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第3章 始動
9 壁の上から
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「本気で俺にこの格好で街に出ろって言うのか?」
「こういうのは最初が肝心なんだ」
あの後もっと説明を要求するキールさんに黒猫君が時間がないと言って一旦話を切り上げた。しかもテリースさんにキールさんに付いていって、部屋でキールさんの着替えを手伝ってくれるように頼んだ。
「キールさん、凄くかっこよく見えますよ」
私のこぼした賛辞にキールさんが少し照れた笑いを返す。
「お世辞でも若い女の子に褒められれば嬉しいがな」
そう言って窮屈そうに襟を正すが、いや、ほんと、お世辞じゃなくかっこいい。いや、普段がそんなに酷いって言ってるわけじゃないけどさ。
騎士職の隊長だっていう割には、普段まるで山賊のような格好に革の鎧を当ててるキールさんとは大違いだ。軽く髪も梳いたみたいで、いつもはワイルドに後ろに流されていた髪が少し撫でつけられてお偉いさんっぽくなってた。
それにお話に出てくるお貴族様、っていう感じの服装。白いフリルの付いたシャツ、藍色のビロードに金糸の刺繍が入った上下、ポケットからは金の鎖が伸びてやはり金のボタンに留められている。腰には細身の剣も挿してて、それに添えられた手の袖口からも、シャツの白いフリルが少し見えてた。どうもキールさんはそのフリルが気になって仕方ないらしい。
「どうにも慣れないな、この手の服装は」
「キーロン殿下もそろそろ身だしなみを気にされておかしくない時期ではありますよ?」
あれ、テリースさんがキールさんを殿下って呼び始めちゃった。
「テリースさんは前からキールさ……キーロン殿下を皇太子として知ってたんですか?」
「おい、キールでいいぞあゆみさん」
「いえ、それ私も『さん』づけ変ですよ」
「じゃぁ、これからはあゆみと呼ばせてもらうからこっちもキールのままで頼む」
キールさんが凄く真剣に頼むのでつい頷いてしまった。
「俺もそれでいいんだな?」
「勿論だ」
黒猫君ともなんか目線でお話してる。
「それでテリースとキールは一体どういう関係なんだ?」
黒猫君がしっかりごまかされずにそこに戻る。
「あー」
「私は元キーロン殿下の従者です」
「おい、俺はお前を従者と認めたことは一度もないぞ」
「いいえ、キーロン殿下がお生まれになった時よりお側でお仕えしてきていますし、今は亡き王妃様にも認めていただいておりました」
「それは俺がまだちっさかった頃、俺の身の回りの世話を出来る人間が一人もいなかったからだろう。お前は本来、昔からうちの家に住み着いてた客分だろうが」
言い合いを始めようとするキールさんに黒猫君が待ったをかける。
「細かいことはどうでもいいが、テリースは正式にあんたの従者だったことがあるってことだよな?」
「……そうなる」
「じゃあ、テリース、あんた今日から肩書はランド・スチュワードな」
「え?」
全く意味が分からない様子のテリースさんがポカンと黒猫君を見つめ、キールさんはがっくりと肩を落とした。
「ネロお前、俺をどこまで追い詰めるんだ?」
「いい加減諦めろ。あんたはあんたが収まるべきところに収まればいいんだよ」
そう言って黒猫君が自分の猫の肉球の手を見つめ爪を噛み始めた。
「支度が整ったら一度町の連中を集めてあんたの就任を発表する必要がある。俺が見た所ではここには街中に集れる建物は教会しかなかったようだが?」
「ああ、もう一つありますよ。治療院です」
「げ、あそこか」
黒猫君がちょっと嫌そうな顔をしたが、すぐに「教会よりはましか」と言って納得した。
「じゃあ、治療院の前庭を使うか。ああ、確か二階の真ん中あたりに壁が崩れて中が見えてた部屋があったよな。あれを片付けてあそこから話せるようにしよう」
「ああ、それは良いですね。どの道あの部屋はもう住める状態じゃありませんし」
「なあ、あそこもそろそろヤバくないのか?」
あ、キールさんまで疑ってる!
