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第1章 始まり
6 夜闇
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「黒猫君、とうとう私今日自分で立てたんだよ」
あれから一週間が過ぎた。
未だこの部屋からは出られていないけど、リハビリは毎日続いてる。
リハビリが進むにつれて痛覚隔離の魔法も少しずつ控えられ、食べる物にも少しずつ味がし始めた。
毎日少しずつでも変化があると、人間少しは前向きになれる物だ。
今日はテリースさんにしっかりと支えられながらだけど、なんとか片足だけで立ち上がることが出来た。
「そろそろ義足の準備が必要そうですね」
そう言って微笑んでくれた。
テリースさん曰く、失血は結構あったけど、右足の切断以外には特に大きな傷がなかったので、回復が比較的早く進んでいるのだそうだ。
額の傷はほとんど分からなくなってる。傷が骨まで達してなかったので、こちらは皮膚の再生を促す魔術だけで完治したのだそうだ。
「それでね、黒猫君。私そろそろ外が見てみたいわけですよ。もう本当にここ飽きちゃったし」
話し相手は今日も黒猫君。
テリースさんは優しいしいい人だけど、外見が異世界の人なのでどうしてもここまで素直に心を開いて話せない。
それに比べて黒猫君は全てスルーしてくれるので安心して話しかけられる。
「こんな所に来ちゃってどうしようね。異世界らしいよ? 魔法があるんだよ? 私みたいなのが現代知識で無双とか無理でしょ。これからどうやって生きてこうね?」
不安とちょっとの期待とドキドキと。ここ数日私はやっぱり不安定だ。
やっと知らない場所に飛ばされたらしい事実には慣れて、金髪のテリースさんも見慣れてきた。
そう言えば私、まだテリースさん以外誰にも会ってなかったな。
「ねえ、ここってテリースさん以外にも人いるんだよね?」
「ミァ」
どうにもこの黒猫君、たまにいい感じで合いの手を入れてくれる。なんかちゃんと返事をもらえてるみたいでうれしい。
「そっか。どうしよう、どんな人たちがいるんだろう?」
「ミーァ」
黒猫君がスンっと胸を張って金色の目で私を見返す。
「ああ、そうだね。君がまずいたよね。じゃあ他にも猫はいるのかな?」
「…………」
返事をしない。
拗ねた? 焼いた?
そんな馬鹿な。
黒猫君のご機嫌取りとばかりに耳の後ろを掻きながら言葉を続ける。
「悪い悪い。かっこいい黒猫君に他の猫の事なんて聞いたら失礼だったね。さて、他の人に会っても私普通にやっていけるのかなぁ」
テリースさんを見るに、まず言葉は問題なく通じてる。
文化的にもそれ程違いはなさそうだ。
食べる物も少しずつ味がしてきたけど、どれもそこそこ美味しい。
ただちょっと貧しいな、とは思う。
ベッドもないし、壁は岩だし、飾り一つないし、食事はいつも質素。一日3食は出るけど、基本スープと硬いパン。
今のところ私が完全固形食に移ってないだけかもしれないけど、こんなに毎日私だけの為にスープを作ってくれているとも考えにくい。
「黒猫君はご飯食べてるの?」
「ミァ」
返事のように短く鳴いてペロリと口の周りを舌で舐めまわした姿は、しっかり食べてきたって言っているみたいだ。
「どうやら君はおいしい物食べてるみたいだね。私のはいまひとつ味がしないんだよね」
黒猫君が慰めるように私の手の甲を舐めてくれる。
「ありがと。さて、そろそろ寝るかな。黒猫君、泊っていくかい?」
「ゴロゴロゴロ」
喉を鳴らしつつ私の手の甲にすり寄ってから、黒猫君はスルリと私の腕を抜け出して部屋を出ていった。どうした訳か、黒猫君は私が寝るというと必ず自分で出て行ってくれる。
マナーのいい紳士だね、黒猫君は。
私はすぐに眠りについた。
* * * * *
「あゆみさん、起きてください、今すぐ!」
夜中に突然、鋭い叫び声が部屋にこだました。
それがテリースさんの声だとわかるのに1分くらい。
何事かと頭を振りながら上体を起こした私を、テリースさんが「失礼します」と言って抱え上げる。
中性的でおっとりして見えるテリースさんだけど、やっぱり男性らしく、私を軽々と抱え上げてふらつきもしない。
「な、なにがあったんですか?」
「敵襲です。砦が落ちるまであまり時間がありません。私たちは今すぐ退避しなければなりません」
「え? 敵襲って一体……」
テリースさんに抱えられ、部屋のたった一つの扉を抜けると、そこには暗い洞窟のような廊下が続いてた。それを抜けると今度は少し広めの洞窟に出る。そこでは中世ヨーロッパのような鎧を身につけた男性が何人も忙しく走り回ってた。手にはそれぞれ思い思いの武器が握られてる。
その中でも一際大柄で、真っ青な髪をたなびかせた、えらく厳つい顔の男性がこちらに向かって怒鳴りだす。
「テリース、まだいたのか! 急いで退避しろ!」
「了解しています。森を抜けたところまで先に参ります」
「そうしてくれ。生き残ったらまた会おう」
そう言いおいて走ってった。
気がつくと黒猫君が私の上に乗っかってる。
「無銭乗車ですよ黒猫君」
私が気を紛らわすように冗談を言えば、黒猫君がツンッと横を向く。
「急ぎましょう」
