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第4章 執務

6 私たちの執務室

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「あの、アルディさん? なんで私運ばれてるんでしょうか?」

 隣の部屋に行こうと立ち上がったら、素晴らしいスピードでアルディさんに抱え上げられてしまった。これがテリ-スさんだと未だ少しは躊躇があるが、アルディさんは気持ちいいほどなんの躊躇ためらいもない。気づいたときには抱え上げられてる。正直このほうが自分がただの荷物と変わんない気がしていっそ気が楽だ。

「理由は色々ありますよ。まず部屋の片付けがまだ終わっていないので、あゆみさんが歩くのにはちょっとまだ危ないですね。それに僕も台帳のことでお話がありましたし、時間も勿体ないですし」
「はぁ、そうですか」

 色々ちゃんと理由を並べられてしまって私も頷くしかない。隣の部屋は確かにまだかなり散らかってた。

「凄いですね、いつの間にこんなに色々持ち込んだんですか」

 部屋の中にはまず、キールさんの物よりは小ぶりな執務机が一つ。多分元々この部屋にあった物なのだろうが、場所を移動して壁際から部屋のほぼ中央まで持てきてある。
 その向こうとこちらに椅子が2組ずつ。まあここまでは分かるんだけど……
 入って一番目を引いたのが左右の壁際。なんか凄いことになってた。

 天井まで届く本棚がずらりと並べられ、両側の壁を隙間なく埋め尽くしてる。それほど広くはないこの部屋では、左右からの圧迫感がもの凄い。まあまだ今の所、入って右側の戸棚の真ん中あたりが埋まってるだけだけど。
 戸棚の前の床には昨日の書類がいくつもの籠に無造作に放り込まれて、所狭しと積み重ねられてた。
 ああパット君、ちゃんと全部書き写してくれたんだ。
 木片が一つもないことにちょっとだけ安堵する。

「あの、本当にこんな数の本棚いりますか?」
「……殿下が絶対必要になるって言ってました」
「あの野郎、どこまで俺たちをこき使うつもりだ」

 またも机に軽々と飛び乗った黒猫君がぼやいた。
 あ、そういうことになるのか。

「それでこの台帳なんですが。隣の教会をくまなく探したんですけど我々が見つけられたのはこの2冊だけでした」

 そう言ってアルディさんが見せてくれたのは、私の頭くらいの厚さがある革張りの大きな冊子だった。アルディさんが説明してくれたところによると、この二冊の台帳は一昨年とその前の年の物らしい。その後も沢山の人がこの街を出て行ってしまったわけだが、城門ではその人の移動を教会に通達してたのに教会側では全く書類に更新がされてなかったのだそうだ。
 で、これがどうもこの年だけではないらしく。

「昨日キールと二人で見比べて見たんだが、二年前の物とその前の物にもほとんど違いがない。キールに言わせればこの間にかなりの人数が減っているはずなんだが」
「そうなんです。僕たちは門を出る人間の確認もしていますし、その情報はちゃんと教会に送ってたんですけどね」
「なんでだ? 人を少なく見積もって税金をちょろまかすって言うなら分かるが」
「まだ教会に残っていた手伝いの女性たちを問いただしたところ、どうも元々帳簿は二重につけていたらしいのが分かりました。しかし、残念ながら徴税官用のほうはどこかに消えてしまってましたが」

 黒猫君が納得がいったと言うように頷く。

「ああ、そういうことか。王都に向かう前に証拠隠滅してったわけだな。その上こちらの台帳ももう帳簿としてつける気さえなかったと。まあ、人数も物価も動き過ぎて正しく付け続けられなかったのかもな」
「そうかもしれませんね」

 アルディさんもうなずいてる。黒猫君が小さなため息を吐いて続けた。

「結果から言えばこの台帳はあまり役に立たないってことだな。仕方ない、後であんたらに聞き取り調査でもしてもらうことになるかもしれない。まあ今は取りあえず、この2年前の台帳と比較しながら取引を持ち込んだ人間の分を去年と今年の台帳に起こしていくしかないな。税率は分かっているのか? 教会にその手の書類は見つけられなかったのか?」
「残念ながらそれも処分されてました。色々と誤魔化しがあったんじゃないでしょうかね」

