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第1章 始まり
12 ネロ
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私のテリースさん看病生活が始まった。
と言うと、なんだかすごく働いているみたいだけど全然お役に立てていない。なんせ、いくら杖を突いて歩き回れるようになったとは言え、まだまだ出来ることは限られてる。片手じゃ水も運べないし、食事も持ってこれない。出来るのなんてタオルを持ってくるぐらいだ。
お着替えを手伝いましょうかと言う私の善意は、思いっきり顔をひきつらせたテリースさんにお断りされた。
「あの、私本当に役立たずですね」
「いいんですよ。キールは私が傷をおして動き回らないように貴方を付けてくれただけですから」
やっぱりそういうことなのだろうか。それにしてもタオルくらい黒猫君でも持ってこれる。
それどころか。
「おい、下の兵士が薬を渡してくれってさ」
「ありがとうございますネロ君」
あ。また先越された。
黒猫君は敏捷に階段を上り下りして、好き勝手にここを歩き回ってるみたい。下の兵士さん達とも結構色々話しているらしいし。
兵士さんたちは気安く黒猫君に用事を頼む。私じゃなくて。
黒猫君はあっという間に皆の間に入り込んでる。
私が黒猫君と呼ぶのを聞いていたキールさん達が、黒猫君を『ネロ』と呼び始めた。
「イタリア語かよ」って黒猫君が言ってたけど、なんで君がイタリア語だってわかるのさ。
そう尋ねたら「お前大学行ってたんだろう?」って返された。
悔しいぃぃぃ。
因みに黒猫君は高校中退だったそうだ。
「何やらかしたの?」という私の質問は「もう関係ねーだろ」と軽くかわされてしまった。
そうなんだよね。大学出ていようが高校中退だろうが、こっちでなんとかやっていく上ではなんの意味もない。
テリースさんが自分で言ってたように、テリースさんの傷は順調に治っていった。
テリースさんが包帯を自分で替えてる所を見てみれば、矢の刺さってた傷は中から肉が盛り上がって塞がってて、すでに皮膚の表面の色が違う程度であまり分からなくなってきていた。
「凄いですね。ここの医療レベルってめちゃ高」
「そうですね、外傷には強いんですが。病には弱いですね」
「あ、伝染病とか?」
「まあ、無論それもどうにもできませんが、例えば頭痛ですとか腹痛ですとか。痛みは止められても、そういう体内の問題自体に効果のある魔術がありませんので服薬が主ですね」
そっか。じゃあ病気にはならないように気を付けよう。
「じゃあこの黒猫君が持ってきた薬って……」
「それは私の持病の薬です。もともと血が薄いんですよ。それを補うための薬です」
それって貧血ってことかな。
「じゃあ、ほうれん草とかいっぱい食べなきゃですね」
「ほうれん草ですか?」
「え? ええ。だって血が薄いんですよね」
「馬鹿、それは鉄分が足りない時だ。赤血球が足りない場合は豚や鳥肉、それに貝類だな」
「え? そうなの?」
「そうなんですか?」
テリースさんと声が重なってしまった。
「まてお前らどっちも知らないのか?」
黒猫君が猫の分際で小ばかにした声を上げる。
「私は医療関係者として薬学も少しは学びましたが、そのようなお話は聞いたことがありませんね」
「そうか。じゃあこれもこっちで生きていく何かの伝手にはなりそうだな」
「そうですね。ところでネロ君、今後の予定はもう決まりましたか?」
「ああ、ここをなるべく早く抜け出して生活を始めたいな」
え? なにそれ? 聞いてないよ?
「あゆみさんにはまだ話していなかったんですか?」
「……ああ。ここ暫くそれどころじゃなかったろ」
「そうですね」
二人でチロリとこっちを見る。
「黒猫君、どういうことか説明してくれるかな?」
二人の意味ありげな視線に不安になって黒猫君に訪ねた。
するとテリースさんのベッドに座ってる黒猫君は、何事もないかのように猫の手を舐めつつ返事を返す。
「どうもこうも大したことじゃない。お前もキールの話を聞いただろう?」
「あの王都に行くってやつ?」
あ、目を細めて顔洗い出した。
「ああ。あの時キールは言葉を濁してたが、過去にもこちらに来て生き残った者が居なかったわけじゃないそうだ」
「え? そうなの?!」
「はい。すでにネロ君には説明しましたが幾つかお話が残っています。確か最後の生存者は250年程前ですね」
私の驚きを他所に黒猫君は身繕いに余念がない。
「ところがだ。生き残りのその後については話が聞かれないそうだ」
「ええ。良くお話では王宮で幸せに暮らしました、となるのですが」
「うわ、それなんか怪しい」
「俺もそう思った。それでだ。キールは一応国に雇われている関係上こういう話を直接俺達には出来ない。だから、わざわざテリースを通して、ここが落ち着く前に自分たちの居場所を作っちまえって伝えてきた」
あれ。キールさんもまたお人好しな。
やっと顔を洗い終わった黒猫君は、すっと背中を伸ばして座り直し、私の反応を確認するようにこちらに視線をよこす。
「でもそんなこと出来るのかな」
「出来るも出来ないも、なんとかしないとな。残念ながら今のところ俺じゃ生計の立てようもない。お前になんとかもう少し動けるようになってもらわないと」
ふと見ると黒猫君が俯いてる。
「黒猫君、でもなんか今のところ君のほうが一歩リードって感じ? 私と違ってこの世界にも結構馴染んできてるみたいだし」
なんとなく黒猫君が落ち込んでるような気がして慌てて言ったけど、事実すぎて今度は私のほうが落ち込みそう。
