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第3章 始動
閑話 黒猫のぼやき4
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朝っぱらからあゆみが寝ぼけやがった。
昨日テリースが出てってからなんかゴソゴソやってるとは思ってたが。どうやら濡れていた服が気持ち悪くて、それを脱いで下着だけで寝てたらしい。折角朝起こしてやったのに、その下着だけの格好で俺を抱き寄せやがった。
当たるんだよ、色々と。しっかり。
また下着ずれてるし。
暴れようが止めろと叫ぼうが、自分の猫とでも勘違いしているのか締め付けがどんどんきつくなって。
これは地獄? それとも天国?
この前あの狼人族に突き立てたから爪は使いたくなかったので、あゆみの手に軽く噛みついてやっとのことで逃げ出した。
農村での交渉はヨーロッパを歩き回ってたのが役に立った。
農村の雰囲気がイギリスの田舎と似てたし、状況はしばらく住み着いていたB&Bのじいさんに聞かされた昔話に近かった。農作業の道具もイギリスのパブに飾られていた物によく似てる。この辺りの村はどうも村がかりでお互いの農作業を手助けして一緒に生活をしているようなので、いっそ農業革命を導入しても共同体として成り立つかもしれない。
特筆すべきは、どうもテリースが個人的に狼人族を知ってるみたいだってことだ。
今思い返せば、俺たちを襲った狼人族は粗野ではあったがやけに人間的だった。その場で殺さずに選択肢を与えるのは、下手な強盗よりよっぽど紳士的だ。しかもこの村ではいまだ一度も襲われた者がいないと言う。これは後でもう少し詰めて考えておくべきだろう。
テリースとキールとの交渉は上手くいった。まずは第一歩って所だ。
俺は元々腹芸が下手だ。っていうか全く出来ない。人付き合いが出来なくて喧嘩ばかり強くて学校をドロップアウトした典型的な駄目な奴だった。だから当時そんな自分に人と交渉なんてものが出来るとは思っていなかったし、したいとも思わなかった。
サバイバル教室で働いているうちに、自分が出来ないのが腹芸であって交渉ではないんだってことに気づかされた。交渉ってのは生きていこうと思えばどうやったって避けられない。それを学んだ。
森の中は一人では出来ないことだらけだった。
強い自分も、虐められて逃げ出して来たような奴も、協力が出来なければ腹は膨れないし雨も凌げない。数年後に自分がそこで働くようになる頃には自分なりの交渉方法を覚えてた。
俺に出来る交渉方法はいつも一つだけ。全部ぶっちゃけて腹割って話そうと持ちかけるだけだ。
無論これで騙されたことも何度もある。それでも俺はこの生き方しか出来ないのを知ってるから後悔はない。
テリースは馬鹿みたいに素直な奴だった。
キールもどう考えても俺と同類だ。腹芸なんてできやしないが、格好だけはつけやがる。
短い付き合いの中でそれでもそう知っていたからこそ、俺は最初っから間合いを詰めて全てぶっちゃけた。
言葉は通じるんだ。海外のユースホステルで全く言葉の分かんない奴らとやりあうよりはまだましなはずだ。
こういう時猫は楽でいい。自分がイラついて暴力を振るうんじゃないかと恐れなくて済む。
キールはすぐに俺の意図を嗅ぎ付けて乗ってくれた。後は時間との勝負だ。農村の仕込みを無駄にする訳にはいかない。
俺の現状把握はキールのものとそう変わりはなかったようだ。
途中、隣の教会がやけに静かな理由が分かった。どうやらもぬけの空らしい。キールが取り戻した現金は今後大いに役に立ててもらおう。
キールが一旦休憩を入れてくれたおかげで治療院の昼を作りに戻る事も出来た。
あゆみを使って終わらせておいた下ごしらえで簡単な昼ごはんのスープを作る。
スペインの貧乏人スープ、『アホ・ブランコ』の簡易版だ。
その間にピートルからテリースの過去を聞き出した。どうもこの国、教会も危なそうだ。元人間の一神教……それほぼ間違いなく初代王とかだろうな。
昨日ダメもとで仕込んでおいたイーストの種がなぜかもう出来上がっていた……
いくらなんでもこれはおかしいだろう、まだ一日も経ってないんだぞ?
