうね。これで仕事が出来るわ」
そう言ってメリッサさんが再度手を叩くと、部屋の中を一陣の風が駆け抜けて部屋の埃を舞い上げ、それを掴むようにして外に吹き抜けていった。そして彼女がその美しい羽をはばたかせると、鱗粉のように虹色の粉が飛び散って部屋を駆け巡る。鱗粉が触れた場所は勝手に磨き上げられ、くすんで見えた染みも勝手に消えて部屋がふわっと明るくなった。
「さあ、後は兵士にお願いして家具を入れ替えるといいわ。次に行くわよ」
そう言って部屋の右側の壁に付いてた扉を開く。どうやらそこは今綺麗にした部屋の続き部屋になってるらしい。部屋の作りは全く同じだった。さっきと同じように窓を開け、元・黒猫君が蔦を片付けてメリッサさんが部屋を洗浄する。
「洗濯物はちゃんと椅子の上に置いておきなさいね。でないと洗わないわよ」
最後にそう言いおいてメリッサさんが現れた時同様、パッと金の光になって消えてしまった。
「メリッサさん、凄いツンデレさんだったね」
「ああ、あーいうのがツンデレって言うのか」
ボケっとした元・黒猫君の返事が背後から返ってきた。その声の距離に振り返ると、元・黒猫君、部屋の扉から顔出して、外に立ってた兵士さんたちに家具の入れ替えをお願いしてる。
「私も手伝おうか?」
「その足でか?」
元・黒猫君が小首を傾げてこちらを見返す。
「お前は執務室に戻って昨日の紙の整理でも始めてろ」
そう言いおいて兵士さん達とさっさか二階に上がっていってしまった。
……どうやら元・黒猫君もツンデレさんだった模様。
落ち込み気味の私と元・黒猫君を見ていたキールさんが締めくくるように呟いた。
「さて、俺はそろそろ自分の執務に戻る。今の所、こっちで自家販売の奴らの対応と買掛金の支払いを続けてるがそっちは大丈夫なのか?」
のっそりと顔を上げた元・黒猫君が軽く頷く。
「さっきあゆみが言った方法で台帳づくりを始めよう。まずは充分な数のわら半紙を持ってきてくれるか……て、もう俺が自分で取りに行けるんだったな」
ハッと気づいたみたいに元・黒猫君が顔を輝かした。
「ああ。これで色々使い勝手が良くなった」
容赦ないキールさんのコメントにまたも元・黒猫君が顔を顰める。
「キール、褒賞に関してはまあここを出るまで待ってやれるが、この姿になったからには人間らしい服を一式もらえないか」
「ああ、それは仕方ないな」
「あと、今後あゆみと同じ部屋と言うわけにもいかないだろう。あゆみの隣の部屋でも貰えないか」
「それは私からもお願いします!」
私の勢いにキールさんがちょっと苦笑いしながらテリースさんと相談してる。
2階の部屋はすでに全部人が入ってるのだ。
「あゆみの身体のこともあるし、いっそ下の診療室を二部屋提供したらどうだ?」
「え? でも診療室は決して安全ではありませんよ?」
え? どういう意味?
「それはどういうことだ?」
元・黒猫君がすぐに私の考えを代弁して口を挟んだ。
「ああ、本来この辺だって治安はそれほど良くない。まあ、俺が締めたから今は裏社会も大人しくしてるが、一階の部屋ってのは人が入りやすいからな。身体の自由に制限がある人間にあまり勧められる環境じゃない。だが、ここはもう俺のカントリー・ハウスだ。今後ここの門には兵士が立つことになる。しかもネロが隣の部屋に入るなら一階でも大丈夫だろう」
キールさんの言葉を聞いたテリースさんが、なぜかちょっと残念そうな目でこちらを見た。
「そうですね。では裏庭に面した診療室を2つ片付けましょう。ああ、ここの部屋の片づけをしている彼女にあゆみさんを紹介しておきましょ──」
「テリース様! 一体何が起きたんですか!!」
突然、部屋に甲高い声が響いた。
「ああメリッサ、心配ありません。あゆみさんの固有魔法がちょっと暴走しただけです」
「あれでちょっとか?」
元・黒猫君がぼそりと突っ込んだ。
「だ、だって、窓が! 折角拭いたのに! 酷いです~!」
又も声が響いてくるのに、どこから響いてるのかわからない。
きょろきょろと周りを見回す私を見て、テリースさんが楽しそうに小さく笑って声を掛けた。
「メリッサ、皆さんに紹介しましょう。ここに出ていらっしゃい」
テリースさんの言葉に応えるように、部屋の周りからふわりと光が集まってきて、それが形をとるように一人の女性が部屋の隅に現れた。
「こちらがこの治療院の精霊、メリッサです」
そう言ってテリースさんが紹介してくれたのは……真っ白な髪に真っ白いワンピース。背中に綺麗な虹色の羽をはばたかせている大きな妖精だった。
大きいって言うと語弊があるかもしれないけど。だって妖精って小指みたいなサイズを想像するでしょ。なのにメリッサさん、多分私と同じくらいの身長がある。