それきりテリースさんは一言も発せずに、私達を抱えて洞穴を抜け、やはり暗い森の中へと飛び込んでいった。
あれから一週間が過ぎた。
未だこの部屋からは出られていないけど、リハビリは毎日続いてる。
リハビリが進むにつれて痛覚隔離の魔法も少しずつ控えられ、食べる物にも少しずつ味がし始めた。
毎日少しずつでも変化があると、人間少しは前向きになれる物だ。
今日はテリースさんにしっかりと支えられながらだけど、なんとか片足だけで立ち上がることが出来た。
「そろそろ義足の準備が必要そうですね」
そう言って微笑んでくれた。
テリースさん曰く、失血は結構あったけど、右足の切断以外には特に大きな傷がなかったので、回復が比較的早く進んでいるのだそうだ。
額の傷はほとんど分からなくなってる。傷が骨まで達してなかったので、こちらは皮膚の再生を促す魔術だけで完治したのだそうだ。
「それでね、黒猫君。私そろそろ外が見てみたいわけですよ。もう本当にここ飽きちゃったし」
話し相手は今日も黒猫君。
テリースさんは優しいしいい人だけど、外見が異世界の人なのでどうしてもここまで素直に心を開いて話せない。
それに比べて黒猫君は全てスルーしてくれるので安心して話しかけられる。
「こんな所に来ちゃってどうしようね。異世界らしいよ? 魔法があるんだよ? 私みたいなのが現代知識で無双とか無理でしょ。これからどうやって生きてこうね?」
不安とちょっとの期待とドキドキと。ここ数日私はやっぱり不安定だ。
やっと知らない場所に飛ばされたらしい事実には慣れて、金髪のテリースさんも見慣れてきた。
そう言えば私、まだテリースさん以外誰にも会ってなかったな。
「ねえ、ここってテリースさん以外にも人いるんだよね?」
「ミァ」
どうにもこの黒猫君、たまにいい感じで合いの手を入れてくれる。なんかちゃんと返事をもらえてるみたいでうれしい。
「そっか。どうしよう、どんな人たちがいるんだろう?」
「ミーァ」
黒猫君がスンっと胸を張って金色の目で私を見返す。
「ああ、そうだね。君がまずいたよね。じゃあ他にも猫はいるのかな?」
「…………」
返事をしない。
拗ねた? 焼いた?
そんな馬鹿な。
黒猫君のご機嫌取りとばかりに耳の後ろを掻きながら言葉を続ける。
「悪い悪い。かっこいい黒猫君に他の猫の事なんて聞いたら失礼だったね。さて、他の人に会っても私普通にやっていけるのかなぁ」
テリースさんを見るに、まず言葉は問題なく通じてる。
文化的にもそれ程違いはなさそうだ。
食べる物も少しずつ味がしてきたけど、どれもそこそこ美味しい。
ただちょっと貧しいな、とは思う。
ベッドもないし、壁は岩だし、飾り一つないし、食事はいつも質素。一日3食は出るけど、基本スープと硬いパン。
今のところ私が完全固形食に移ってないだけかもしれないけど、こんなに毎日私だけの為にスープを作ってくれているとも考えにくい。
「黒猫君はご飯食べてるの?」
「ミァ」
返事のように短く鳴いてペロリと口の周りを舌で舐めまわした姿は、しっかり食べてきたって言っているみたいだ。
「どうやら君はおいしい物食べてるみたいだね。私のはいまひとつ味がしないんだよね」
黒猫君が慰めるように私の手の甲を舐めてくれる。
「ありがと。さて、そろそろ寝るかな。黒猫君、泊っていくかい?」
「ゴロゴロゴロ」
喉を鳴らしつつ私の手の甲にすり寄ってから、黒猫君はスルリと私の腕を抜け出して部屋を出ていった。どうした訳か、黒猫君は私が寝るというと必ず自分で出て行ってくれる。
マナーのいい紳士だね、黒猫君は。
私はすぐに眠りについた。
* * * * *
「あゆみさん、起きてください、今すぐ!」
夜中に突然、鋭い叫び声が部屋にこだました。
それがテリースさんの声だとわかるのに1分くらい。
何事かと頭を振りながら上体を起こした私を、テリースさんが「失礼します」と言って抱え上げる。
中性的でおっとりして見えるテリースさんだけど、やっぱり男性らしく、私を軽々と抱え上げてふらつきもしない。
「な、なにがあったんですか?」
「敵襲です。砦が落ちるまであまり時間がありません。私たちは今すぐ退避しなければなりません」
「え? 敵襲って一体……」
テリースさんに抱えられ、部屋のたった一つの扉を抜けると、そこには暗い洞窟のような廊下が続いてた。それを抜けると今度は少し広めの洞窟に出る。そこでは中世ヨーロッパのような鎧を身につけた男性が何人も忙しく走り回ってた。手にはそれぞれ思い思いの武器が握られてる。
その中でも一際大柄で、真っ青な髪をたなびかせた、えらく厳つい顔の男性がこちらに向かって怒鳴りだす。
「テリース、まだいたのか! 急いで退避しろ!」
「了解しています。森を抜けたところまで先に参ります」
「そうしてくれ。生き残ったらまた会おう」
そう言いおいて走ってった。
気がつくと黒猫君が私の上に乗っかってる。
「無銭乗車ですよ黒猫君」
私が気を紛らわすように冗談を言えば、黒猫君がツンッと横を向く。
「急ぎましょう」
それきりテリースさんは一言も発せずに、私達を抱えて洞穴を抜け、やはり暗い森の中へと飛び込んでいった。
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