 二人で難しい顔になった理由が良く分からなくて、思い切って横から質問をはさむ。

「どういうこと?」
「台帳にはこの通り、それぞれ街の人間の個人情報と一緒に、その年に収められた金額とその当時の支払い必要額が載ってるんだけどな。実際、その年の税率がどれくらいだったのかが出てこない」
「え? じゃあ今年の税率の確認をどうするの?」

 昨日は自己申告を受け付けてそれで書いちゃってたけど、それがどれくらい正しいのかは分かってないのだ。私の質問に黒猫君がちょっと上を向いて答えてくれた。

「一人ひとり呼び出して自分の帳簿を持って越させるしかないだろうな」
「え? ええ? これ全部?」
「いや、だからこの中にはもう街を出たやつもいるだろうから、まずは昨日の書き付けを元にして、あとは呼び出しながら隙間を埋めてくしかない」

 なんか凄く気の遠くなるような作業の気がする。

「……ねえ、黒猫君、そういうのってほら、徴税官とか税務署がやる仕事だよね?」

 私の当然の質問に、だけど黒猫君がはぁっとため息をつきながら答えてくれる。

「お前、俺たちのタイトル忘れたのか?『Landランド andアンド Houseハウス Stewardスチュワード』だぞ?」

 あ、それなんか昨日の書類にも書いてあったけど……

「昨日もキールさんがそんなこと言ってたけど、それって一体何?」
「やっぱお前知らなかったのか」

 黒猫君がさっきより一層深いため息をついて私の顔を見上げた。

「元々『ランド・スチュワード』は土地の、『ハウス・スチュワード』は家の資産を管理する使用人のことだ。無論、これは管理しなきゃならない程の土地や家を所有する豪商や貴族の家の使用人に使われるタイトルなんだけどな。俺たちが雇われたキールはただの貴族じゃない、ここの統治者になっちまった」
「…………」
「統治者の『土地の管理者』、つまり税務官ってとこだな」

 黒猫君の言葉に眩暈がした。

「うそ?」
「ほんと。しかもそれ受けちまったのはお前自身」

 何だろう、このやっちゃった感は。

「因みにスチュワードが管理するのは税金だけじゃないぞ。『全ての資産』だ。物品、人、金、土地」
「マジで?」
「マジで」

 私は頭痛のしてきた頭を抱えながら戸棚を見上げてため息をついた。
 そんな私のことなど無視を決め込んだ黒猫君が、今にも書類仕事に手を付けようとしてたパット君に別の用を言いつける。

「パット、タッカーや他の連中が来たら直ぐに昨日と同じ部屋で昨日の続きをやらせろ。ただし昨日も言ったが、今日からは時価での買い上げはするな。時価と適正価格の間でせりをさせろ。昨日キールがせりの管理が出来る人間を何人か雇ったはずだ。そいつらを窓口の横に立たせて手伝わせておけ。せりに折り合いがつかなきゃその場で適正価格プラス1割での買取をしてやれ。申請してきた適正価格はその場で紙に書いて張り出して、他の卸がちゃんと確認できるようにしておくんだ。文句が多いようなら設定しなおして前の奴らから再度差額を徴収、または支払いしろ。税金の支払い申請は適正価格プラス3割で受け付けてやれ。大丈夫か?」

 黒猫君のとどまることを知らぬ流れるような命令に、凄く真剣な顔で耳を傾けていたパット君がコクリと頷ずいて返事を返す。

「昨日のせり主を間に入れてせりの管理をタッカーさん達にしてもらいながら、適正価格を図ってその一割増しで売れ残りの買取、三割増しで税金の受け取りですね。税金はいつの分まで受け付けますか?」
「そうだな、キールに確認して出来れば今年いっぱいにしておきたい。まだ狼人族の件も片付いてないし」
「分かりました」
「取引の記録は随時こっちに回せ。あ、それから、今日来たヤツにはそれぞれ、去年の帳簿を持ってくるように言っとけ。去年の税金はちゃんと徴収することも付け加えとけ」
「あ、はい。分かりました」

 凄い、パット君ちゃんと黒猫君のスピードについて来てる。この世界、メモを取るとかできないからその場でどこまで覚えられるかも能力のうちなんだね。
 それでもパット君、流石に緊張してるのかちょっと頭を振りながら急いで部屋を飛び出してった。
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