メリッサさん、お話の中の妖精さんらしくとっても綺麗なその顔を歪めてキッと私を睨めつけた。
「あの蔦はあなたの仕業ですか? 部屋の中まで広がってきてて凄いことになってるんですよ!? これ以上私にどうしろって……」
「やめなさいメリッサ、あゆみさんだって悪気があってやった訳じゃないんですから」
「……やけに綺麗なブラウニーだな」
元・黒猫君がぼそりと呟くと、メリッサさんが今度はキッと元・黒猫君を睨む。
「そこのあなた! 私をブラウニー風情と一緒にしないで欲しいわ!」
「違うのか?」
「当たり前でしょ! あんなへそ曲がりども。私は素直に一緒に暮らす人間のお手伝いをして一緒に家を守るラーレよ」
「その割にはここはボロボロだな」
「仕方ないでしょ! 私が守れるのは家の中だけなんだから。外から崩れてきてるのまで直せないの!」
どうでもいいけどこのメリッサさん、顔に似合わずかなりきつい性格みたいだ。
「メリッサ、蔦に関してはキーロン殿下が兵隊を貸して下さるでしょう。あなたは先にあゆみさんとネロ君の部屋の準備をしてもらえますか?」
「えー? この娘の部屋ですかぁ?」
じろりと嫌そうに睨まれちゃった。
「あの、メリッサさん。お仕事増やしちゃってごめんなさい。いつもお部屋のお掃除や洗濯をしてくださっててありがとうございます。出来ることがあれば手伝いますから言ってください」
私がまずは今までずっと言いたかったお礼を述べると、メリッサさんがパッと頬を赤らめて唇を引き結んだ。
「ああ、あゆみさん、駄目です。メリッサにお礼を言ってはいけません。彼女たちはお礼を言われるのを凄く恥ずかしがるのです。ですからお礼ではなく、お願いをしてあげてください」
へ、お礼をしちゃいけないってそれはまたおかしな話。
「わ、分かりました。ではメリッサさん、すみませんが私とネロ君の部屋を整えるお手伝いをお願いできますか?」
今度はパッと顔を輝かせてでもツンっとそっぽを向きながら答えてくれる。
「い、いいわよ。そんなに頼まれちゃったら仕方ないわね。ついてらっしゃい」
「じゃあ、俺たちも自分たちの部屋に戻るぞ。テリースも一旦兵舎に行って明日の朝の引継ぎを終わらせて来い」
「分かりました」
ばだばたとキールさん、アルディさんとテリースさんが部屋を出ていき、私も元・黒猫君と一緒にメリッサさんのあとに続く。パット君は今のうちに他の3人の仕事と夕食の準備を見て来てくれるそうだ。
「こことこっちの部屋が空いてるわ。もう長らく誰も診療に使ってないの」
そう言ってメリッサさんが部屋に入るとパンっと手を叩いた。途端部屋の鎧戸が開き、裏庭から風が注ぎ込む。
「ほらね。あなたのせいで風が全然入って来ない」
確かに。部屋の前を覆った蔦に邪魔されて風が入りにくい。でもすぐに元・黒猫君がスッと前に出てブチブチと手で蔦を引きちぎってく。
「これでいいか?」
「そうね。これで仕事が出来るわ」
そう言ってメリッサさんが再度手を叩くと、部屋の中を一陣の風が駆け抜けて部屋の埃を舞い上げ、それを掴むようにして外に吹き抜けていった。そして彼女がその美しい羽をはばたかせると、鱗粉のように虹色の粉が飛び散って部屋を駆け巡る。鱗粉が触れた場所は勝手に磨き上げられ、くすんで見えた染みも勝手に消えて部屋がふわっと明るくなった。
「さあ、後は兵士にお願いして家具を入れ替えるといいわ。次に行くわよ」
そう言って部屋の右側の壁に付いてた扉を開く。どうやらそこは今綺麗にした部屋の続き部屋になってるらしい。部屋の作りは全く同じだった。さっきと同じように窓を開け、元・黒猫君が蔦を片付けてメリッサさんが部屋を洗浄する。
「洗濯物はちゃんと椅子の上に置いておきなさいね。でないと洗わないわよ」
最後にそう言いおいてメリッサさんが現れた時同様、パッと金の光になって消えてしまった。
「メリッサさん、凄いツンデレさんだったね」
「ああ、あーいうのがツンデレって言うのか」
ボケっとした元・黒猫君の返事が背後から返ってきた。その声の距離に振り返ると、元・黒猫君、部屋の扉から顔出して、外に立ってた兵士さんたちに家具の入れ替えをお願いしてる。
「私も手伝おうか?」
「その足でか?」
元・黒猫君が小首を傾げてこちらを見返す。
「お前は執務室に戻って昨日の紙の整理でも始めてろ」
そう言いおいて兵士さん達とさっさか二階に上がっていってしまった。
……どうやら元・黒猫君もツンデレさんだった模様。
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