この世界の酵母のせいか? それともジャガイモか?
勿論無駄にするつもりはない。こんな一日で育っちまったものをそのまま使うのは怖いので、まずはパン種に仕込ませた。
昼を終わらせて兵舎に戻るとキールがイライラしながら待ってた。こいつ、他人に文句を言われ慣れていないな。俺に言い返されて言葉に詰まってる。まだまだ甘いな。
昼の間に少し気分をそがれたのだろう、戻った途端態度が変わっていた。わざとらしい牽制を掛けてくる。門の前で待ってたくらいだ、ずっと独りで答えをまとめてたんだろう。
俺は端的に返事を返しつつ目を細めて睨んでおく。こう言うのは態度もひっくるめての交渉だ。例え腹を割って話すと言ったって人間が二人以上で話し合いをすればそれは既に交渉になる。必ずどこかでぶつかり、摺り合わせ、どちらかが妥協しなければならない。
『交渉のコツは自分の引き出したい結果をキープしながらどれだけ譲歩したように見せるかだ。』っと言っていた奴がいたが、そんなことはどうでもいい。どうせ俺に出来るのはハッタリが関の山だ。
案の定、自分の地位をちゃんと主張してこの街の管理を始めていないのを揶揄してやれば、すぐに癇癪を起して思いっきり覇気を飛ばしてきやがった。こいつ、つくづく俺と同類だな。
狼人族の時みたいな本能的な恐怖は湧かなかった。ただ、昔懐かしい血が猛り奮うような興奮が一瞬駆け抜けた。まあ、この猫の身体のお陰で暴れ出すことはなかったが。
もしかするとだからこそ俺は猫になったのかもしれない。
『皇太子』を名乗れるか尋ねれば、言い淀みながらも出来るという。『皇子』ではなく『皇太子』を名乗れるってことはコイツ、やっぱり継承権がまだあるってことだ。
これは好都合だ。中央の状態によってはこいつに立身してもらうしかなくなる事態だってありうるからな。
時間もないので早速俺の今朝仕入れて来た情報を準を追って説明した。
テリースから早いところ兵舎を出たほうがいいと言われ、動けないあゆみを残して街を回って状況を見ていたのは無駄にはならなかった。治療院に移ることが決まってすぐ、農村には向かうつもりでいた。
それでも最初農村に向かうのは治療院の食い物を手に入れるのが目的だったのだが、昨日のテリースの話を聞いているうちにそれだけでは全然間に合わないと痛感させられた。だから農村では出来る限り色々交渉して仕込めるだけ仕込んでは来たはものの、もしキールが乗ってくれなければ全く意味がなかった。
この街の状況はとある政治不安の国の状況と非常によく似てる。
田舎の連中は街に出荷できず、腐らせるほど食い物を積み上げて、街の連中は店に食べ物がないのにそれでも毎日会社に向かう。矛盾しているにもかかわらず、人間、長年続けて来たルーチンを抜け出すのは難しいらしい。
色々縁があった国だったんだが観光で入ることも簡単には出来なくなり、俺もここしばらくは行ってなかった。それでもそこにいる友人に頼まれて物資を送ったことは何回かあった。通貨に価値がなくなってる状況では物々交換が一番手っ取り早く効率がいい。どんなものでも送って無駄になる物はないと言われた。だから今回は無駄にリスクばかり取って危ない仕事でこき使われているテリースの労力を食い物と交換してもらう。これが俺の最初のプランだった。
ところが状況はもうそれで放っておける時点を過ぎていた。
あの国が何とかまだ回っていたのは海外との交易が生きていたからだ。この街はそれさえも完全に隔離されてしまっている。このままだと、もう後は食いつぶすだけ。
後からキールの話を聞けば、やはりキールが麦の取引だけは価格管理して市場に流していたらしい。そうでなければ治療院にパンが回ってくるはずもなく、街はとうの昔にパニックになってたはずだった。
そんななけなしの努力さえも秒読みが始まってて本当にギリギリだったようだ。
全て上手くお膳立てがそろったと思ってキールをけしかけたわけだが、どうもキールにはそんな必要なかった気がする。
こいつ、俺が思っていた以上の傑物だった。
兵士も街の人間もすでにこいつに陶酔している。俺なんかが手を出すより前から、こいつにはしっかり人心が集まってたらしい。
やってられない。もっと早く誰か背中を押してやれなかったのかよ。
しかも俺とは違って頭も良く回る。
後は勝手にしてくれと俺が手放そうとした途端、あゆみごと『スチュワード』にさせられた。
確かこれ、イギリスで使われていた使用人の階級だよな?
