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第2章 基盤
4 厨房2
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厨房に戻った黒猫君は、今度は厨房の中をピョンピョン跳ねながら歩き回り始めた。
あれ、なんか黒猫君、会ったころより大っきくなってないか?
あんな上の戸棚まで飛び上がれるってちょっとすごい。
「あった」
そう言って片側の壁に作りつけられた戸棚の上から一巻の紐を咥えてきて、私の目の前のテーブルにポトリと落とした。なんか縄みたいに縒った繊維が見えるその紐は、水引の紐なんかより太い気がする。
「これならなんとか切れないだろう。多分肉を縛るための紐だな」
口に残った繊維を吐き出しながら黒猫君が呟くのに私も興味を持って声を掛ける。
「それをどうするの?」
「どうするってお前の腰に結ぶんだ」
「へ?」
「お前、重い物とか大きい物持てないだろ。その紐で腰につないで引っ張ってくるんだよ」
「あ、そっか。それならゆっくりやれば出来そうだね」
「あ、待て、お前三つ編みくらい出来るよな」
「うん出来る」
「じゃあその紐をほどいて三本に分けて三つ編みにしとけ」
「分かった」
私はさっき見つけた包丁で紐を切って三つ編みにする。紐は思っていたより長くて、三つ編みにしても5メートル位にはなった。
「上等だ。まず今のうちに腰に巻いて縛っとけ。食糧庫に戻るぞ。あ、そこの木皿は持ってけ」
言われるままに木皿を片方の脇の間に挟んで食糧庫に戻る。
「この袋に紐を結んで皿を下に敷け。そのまま引いてみろ」
言われた通りにすれば、ほんとにゆっくりだが確かに袋が動く。皿は時々外れたが、それでも確かに無いよりましだった。問題は皿が外れても屈めない私じゃ直せない。そのたびに黒猫君が咥えて私の足と杖の間に抑え込んだ皿の上に一生懸命載せなおしてくれるのを待つしかない。
やっと袋を石臼の所まで運び終わると、今度はまた戻って食材を入れた籠に紐を付けてやはり引いてくる。籠の中身を一つずつ手に持って運んだ方が早かったと気づいたのは後の祭り。
「まずはこの麦を挽いちまおう。臼は最近まで使ってたみたいだからこのままで大丈夫だ。ここに座り込めるか?」
地面に座るのは結構怖い。杖を外して片足立ちになって座るしかないのだ。転ぶと言ったほうが正しいくらい。
ただ、ここしばらくこの杖で動き回って何度も転んだので、転び方もそこそこ上手になった。
石臼に一番近い壁を使ってなるべくゆっくり座り込む。そこから石臼まで這ってくと黒猫君が説明を続けた。
「よし、じゃあこの穴にその麦を入れてこのレバーを回す」
言われるがままにカップ5杯くらいの麦を少しずつ入れてはレバーを回し、また麦を入れて回すを繰り返して全て挽き終えると、今度はまた上から入れなおして挽きなおせと言う。
それを3回繰り返してやっと黒猫君が満足した。挽いた粉はさっき袋の下に敷いてきた皿に移し、テーブルに伸びあがって載せておく。
「今度は水だ。こっちはもっと大変だぞ」
そうだろうとは思っていたけど、現実は想像以上だった。
まず紐では無理だった。
桶を井戸まで持っていくのは出来たけど、そこから引きずり戻すのは無理。引きずろうとすると紐が外れるか桶が倒れる。
「……仕方がない。これは俺じゃあ手伝えない。悪いが地面に座り込んで引きずって行ってくれ」
「あ、やっぱり」
情けないけど他に方法はない。またも井戸端で地面に倒れるように座り込んで、テリースさんを運んだ時のように桶を引きずっていく。
そこから30分近くかけて桶一杯の水を厨房まで運んだ。
汗と一緒に涙が勝手に流れ出た。別に辛くて泣いたんじゃなくてまるで汗みたいに勝手に出ちゃった。
「悪いが泣いてる暇はないぞ。火を起こす。そこのデカい鍋を持ってこっちに来てくれ」
私は涙を袖で拭って厨房の床に転がっていた鍋を紐を付けて引きずってく。底がまん丸の黒い鍋はなんか中華鍋みたいで、私のお尻が丸々入りそうな大きさがある。