「やっぱりそう思いますよね?」
「ああ。確か教会と同じ時期に作られたって言ってたから、すでに200年くらいか? それから一度も改修がされていないと思うぞ」
「に、200年!?」
「まあ、それくらいならまだ大丈夫だろう?」
キールさんと私が黒猫君の言葉に驚いて目をやった。
「煉瓦の家ならそれくらいざらだぞ。俺たちが知ってた家のように配管や配線があるわけじゃないしな。確かに暖炉だけは一度ちゃんと見ないと冬がどんなことになるのか心配だが」
「ああ、暖炉だけは毎年教会が一緒に掃除も補修もしてくれていましたよ」
テリースさんが付け足した。
「じゃあ、今年は自分たちでなんとかするしかない訳だ」
「そ、そうですね、そうでした。どうしましょう!?」
途端テリースさんがソワソワし始める。そんなテリースさんを横目に黒猫君が話を続けた。
「よし、準備が出来たならまずはあんたの部隊内で発表してこい」
「なんでそんなこっぱずかしい事しなきゃならないんだ?」
「……当たり前だろ? あんたの部隊は今日から近衛隊になるんだから」
「あ」
キールさんが色々反論したいのをぐっと押さえて目を反らした。
「逃げるなよ。時間もないんだ。これからもっと広く公表していくんだぞ、いい練習だと思って行ってこい」
「キーロン殿下を一人で行かせるわけにもいきませんから私もお供します」
テリースさんが一緒に立ち上がる。
あ、なんかこうしてみると本当に主従って感じだね、この二人。
「俺たちは後ろで見てるからな」
そう言って階下に降りた私たちはそのまま兵舎前の広場の一番後ろに陣取った。
因みに階段は自分で降りましたよ。キールさんは抱えて降ろしてくれるって言うけど、もう降りるのは結構簡単になってきてるし。
キールさんからの伝令でばらばらと兵士さんたちが同じ広場に集まり始めた。キールさんは他の数人と一緒に壁の上に立ってる。
あ、あの人たち、この前森から一緒に走ってきた人たちだ。
広場は人が集まるにつれ話声が拡がりざわついてた。いつもとは違う装いのキールさんを指さして話し込んでいる人が多い。
広場が大体埋まった頃、キールさんの横の男性が声を上げた。
「おい、静かにしろ。キール隊長から重要な発表がある」
その言葉で水を打ったように広場に静寂が広がった。途端キールさんの顔色が少し悪くなる。
それでも一歩前に出て広場を見回し、軽く咳ばらいしてからよく通る声で話し始めた。
「あー、あのだな。今日は別に隊の問題でここに皆を集めた訳じゃねえ」
横からテリースさんが言葉遣いを注意している。
丸聞こえですよ。
「分かってるって。……でだ。お前らには今まで話していなかったが、実は俺はその……この国の第5皇子、キーロン・ザ・ビス・ザイオンだ」
キールさんの言葉にも広場はシンと静まり返ったまま。
「それで、現在のこの街の状況をこれ以上看過するわけにもいかないので、やむなくここに王族としての緊急代理執行権を行使することにした」
誰も何の反応も示さない。余りに静かすぎて場の緊張がいやが上にも高まっていく。
「まあ、こんな所で突然俺が王族だって言っても信じられないやつも多いだろう。だがどうもこの街の状況はかなり切羽詰まってきてるようだ」
そう言って黒猫君と私の方を見やる。
「だから、まあ、本意とは言えないが、今日ここでこの街の統治を皇太子の名前で施行する」
「Behold The King (ビホール・ザ・キング)!」
「「「「All Hail to the King (オール・ヘイル・トゥ・ザ・キング)!」」」」
うわ! 突然キールさんの横にいた男性が上げた声に呼応するように広場に居た兵士が全員びしっと手を上げて合唱した。黒猫君と二人で飛び上がってしまう。
見ればキールさんの顔がガチガチに固まってた。
そりゃ飛び上がる訳にはいかないもんね。
「まて、お前ら。俺はここの王になる気はないぞ。あくまでも代理統治だからな!」
「「「「Yes, Your Majesty!」」」」
「お前ら分かってないだろう……」
キールさんが壁の上で大きなため息をついている。
「黒猫君、私全く何がどうなってるのか分かんないんだけど?」