まあ確かに聞いたことはあったのだが、この言語チートがどんな翻訳をしてるのやら、キールもどうやら俺と同じような理解をしてるみたいだった。
『あゆみごと』ってのが味噌だ。こいつが受けちまったら俺まで逃げられない。
キールのやつ、それが分かってて最初っからあゆみに契約を振りやがった。
あゆみの奴。知らねぇぞ、こんなもん引き受けちまって。
俺は麦の半分は買い取ってやれと言っただけなのに、キールは勝手にインフレ率を使って3割を農村に還元しやがった。これでこれを見たやつらは皆、ここに物資を売りに来るだろう。良く頭の切れる奴だ。
勝手に回りだした歯車はもう止まらない。
もうこれ以上は俺の知ったこっちゃない。
自分で仕立てておいてなんだが、これの面倒をみる奴は本当に気の毒に……と思っていれば、それは自分だった──
言ったこっちゃない!
逃げる間もなくアルディに捕まえられた。こいつ見た目に似合わず滅茶苦茶早い。
首根っこ掴むな!
俺は猫じゃない!
猫だがこういう時だけ猫扱いはやめろ。
その場で明日から物資の仕分けをさせる人間の面接を押し付けられた。まあ、適当にふるいにかけるだけだし、今夜の夕食の準備はあゆみたちだけで充分だからいいか。
パン種が……完成していた。
だからおかしいぞ??
なんで一日でちゃんと完成してるんだ!?
半信半疑でフォッカチオを作らせてみる。トマトさえあればピザも行けたんだが。ダッチオーブンで昔作ったのをまねて薪で作らせてみたら、やっぱり上はあんまり焼けてなかった。まあ普通の鍋じゃ仕方ない。
それでも夕食の人数が増えたから助かった。無論、追加で来たやつらのせいで足りなくなった分はキールから物品で支払わせたが。
夜、テリースが魔力のテストをしてくれた。
有難いことに俺とあゆみ、どちらも魔力はあるらしい。
チートはこれか?
だが俺の魔力の色はテリースも聞いたことがないピンクだという。少し不安だがないよりはましだと思うことにした。
今日はあゆみも俺も疲れ切ってた。
あゆみはまたも下着だけで寝るつもりらしい。もういいがな。俺も下手に遠慮するのはやめた。すぐ横でベッドに身体を伸ばして寝転がる。
どうにもこの体は丸まった方が落ち着くんだが、今日は少し身体を伸ばして人間のみたいに『ベッドで寝る』のを思い出したかった。
手足を伸ばすと自分の体長があゆみの背の半分以上になってるのに気がついた。
やっぱり成長してるよな?
しかもかなり。
俺は本当に猫なんだよな?