暖炉まで引きずって行くと、黒猫君は暖炉の横に積まれてた薪を器用に口で積み重ねてた。その前には自分で拾ってきた細い枯れ枝も積んでる。
「こっからがちょっと大変だぞ。その暖炉の上から吊る下がってるフックがあるだろ。そこに今鍋とつながってる紐を引っ掛けてみろ」
言われるままに暖炉に近づいて鍋を引き寄せフックに紐を掛ける。
「次にクルクル紐を身体に巻き付けながら引っ張ってみろ」
言われた通りにしたけど紐が外れてしまった。
「もっとゆっくり。慎重に」
もう一度繰り返してなんとか少しずつ鍋が宙に浮いていく。薪にぶつかったり壁にぶつかる度に紐が外れてまたそこからやり直す。
結局最後は壁に寄りかかりながら両手で引っ張った。
「もうお前でも手が届くだろ。そのまま鍋の手をフックに掛けろ」
言われた通り手を伸ばしてフックに掛ける。体で紐を引っ張りながら手を伸ばして鍋を掛けると腕の筋肉がつりそうになる。
それでもどうにか鍋が薪の上に吊り下げられたのを確認して紐を外した。
「今度はさっきの桶からこっちのデカい鍋に水を少しずつ移すぞ」
そう言って木のコップを戸棚から咥えて持ってきてくれる。
ああ、だから桶を暖炉の所に持ってくるように言ってたんだ。黒猫君、さっきっから全部先を読んで指示してくれてるんだ。
私はコップを片手で持ったまま壁に寄りかかって屈伸し、コップを水で満たして鍋まで持っていく。杖を突いて動く私はコップの上までいっぱい水を汲んでしまうと、持っていく間に半分以上こぼしてしまう。だから一回にコップ半分しか運べない。それでも時間を掛ければ鍋半分ほどの水が溜まった。
「次はここに座り込め。そんでこの藁をここに置いて、こっちの石にこの鉄の板を叩きつけろ。いや、その藁のすぐ上でだ」
小さな石と鉄の板は暖炉の上に乗ってた。言われた通り壁を使って座り込み、さっき黒猫君が積んだ小枝の山の上に藁を置いて手の中の石に鉄の板を打ち合わせる。すると確かにいくつも火花が飛ぶけど、藁のすぐ近くで何回やっても藁には火が付かない。
「やっぱり駄目か。ちょっと待ってろ」
そう言って黒猫君が厨房の裏口から外へ飛び出していく。
無駄だとは思ったけどそのまま何回か繰り返すと、段々火花を上手に飛ばせるようになった。それでも全然藁に移らない。
藁でも燃やすの大変なんだ。
しばらくすると黒猫君がなんか灰色の大きな毛玉みたいのを口にくわえてきた。
「……これ何?」
「聞くな。これを石の上に乗せてそれの近くに鉄の板を叩きつけろ」
言われた通りにその毛玉みたいのを上に乗せて同じように石と鉄の板を叩き合わせる。今度は確かに一瞬火が付くんだけど、すぐに消えてしまった。
「これもダメか。……もう一回なんか探してくるからちょっと待ってて」
またしばらく待つと今度は黒猫君、慎重にタンポポの綿毛を咥えてきた。
「藁を丸く結わいてその真ん中にこれを入れていけ」
言われるままに黒猫君が綿毛を持ってくる度にそこに入れていく。10個ほど溜まった所で再度石を鉄の板で削るように叩きつける。
と、ぼわっとタンポポの綿毛が燃え上がった!
「今だ、藁で包め、早くしろ!」
言われるがまま折りたたむように藁で包むとやっと藁に火が付いた。
「火だ! 火が付いたよ!」
「分かったから早く横からフウフウ吹いて空気を送れ。火を絶やすな」
藁はそれでも最初は煙ばっかで火が出なかったのが、ある所で突然小さな火の手が上がった。
すぐに黒猫君の指示でそれがまた小枝に移るように小枝を重ねたり動かしていく。黒猫君の指示に従っていると小枝も徐々に燃え出した。最後にそれを薪の積まれた鉄の網の下に入れると、小枝から上がってた火がやっと薪に移った。
やっと薪に火が付いた時にはもう3つの鐘が鳴った後だった。
「良かった。薪は充分乾いてたみたいだな」
「く、黒猫君、どうしてこんなこと知ってるの?」
「ん、仕事で」
一体どんな仕事してたんだよ。
驚く私を尻目に黒猫君がテーブルに飛びあがって胸を張った。
「さあ、火はタダじゃない。次は料理を始めるぞ」
あれ、なんか黒猫君、会ったころより大っきくなってないか?