「お二人とも充分に馴染まれてきていると思いますよ。さて、あゆみさん、貴方の足のお話をしましょう」
二人まとめて当たり前のようにそう言って、テリースさんがにっこりと笑った。
と言うと、なんだかすごく働いているみたいだけど全然お役に立てていない。なんせ、いくら杖を突いて歩き回れるようになったとは言え、まだまだ出来ることは限られてる。片手じゃ水も運べないし、食事も持ってこれない。出来るのなんてタオルを持ってくるぐらいだ。
お着替えを手伝いましょうかと言う私の善意は、思いっきり顔をひきつらせたテリースさんにお断りされた。
「あの、私本当に役立たずですね」
「いいんですよ。キールは私が傷をおして動き回らないように貴方を付けてくれただけですから」
やっぱりそういうことなのだろうか。それにしてもタオルくらい黒猫君でも持ってこれる。
それどころか。
「おい、下の兵士が薬を渡してくれってさ」
「ありがとうございますネロ君」
あ。また先越された。
黒猫君は敏捷に階段を上り下りして、好き勝手にここを歩き回ってるみたい。下の兵士さん達とも結構色々話しているらしいし。
兵士さんたちは気安く黒猫君に用事を頼む。私じゃなくて。
黒猫君はあっという間に皆の間に入り込んでる。
私が黒猫君と呼ぶのを聞いていたキールさん達が、黒猫君を『ネロ』と呼び始めた。
「イタリア語かよ」って黒猫君が言ってたけど、なんで君がイタリア語だってわかるのさ。
そう尋ねたら「お前大学行ってたんだろう?」って返された。
悔しいぃぃぃ。
因みに黒猫君は高校中退だったそうだ。
「何やらかしたの?」という私の質問は「もう関係ねーだろ」と軽くかわされてしまった。
そうなんだよね。大学出ていようが高校中退だろうが、こっちでなんとかやっていく上ではなんの意味もない。
テリースさんが自分で言ってたように、テリースさんの傷は順調に治っていった。
テリースさんが包帯を自分で替えてる所を見てみれば、矢の刺さってた傷は中から肉が盛り上がって塞がってて、すでに皮膚の表面の色が違う程度であまり分からなくなってきていた。
「凄いですね。ここの医療レベルってめちゃ高」
「そうですね、外傷には強いんですが。病には弱いですね」
「あ、伝染病とか?」
「まあ、無論それもどうにもできませんが、例えば頭痛ですとか腹痛ですとか。痛みは止められても、そういう体内の問題自体に効果のある魔術がありませんので服薬が主ですね」
そっか。じゃあ病気にはならないように気を付けよう。
「じゃあこの黒猫君が持ってきた薬って……」
「それは私の持病の薬です。もともと血が薄いんですよ。それを補うための薬です」
それって貧血ってことかな。
「じゃあ、ほうれん草とかいっぱい食べなきゃですね」
「ほうれん草ですか?」
「え? ええ。だって血が薄いんですよね」
「馬鹿、それは鉄分が足りない時だ。赤血球が足りない場合は豚や鳥肉、それに貝類だな」
「え? そうなの?」
「そうなんですか?」
テリースさんと声が重なってしまった。
「まてお前らどっちも知らないのか?」
黒猫君が猫の分際で小ばかにした声を上げる。
「私は医療関係者として薬学も少しは学びましたが、そのようなお話は聞いたことがありませんね」
「そうか。じゃあこれもこっちで生きていく何かの伝手にはなりそうだな」
「そうですね。ところでネロ君、今後の予定はもう決まりましたか?」
「ああ、ここをなるべく早く抜け出して生活を始めたいな」
え? なにそれ? 聞いてないよ?
「あゆみさんにはまだ話していなかったんですか?」
「……ああ。ここ暫くそれどころじゃなかったろ」
「そうですね」
二人でチロリとこっちを見る。
「黒猫君、どういうことか説明してくれるかな?」
二人の意味ありげな視線に不安になって黒猫君に訪ねた。
するとテリースさんのベッドに座ってる黒猫君は、何事もないかのように猫の手を舐めつつ返事を返す。
「どうもこうも大したことじゃない。お前もキールの話を聞いただろう?」
「あの王都に行くってやつ?」
あ、目を細めて顔洗い出した。
「ああ。あの時キールは言葉を濁してたが、過去にもこちらに来て生き残った者が居なかったわけじゃないそうだ」
「え? そうなの?!」
「はい。すでにネロ君には説明しましたが幾つかお話が残っています。確か最後の生存者は250年程前ですね」
私の驚きを他所に黒猫君は身繕いに余念がない。
「ところがだ。生き残りのその後については話が聞かれないそうだ」
「ええ。良くお話では王宮で幸せに暮らしました、となるのですが」
「うわ、それなんか怪しい」
「俺もそう思った。それでだ。キールは一応国に雇われている関係上こういう話を直接俺達には出来ない。だから、わざわざテリースを通して、ここが落ち着く前に自分たちの居場所を作っちまえって伝えてきた」
あれ。キールさんもまたお人好しな。
やっと顔を洗い終わった黒猫君は、すっと背中を伸ばして座り直し、私の反応を確認するようにこちらに視線をよこす。
「でもそんなこと出来るのかな」
「出来るも出来ないも、なんとかしないとな。残念ながら今のところ俺じゃ生計の立てようもない。お前になんとかもう少し動けるようになってもらわないと」
ふと見ると黒猫君が俯いてる。
「黒猫君、でもなんか今のところ君のほうが一歩リードって感じ? 私と違ってこの世界にも結構馴染んできてるみたいだし」
なんとなく黒猫君が落ち込んでるような気がして慌てて言ったけど、事実すぎて今度は私のほうが落ち込みそう。
「お二人とも充分に馴染まれてきていると思いますよ。さて、あゆみさん、貴方の足のお話をしましょう」
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