心配は長くは続かなかった。目を瞑ればあっという間もなく意識は勝手に深い眠りに落ち込んでいった。
昨日テリースが出てってからなんかゴソゴソやってるとは思ってたが。どうやら濡れていた服が気持ち悪くて、それを脱いで下着だけで寝てたらしい。折角朝起こしてやったのに、その下着だけの格好で俺を抱き寄せやがった。
当たるんだよ、色々と。しっかり。
また下着ずれてるし。
暴れようが止めろと叫ぼうが、自分の猫とでも勘違いしているのか締め付けがどんどんきつくなって。
これは地獄? それとも天国?
この前あの狼人族に突き立てたから爪は使いたくなかったので、あゆみの手に軽く噛みついてやっとのことで逃げ出した。
農村での交渉はヨーロッパを歩き回ってたのが役に立った。
農村の雰囲気がイギリスの田舎と似てたし、状況はしばらく住み着いていたB&Bのじいさんに聞かされた昔話に近かった。農作業の道具もイギリスのパブに飾られていた物によく似てる。この辺りの村はどうも村がかりでお互いの農作業を手助けして一緒に生活をしているようなので、いっそ農業革命を導入しても共同体として成り立つかもしれない。
特筆すべきは、どうもテリースが個人的に狼人族を知ってるみたいだってことだ。
今思い返せば、俺たちを襲った狼人族は粗野ではあったがやけに人間的だった。その場で殺さずに選択肢を与えるのは、下手な強盗よりよっぽど紳士的だ。しかもこの村ではいまだ一度も襲われた者がいないと言う。これは後でもう少し詰めて考えておくべきだろう。
テリースとキールとの交渉は上手くいった。まずは第一歩って所だ。
俺は元々腹芸が下手だ。っていうか全く出来ない。人付き合いが出来なくて喧嘩ばかり強くて学校をドロップアウトした典型的な駄目な奴だった。だから当時そんな自分に人と交渉なんてものが出来るとは思っていなかったし、したいとも思わなかった。
サバイバル教室で働いているうちに、自分が出来ないのが腹芸であって交渉ではないんだってことに気づかされた。交渉ってのは生きていこうと思えばどうやったって避けられない。それを学んだ。
森の中は一人では出来ないことだらけだった。
強い自分も、虐められて逃げ出して来たような奴も、協力が出来なければ腹は膨れないし雨も凌げない。数年後に自分がそこで働くようになる頃には自分なりの交渉方法を覚えてた。
俺に出来る交渉方法はいつも一つだけ。全部ぶっちゃけて腹割って話そうと持ちかけるだけだ。
無論これで騙されたことも何度もある。それでも俺はこの生き方しか出来ないのを知ってるから後悔はない。
テリースは馬鹿みたいに素直な奴だった。
キールもどう考えても俺と同類だ。腹芸なんてできやしないが、格好だけはつけやがる。
短い付き合いの中でそれでもそう知っていたからこそ、俺は最初っから間合いを詰めて全てぶっちゃけた。
言葉は通じるんだ。海外のユースホステルで全く言葉の分かんない奴らとやりあうよりはまだましなはずだ。
こういう時猫は楽でいい。自分がイラついて暴力を振るうんじゃないかと恐れなくて済む。
キールはすぐに俺の意図を嗅ぎ付けて乗ってくれた。後は時間との勝負だ。農村の仕込みを無駄にする訳にはいかない。
俺の現状把握はキールのものとそう変わりはなかったようだ。
途中、隣の教会がやけに静かな理由が分かった。どうやらもぬけの空らしい。キールが取り戻した現金は今後大いに役に立ててもらおう。
キールが一旦休憩を入れてくれたおかげで治療院の昼を作りに戻る事も出来た。
あゆみを使って終わらせておいた下ごしらえで簡単な昼ごはんのスープを作る。
スペインの貧乏人スープ、『アホ・ブランコ』の簡易版だ。
その間にピートルからテリースの過去を聞き出した。どうもこの国、教会も危なそうだ。元人間の一神教……それほぼ間違いなく初代王とかだろうな。
昨日ダメもとで仕込んでおいたイーストの種がなぜかもう出来上がっていた……
いくらなんでもこれはおかしいだろう、まだ一日も経ってないんだぞ?