あんな上の戸棚まで飛び上がれるってちょっとすごい。
「あった」
そう言って片側の壁に作りつけられた戸棚の上から一巻の紐を咥えてきて、私の目の前のテーブルにポトリと落とした。なんか縄みたいに縒った繊維が見えるその紐は、水引の紐なんかより太い気がする。
「これならなんとか切れないだろう。多分肉を縛るための紐だな」
口に残った繊維を吐き出しながら黒猫君が呟くのに私も興味を持って声を掛ける。
「それをどうするの?」
「どうするってお前の腰に結ぶんだ」
「へ?」
「お前、重い物とか大きい物持てないだろ。その紐で腰につないで引っ張ってくるんだよ」
「あ、そっか。それならゆっくりやれば出来そうだね」
「あ、待て、お前三つ編みくらい出来るよな」
「うん出来る」
「じゃあその紐をほどいて三本に分けて三つ編みにしとけ」
「分かった」
私はさっき見つけた包丁で紐を切って三つ編みにする。紐は思っていたより長くて、三つ編みにしても5メートル位にはなった。
「上等だ。まず今のうちに腰に巻いて縛っとけ。食糧庫に戻るぞ。あ、そこの木皿は持ってけ」
言われるままに木皿を片方の脇の間に挟んで食糧庫に戻る。
「この袋に紐を結んで皿を下に敷け。そのまま引いてみろ」
言われた通りにすれば、ほんとにゆっくりだが確かに袋が動く。皿は時々外れたが、それでも確かに無いよりましだった。問題は皿が外れても屈めない私じゃ直せない。そのたびに黒猫君が咥えて私の足と杖の間に抑え込んだ皿の上に一生懸命載せなおしてくれるのを待つしかない。
やっと袋を石臼の所まで運び終わると、今度はまた戻って食材を入れた籠に紐を付けてやはり引いてくる。籠の中身を一つずつ手に持って運んだ方が早かったと気づいたのは後の祭り。
「まずはこの麦を挽いちまおう。臼は最近まで使ってたみたいだからこのままで大丈夫だ。ここに座り込めるか?」
地面に座るのは結構怖い。杖を外して片足立ちになって座るしかないのだ。転ぶと言ったほうが正しいくらい。
ただ、ここしばらくこの杖で動き回って何度も転んだので、転び方もそこそこ上手になった。
石臼に一番近い壁を使ってなるべくゆっくり座り込む。そこから石臼まで這ってくと黒猫君が説明を続けた。
「よし、じゃあこの穴にその麦を入れてこのレバーを回す」
言われるがままにカップ5杯くらいの麦を少しずつ入れてはレバーを回し、また麦を入れて回すを繰り返して全て挽き終えると、今度はまた上から入れなおして挽きなおせと言う。
それを3回繰り返してやっと黒猫君が満足した。挽いた粉はさっき袋の下に敷いてきた皿に移し、テーブルに伸びあがって載せておく。
「今度は水だ。こっちはもっと大変だぞ」
そうだろうとは思っていたけど、現実は想像以上だった。
まず紐では無理だった。
桶を井戸まで持っていくのは出来たけど、そこから引きずり戻すのは無理。引きずろうとすると紐が外れるか桶が倒れる。
「……仕方がない。これは俺じゃあ手伝えない。悪いが地面に座り込んで引きずって行ってくれ」
「あ、やっぱり」
情けないけど他に方法はない。またも井戸端で地面に倒れるように座り込んで、テリースさんを運んだ時のように桶を引きずっていく。
そこから30分近くかけて桶一杯の水を厨房まで運んだ。
汗と一緒に涙が勝手に流れ出た。別に辛くて泣いたんじゃなくてまるで汗みたいに勝手に出ちゃった。
「悪いが泣いてる暇はないぞ。火を起こす。そこのデカい鍋を持ってこっちに来てくれ」
私は涙を袖で拭って厨房の床に転がっていた鍋を紐を付けて引きずってく。底がまん丸の黒い鍋はなんか中華鍋みたいで、私のお尻が丸々入りそうな大きさがある。
暖炉まで引きずって行くと、黒猫君は暖炉の横に積まれてた薪を器用に口で積み重ねてた。その前には自分で拾ってきた細い枯れ枝も積んでる。
「こっからがちょっと大変だぞ。その暖炉の上から吊る下がってるフックがあるだろ。そこに今鍋とつながってる紐を引っ掛けてみろ」