私は黒猫君に小声で説明を促した。
「あのな、お前だってあのフレーズは聞いたことあるんじゃないのか? 要は兵士たちは最初っからキールを皇太子として認めてたんだろ。だから統治権を行使した途端、勝手にそのまま王として認めちまった」
ありゃま。
「じゃあ、問題はないわけだね」
「ああ。本人の覚悟以外にはな」
壁の上のキールさんはここから見ても凄く顔色が悪かった。
「こういうのは最初が肝心なんだ」
あの後もっと説明を要求するキールさんに黒猫君が時間がないと言って一旦話を切り上げた。しかもテリースさんにキールさんに付いていって、部屋でキールさんの着替えを手伝ってくれるように頼んだ。
「キールさん、凄くかっこよく見えますよ」
私のこぼした賛辞にキールさんが少し照れた笑いを返す。
「お世辞でも若い女の子に褒められれば嬉しいがな」
そう言って窮屈そうに襟を正すが、いや、ほんと、お世辞じゃなくかっこいい。いや、普段がそんなに酷いって言ってるわけじゃないけどさ。
騎士職の隊長だっていう割には、普段まるで山賊のような格好に革の鎧を当ててるキールさんとは大違いだ。軽く髪も梳いたみたいで、いつもはワイルドに後ろに流されていた髪が少し撫でつけられてお偉いさんっぽくなってた。
それにお話に出てくるお貴族様、っていう感じの服装。白いフリルの付いたシャツ、藍色のビロードに金糸の刺繍が入った上下、ポケットからは金の鎖が伸びてやはり金のボタンに留められている。腰には細身の剣も挿してて、それに添えられた手の袖口からも、シャツの白いフリルが少し見えてた。どうもキールさんはそのフリルが気になって仕方ないらしい。
「どうにも慣れないな、この手の服装は」
「キーロン殿下もそろそろ身だしなみを気にされておかしくない時期ではありますよ?」
あれ、テリースさんがキールさんを殿下って呼び始めちゃった。
「テリースさんは前からキールさ……キーロン殿下を皇太子として知ってたんですか?」
「おい、キールでいいぞあゆみさん」
「いえ、それ私も『さん』づけ変ですよ」
「じゃぁ、これからはあゆみと呼ばせてもらうからこっちもキールのままで頼む」
キールさんが凄く真剣に頼むのでつい頷いてしまった。
「俺もそれでいいんだな?」
「勿論だ」
黒猫君ともなんか目線でお話してる。
「それでテリースとキールは一体どういう関係なんだ?」
黒猫君がしっかりごまかされずにそこに戻る。
「あー」
「私は元キーロン殿下の従者です」
「おい、俺はお前を従者と認めたことは一度もないぞ」
「いいえ、キーロン殿下がお生まれになった時よりお側でお仕えしてきていますし、今は亡き王妃様にも認めていただいておりました」
「それは俺がまだちっさかった頃、俺の身の回りの世話を出来る人間が一人もいなかったからだろう。お前は本来、昔からうちの家に住み着いてた客分だろうが」
言い合いを始めようとするキールさんに黒猫君が待ったをかける。
「細かいことはどうでもいいが、テリースは正式にあんたの従者だったことがあるってことだよな?」
「……そうなる」
「じゃあ、テリース、あんた今日から肩書はランド・スチュワードな」
「え?」
全く意味が分からない様子のテリースさんがポカンと黒猫君を見つめ、キールさんはがっくりと肩を落とした。
「ネロお前、俺をどこまで追い詰めるんだ?」
「いい加減諦めろ。あんたはあんたが収まるべきところに収まればいいんだよ」
そう言って黒猫君が自分の猫の肉球の手を見つめ爪を噛み始めた。
「支度が整ったら一度町の連中を集めてあんたの就任を発表する必要がある。俺が見た所ではここには街中に集れる建物は教会しかなかったようだが?」
「ああ、もう一つありますよ。治療院です」
「げ、あそこか」
黒猫君がちょっと嫌そうな顔をしたが、すぐに「教会よりはましか」と言って納得した。
「じゃあ、治療院の前庭を使うか。ああ、確か二階の真ん中あたりに壁が崩れて中が見えてた部屋があったよな。あれを片付けてあそこから話せるようにしよう」
「ああ、それは良いですね。どの道あの部屋はもう住める状態じゃありませんし」
「なあ、あそこもそろそろヤバくないのか?」
あ、キールさんまで疑ってる!