この世界の酵母のせいか? それともジャガイモか?
勿論無駄にするつもりはない。こんな一日で育っちまったものをそのまま使うのは怖いので、まずはパン種に仕込ませた。
昼を終わらせて兵舎に戻るとキールがイライラしながら待ってた。こいつ、他人に文句を言われ慣れていないな。俺に言い返されて言葉に詰まってる。まだまだ甘いな。
昼の間に少し気分をそがれたのだろう、戻った途端態度が変わっていた。わざとらしい牽制を掛けてくる。門の前で待ってたくらいだ、ずっと独りで答えをまとめてたんだろう。
俺は端的に返事を返しつつ目を細めて睨んでおく。こう言うのは態度もひっくるめての交渉だ。例え腹を割って話すと言ったって人間が二人以上で話し合いをすればそれは既に交渉になる。必ずどこかでぶつかり、摺り合わせ、どちらかが妥協しなければならない。
『交渉のコツは自分の引き出したい結果をキープしながらどれだけ譲歩したように見せるかだ。』っと言っていた奴がいたが、そんなことはどうでもいい。どうせ俺に出来るのはハッタリが関の山だ。
案の定、自分の地位をちゃんと主張してこの街の管理を始めていないのを揶揄してやれば、すぐに癇癪を起して思いっきり覇気を飛ばしてきやがった。こいつ、つくづく俺と同類だな。
狼人族の時みたいな本能的な恐怖は湧かなかった。ただ、昔懐かしい血が猛り奮うような興奮が一瞬駆け抜けた。まあ、この猫の身体のお陰で暴れ出すことはなかったが。
もしかするとだからこそ俺は猫になったのかもしれない。
『皇太子』を名乗れるか尋ねれば、言い淀みながらも出来るという。『皇子』ではなく『皇太子』を名乗れるってことはコイツ、やっぱり継承権がまだあるってことだ。
これは好都合だ。中央の状態によってはこいつに立身してもらうしかなくなる事態だってありうるからな。
時間もないので早速俺の今朝仕入れて来た情報を準を追って説明した。
テリースから早いところ兵舎を出たほうがいいと言われ、動けないあゆみを残して街を回って状況を見ていたのは無駄にはならなかった。治療院に移ることが決まってすぐ、農村には向かうつもりでいた。
それでも最初農村に向かうのは治療院の食い物を手に入れるのが目的だったのだが、昨日のテリースの話を聞いているうちにそれだけでは全然間に合わないと痛感させられた。だから農村では出来る限り色々交渉して仕込めるだけ仕込んでは来たはものの、もしキールが乗ってくれなければ全く意味がなかった。
この街の状況はとある政治不安の国の状況と非常によく似てる。
田舎の連中は街に出荷できず、腐らせるほど食い物を積み上げて、街の連中は店に食べ物がないのにそれでも毎日会社に向かう。矛盾しているにもかかわらず、人間、長年続けて来たルーチンを抜け出すのは難しいらしい。
色々縁があった国だったんだが観光で入ることも簡単には出来なくなり、俺もここしばらくは行ってなかった。それでもそこにいる友人に頼まれて物資を送ったことは何回かあった。通貨に価値がなくなってる状況では物々交換が一番手っ取り早く効率がいい。どんなものでも送って無駄になる物はないと言われた。だから今回は無駄にリスクばかり取って危ない仕事でこき使われているテリースの労力を食い物と交換してもらう。これが俺の最初のプランだった。
ところが状況はもうそれで放っておける時点を過ぎていた。
あの国が何とかまだ回っていたのは海外との交易が生きていたからだ。この街はそれさえも完全に隔離されてしまっている。このままだと、もう後は食いつぶすだけ。
後からキールの話を聞けば、やはりキールが麦の取引だけは価格管理して市場に流していたらしい。そうでなければ治療院にパンが回ってくるはずもなく、街はとうの昔にパニックになってたはずだった。
そんななけなしの努力さえも秒読みが始まってて本当にギリギリだったようだ。
全て上手くお膳立てがそろったと思ってキールをけしかけたわけだが、どうもキールにはそんな必要なかった気がする。
こいつ、俺が思っていた以上の傑物だった。
兵士も街の人間もすでにこいつに陶酔している。俺なんかが手を出すより前から、こいつにはしっかり人心が集まってたらしい。
やってられない。もっと早く誰か背中を押してやれなかったのかよ。
しかも俺とは違って頭も良く回る。
後は勝手にしてくれと俺が手放そうとした途端、あゆみごと『スチュワード』にさせられた。
確かこれ、イギリスで使われていた使用人の階級だよな?