言われるままに暖炉に近づいて鍋を引き寄せフックに紐を掛ける。
「次にクルクル紐を身体に巻き付けながら引っ張ってみろ」
言われた通りにしたけど紐が外れてしまった。
「もっとゆっくり。慎重に」
もう一度繰り返してなんとか少しずつ鍋が宙に浮いていく。薪にぶつかったり壁にぶつかる度に紐が外れてまたそこからやり直す。
結局最後は壁に寄りかかりながら両手で引っ張った。
「もうお前でも手が届くだろ。そのまま鍋の手をフックに掛けろ」
言われた通り手を伸ばしてフックに掛ける。体で紐を引っ張りながら手を伸ばして鍋を掛けると腕の筋肉がつりそうになる。
それでもどうにか鍋が薪の上に吊り下げられたのを確認して紐を外した。
「今度はさっきの桶からこっちのデカい鍋に水を少しずつ移すぞ」
そう言って木のコップを戸棚から咥えて持ってきてくれる。
ああ、だから桶を暖炉の所に持ってくるように言ってたんだ。黒猫君、さっきっから全部先を読んで指示してくれてるんだ。
私はコップを片手で持ったまま壁に寄りかかって屈伸し、コップを水で満たして鍋まで持っていく。杖を突いて動く私はコップの上までいっぱい水を汲んでしまうと、持っていく間に半分以上こぼしてしまう。だから一回にコップ半分しか運べない。それでも時間を掛ければ鍋半分ほどの水が溜まった。
「次はここに座り込め。そんでこの藁をここに置いて、こっちの石にこの鉄の板を叩きつけろ。いや、その藁のすぐ上でだ」
小さな石と鉄の板は暖炉の上に乗ってた。言われた通り壁を使って座り込み、さっき黒猫君が積んだ小枝の山の上に藁を置いて手の中の石に鉄の板を打ち合わせる。すると確かにいくつも火花が飛ぶけど、藁のすぐ近くで何回やっても藁には火が付かない。
「やっぱり駄目か。ちょっと待ってろ」
そう言って黒猫君が厨房の裏口から外へ飛び出していく。
無駄だとは思ったけどそのまま何回か繰り返すと、段々火花を上手に飛ばせるようになった。それでも全然藁に移らない。
藁でも燃やすの大変なんだ。
しばらくすると黒猫君がなんか灰色の大きな毛玉みたいのを口にくわえてきた。
「……これ何?」
「聞くな。これを石の上に乗せてそれの近くに鉄の板を叩きつけろ」
言われた通りにその毛玉みたいのを上に乗せて同じように石と鉄の板を叩き合わせる。今度は確かに一瞬火が付くんだけど、すぐに消えてしまった。
「これもダメか。……もう一回なんか探してくるからちょっと待ってて」
またしばらく待つと今度は黒猫君、慎重にタンポポの綿毛を咥えてきた。
「藁を丸く結わいてその真ん中にこれを入れていけ」
言われるままに黒猫君が綿毛を持ってくる度にそこに入れていく。10個ほど溜まった所で再度石を鉄の板で削るように叩きつける。
と、ぼわっとタンポポの綿毛が燃え上がった!
「今だ、藁で包め、早くしろ!」
言われるがまま折りたたむように藁で包むとやっと藁に火が付いた。
「火だ! 火が付いたよ!」
「分かったから早く横からフウフウ吹いて空気を送れ。火を絶やすな」
藁はそれでも最初は煙ばっかで火が出なかったのが、ある所で突然小さな火の手が上がった。
すぐに黒猫君の指示でそれがまた小枝に移るように小枝を重ねたり動かしていく。黒猫君の指示に従っていると小枝も徐々に燃え出した。最後にそれを薪の積まれた鉄の網の下に入れると、小枝から上がってた火がやっと薪に移った。
やっと薪に火が付いた時にはもう3つの鐘が鳴った後だった。
「良かった。薪は充分乾いてたみたいだな」
「く、黒猫君、どうしてこんなこと知ってるの?」
「ん、仕事で」
一体どんな仕事してたんだよ。
驚く私を尻目に黒猫君がテーブルに飛びあがって胸を張った。
「さあ、火はタダじゃない。次は料理を始めるぞ」
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