「やっぱりそう思いますよね?」
「ああ。確か教会と同じ時期に作られたって言ってたから、すでに200年くらいか? それから一度も改修がされていないと思うぞ」
「に、200年!?」
「まあ、それくらいならまだ大丈夫だろう?」
キールさんと私が黒猫君の言葉に驚いて目をやった。
「煉瓦の家ならそれくらいざらだぞ。俺たちが知ってた家のように配管や配線があるわけじゃないしな。確かに暖炉だけは一度ちゃんと見ないと冬がどんなことになるのか心配だが」
「ああ、暖炉だけは毎年教会が一緒に掃除も補修もしてくれていましたよ」
テリースさんが付け足した。
「じゃあ、今年は自分たちでなんとかするしかない訳だ」
「そ、そうですね、そうでした。どうしましょう!?」
途端テリースさんがソワソワし始める。そんなテリースさんを横目に黒猫君が話を続けた。
「よし、準備が出来たならまずはあんたの部隊内で発表してこい」
「なんでそんなこっぱずかしい事しなきゃならないんだ?」
「……当たり前だろ? あんたの部隊は今日から近衛隊になるんだから」
「あ」
キールさんが色々反論したいのをぐっと押さえて目を反らした。
「逃げるなよ。時間もないんだ。これからもっと広く公表していくんだぞ、いい練習だと思って行ってこい」
「キーロン殿下を一人で行かせるわけにもいきませんから私もお供します」
テリースさんが一緒に立ち上がる。
あ、なんかこうしてみると本当に主従って感じだね、この二人。
「俺たちは後ろで見てるからな」
そう言って階下に降りた私たちはそのまま兵舎前の広場の一番後ろに陣取った。
因みに階段は自分で降りましたよ。キールさんは抱えて降ろしてくれるって言うけど、もう降りるのは結構簡単になってきてるし。
キールさんからの伝令でばらばらと兵士さんたちが同じ広場に集まり始めた。キールさんは他の数人と一緒に壁の上に立ってる。
あ、あの人たち、この前森から一緒に走ってきた人たちだ。
広場は人が集まるにつれ話声が拡がりざわついてた。いつもとは違う装いのキールさんを指さして話し込んでいる人が多い。
広場が大体埋まった頃、キールさんの横の男性が声を上げた。
「おい、静かにしろ。キール隊長から重要な発表がある」
その言葉で水を打ったように広場に静寂が広がった。途端キールさんの顔色が少し悪くなる。
それでも一歩前に出て広場を見回し、軽く咳ばらいしてからよく通る声で話し始めた。
「あー、あのだな。今日は別に隊の問題でここに皆を集めた訳じゃねえ」
横からテリースさんが言葉遣いを注意している。
丸聞こえですよ。
「分かってるって。……でだ。お前らには今まで話していなかったが、実は俺はその……この国の第5皇子、キーロン・ザ・ビス・ザイオンだ」
キールさんの言葉にも広場はシンと静まり返ったまま。
「それで、現在のこの街の状況をこれ以上看過するわけにもいかないので、やむなくここに王族としての緊急代理執行権を行使することにした」
誰も何の反応も示さない。余りに静かすぎて場の緊張がいやが上にも高まっていく。
「まあ、こんな所で突然俺が王族だって言っても信じられないやつも多いだろう。だがどうもこの街の状況はかなり切羽詰まってきてるようだ」
そう言って黒猫君と私の方を見やる。
「だから、まあ、本意とは言えないが、今日ここでこの街の統治を皇太子の名前で施行する」
「Behold The King (ビホール・ザ・キング)!」
「「「「All Hail to the King (オール・ヘイル・トゥ・ザ・キング)!」」」」
うわ! 突然キールさんの横にいた男性が上げた声に呼応するように広場に居た兵士が全員びしっと手を上げて合唱した。黒猫君と二人で飛び上がってしまう。
見ればキールさんの顔がガチガチに固まってた。
そりゃ飛び上がる訳にはいかないもんね。
「まて、お前ら。俺はここの王になる気はないぞ。あくまでも代理統治だからな!」
「「「「Yes, Your Majesty!」」」」
「お前ら分かってないだろう……」
キールさんが壁の上で大きなため息をついている。
「黒猫君、私全く何がどうなってるのか分かんないんだけど?」
私は黒猫君に小声で説明を促した。
「あのな、お前だってあのフレーズは聞いたことあるんじゃないのか? 要は兵士たちは最初っからキールを皇太子として認めてたんだろ。だから統治権を行使した途端、勝手にそのまま王として認めちまった」
ありゃま。
「じゃあ、問題はないわけだね」
「ああ。本人の覚悟以外にはな」
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