まあ確かに聞いたことはあったのだが、この言語チートがどんな翻訳をしてるのやら、キールもどうやら俺と同じような理解をしてるみたいだった。
『あゆみごと』ってのが味噌だ。こいつが受けちまったら俺まで逃げられない。
キールのやつ、それが分かってて最初っからあゆみに契約を振りやがった。
あゆみの奴。知らねぇぞ、こんなもん引き受けちまって。
俺は麦の半分は買い取ってやれと言っただけなのに、キールは勝手にインフレ率を使って3割を農村に還元しやがった。これでこれを見たやつらは皆、ここに物資を売りに来るだろう。良く頭の切れる奴だ。
勝手に回りだした歯車はもう止まらない。
もうこれ以上は俺の知ったこっちゃない。
自分で仕立てておいてなんだが、これの面倒をみる奴は本当に気の毒に……と思っていれば、それは自分だった──
言ったこっちゃない!
逃げる間もなくアルディに捕まえられた。こいつ見た目に似合わず滅茶苦茶早い。
首根っこ掴むな!
俺は猫じゃない!
猫だがこういう時だけ猫扱いはやめろ。
その場で明日から物資の仕分けをさせる人間の面接を押し付けられた。まあ、適当にふるいにかけるだけだし、今夜の夕食の準備はあゆみたちだけで充分だからいいか。
パン種が……完成していた。
だからおかしいぞ??
なんで一日でちゃんと完成してるんだ!?
半信半疑でフォッカチオを作らせてみる。トマトさえあればピザも行けたんだが。ダッチオーブンで昔作ったのをまねて薪で作らせてみたら、やっぱり上はあんまり焼けてなかった。まあ普通の鍋じゃ仕方ない。
それでも夕食の人数が増えたから助かった。無論、追加で来たやつらのせいで足りなくなった分はキールから物品で支払わせたが。
夜、テリースが魔力のテストをしてくれた。
有難いことに俺とあゆみ、どちらも魔力はあるらしい。
チートはこれか?
だが俺の魔力の色はテリースも聞いたことがないピンクだという。少し不安だがないよりはましだと思うことにした。
今日はあゆみも俺も疲れ切ってた。
あゆみはまたも下着だけで寝るつもりらしい。もういいがな。俺も下手に遠慮するのはやめた。すぐ横でベッドに身体を伸ばして寝転がる。
どうにもこの体は丸まった方が落ち着くんだが、今日は少し身体を伸ばして人間のみたいに『ベッドで寝る』のを思い出したかった。
手足を伸ばすと自分の体長があゆみの背の半分以上になってるのに気がついた。
やっぱり成長してるよな?
しかもかなり。
俺は本当に猫なんだよな?
心配は長くは続かなかった。目を瞑ればあっという間もなく意識は勝手に深い眠りに落ち込んでいった。
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